とある日の生活
※この話は三人称視点でお送りします。
「たぬー」
日が昇り始めた頃。コタロウは誰よりも先に目覚めて、皆がぐっすりと眠っていることを確認する。そして、皆を起こさないようにキッチンへと移動して朝食を作り始める。
「たぬ♪たぬ♪」
今日の朝食はおにぎりとお味噌汁。それに卵焼きをしょっぱいのと甘いのと二種類用意する予定だ。おにぎりの中身は用意してもらっている梅干しと鮭を焼いて身をほぐしたものを入れるつもりだ。
機嫌良く料理をしていると今度はベルが起きてくる。
「キュキュ」
「たぬぬ」
簡単に挨拶を交わすとベルは元気よく外へと出かけて行った。
「キュキュキュ♪」
ベルは外に出ると月光樹と果樹園の世話を始める。果樹園は広いが分身を使えば時間はかからない。ベル自身が美味しい物を食べたいから世話をしている部分があるが、コタロウと同じようにみんなが喜んでいるからという理由もある。
さらに月光樹は、良質な回復薬を汲むことができたり、先日は凄い効果を持つ実が遂に実ってくれた。皆と長く一緒にいるためにも、ベルはこの作業を止めることは無い。
ベルが月光樹と果樹園の世話をしている途中で、今度はリッカとムギが目覚める。
「ベアー」
「ピヨ」
「たぬぬ」
料理中のコタロウに挨拶をする。そして、軽く体を動かして調子を整え始める。
「たぬ」
コタロウの調理が終わると三匹揃って月光樹に向かう。向かう理由はベルの手伝いだ。コタロウは聖魔法を月光樹に掛け、リッカは人形を作って世話を行い、ムギは音楽を聴かせる役割だ。
月光樹と果樹園の世話を終えると、ベルが選んだ果物を軽く腹に入れる。そして気合を入れて修練場へと向かいだす。
「キュキュ、キュー!」
修練場ではベルの指導のもとで色んな魔物戦っている。戦う魔物は最初は弱い魔物だが、最後の方は自分達より強い魔物だ。一対一だけでなく、皆で戦ったり逆に魔物の団体を相手にすることもある。そしてベル自身も自分の苦手なシチュエーションでも勝てるように研鑽を怠らない。
全員に共通しているのはジュンやシェリルの力になりたいという思いだ。今の生活を守りたい、皆で一緒に過ごしたいという思いが強い。
ある程度戦った後は一度皆で温泉に入る。いつもは楽しく遊ぶのだが、ジュンやシェリルがいないとつまらないので簡単に汗や汚れを落とすだけだ。真面目に体を洗って、静かにお湯につかっている姿はジュンやシェリルが見れば目を疑うだろう。
そして四匹は部屋に戻っていく。
少しするとシェリルが目を覚ます。
「おはよう」
柔らかく微笑みベル達を撫でると、シェリルは身支度を整え始める。
その間にコタロウは味噌汁を温め始め、ベル達は収穫しておいた果物をカットしておにぎりと一緒にテーブルに並べる。
シェリルの身支度が整った頃にジュンが起きてきた。以前はコタロウよりも早起きだったのが、今は一番遅く目が覚める。
「おはよう。いつもありがとうな」
ベル達に挨拶をして、シェリルと同じように撫でている。ベル達はジュンやシェリルに撫でられるのが好きで気持ちよさそうにしている。
「起きたのか」
「ああ、おはようシェリル」
ジュンとシェリルは少しの間話をする。その後シェリルはイスに座りジュンが来るのを待つ。ジュンは洗面所で顔を洗って身支度を整えてから席に着いた。
そしてコタロウが味噌汁を並べる。皆の準備ができたところで食べ始める。
「「いただきます」」
「キュキュ」
「たぬぬ」
「ベアベア」
「ピヨヨ」
おにぎりに手を伸ばして口に入れる。
「今日も美味いな」
「そうだな。三つくらいは軽く食べられるな」
コタロウはジュンとシェリルの感想を聞き満足そうだ。ベル達もコタロウに美味しいと感想を述べている。
食べ終わって一息つくと、皆で修練場へと移動する。この時間はジュンとシェリルがメインで使っているので、ベル達はジュン達の戦いを見て学ぼうとする。
まずはジュンが訓練を開始する。コタロウ達と同じく最初は弱い魔物と戦っていく。徐々に魔物のレベルや数を増やして自らを追い込んでいく。そして、キーノ・烏天狗・竜のどれかと戦ってから休憩に入る。
ジュンが休憩に入ると次はシェリルの番だ。シェリルは新しい力や武器を試している。翼は機動力の上昇だけでなく、攻撃にも防御にも使える優れものだ。
高位の魔物に対しても危うげなく勝っている。竜を倒すとシェリルはジュンと交代をした。
ジュンが戦うのはアルレだ。力の差を理解しながらも毎回戦いを挑んでいる。圧倒的な技術と得体の知れない恐怖や殺気。それらに慣れる事で、他の魔物や人間が相手でも実力を発揮できると思っているからだ。
気合いを入れてアルレと対峙する。もちろん勝つつもりで戦っている。だが、足元にも及ばない。それでも、攻撃を掠らせたり一撃を避けたりと成果は上がっている。
今日はアルレの腕を掴む事に成功した。だが技術の差がありすぎた。攻撃に転じる前に逆に地面に叩きつけられて、追撃をくらいゲームオーバーだ。
それからまた少し休憩すると、今度は全員で魔物の集団との戦いだ。
ゴブリンから竜種まで様々な魔物と対峙する。
キリの良いところで終わりにして体を休める。
時間も大分経ち、もうすぐ昼になるところだった。
「さて、昼飯はどうする?」
「満腹亭でいいのではないか?あそこが一番ハズレが無いからな」
「確かにな。ベル達はどうだ?」
「キュキュ」
「たぬたぬ」
「ベアベア」
「ピヨヨ」
ジュンを含めて反対する者はいなかったので皆で満腹亭を目指して移動する。ベル達は歩くことも多いがジュンやシェリルの頭や肩に乗って移動することも多い。
今日はベルとリッカがジュンに乗り、コタロウとムギがシェリルに乗って移動する。ジュンとシェリルもベル達が乗ってくるのは好きなようで気にしている素振りが無い。
「こんにちは」
「いらっしゃい。好きな席に座ってくれ」
満腹亭は昼時のため繁盛していた。空いているテーブルを見つけたジュン達はそこに座り、メニューを確認する。
「今日は何食べるかな」
メニューを見て数分悩んだ末に注文する料理を決めた。ジュンとベルが満腹ステーキとパンのセット。コタロウとリッカが満腹丼。シェリルが煮込み料理で、ムギが肉串のセットだ。
数分後。運ばれてきた料理を美味しそうに食べ始める。たまに料理をシェアしながら、満足するまで食べ続けた。
「「ごちそうさま」」
「キュキュ」
「たぬたぬ」
「ベアー」
「ピヨ」
「おう。また来いよ」
食べ終わったジュン達はガンツさんに挨拶をすると店を出る。その足で街の外へと歩いていく。
さすがに街の近くにはEランク程度の弱い魔物しかいないが、少し離れた森にはオークなどの魔物も住んでいる。
そのため、街の外に出たジュン達は身体強化をして森へと駆けていく。
森に着いたジュン達の前には体が大きく立派な牙が生えたイノシシの集団がいた。
「でかいな」
「ファングボアだな。肉も美味いし牙や毛皮は高く売れるぞ。強さ的にはDランクの魔物だが、突進には注意しろ」
シェリルの説明を聞いたジュン達はファングボアの集団に攻撃を仕掛ける。
ジュンは水の中に閉じ込めて窒息させ、シェリルは大鎌を巧みに操り首を切り落とす。ベルは植物で締め上げ、コタロウは光魔法と小太刀で仕留める。リッカとムギは傀儡や音魔法で同士討ちを誘っている。
どんどんと倒されていく仲間を見てファングボア達は撤退していった。ものの数分でジュン達の六頭のファングボアを仕留める事に成功した。
「相変わらずの倒しかただな」
「やっぱりこれが一番やりやすいんだよな」
ジュンの倒しかたにはシェリルは笑うしかなかった。お世辞にもカッコいい倒しかたとは言えないが、効率も良く傷もつかない。邪竜やアルレにはカッコ良く立ち向かっているのに、こういうところは変わらないなと感じている。
ジュン自身も今更この戦いかたを変えるつもりはない。むしろ、少しの水で無駄なく倒せるかを極めたいとすら思っている節がある。
とりあえずファングボアを仕留めたジュン達は、そのまま森の奥へと向かっていく。
オーク・ポイズンフロッグ・チキンバード・暴れ鳥など数種類の魔物と戦い倒している。
「これくらいにするか」
「そうだな。幾つかはガンツや三兄弟に卸すのか?」
「そのつもり。ギルドより高く買ってくれるしね」
魔物を通販の機能で解体しているので状態も良い。傷が多い毛皮や牙などは価値が低くなるが、今回のジュン達は上手に倒しているので損傷が少なかった。
意気揚々と街へと戻り、最初に三兄弟の露店へと向かう。
「どうも」
「ジュン達か。今日は何のようだ?」
「魔物を狩ってきたので素材を買取りしませんか?」
「お、何の魔物を狩って来たんだ?」
ジュン達が魔物の素材を見せるとクロス達の目の色が変わる。真剣に素材を吟味している。知り合いだからと手を抜くような真似はしない。
ベル達も真剣なのが分かっているので黙って待っている。
「…ファングボアの毛皮と牙。それとポイズンフロッグの内臓を買わせてもらう」
「了解です」
クロス達とジュン達は互いの納得できる額で取引を終える。取引を終えた後は軽く世間話をしたり、ベル達と交流したりとまったりとした時間を過ごす。
「それじゃあ俺達はいきますね」
「今度はガンツの店か?」
「ええ美味い料理を作ってほしいんで」
ジュン達は再びガンツの店へと向かう。満腹亭は夕方の営業が始まったばかりのようで人はまだ少なかった。なのでジュン達は今のうちに話をしに行く。
「こんばんわ」
「何だ今日は夕食も食いに来たのか?」
「いや、今日は魔物を狩ってきたから肉を買取しないかなと」
「見せてくれ。お前のは解体もしっかりしているからありがたいんだよ」
クロス達と同じくガンツは肉を真剣に確認する。そして見終わるとニヤッと笑いジュン達を見つめる。
「いいね。買わせてもらうぜ。ファングボア・オーク・チキンバード・暴れ鳥。売れる分だけ売ってくれ」
こちらもスムーズに取引が終わる。ファングボア六頭はさすがに多いので一頭分だけ売っている。
「それじゃあ俺達は行きますね」
「おう。今度来た時には特別料理をご馳走するから来てくれよ」
その言葉にベル達はウキウキだった。明日以降を楽しみにしながら今度はギルドへと向かう。
ギルドはいつも通りに活気に満ち溢れているが、ジュン達は足早に受付を目指す。
「素材の納品をお願いします」
ジュンとシェリルはギルドカードを提示して素材を納品する。今回の納品は個人の実績にもなるが“旅する風”としての実績にもなる。
納品した素材はどれも状態が良いので評判が良かった。肉の方もいくらかは残していたので納品すると喜ばれる。
ジュン達は用を済ませるとギルドをすぐに後にする。理由としては噂に聞いている“栄光の宝剣”に会いたくないからだ。
「それじゃあ帰るか。それとも寄りたいところはあるか?」
「私は特にないぞ」
ベル達も首を横に振ったので、ジュンは入口を出現させて皆で中へと入る。
そして一番最初に向かうのは温泉だった。
温泉に入り今日の疲れをとる。そんな中ベル達は元気に泳いではしゃいでいる。朝とは違い、ジュンやシェリルがいるので楽しくて仕方がないらしい。
ジュンも今日はベル達に触発されたのか、水魔法で人形を作っている。まあ本人にとっては水魔法の訓練も兼ねてはいるが、傍から見れば遊んでいるようにしか見えない。さらにシェリルも笑いながら、ジュンよりも精巧な水の人形を作り出す。
「…上手くないか」
「威力は負けるかもしれんが、操作に関しては年季が違うからな」
悔しそうにするジュン。それを見てシェリルはさらに笑っている。
「ピヨヨ♪」
楽しくなったムギが歌い始める。それに合わせてベル達は楽しそうに体を揺らす。…ちなみに以前は踊っていたのだが、コタロウが転んでからはむやみに動き回ることは無くなった。
落ち着いたところでジュンとシェリルはベル達を洗い始める。別に自分達でも洗えるのだが、洗ってもらうのが好きなベル達はされるがままに洗われる。時折体を震わせて水や泡を飛ばして遊んだりもしている。
満足したところで皆は温泉から上がる。そして部屋へと向かい夕飯を選び始める。
「今日は何を食べるかな?俺は…天ぷらうどんの大盛りにとり天丼を付けるかな」
「私はミックスフライ定食で頼む」
ジュンとシェリルが決めるとベル達も食べたい物を選んでいく。
ベルは牛丼・カツ丼・天丼の三つの丼物、コタロウはナポリタン、リッカは焼き魚定食、ムギはオムライスを注文した。
料理が並ぶとベル達は勢いよく食べ始める。その表情はとても美味しそうだった。
ジュンとシェリルはそんな姿を微笑ましく見ながら自分達も食べ進める。
夕食を食べ終えたジュン達は、寝る準備をしてからゆっくりと部屋でくつろいでいる。
ジュンはソファーに座り、通販で買ったパズルやクイズを解き、ベル達は数字の書かれたカードを真剣な表情で選んでいる。シェリルはそんなベル達の様子を見ていた。
「ピヨー♪」
カードを引いて喜んでいるのはムギだった。ムギのカードには一と書かれている。二はベル、三はコタロウ、四はリッカだ。この数字はシェリルに毛づくろいをしてもらう順番となっている。
因みにコタロウには幸運の能力が備わっている。普通ならばコタロウは一番を引くことが多くなる。しかし、性格的にこのような場面で自分だけが良い思いをしたいというわけではないので、ゲームなど含めて仲間内で楽しむ時は幸運の能力は発揮されていない。なので、一番を引くことは多くは無かった。
毛づくろいをしてもらっているムギは、気持ちが良くて目がトロンとしている。
ジュンも決して下手ではないのだが、シェリルが上手すぎるために今はシェリルの役割となっていた。
しばらくすると全員分の毛づくろいが終わる。それが合図のようにジュンもベッドに横になる。
「キュキュキュ」
「たぬたぬ」
「ベアー」
「ピヨヨ」
ジュンの上に次々と飛び乗っていく。最近はジュンとシェリルで一つのベッドを使うことが多いが、今日はベル達も一緒に寝たいようだった。ジュンもシェリルと二人で寝るのも好きだが、ベル達が一緒なのも同じくらい好きなので何の問題もない。
皆で横になると、少しの間は撫でたりじゃれ合ったり会話をしていたが、すぐに寝息が聞こえだして夢の世界へと旅立っていた。
ジュン達の一日はこんな感じで過ぎていく。