思わぬ落とし穴
「まあ多少は良くなったよな」
休んだ翌日以降、俺とベルは七十五階を進めるようになった。俺自身の気持ちの変化が要因だろう。まあ、それだけで一気に進めるようになるわけがないが、それでも確実に成果は出ている。
今思えば俺は安全を重視しすぎて逃げ腰になっていた。だからこそ攻められる場合でも退いてしまって、決定打を与えられなかったのだろう。現在はその反省を踏まえて、能力を活用しながら竜が動くのを待つのではなくチャンスを作りながら進めるようになったのだ。だからといって戦闘は最小限に抑えていきたい。
戦闘ではあまり通じない幻魔法や感覚魔法も、竜の気を逸らすくらいはできる。後はどうしようもない場合と、比較的戦えるアースドラゴンだけは戦って竜喰らいを成長させている。
「このまま上手く抜けられればいいけど」
「キュー」
まだまだこの階層には竜は多くいる。進めるようになったとはいえ油断はできない。
空飛ぶ絨毯は襲われたときが危険なので使えなくなり、ベルの隠形と俺の幻魔法を使いながらゆっくりと進んでいく。
しばらく進むと竜を全く見なくなった。不気味に思うがこのチャンスを逃すわけにはいかない。俺とベルは進み続ける。
そして、俺達は竜がいなかった理由を理解した。
次の階層の扉の前に二体の竜がいるのだ。その竜達は他の竜より少し上の存在なのだろう。見た目が少し違っている。片方はアイスドラゴンとソードドラゴンが混ざったような姿だ。体が氷でできている上に至る所から鋭い剣のような刃物が生えている。もう一体はウッドドラゴンのような見た目だが、所々に葉っぱが生えている。周りの竜達はこの二体の縄張りに入らないようにしているのだ。
「まずは幻魔法で移動しないか試すか」
幻影を作ってみたが見向きもされなかった。次にベルが分身を作ったのだが、それに対しても動くことは無かった。さらに言うなら、俺達の方向に視線を向けている。そして扉の前に大樹と氷壁を作りやがった。
「一旦隠れ家に戻って作戦タイムにするか」
「キュ」
隠れ家に戻ろうと思った瞬間。突然氷の竜が雄叫びあげた。
「グォー!!!」
すると空にドーム状の氷の膜が作られていく。それと同時に隠れ家が開かなくなった。
「マジかよ。空間に干渉する魔物多すぎだろ」
焦る俺をよそに二体の竜は猛スピードで突っ込んでくる。
「キュ!」
ベルは植物を急成長させて二体の竜を拘束した。
しかし竜達は植物を切り裂いたり、枯らしたりして拘束からすぐに逃れる。
「キュ!?」
あまりにもすぐに解かれたのでベルも驚いたようだった。
だがそれよりも驚くことが起こった。
「許さんぞ!!」
竜が喋った。それもかなりお怒りだ。喋る魔物は何体も見てきたが、急に喋られるとびっくりする。しかも木の竜は目が血走る程キレている。
「おいどうしたのだ?」
もう一体の氷の竜は若干引き気味だ。つーかコイツも話せるんだな。
「ふん!こんな小さき生物が自然の化身たる我を植物で拘束しようとしたのだぞ!侮辱にも程がある。しかもこやつの驚きようは本気で我を拘束できると思っておったのだぞ!」
詐欺師が別の詐欺師に騙されそうになった感じなのだろうか?取り敢えず植物使いとして譲れない何かがあるんだな。
「こやつは我が殺す。力の差を見せつけてくれる」
「まあよい。我は人間を相手にしよう」
「キュキュ」
ベルはアイテムボックスから煙玉を取り出した。辺りには煙幕が広がり俺とベルの姿を隠す。
「ふん。煙に隠れて隠形を使い奇襲を仕掛けるか」
「キュキュ」
いつの間にかベルは木の竜の後ろへと移動していた。しかし、行動がバレたので木の竜を引き付けて距離を取ることにしたらしい。
「一対一で勝てると思っているのか。我らも舐められたものだな」
「人間は我が殺しておくから、貴様はさっさとうさを晴らしてこい」
「当然だ」
木の竜は翼を広げてベルを追っていった。そして俺の前には氷の竜が上から見下している。
「人間よ覚悟はでわっ!?」
喋っている途中で申し訳ないが先制攻撃させてもらった。俺にできる事はベルが戻ってくるまで時間を稼ぐことだ。
さすがに癇に障ったようで、俺を睨み付けながら大きく口を開いた。
「死ね」
無数のつららが飛んできた。
大きく鋭いつららが猛スピードど飛んでくるのは恐ろしいが、風魔法で逸らしつつ避けていく。
一ヶ所に留まっていたらいい的になるので、俺は足を止めずに動き続ける。
「ちょこまかと」
そう言うと地面が氷始めていく。俺は靴に魔力を流して滑らないようにする。
しかし、それだけでは終わらなかった。凍った地面からは、氷の柱や棘が作られ俺を襲ってくる。
そして退路が狭まっていく。気がつくと目の前には氷の竜が立ちはだかっていた。
「なあちょっとお喋りでもしないか?」
「下等な種族と話をするつもりはない」
「少しくらい話をした方が良いと思うけどな」
「その間に小賢しい策でも考えるのだろう。そのような時間を与えるわけないだろう」
「…まあいいか」
力の限り八咫烏を作り氷の竜へと放ち続ける。
そんな俺に対して、竜は息を吐くと氷の壁を作り出した。
八咫烏は竜を守る氷の壁にぶつかっていく。
そして徐々にヒビが入り壁を破り竜の体へとぶつかった。
すると竜の体は砕け散った。
だが俺の後ろから声が聞こえた。
「気がすんだか。中々の威力だが貴様程度の下等な種族が我らのような至高の種族に勝つことなど不可能なのだ」
どうやら氷で作られた分身を壊したようだった。
竜は大きく息を吸い込み俺にとどめを刺そうとした。
「確かに俺じゃあどうあがいても勝てそうにないな」
俺の言葉と同時に黒い槍が氷の竜を貫いた。そしてそのまま竜を拘束する。
「な…に?」
「サンキューベル」
「キュー♪」
俺はベルとハイタッチする。
「その魔物は別の方向に逃げたのでは?」
「あれは分身。本体はその場で隠れていてくれたんだよ。一体しか作れないみたいだけど本物とほとんどそっくりにできるみたいだからな。お前らが見下してくれて助かったよ」
俺は驚いている竜に竜喰らいを突き立てる。
氷の竜は俺を睨んだままゆっくり崩れていく。声を出さないのは最期の意地なのだろう。
それにしても本当に見下してくれて助かった。ファイヤードラゴン達の方が全力で俺を食おうとするから恐ろしかったかもしれないな。
「このまま扉をくぐる事が出来たらよかったんだけどな」
遠くから猛スピード近づいてくる竜の姿が確認できた。さすがに竜を貫くレベルの魔法だと感知できるか。
「もうひと踏ん張りだな。期待しているぞ」
「キュキュ」
俺達は迫ってくる竜に対して魔法を放っていく。俺の実力ではダメージを与えられる魔法は限られている。そのため八咫烏を全力で放ち続ける。
それでもベルの魔法の方が竜には脅威のようだ。俺の魔法は叩き落とされたり魔法で防がれるが、ベルの魔法は躱していく。
「分かってはいるけど傷つくな」
段々と竜は近づいてくる。仲間を殺された恨みなのか、距離があっても殺気を感じる。
「謀りおって!!」
竜の怒りに呼応するかのように空に雲がかかる。
雨が降り風が吹き雷が轟く。さらに樹木や草も意思を持っているのように襲い始める。
「何でもありだな」
草や木を切るために風魔法を放つ。かなりの鋭さの一撃を放ったつもりだったのだが樹木に止められてしまう。
「硬すぎじゃないか」
嘆いたところで現実は変わらない。感覚的には樹木の方がさっきの氷より硬いかもしれない。
「キュキュ!」
それでもベルの魔法は樹木を突き破って竜の体に迫る勢いだ。距離が近くなってきたことで、竜も避けるのが難しくなっていている。
「下等生物が!」
無理矢理ベルの魔法を引きちぎる。
そこで自分の方が上だと確信が持てたのか、先程よりも圧力が増している。
「キュキュ!キュキュキュ」
「また、我を拘束しようというのか。無駄だと言うのに」
黒い魔法が竜の周りに纏わりつくが、気にせずに突き進んでくる。
だがそれが命取りだった。ベルの放った魔法が突然黒い炎を吹き出した。
「何故貴様がこの魔法を!?」
黒い炎は竜を蝕んでいく。振りほどこうにもほどけない。
竜は殺意のこもった眼で俺達を睨みながら消えていった。
「…ベルって火の魔法使えたっけ?」
「キュキュ」
ベルは首を横に振った。いや、でも今のは黒いけど火だったよな。
「なら今のどうやったんだ?」
俺が聞くとベルはその辺の地面を、黒い魔法で消滅させた。
そしてその黒い魔法から消滅した地面の部分を吐き出して見せた。
「そんなことも出来たのか」
「キュ♪」
胸を張って誇らしげにしている。ベルの強さはまだまだそこが知れないな。
「それじゃあアイテムを回収してから次の階に進むか」
どちらの竜も二つのアイテムを落としているから楽しみだ。まずは木の竜のアイテムだな。ビー玉みたいなアイテムとあの竜の皮膚かな。
名前:ネイチャードラゴンの皮
軽いうえに強度がある素材。大抵の魔法に対して強い抵抗力を持つ。加工するには相応の腕が必要。
名前:大自然の宝玉
一部の魔物から稀に手に入る。天候や大地を操る力を得られる。武器や防具にも加工できるが、使い手の実力が低いと本人に甚大な被害を与える。
またとんでもないアイテムだな。ただ、宝玉は俺には使えないだろうな。ベルに持たせた方が良いかもな。
「ベル。このアイテムを持っていてくれないか」
俺がアイテムの説明するとベルは受け取ってくれた。これで戦力が強化されたな。
「後は氷の竜のアイテムか」
こちらは剣と宝石のような物だ。宝石を手に取るとキラキラと輝いている。ベルも興味深く眺めており、女性に送れば喜ばれそうな物だ。
「そして剣か。これも凄い能力を秘めてそうだよな」
俺は宝石を収納してから剣に触れる。
すると剣に触れた俺の右手に激痛が走る。
「あぁぁー!?」
俺の右手は凍っていた。そして右手だけではなく腕の方も凍ってきた。恐らくこのままだと全身が氷漬けになるのだろう。
「キュキュー!!」
ベルが黒い魔法で俺の腕を包み込む。氷を吸収しているようだがすぐに俺の手は凍っていく。俺も魔力を込めて進行を遅くしている間に無理やり剣を収納した。
「死ぬかと思った」
収納できたことで安心したがまだ早かった。今度は体に力が入らない。とにかく寒い。
俺は気力を振り絞って隠れ家に入る。するとすぐにベルがシェリル達の所に駆け出した。
急いで皆が寄ってくる。リッカが人形を作り、どこから持ってきたか分からない板に俺を乗せて温泉まで運んでいった。
服を着たまま温泉に入れられる。冷めた体がゆっくりと温まっていく。
その間にシェリルとコタロウが温かい飲みものを用意してくれたのでそれも一気に飲み干した。普段は熱い物を一気に頂くなどできないが、今は少しでも熱い物が欲しい。
その後三十分ほどして俺はようやく落ち着いた。
温泉が凍りだした時はヤバいと思ったが、ベルがあの黒い炎で相殺してくれたので助かった。
「皆ありがとう。本当に助かった」
「一体何があったんだ?アイスドラゴンに抱き着かれでもしたのか」
「氷の竜なら戦ったけど、これはドロップアイテムを拾ったらなったんだよ」
「何を拾ったんだ貴様は」
「えーと」
俺は拾ったアイテムを調べた。
名前:氷滅剣
氷属性の武器の中でもトップクラスの威力を持つ。一振りで周りを銀世界へと変え、切りつければ相手は一瞬の内に氷漬けとなる。対峙するだけでも体温を奪っていく凶悪な武器。ただし適性がない者や未熟な者だと触れただけで命を落としかねない。
「…氷滅剣だって。適性が無かったり未熟だと触っただけで死ぬかもしれないらしい」
危ねえ。こんな危険な装備があったのかよ。こんな武器持ってる方が危険だな。
「貴様は本当に何を引き当てているのだ。無事だから良かったが、下手をすれば死ぬぞ」
シェリルは呆れ半分心配半分といった表情だ。
「面目ない。本当に不注意だった。今後は気を付ける」
「そうしてくれ。私達の方も生きた心地がしない」
そう言いながら俺の体調が回復するのを待っていてくれた。
体調が回復した後は再び皆で部屋まで運んでくれた。
ソファーに座るとコタロウがうどんを作って持ってきてくれた。しかも天かす入りのたぬきうどんだ。七味も添えてある。
俺は有難く頂いた。
「あれ?何か普段と味が違うな」
つゆにも少し手間をかけているようだし、うどん自体のコシが違う。市販のうどんも普通に好きだが、今回用意してくれたうどんの方が弾力があって俺の好みだ。
「貴様は音楽以外にも色んな娯楽品を用意してくれただろう。その中の料理本にコタロウがはまってな。少しずつ料理を覚えていったのだ」
「コタロウがどんどん多才になっていくな」
俺はコタロウの頭を撫でてから食事の続きをする。
体が温まり腹も膨れて落ち着けたような気がした。
しかし今日は本当に失敗だったな。明日からは拾うアイテムにも注意をしないとな。