食事会
「死ぬかと思った」
「本当の戦いなら実際死んだだろうな」
シェリルの容赦の無い一言。戦いはもちろん俺の負け。だが、黒い雷に飲み込まれたと思ったら、キズ一つ無く満腹亭に戻ってきていた。
すぐにナイルさんも戻ってきたので俺はナイルさんに向き直る。
「ナイルさん、ありがとうございました」
「楽しかったぜ。意外な攻撃が多くてつい本気を出しちまったよ。最後も悪あがきをくらったしな」
そう言ってナイルさんは自分の足を見る。
実は竜巻と雷が拮抗した瞬間、土の水分を利用して小さな水の刃物で足を傷つけていたのだ。我ながらよく抗ったと思う。
「凄いじゃない!よくナイル相手にあそこまで戦えたわね」
「まったくだ。ナイルの顔を二度も殴るDランクなんて見た事が無いな」
「お前どんだけ強くなったんだよ」
「でも爆音玉も使うところがお前らしいな」
上からレベッカさん。ギガントスさん・バーンさん・パッチさんだ。他の面々も驚愕の表情だった。
「それよりもナイル。あっさりと顔面を殴られていたが何があったんだ?」
「分からねえな。何の変哲もないパンチだと思ったんだが、ガードをすり抜けたり避けても急に現れてくるんだよ」
「あれも幻魔法ですよ。少しだけ先の俺の映像を見せたんですよ。だから、ナイルさんは俺の幻のパンチを受け止めていたんですよ。俺自身はほとんど同じ軌道でガードを避けただけです」
これはキーノの技を真似たものだ。本当は歩き方の方をマスターしたかったが、あっちの方はまだ何も分かっていない。
「幻と本体のブレが小さすぎて見落としていたのかよ」
「地味だが効果的だな。だが、武器を持っていた時の方が効果的だったんじゃないか?」
「最近できるようになった技ですからね、武器の細部まで完璧に再現できないんですよ。違和感があるとバレますし」
「なるほどな」
「ところでお前ら食事は良いのか?」
あまりにも色々あって忘れていたが、元々俺達は飯を食うためにここに来ていたのだ。ガンツさんの言葉で意識してしまうと一気に腹が減ってきた。
「そういえばガンツさんにお願いがあったんですよ」
「何だ?」
「これ調理してくれません?」
「キュキュ」
俺が竜の肉を出すと、その数倍の量の竜の肉をベルがテーブルの上に出した。…考えてみれば竜の巣で頑張っていた時に、ベルは他の竜を引き付けて倒していたもんな。素材は渡してくれていたけど肉はため込んでいたのか。まあ、ここで出すあたり独り占めにするつもりは無かったんだろうな。
「これは竜の肉か?」
「ええ。せっかくなら美味しく食べようと思って持ってきました」
「キュキュ♪」
「期待してくれているところ悪いが、ただ焼くしか出来ねえぞ。俺の所にある材料じゃ肉の味に負けてしまうからな」
「それでも俺が焼くより絶対美味しいでしょう」
「まあやるだけやってみるぞ。…これ全部か?」
「キュキュ」
ベルが首を横に振り、さらに追加の肉を出してきた。…こんなに食えるのか?
「いいなー」
「キュキュキュ」
竜の肉をじっと見ているルーミスさん。そんなルーミスさんにベルは声をかけている。その姿は一緒に食べようと誘っているようだった。
「ベル。ここにいる皆で食べるためにこんなに出したのか」
「キュー♪」
楽しそうに頷いている。
レベッカさんやディランさん、メイヤ婆さんなどは一度は遠慮したが、他のメンバーや三兄弟が勧めた事もあり最終的には承諾した。
そんな訳で全員で竜の肉を食べることになった。今回出される竜の肉はファイヤードラゴン・ウォータードラゴン・ウィンドドラゴン・アースドラゴン・サンダードラゴン・アイスドラゴン・クリアドラゴンの七種類だ。種類によって味が違うので楽しみだ。
皆も近くの人達と話をしながら竜の肉が出るのを待っている。
俺も両隣の二人と話をすることにした。
「ところでジュンはダンジョンで手に入れた物で使わない武器とかないか?」
「俺もシェリルも使わない物は結構ありますけど」
「なら見せてくれないか。物によっては高値で買ったり交換するぜ」
いざという時のポイント変換用だったけど現状は余裕があるしな。交換もしてくれるならこっちの方が良いかもな。
「いいですよ」
「ジュン。それなら宝石も出すと良いぞ。魔法使いタイプには宝石は必需品だからな」
シェリルの助言もあり、俺は使わないアイテムを取り出した。
雷獣槍・グレートアックス・宝石箱・ミラーシールド・爆炎斧・激流斧・炎の甲冑・砂塵の槍・女帝の鞭・朧・エレメンタルシールド・死霊の魔杖だ。
全員俺が獲り出したアイテムを食い入るように見始める。
「触ってみてもいいか?」
「ええ」
ナイルさんは雷獣槍を気に入ったようだ。他にもガーネットさんはグレートアックス、ディランさんは爆炎斧と激流斧、シャロンさん・シェーラさん・ルージュさんの三人は宝石箱、ギガントスさんはミラーシールドとエレメンタルシールドを手に持っている。
ルーミスさんとルージュさんが鑑定能力持ちのようでパーティーメンバーに能力を伝えていく。それぞれ手に持っている物を気に入ったようで売買か交換を申し出てきた。ちなみに宝石箱は三人で話し合って中の宝石を三等分している。
「ジュン達はどんなアイテムが欲しいんだ?」
「短剣・棒・大鎌・鉄扇・短刀ですかね。後は従魔用のアイテムや防具でも良いですけど」
すると両方のパーティーがいくつかの武器を提示してきてくれた。
さすがトップクラスのパーティーだけあって、質の高い武器が多くあった。しかも価値のつり合いがとれていないという事で、“歴戦の斧”は金貨二十枚、“大樹の祝福”は金貨五枚を支払ってくれた。俺はシェリルと話し合いながら交換する武器を選んでいった。そして、決めたのが次の八つだ。
名前:グラビド(大鎌)
身体能力・魔力を強化させる。また切れ味自体は普通だが、攻撃が当たった武器や防具は重さが増していく(時間制限あり)。
名前:ドレインサイス
倒した相手の魔力を吸い取り、溜めておく事ができる。魔力を吸い取った分威力が上がるが、溜めた魔力は自身の回復にも使える。
名前:ダミーシャドー(大鎌)
自分と同じ質量の分身を最大で四体作れる。分身と本体は情報を共有できる。
名前:ビーストクロウ(鉄扇)
身体能力・魔力共に強化するが、身体能力の割合が高い。振るうことで獣の爪のような攻撃を放てる。
名前:守護鉄扇
身体能力・魔力を強化させる。振るうことで、障壁を出したり任意の相手を結界に包む事ができる。
名前:焔(鉄扇)
魔力を強化させ火魔法の威力が上がる。魔力を込めることで他者の火魔法も操る事ができる。
名前:剛力(棒)
身体能力を強化させる。破壊力が高いが、細かい攻撃には不向き。
名前:止水(棒)
魔力を強化させ水魔法の威力が上がる。また、液体を一時的に止める事が可能。
今まで予備が少なかった武器たちが一気に充実した。短剣と短刀が無いのは残念だけど。
「仕方がないか。コタロウ。短刀は後で一緒に探すか。リッカ達も装備を探そうな」
「たぬ…」
「ベア…」
「ピヨ…」
多くの武器が出てくるのをキラキラとした目で見ていたコタロウ達だったが、今は自分の使いたい武器や装備品が出てこなくて落ち込んでいる状態だ。
ベルがそんなコタロウ達を慰めている。
まあ、“歴戦の斧”と“大樹の祝福”にとっても短剣や短刀は利用価値が高い物だから、金貨と大鎌・鉄扇・棒で済むなら、そっちの方が良いに決まっているからな。それに従魔用のアイテムを確保している方が少ないだろうし文句は言えない。
「何だコタロウ達も武器が欲しかったのか?」
落ち込んでいる姿を見たクロスさんが声をかけてきた。
「ええ。コタロウが人間に変化できるようになって武器を使うようになったんです。リッカ達も装備を付けてみたかったんでしょうね」
「だったらこれはどうだ?ダンジョンの素材と交換で構わないぜ」
そう言って鞘に入った短刀を俺に投げ渡してきた。
「ほう、これは中々便利な武器だな」
鑑定を使ったシェリルが感心したような声を出す。
「その短刀は“八尾”という名前だ。能力の強化は無いが、火・水・風・土・雷・氷・光・闇属性の刀身に変化できる。よほど特殊な相手じゃない限りは効果的だぜ」
「じゃあ装備はアイテムリングを持っているようだし強化してやろうか?基本は皆お揃いにするが、リッカは傀儡糸、ムギは音響石、ベルは植物の種を仕込んでみるか。俺達三人とメイヤ婆さんの協力があれば可能だぜ。ダンジョンでの話を聞いただけだから他の能力を伸ばしたいなら相談してくれ」
「そうだね。私で良ければ協力するよ。植物魔法を扱う冒険者から相談を受けた事もあるし、種や花ならお薦めもあるからね」
バーンさんの言葉に喜びだすがムギだけが元気がない。
すかさずパッチさんが声をかける。
「落ち込む必要はねえぞ。お前ら用のアイテムリングはいくつか俺が持っている。それを加工するから仲間外れにはなんねえぞ」
「ピヨ♪」
ムギも元気を取り戻す。そしてベルはマイヤ婆さん、コタロウはクロスさん、リッカはバーンさん、ムギはパッチさんに飛びついてじゃれついている。微笑ましく皆が見ている中、やはりルーミスさんだけが恨めしそうに見ていた。
「お前の従魔は仲が良い上に人懐っこいな」
「そうなんですよね。おかげでダンジョンでも元気をもらってましたよ」
「ハハハ。私達もあんな従魔なら欲しくなってしまうな」
話をしていると、良い匂いと共に大量の肉をガンツさんが持ってきた。
「出来たぞ。テーブルを開けてくれ」
どんどんテーブルの上が肉で一杯になっていく。全部が並んだところでベルに感謝して食べ始める。
「美味いな」
味は本当に種類ごとに違っていた。ファイヤードラゴンはスパイシーでピリ辛、ウォータードラゴンは柔らかく焼いたはずが茹でた感じで肉汁もタップリだ。ウィンドドラゴンは軽く噛み千切れスッと胃の中まで入っていく。アースドラゴンはどっしりとした味わいで、サンダードラゴンは刺激的な味だ。アイスドラゴンは舌の上でサラっと解けて消えていく。クリアドラゴンは後味がすぐに消えてしまいまた食べたくなってしまう。
個人的にはアースドラゴンかアイスドラゴンの肉が好みだ。
「ドラゴンの肉なんて久しぶりだぜ。しかも食べ比べなんて贅沢だな」
「私達も竜を狩れたらいいんだがな。レッサーやワイバーンも美味かったが、コイツは別格だな」
あれだけあった竜の肉がすぐに無くなっていく。メイヤ婆さんもウィンドドラゴンやアイスドラゴン等の肉は食べやすいようだった。
皆が夢中で食べているので、テーブルの上の肉が無くなるのに時間はかからなかった。
「美味しかったわ。ありがとうね」
「俺達も礼を言う。こんなにいい肉は久しぶりだったぞ」
二つのパーティーのリーダーからお礼を言われた。ここでお開きというところでベルがまた何かをテーブルに出した。
「これはコルコロ。それにスイスイ・ペルン・キキシアじゃねえか。これもダンジョンで手に入れたのかよ」
「いや、家の庭の果樹園で育ったんだ」
「分かりやすい嘘をつくな」
ガンツさんに軽く頭を小突かれて、軽く笑いが起きた。本当のことを言ったが信じてもらえなかったな。事実は小説より奇なりとはよく言ったものだな。
その後、果物はカットしてデザートとして出してもらった。どの果物も甘く好評だった。
「さてと腹も一杯になったし、そろそろギルドに行くかな」
「そうだな。大分時間を使ってしまったしな」
「それなら俺達もギルドに向かうかな。依頼の報告があるしな」
「私達もだわ。せっかくだから皆でいかない?」
ガンツさんと三兄弟とマイヤ婆さんは、それぞれ店の仕事があるのでここで別れることになった。
俺は別れる前にこっそりとパッチさんにあるお願いをすると、呆れられたが最終的には頷いてくれたので気分が増々良くなった。
街の中を歩いてギルドに向かっているのだが、周りの視線が集まっているのは気のせいじゃないだろう。
このメンツだと俺が浮いてしまっているよな。ベル達も色んな人に遊んでもらえて楽しそうだし。
「うん?」
最後尾を歩いているとボロボロの仔猫が見えたので立ち止まった。
怯えているようだったがケガでもしているのか動けない様子だ。俺が近づくと毛を逆立てて威嚇してくる。
「フシャー」
何というか迫力はない。放っておくことも出来ず月光水をとりだして中身を仔猫に掛ける。
「ニャ!?」
驚いた様子だが避ける事はできず全身が濡れる。一瞬俺をさらに睨んできたが、ケガが治っているのが分かると茫然と俺を見つめる。
本音を言えば撫でたり抱きたいけど、さっきの様子を見る限り止めておいた方が良いだろう。
とりあえず俺は清潔の指輪で仔猫の体をキレイにだけしておいた。
すると恐る恐るだが仔猫が近づいてきた。
「何をしているんだ」
不意にシェリルの声が聞こえて振り返る。皆とはいつの間にか距離ができていた。
「ゴメン、ちょっと仔猫がいて…あれ?」
「どうしたんだ?」
さっきまでいた仔猫がいなくなっていた。さっきの声で驚いて逃げたのなら残念だ。
ここで探すわけにはいかないので皆に謝ってからギルドへの道を急いだ。