サクスム家に訪問
ギルドに邪竜の討伐を報告してから早くも二ヵ月が過ぎた。当初は一ヵ月と言われていたが思ったよりも時間がかかったようだ。まあ、成果を考えれば仕方がない事だろう。それに横槍も入ったと聞いたしな。
実際ギルドに行くたびに絡んでくる冒険者もいたからな。主に“栄光の宝剣”の関係者だが、それ以外の冒険者でも妬んでくる者はいた。
そして昨日ギルドを訪れた際に、邪竜討伐とダンジョン最高到達階層の更新が認められたとの報告を受けた。認められた嬉しさがあったが、その後の話で気が滅入る。
やはりパーティーは開くという事だ。ハッキリ言ってパーティーなんて出た事が無いからな。だがそれだけではない。サクスム家とも事前に面会をして欲しいともいわれた。必要な事とは分かっているが気乗りはしない。だけども嫌とは言っていられないので、俺達は今サクスム家に行く準備をしている。
「貴族か。緊張するな」
「変に見栄を張る必要は無い。サクスム家はその辺りは寛大だ。余程の失礼をしない限りはこちらに合わせてくれると聞いている」
「それならいいけどな」
俺達はエリスさんが作ってくれた服に着替えている。パーティー用とは別だが、きちんとした正装だ。
着替えを終えた俺達は、ギルドが馬車を用意してくれるので、まずはギルドに向かっている。
「あの馬車はさすがに違うよな?」
ギルド前には豪華に装飾された馬車が一台置いてあった。側にはいかにも執事らしい服装の男性が控えている。
「あれに決まっているだろ。貴族の、ましてや領主の屋敷に向かうのだぞ。普通の馬車で行くはずがないだろ」
高級すぎて気乗りはしないが近づいてみる。すると執事が声をかけてきた。
「ジュン様とシェリル様でございますね。私はサクスム家で執事をしているヴィレンと申します。どうぞこちらにお乗りください」
「ありがとうございます」
促されるまま馬車に乗り込む。
「なんじゃこりゃ」
馬車の中は外見以上の広さで豪華なリビングという感じだった。高価そうなイスやテーブルに加えてお茶やお菓子も用意されている。
「中のお茶やお菓子はご自由に食べて構いませんので、到着までおくつろぎください」
俺達がソファーに座ると馬車が動き出した。中は全然揺れていないが、窓から見える景色は動いている。
「凄いな。空間魔法ってやつか」
「そうだな。貴族の馬車はこうなっている物が多いな。だが貴様の方が凄い物を持っていると思うぞ」
「それとこれとは話が別って事で」
屋敷に着くまでの間、俺達は遠慮なく寛がせてもらった。ベル達も用意された紅茶やお茶菓子を美味そうに食べ続けている。しかし、ここにある調度品はいくらするのだろうか?一つでも壊したらヤバそうだな。
話をしていると馬車が止まり扉が開く。そこにはヴィレンさんが立っていた。
「到着いたしました。どうぞこちらに」
馬車から降りると目の前には大きな屋敷があった。
隠れ家の温泉宿もかなり大きいがそれ以上の大きさだ。さらに、見える部分はしっかりと手入れが行き届いており木や花などもキレイに咲き誇っている。
俺達はヴィレンさんの後に続いて屋敷の中に入る。屋敷の中も予想通りの物に溢れていた。
絵画・壺・鎧。他にも彫刻や銅像なども飾っている。凄いとは思うが俺はここには住めないだろうな。気疲れしてしまいそうだ。
周りを眺めていると、ある部屋の前で足が止まる。
ヴィレンさんはノックをして中の人に声をかける。
「ターティ様。冒険者のジュン様とシェリル様をお連れいたしました」
「入れ」
「失礼いたします」
ヴィレンさんが扉を開けて俺達を中に促す。
部屋の中には二十代くらいの優しい雰囲気の男性が座っていた。
「よく来てくれたね。私がサクスム家当主の長男のターティだ。今回は当主である父アランが病床のため、代わりに私が対応させていただくよ」
「初めまして。冒険者のジュンと申します。こちらがシェリル。そして、従魔のベル・コタロウ・リッカ・ムギです。今回はお招きいただきありがとうございます」
紹介に合わせてシェリルがお辞儀をしたため。ベル達も真似してお辞儀をする。その姿が愛くるしいのか、ターティ様は一層笑顔になった。
「まあ掛けてくれたまえ。話をしようじゃないか」
「失礼します」
言われた通りに俺達は用意されたソファーに腰をかける。
このソファーも高そうだな。
「まずはお礼を言わせてくれ。邪竜の討伐は王国中に知れ渡る功績だ。まだ情報を集めている最中だが、邪竜の呪いをうけた者が回復した話が出始めている。これは君達のお陰だ」
「恐縮です」
「そして、最高到達階層の更新も偉業だ。実を言うと今までの記録は三十年程前に他国の冒険者が打ち立てた記録で歯痒かったのだよ。街のギルドに所属している冒険者が記録を破ってくれて本当に嬉しいことだ」
まー、貴族としては面白くないよな。自分達の国の冒険者の方が優れていると言われているような物だからな。
「それも君のような従魔の使い手なのが嬉しく思える」
「従魔がですか?」
「ああ。私はよく父に聞かされていた。昔は従魔と共に活動する冒険者が今より多かったんだ。特にこのタカミの街には有名な従魔の使い手がいて、その方が最高到達階層の記録を持っていたんだ。単純な強さだけでなく、色んな従魔がいて状況に合わせて戦える方だったらしい。この街は従魔と共に栄えていったのだ」
声が少し弾んでいる。しかし、その声は表情と共に沈んでいく。
「それが他国の冒険者に記録を抜かれてしまい。さらにその冒険者達に従魔の存在が否定されてしまった。それから従魔と一緒にいる冒険者は減り、数少ない従魔の使い手は単純な強さを求められるようになってしまった」
そんな理由で従魔が廃れていったのか。まあ、強い戦い方があると真似る人達は出てくるからな。
「おっと話がそれてしまったな。今回はもう一つ話がある。君たちはノルマン家という貴族を知っているか?」
「“栄光の宝剣”等に出資している貴族と聞きましたが」
「そうだな。ノルマン家は色んな冒険者に出資している。出資を受けた冒険者達は色々と活躍を聞いているな。だがそれと同時に出資を断った冒険者達は一部を除いて不幸な目に合っている。かと言って出資を受けて幸せになるとは限らない。危険な依頼で命を落とす羽目になった者も大勢いる」
ターティ様はジッと俺の目を見つめる。
「今回の件で君達は確実に目を付けられただろう。父の体調が万全なら少しは抵抗できるのだが、私では力不足で申し訳ない」
そう言うターティ様は悔しそうな表情だった。自分たちの領地の事を、横から口を出してくる存在に何もできないのが悔しいのだろう。
「だが、何かあれば私に話してほしい。出来る限りの事はさせてもらう」
「はい。その時はお願いいたします」
「ああ。ところで君達は時間の方は大丈夫なのだろう」
「ええ、今日は他の予定がないので大丈夫ですが」
「それなら君達のダンジョンでの話を聞かせてくれないか?サクスム家は冒険や従魔への興味が強くてね。妻や娘も話を聞きたいとの事だ。別室でお茶をしながら話を聞かせてくれ」
そう話すターティ様は笑顔だった。余程話を聞きたいのだろう。
「構いませんよ」
俺達はまた別の部屋に通された。これまた立派な部屋で、お茶やお菓子が置かれているテーブルには女性と女の子が座って待っていた。
「紹介しよう。妻のセトナと娘のミコトだ」
「セトナと申します。よろしくお願いいたします」
「ミコトです。お話を楽しみにしていました」
セトナ様は優雅と言った感じで、ミコトちゃんは元気な感じだな。
俺達も二人に自己紹介をする。
「初めまして、冒険者のジュンです」
「シェリルだ」
「それと俺の従魔のベル・コタロウ・リッカ・ムギです」
「キュキュ♪」
「たぬぬ♪」
「ベアー♪」
「ピヨ♪」
紹介すると、今度は元気の良い挨拶を見せる。
セトナ様は口元が緩み、ミコトちゃんは目を輝かせてウズウズしていた。
「さあ、お茶でも飲みながら話を聞かせてくれ」
ターティ様に促されて席に座り話を始める。
竜の巣や邪竜の討伐だけかと思いきや、最初の所から全てを話すことになった。省略する部分もあるが、かなり忠実に話をしていく。所々で証拠となる素材やアイテムを見せるとさらに盛り上がりを見せた。
………
……
…
「それで八十一階を見たんですけど、竜と同じような大きさの鳥や、存在感がある鳥が多くて引き返したんです。これで終わりになります」
「面白かったです」
話が終わるとミコトちゃんが満面の笑みで拍手をくれた。何故かベル達も一緒になって拍手を送る。…サクスム家の方々の膝や肩の上からな。
ミコトちゃんやセトナ様はともかく、ターティ様の肩や頭に登り始めたベルとムギには心底驚いた。シェリルも目を丸くしていたが、ターティ様は気にする様子もなく、撫でたりお菓子を渡していた。
肩や頭にこぼれる菓子くずにも動じる事はなかった。
俺とシェリルはハラハラしたけど。
「私はお伽噺を聞いているようで、ドキドキしてしまいましたわ。一人の女性のために邪竜に立ち向かうなんて素敵です。ターティ様が求婚の時に私の無理難題を聞いてくれたことを思い出します」
「懐かしいな。しかし、私は冒険者になったお爺様とお婆様の協力があったからこそ達成できたものだ。私一人の力ではない」
「ふふ。人脈も力の一つですよ。それに実際に動いたのは貴方ではありませんか。貴方の魔獣に対する知識の深さも要因ですよ。他の方々は部下やお金を使うだけでしたからね。その時点でターティ様が一番でしたよ」
かぐや姫みたいな話だな。
完璧に二人の世界ができている。それをジーっと見ている俺達。視線に気が付いた二人は顔を赤らめていた。
「おほん。話が逸れてしまったな。しかし本当に興味深い話だった。君達は今後も面白い冒険をしそうだ。何かあったら是非また話してくれたまえ」
そんな邪竜との戦いクラスの冒険はしたくないけどな。
何事も適度が一番だよな。
「私もまたお話を聞きたいです」
ミコトちゃんはコタロウを抱きしめながらニコニコと純粋な目で俺達を見てくる。こう言われると中々断る事はできないな。
「ええ。また何かありましたらベル達と一緒に話をしに来ますよ」
「ありがとうございます」
和やかな空気が流れる。そんな中、廊下の方から声が聞こえ始める。
(困ります。ターティ様はお客様の対応をしている最中なのです)
(メイド風情がこの私に指図するな!)
段々と声が部屋へと近づいてくる。ターティ様は声の主に覚えがあるのか、優しい表情が険しく変わってくる。セトナ様はミコトちゃんを背中に隠すように前に立つ。
そして乱暴にドアが開かれると、数名の騎士と豪華な衣装と杖を持った男が入ってきた。後ろには申し訳なさそうな顔をしているメイドが数名いるのが見えた。
「ターティ殿こんな所におられたのですね。いやー探しましたよ。それとメイドの躾がなっておりませんな。この私が来たのだから確認などせず、すぐに通すべきだというのに」
「要件があるなら事前に来る事をお知らせください。それにメイド達は通す前に私に確認しようとしたのでしょう。とても当たり前の行為ですよ」
(なあシェリル。アイツは貴族か何かか?)
(いや、よく見ろ。男もそうだが騎士達に教会のシンボルである白い鳥が描かれている。恐らく司教と教会騎士団だろうな)
(教会も自前で戦力を持っているのか)
(まあな)
何か面倒な事になりそうな雰囲気だな。
「ところで何の用でしょうか?急に来られるくらいなので火急の用事があったのでしょう」
「ええ。いい加減、女神の宝石を私どもに返していただけませんかね」
「あれは我が家に代々伝わる家宝だ。元々教会の物ですらないだろう」
屋敷の兵士も駆けつけており、険悪な雰囲気が流れる。
(女神の宝石って何だ?)
(光と慈愛を司る女神フェーリーンに関する物だろうな。教会が執着を見せているし、かなりの物なんじゃないか)
「まったく強情ですな。その程度の信仰心だから当主であるアラン様がご病気になっているのではないですか。それに…」
一呼吸おいて俺達の方を薄汚い物を見る目で見てくる。
「今噂の嘘つき冒険者ですな。こんな下等な男を客人として呼ぶとは程度が知れますな。薄汚い獣まで。まあ女は上等のようですがね」
…俺自身はどうでもいいが、シェリルを見る目とベル達への侮辱はイラつくな。悪臭玉を投げる準備はしておくか。
(やめろバカ)
俺の考えを読んだのかシェリルに止められてしまった。
そんな事をしている間も司教?とターティ様は話を続ける。
「貴様。私の客人に無礼な口を利くなよ」
「これは失礼。しかし私のように教会の司教にまでなりますと、信仰心の薄い者や平然と虚言をつく者が許せないのですよ。汚らわしい魔獣どももね。特別に私の聖魔法で浄化してあげましょうかね。私の聖魔法は邪竜でも浄化できるレベルですから、その魔獣たちは昇天してしまうかもしれませんけどね」
司教がそう言って笑うと周りの騎士も同じように笑い出す。
「まあ今日は他の用事のついでに寄っただけなので帰らせてもらいますよ。次はいいお返事を期待していますからね」
そう言って司教たちは帰っていった。
暇人だなあの司教。ほとんど嫌味を言うためだけに来ているよな。
「すまなかったね。恥ずかしい所を見せてしまったね」
「アイツは一体?」
「彼はこの街の司教だよ。我が家に女神の宝石があると知って尋ねてくるようになったんだ。彼が来てから父が病気になったり、客人に迷惑をかけたりと散々だよ。お陰で私の体調も万全とはいかないしね」
疲れた表情のターティ様はイスに座り一息つく。ミコトちゃんなどは司教が去って安心したようでベル達と残っているお菓子を食べ始めた。
しかし、当主の調子が崩れるのと司教が現れたのが同じタイミングなのが気になるな。
「当主様の体調はどうなのですか?」
「今は執事長と一緒に空気の良い所で療養中さ。徐々に回復に向かっているよ。でも執事長まで連れていかれて、こちらは仕事が大変だけどね」
「でも回復傾向なら、何よりですね」
「あの、お話し中申し訳ありませんが私共は失礼させていただきます。大切なお話し中に止める事ができず申し訳ありません」
メイドの一人が申し訳なさそうにお辞儀をしてた。
この声は最初に聞こえた、司教を止めようとしていた人だな。
「気にしなくていいよ。いつもありがとう」
ターティ様に声をかけられて部屋を出ようとした直前。コタロウが走ってきてメイドのスカートの裾を掴む。
「たぬ!たぬぬ!たぬ!」
いつものコタロウらしくない雰囲気。俺がコタロウを止めよう動く前に、シェリルが何かを察してメイドの手を掴もうとする。
「ちっ」
その瞬間。メイドはシェリルの手を払い、メイド服を脱ぎ去り黒い装束に身を包んでいた。逃げようとするが、シェリルとコタロウが邪魔をする。
そして、兵士やメイドの中から数名が動き出す。狙いはシェリルとコタロウだった。
サクスム家の側にはベル達がいることを確認して、俺は動き出した兵士やメイドを風で拘束して、顔面を水で覆い動かなくなるまでそのままにしてやった。
その間にシェリルとコタロウが女を捕らえることに成功していた。
「キュキュ!」
ベルの声が聞こえて振り向くと、植物に拘束されて武器を落としたヴィレンさんがいた。
屋敷の警備ガバガバ過ぎないか。




