七十八階
「ここが現在の最高到達階か。よく来られたな」
氷滅剣で死にかけてから数日が過ぎ、俺達は七十八階にたどり着いた。
さすがに氷滅剣のような危険なアイテムに出会うことは無かったが、竜から得られるアイテムはどれも高値が付くような物ばかりであった。
ここではどんな恐ろしい竜やアイテムが手に入るかドキドキしていてが、扉の先の風景に肩透かしを食らった気もする。
「…静かだな」
不気味なほどに静かだ。気配を断つのが上手い竜や姿が見えない竜が多いと聞いていたが、あまりにも何も感じられない。
「それでも進むしかないよな」
「キュ」
ベルの隠形で身を隠しながらゆっくり進んで行く。
竜がいる事は分かっているから一瞬たりとも気を抜けない。姿も気配も見えないと、精神的疲労感が段違いだ。
慎重に進んでいると風が変わったのを感じた。
「ベル来るぞ!」
「キュ!?」
俺達がいた場所は地面に穴が開いている。気が付かなかったら危なかったな。
体勢を立て直して竜のいる方向を向く。風のおかげでおおよその位置は把握できるが、見えないし気配すら感じない。
「ベル。俺の攻撃した位置に一緒に攻撃してくれ」
「キュ」
ベルでも感知できないようなので位置を俺が教えながら戦っていく。
運が良かったのは見えない竜は能力自体は高くないことだ。視覚や気配にも捉えられないが、強さはレッサードラゴンより少し強いくらいだろう。
ベルの魔法が直撃すると戦いは終わった。すると竜の姿が見えるようになる。
「見かけはレッサードラゴンだな。少し大きいくらいか」
見えない竜はこれといった特徴が無い竜だった。
そして体が崩れドロップアイテムだけが残る。
名前:クリアドラゴンの皮
防具に加工できる。クリアドラゴンの皮で作られた防具には隠形の効果が付く。防御性能も高め。
「さすが竜の素材は外れがないな」
やっぱり売ったりポイントにするだけじゃもったいないよな。三兄弟に渡して、ベル達用の武器や防具を是非作ってもらいたい。
「そのためにも、早く邪竜の呪いを解かないとな」
俺はベルの頭を一撫でしてから再び進み始める。
それからもクリアドラゴンの襲撃は続いた。幸いにも俺の能力は相性が良いみたいで奇襲を受ける事は無かった。
「このままなら行けるかもな」
そう油断したのがいけなかった。隠密性に長ける竜はクリアドラゴンだけではない。
気がつくと黒い大きな槍が飛んできた。
「キュキュ!」
ベルに蹴飛ばされて躱すことができた。
槍が飛んできた方向を見ると、地面に体が埋まっている黒い竜がいた。そして黒い竜は地面に潜る。
「影使いの竜か。本当に種類が豊富だな」
移動するときにも影に沈んでいる。だが、視認できる分、奇襲を避ければ戦いやすい。
そう思って構えていると別の方向から風を感じる。しかし、姿も気配もない。クリアドラゴンが近づいてきているのだろう。
「ベル。この竜は任せるぞ。クリアドラゴンが近づいてきているから、俺はそっちを相手する」
「キュキュ」
二手に分かれて戦う事にする。ベルは初めて対する相手でも、草木を操り影を追って対応していた。
俺もベルがいる安心感からクリアドラゴンに集中することができた。
そう時間がかからず二体の竜を倒し終わる。ドロップアイテムを回収し、黒い竜の名前を確認する。ベルの戦った黒い竜は影竜というそうだ。
「今度は影竜か。ベル、サンキューな。おかげで助かった」
その後も進んで行くと色んな竜に出会う。スカルドラゴン・アンデッドドラゴン・ゴーストドラゴン・トラップドラゴン・擬態竜・幻竜など、聞いたことある竜から聞いたことのない竜までいた。特に面倒だったのがスカルドラゴン・アンデッドドラゴン・ゴーストドラゴンだ。効果的な魔法を持っていないので、俺の幻魔法とベルによる力技で倒していく。
「強いというよりは戦いにくい竜ばかりだな。そろそろ休憩するか」
「キュー」
ベルも賛成のようなので隠れ家に戻る。それにしても、この階層を引き返したくなる理由がよく分かった。探知に優れている者が数人はいないと詰むぞこれ。俺は疲れたら隠れ家に戻れるけど、ミラージュハウスみたいなアイテムが無いと無理だなこれは。
「ただいま」
「キュキュキュ―」
家に戻るとシェリル達は料理を作っていた。いい匂いが漂ってくる。
どうやら俺が希望していたシーフードグラタンを皆で作ってくれたらしい。
「お帰り。どうだったんだ?」
「疲れた。こっちは近くに来るまで存在に近づかないのに、向こうは隠形をかけているこっちにすぐ気が付くんだぜ」
「それは仕方がないな。隠密行動と探知はアイツ等の十八番なのだろう。ベルの隠形が見破られるのも仕方がない。だが使わないとさらに寄ってくる可能性もあるからな」
「そうだよなー。姿が見えないって簡単に考えていたけど、かなり辛いな」
「それでもベルの探知に貴様の勘などもあるから、比較的恵まれている方だがな。…そういえば貴様は真実の瞳を持っていなかったか。あれを使えば多少は楽になるはずだぞ」
「ああ、使いながら進めば幻竜の対策になるか」
そんな話をしながら料理を食べる。出来たばかりで熱々のグラタン。好物のエビも入っているので手が止まらない。疲れているから猶更だ。
勢いよく食べる俺とベルを見てコタロウ達は満足そうにしている。
「ごちそうさま。飯ありがとうな」
そう言ってコタロウ達を撫でていく。
あー、さっきまでの戦いの疲れが癒される。
しばらく、コタロウ達と触れ合いながら体を休める。無邪気な姿が可愛らしい。
するとシェリルから声をかけてきた。
「ところでジュン。次の階層は私達も出るからな」
「え?危険じゃないのか」
「危険は承知の上だ。解呪の手掛かりがすぐに見つかるか分からないなら人では必要だ。それに呪われている私なら、探知できる場所があるかもしれないしな」
「コタロウ達も行くのか?」
当然とばかりにコタロウ・リッカ・ムギが頷く。そして俺の目をジッと見てくる。
本音を言えば危険だから行かせたくない気持ちがある。だけどコタロウ達は納得しないだろう。ただ黙って待っている方が辛く感じているのかもしれない。
「それじゃあ七十九階は久しぶりに全員で進むぞ。だけど、安全性は高めたいからリッカの偵察人形で周辺を調査してからだ」
「そうだな。その前に七十八階もあと数日はかかるだろうし、私達は少しでも死なないように準備しておくとしよう」
コタロウ達は修練場を使うんだろうな。
「シェリルはどうするんだ?魔法は使えるようになったのか」
「いや、ソウルイーターを持っても魔力を流すくらいだな。体力的には問題は無いのだがな」
「それで大丈夫か?」
「自分の身くらいは守れるさ」
心配だが止めることはできないだろう。それなら俺はこの階層で実戦を積んでおこう。最低限シェリルやコタロウ達を守れるようにしないと。
俺は一層気を引き締めて七十八階の攻略に臨む。
………
……
…
俺とベルは順調に七十八階を進んで行く。シェリルの言う通り真実の瞳はかなりの活躍を見せてくれた。おかげで不意打ちをくらう事は少なくなった。また、ベルの隠形が強化されたのか、徐々に見つかる事も少なくなってきた。竜喰らいも着実に力を溜めているようでクリアドラゴンなら一撃で倒せる。
「あれが次の階層への扉か。俺が記録保持者になるとはな」
今までの人生で記録という者には無縁だったので感慨深い。
扉までもう少しというところで、近くの大木に宝箱が入っているのが目に入った。
俺とベルは側に駆け寄った。
「金色の宝箱か」
光り輝く宝箱。凄いお宝が入っていると思う反面、罠だと勘が告げている。
「キュキュ?」
ベルが俺を見て首を傾げている。
壊れたらそれまでだ。そう思って俺は宝箱に八咫烏を飛ばす。
「グァァー!!」
着弾すると宝箱から悲鳴が上がる。
吹き飛ばされた宝箱は手足や翼が生えて、ふたが開くとそこから顔も出てくる。
何というか某海賊漫画に出てくる森の番人と同じ姿だな。違いがあるとすれば顔が竜というくらいか。こんな小さい竜もいるんだな。ミミックドラゴンとかトレジャードラゴンみたいな名前だろうか?
「グァー!!」
体は他の竜より小さいが機動力はかなりのものだ。それに八咫烏が直撃したのに宝箱には傷一つついていない。
「ベル。宝箱は硬いみたいだ。手足や顔を狙うぞ」
「キュキュ」
俺が風魔法や水魔法で動きを制限させて、ベルが闇魔法と植物魔法で仕留めにかかる。
機動力と宝箱の耐久力は高いが攻撃能力はあまり高くないようだ。
時間はかかったが、反撃されることなく倒すことができた。
そしてドロップアイテムを確認する。
「また宝箱か。それと短剣も落ちているな」
先に宝箱を開けると中には何も入っていなかった。もしかして空の宝箱自体がドロップアイテムなのか?
調べてみるしかないか。
名前:収束の短剣
魔力ではなく魔法を流し込む。込められた魔法は直接相手を切りつけることで何倍もの威力になる
名前:ミミックドラゴンの宝箱
見かけが高価なただの箱。調度品には使える。
宝箱は微妙だな。せめて何かの素材になってくれよ。だけどこの短剣は面白いな。魔力じゃなく魔法を流すのか。まずは風の刃を試してみるか。
俺は魔法を流して、その辺の木を切りつける。すると、切った瞬間に魔法が溢れ木を簡単に切り裂いた。
「本当に込めた以上の魔法が出るんだな。竜巻を込めれば竜が相手でもかなりのダメージが期待できそうだな。…幻魔法や感覚魔法もいけるのか?」
試したいことがいくつか出てきたが、後回しにしてベルと一緒に七十九階へと向かう。
「ここが七十九階か」
雰囲気は廃墟の階層と同じ感じだ。瓦礫の山や壊れている家が見える。
「少しだけ進むぞ」
「キュ」
薄暗く何かが出てきそうな雰囲気だが、周りからはまだ何も感じない。だが、クリアドラゴンや影竜がいる可能性があるから気を抜けない。
そんな中、人魂が浮かんでいるのが見えたので近づいていく。その人魂には映像が映し出されている。
「何だコレ?」
映し出されている映像には倒される竜の姿があった。そこからは、恨みや憎しみといった感情が伝わってくる。
気を付けてみると他にも浮かんでいる人魂は沢山あった。どれもこれも同じような映像と感情が伝わってくる。
「負の感情が集まって邪竜が生まれたとかか?…ベル。隠れ家に戻ってリッカを連れて来るぞ。この先は偵察人形を使って調べよう」
俺達はリッカを連れてきて偵察人形を何体も用意して周囲を探ってもらうことにした。
リッカも成長したらしく、偵察人形で見た光景は人形が壊れても数日ならリッカの方で再生できるらしい。俺達は安心して隠れ家に戻りシェリルと今後の事を相談する。
「とりあえず七十九階についたから一週間ほどは偵察人形で情報収集が良いと思うんだけど」
「そうだな。なるべく情報を集めた方が良いだろうな。それに貴様とベルもしっかり調子を整える必要もあるしな。映像の解析はやっておくからしっかり体調を整えておけ」
「サンキュー。ただ三日間は修練場に引きこもらせてくれ。最後に試しておきたいことがあるんだ」
「…無茶はするなよ。それと休憩と食事は摂れよ」
ため息をついてシェリルは承諾する。ダメと言っても無駄だと思ったんだろう。
早速俺は修練場へと向かう。戦うのはアルレだ。
アルレとの戦闘に慣れれば大抵の相手には逃げ腰にならないだろうという思いからだ。
目の前に現れたアルレは以前と同じく普通の青年の姿をしている。そして俺が風鴉を構えると依然と同じくにっこりとほほ笑んだ。
背筋が凍る。俺は以前これで意識を失った。意識を失えばこの恐怖から逃れられるからだ。だが逃げるわけにはいかない。膝が笑おうが涙が流れようとも目の前の相手から目を逸らしてはいけない。
この瞬間を他の人が見ていたら、さぞ俺は不格好だろう。もはや立つ事も武器を持つことも出来ず、四つん這いで震えながらアルレを見ているだけなのだから。
そんな俺にアルレはゆっくりと近づく。ゆっくりなのはその方が恐怖を与えられるからだろう。そして俺の頭に手が添えられた。
「うわぁー!?」
頭に色んな映像が流れてくる。別に恐怖体験とかトラウマとかではない。ただ情報が多すぎる。何も考えられなくなる。
そしてナイフが飛んできた。俺は判断が何もできずナイフが頭に刺さり倒れてしまった。
「…前よりは成長できたかな」
戦闘が終わった事ですぐに意識が元に戻る。以前よりは意識を保てたが何もできなかった。何なら以前の方が意識を失った後に攻撃を仕掛けていたみたいだしな。
「次は攻撃することが目標だな。せめて三十秒は戦えるようにしたいな」
俺は何度もアルレとの戦闘を繰り返す。いや一方的に殺され続けたと言った方が正しいな。少なくとも戦いにはなっていない。それでも俺はアルレとの戦いを止めることは無い。
圧倒的な力の差を感じるが、何度も殺されていると恐怖には慣れてくる。むしろその恐怖が攻撃を仕掛けてくるタイミングを教えてくれるようになった。そのおかげか一発くらいなら攻撃を躱せるようになった。ただ問題は躱した後の方がより強い攻撃が来る事だな。
ああ、まだまだ特訓が必要だな。