街での生活
「起きろ朝だぞ」
シェリルの声で目が覚めた。夢の中とは言え、起きる直前まで遊んでいたせいか若干眠い。
「貴様が最後に起きるとは珍しいな。ナイルとの戦闘が響いたか?」
「いや、楽しい夢を見たせいだと思う。皆でプールで遊ぶ夢だった」
「夢の中でも遊んでいるのか。全く、早く起きて顔を洗ってこい」
「そうだな」
ベッドから起き上がって顔を洗ってスッキリする。
朝食はコタロウがおにぎりを作ってくれていた。人に変化して作ったらしく少し小さいが上手に作られている。味も色々と用意してくれて、鮭・梅干し・おかか・味噌大根に焼きおにぎりまで作ってくれる。
「コタロウはどんどん料理が上手になってきているな」
「まったくだ。貴様の通販の料理も美味いが、作ってもらう料理は別の美味さがある」
「キュキュ」
「ベアベア」
「ピヨヨ」
「たぬ///」
褒められて満更でもない様子のコタロウ。皆で楽しく食事を終えると三兄弟の露店へと向かった。
「おはようございます。…今日はパッチさん一人なんですね」
「おうジュン達か。昨日はサンキューな美味かったぜ。二人は今日は用事があるからもう少ししないと来ないぜ」
「そうなんですか。ところで今日は相談があって来たんです」
「ベル達の装備か?」
「それもですけど。礼服を取り扱っている店を教えてほしくて」
「礼服?」
俺は昨日のギルドでの話を伝える。まだパーティーが開かれるかは決まってはいないが、注文は早めにしておかないと当日に間に合わない可能性もある。それに作っておいて困る物でもないからな。
「なる程。それで礼服が必要なのか。それならエリスの洋裁店がお勧めだな。癖のある店長だがお前達なら大丈夫だろ」
「何か不穏な単語が聞こえたんですが」
「気にするな。気にすると俺達みたいな頭になるぞ。それよりもせっかく来たんだからベル達の装備についても話そうぜ」
それからしばらくの間、ベル達も交えて話し合いを行った。
アイテムボックス以外で共通の能力として身体能力と魔力の強化・耐熱・耐寒・水中行動だ。後はベルがアイテムボックス内の射出機能、リッカが情報版、ムギが音響石、コタロウは保留だ。
リッカは予定変更で傀儡糸でなく情報版になった。これは人形達が見た情報を纏めたり地図にしてくれるものだ。ムギの音響石は音魔法の効果を上げる物だ。完成品が楽しみになるな。
「それじゃあこの形で進めていくからな。二人にも伝えておく」
「ええお願いします。素材が足りなくなったら教えてくださいね」
三兄弟の露店を後にして俺達は街の外の森へと向かう。今度は新しい武器を試す時間だ。
まずは数の多いシェリルが試す。森を歩いているとボロボロの防具を身に着けたオークが現れた。これ幸いとシェリルはグラビドを取り出す。
華麗な動きでオークの攻撃を避けて、軽く防具に攻撃を加える。
「ブヒ!?」
オークの動きが明らかに鈍る。そして数回攻撃を加えるとオークは地面に縫い付けられたように動けなくなる。
「感覚的には込めた魔力で重さが変わるようだな。中々面白い。どんどん行くぞ」
その後も新しい武器を試していく。シェリルはダミーシャドーとビーストクロウが使い安かったようだ。特にダミーシャドーは能力が下がっているとはいえシェリルが複数で現れるから厄介極まりないと思う。
俺も二つの武器を試させてもらったが、どちらも問題なく使用できた。特に止水の方は水魔法の威力が上がるので、前よりも堅牢な水の檻を作れるようになった。リッカとムギは俺のこの戦い方を始めて見たからか若干引いていた。…そんなにダメかなこの戦い方。
「今日はこれくらいでいいだろ」
昼を少し過ぎたあたりで今日は止めることにした。
街へ戻り屋台で適当な昼食を買って食べていると、ベルが手を振りながら声を上げる。
「キュキュキュ!」
ベルの向いている先には近くの孤児院の子供たちがいた。
「ベルちゃんだ」
「コタロウ君もいる」
「あれー?、熊さんとヒヨコさんもいるよ」
ご飯を食べ終えていたベル達は子供達の方に駆けていく。
「貴様はもう少し休んでいろ。私が見ておく」
そう言ってシェリルはベル達に付いていく。俺は好意に甘えてもう少し休ませてもらおうかな。
ベンチに座り、ベルや子供達の様子を遠くから見せてもらう。リッカやムギも問題なく子供達と遊んでいる。何ならシェリルもかなり面倒見がいい。
子供達も楽しそうだが、ベル達も遊び相手が大勢いて機嫌が良さそうに見える。多少の事なら魔物のベル達は平気だしな。
「ニャー」
「あれ?お前は昨日の」
いつの間にか昨日見た黒い仔猫が側に来ていた。やはり可愛らしい。
昨日とは違い穏やかな表情なので抱き上げて膝に乗せ、通販で買ったペットフードを渡してみる。
「ニャー♪」
美味しそうに食べている。ところでコイツは魔物なのだろうか?魔物だったら是非従魔にしたいんだが。
ベル達も可愛いが、馴染み深い犬や猫系もやはり可愛い。撫でまわすと腹を見せてゴロゴロしている。
「ジュンさんお久しぶりですね」
「あ、お久しぶりですね。お元気でしたか」
声をかけられた方を向くと、孤児院の院長先生が立っていた。
「お陰さまで。ジュンさんはお休み中でしたか?」
「いえ、今仔猫と戯れていたので…ってあれ?」
仔猫はいつの間にか消えていた。
人見知りかな?また会えればいいけど
「おや、私が近いたので逃げたのでしょうか。申し訳ございません」
「いやいや、そんな事はありませんよ。それよりどうかしましたか?」
「いえ、お礼を言いたいと思いまして。ベルさんやコタロウさん。それに新しい子も増えていて、皆良い笑顔で本当に楽しそうで」
「それはこちらもです。ベル達も子供と遊ぶのは好きですからね。元気なのが一番ですし」
「そうですね。しかし、子供達は元気すぎて最近は朝も寝坊することが増えいたので、少しは生活を正さないといけませんけど」
「ハハハ、良いじゃないですか子供らしくて」
「まあそうなんですけどね。おっと、お時間をとらせ過ぎましたね。この辺で失礼させていただきます。また孤児院の方へもお越し下さい」
そう言って院長は深々とお辞儀をして子供達の方へ向かった。そして、シェリルやベル達にもお礼を言って、子供達を連れて帰っていった。
俺は立ち上がりベル達の方に歩いて行く。
近づくとベル達は楽しかったらしく機嫌が良さそうだ。
そのまま俺達は歩いて行き、クロスさん達に紹介してもらったエリスの洋裁店へと向かう。
「外観は普通だな。癖のある店長と言っていたから物凄い無駄にメルヘンチックな外観とかだと思っていたけど」
「そんな店だと人が入らんだろ。頑固職人とかなんじゃないか?」
「まあそうだよな。とにかく入るか」
店の扉を開けて中に入る
「いらっしゃ~い」
出てきたのはスラッとしたキレイな人だった。パッと見は女性だったが声は男性だ。そういう事なんだろうな。
「すみません、クロスさん達に紹介してもらったジュンと言います」
「あら♪クロス君達から貴方の話は聞いているわ。ジュン君・シェリルちゃん・ベルちゃん・コタロウちゃんよね、あら?聞いていた時よりも数が増えているわね」
「リッカとムギです。ダンジョンの中で出会ったのでクロスさん達も昨日初めて会いましたからね」
「良いわね。とっても可愛いわ。ところで今日は服の新調にでも来たのかしら?」
「実はパーティーに出席することになりまして、それで礼服を作ってもらいたいんです。…コイツ等の分もお願いできますか」
ベル達を紹介するとエリスさんは笑顔で承諾してくれた。
「可愛い従魔ね。喜んで作らせていただくわ。ところでデザインの希望とかはあるかしら?」
「俺は特にないです」
「私も無いからお任せする」
「分かったわ。腕によりをかけて作らせていただくわ。…ところでクロス君達から腕のいい冒険者と聞いていたのだけれど、何か素材は持ってないかしら」
「素材なら色々ありますけど、どこに出したらいいですか」
「そしたら、地下室があるからそこでお願いしてもいいかしら」
地下へと案内される。地下は素材の保管庫になっているようだった。ただ、皮だけでなく爪や牙のような素材も数多く置いてあった。
「へー、武器になる素材も置いているんですね」
「そうよ、装飾品に加工できるからね。素材にも手抜きはしないわ。良い物を使いたいのよね。今はゴツイ見た目でも手を加えればエレガントな仕上がりになるの。本当の価値は最初の見た目じゃ決まらないのよね。うん。ここに出して頂戴」
俺は言われた通りにいくつか素材を出す。
竜を含めたダンジョンで出会った魔物の素材。それに特殊な効果は無い宝石。極めつけがクリスタルバードの羽毛だ。
「噂以上に素晴らしいわ。これなら最高の服を準備できるわ。あといくらか買い取らせてくれないかしら。創作意欲がわいて仕方がないのよ」
「構いませんよ。その代わりに最高の仕上がりを期待しています。あとそれ以外にも訪問用の服や普段着を三着程お願いします」
「任せて。最高傑作を作らせていただくわ。ただ作る数が多いから一ヵ月はかかると思うけどいいかしら?」
「大丈夫です」
「それじゃあ。採寸するわね。ジュン君とベルちゃん達は私が採寸するわね。シェリルちゃんは別のスタッフが対応するから安心してね」
俺達は上に戻ると別室に案内されて採寸を行っていく。
「あら、流石冒険者ね。結構がっしりしているわね」
「まあ戦い続けていたら自然と筋肉がつきますよ」
話をしながらもしっかりと採寸を行ってくれる。オーダーメイドの洋服を作ったことが無いから分からないけど、本当に細かく調べるんだな。
「それじゃあ一ヵ月後に取りに来てね。その時に試着してもらって違和感があっればすぐに直すわ」
「はい。ありがとうございます」
今日の用事を終えて隠れ家へと戻る。部屋に戻ってゆっくりしようと思うとベルが突然走り出した。
「おいどうしたんだ?」
「まずは追いかけるぞ」
ベルは月光樹の前で何かを見つめている。視線の先にはボールサイズの月のような物がいくつか月光樹からぶら下がっている。
「あれって月光樹の実か?」
「…ああ」
シェリルは頭に手を当てている。まあ枝や葉っぱもかなりの素材だし、月光水は高級ポーション以上の効果だ。月の雫に至ってはエリクサーの材料になる程の貴重品だ。ならばあの実はそれ以上の希少性を持っているのだろう。
「どんな効果があるんだ?」
「収納して確認して見ろ。人前では決して出すなよ」
「分かったよ。とりあえず回収するぞ」
俺の声に反応してベル達が動き出す。素早く木に登って皆で回収してくれた。月光樹の実は全部で十二個あった。一人二個ずつアイテムボックスに入れておく。そして俺は効果を確認する。
名前:月光樹の実
月光樹に生る実だが、滅多に目にすることは無い。実を食べると、身体中のケガや病気が完治し、体力・魔力も回復する。欠損した部位も生えて元の状態へと戻す。また、寿命が十年伸びて、若返りの効果もある。エリクサーの材料の一つ。
「…これ持ってて大丈夫?思い切り寿命が伸びるって書いてあるんだけど」
「不老不死の効果ではないがかなり近い物だ。ばれたら色んな者から狙われる。本当だからな」
シェリルの表情は真剣そのものだ。本当の緊急時以外使えないなこれは。
「ベル達も人前では絶対に使うなよ。ただ、俺達の誰かが死にそうな時は遠慮無く使ってくれ」
「キュキュ」
「たぬ」
「ベア」
「ピヨ」
いい返事が聞こえた。約束は守るから大丈夫だろう。
しかし月光樹の実の栽培成功って、絶対ダンジョンや邪竜討伐よりも凄い成果だよな。
「とりあえず温泉にでも浸かってゆっくりするか」
「ああ、そうしよう」
現実逃避も兼ねて温泉へと向かう。
温泉はいつ入っても気持ちが良いもんだ。
ベル達もいつも通りに泳いだり、打たせ湯で修行したり、プカプカ浮いて楽しんでいる。
「ところでシェリル」
「何だ?」
「隠れ家と月光樹はどっちがヤバイ?」
「月光樹だな。隠れ家も平民から王族まで欲しがるものだが、月光樹は別格だ。一部の人間や種族が狂ったように手に入れようとするだろうな。国家間や種族間の戦争が起きるだろう」
「どれも碌な事にならないな」
「ああ。教える人間は選ばないと貴様が危険になるだろうな」
改めて思うと、別の方向にチートだよな俺も。
「気を付けるよ。もしかしたら関わる人間が増えるかもしれないからな」
「まあな。貴族は適度な距離感ならいいが、近づきすぎると余計な仕事が舞い込んでくる。いい顔のし過ぎも良くないぞ」
「了解。シェリルやベル達に迷惑はかけたくないしな」
「キュ?」
タイミング良く側にいたベルが俺の方を見てくる。
俺は笑いながらベルを抱き上げて撫で回す。昼間の仔猫も可愛いが、やはり自分の従魔も可愛いな。
「たぬたぬ」
「ベアベア」
「ピヨピヨ」
自分達も撫でろと近づいてくるコタロウ達。存分にシェリルと撫で回して楽しい時間を過ごす。