壁
竜の巣に足を踏み入れてから数日が過ぎた。
俺とベルは階層を進もうと頑張っているのだが七十五階で行き詰っている。理由はAランクの竜が出始めたからだ。
隠形にも気がつくし、能力全般が高い。ベルだけなら問題なさそうだが、俺が足を引っ張ってしまう感じだ。
ベルに頼って進もうと思ったのだが、それはシェリルに止められた。
「今さら私の事を見捨てて構わないとは言わないが、貴様が死なないように実力をつけて進んでいけ。そうしなければ私は自分で全てのケリをつけてくる」
そう言われたら俺自身も頑張るしかない。シェリルも意地悪でそんな事を言ったわけではないのは分かっている。ベルに頼っていたら、どこかで痛手を負う可能性が高いから言ってくれているのだ。
しかし何日も足止めをくらうと気が滅入ってくる。七十五階に到達して倒せた竜は一体だけだ。倒せたのはアースドラゴン。Aランクの魔物でパワーと防御力が高い竜だ。だが風属性が弱点の上に動きが比較的遅いので、風鴉と竜喰らいを上手く使い勝つことができた。
だが他の竜には上手くできなかった。ファイヤードラゴンならば水魔法で有利に戦えると思ったのだが、欠点らしい欠点が見当たらずに終始押されてしまっていた。ベルが助けてくれなかったら死んでいたかもしれない。
「どうするかな」
今日は休みにして俺は海を眺めている。景色が良く風も吹いて気持ち良いのだが、俺のモヤモヤは晴れることは無い。
「…そういえば誰の声も聞こえないな。皆どこ行ったんだ?」
俺は立ち上がり皆を探しに向かう。海や温泉を探しても誰もいない。プールにはいないだろうと思い、修練場の扉を開けた。するとそこにはシェリルとベルがいた。
「何しているんだ?」
「ジュンか。今はコタロウ達が特訓するところだ。最近のコタロウ達の上達は中々の物だぞ」
俺が目を向けると、コタロウ達は迷宮で出てきた二尾の狐と戦うところだった。
「大丈夫なのか?」
「貴様とベルが竜の巣に行っている間に、コタロウ達も順番に特訓していたのだ。信じて見てやれ」
そしてコタロウ達も狐も動き出した。最初に前に出たのはコタロウだ。人に変化して白夜を持ちながら狐の相手をしている。
…狐の攻撃を上手く躱しながら攻撃しているな。しっかり相手の動きを読んでいるようだ。
「コタロウってあんな風に動けたっけか?」
「成長しているのだ。コタロウ達は自分達だけでは強くなれないことを悟ったようで、私に教えて欲しそうにしてきたからな。各自に課題を出しておいたのだ」
「その成果が出ているのか。…どんな課題を出したんだ?」
「コタロウには変化の課題だ。本物と間違うレベルの変化をできるようにと言っている。リッカは武器やアイテムの勉強だ。本を読ませて武器やアイテムの特徴を覚えてもらっている。ムギは高い所からの飛び込みだったが、ちょっと違う方向に行ってしまったな」
「変化の課題であんな動きができるのか?」
俺がそう聞くと、シェリルは笑いながら答えてくれた。
「変化はあくまで外見だけだからな。本物に似せるなら動きなどの特徴を覚えなければいけない。自然とコタロウは相手を観察する癖がつき、動きや特徴を把握できるようになったのだ。ちなみに極めると相手の思考も分かるようになってくるぞ。まあそこまでのレベルになるには長年の修練が必要だがな」
「リッカやムギの課題は?」
「リッカは武器やアイテムの特徴を覚えることで、戦闘人形の幅が広がっている。前は単純な剣だけだったが、今は爆弾人形や抱き着くと仕込み刃が飛び出す人形も作り出せるようになってきているな」
説明していると、丁度リッカが人形を狐に飛ばしていた。人形は普通に攻撃していたが、反撃された瞬間に爆発していた。
俺がその様子を見ている横でシェリルは続きを話していく。
「ムギは高い所から飛ぶことで風を感じて欲しかったのだが、貴様が用意した音楽を私以上に気に入ったようでな、色んな音楽を覚えたのだ。音のイメージがムギの中でできたのか音魔法の効果が上がっているぞ」
今度は狐が火を噴いてきたのだが、ムギが歌うと火が鎮火し始めた。
凄いな。あんなことも出来るのか。
「皆頑張っているんだな」
「それはそうだろ。貴様達と一緒に竜の巣に行けなかったのが悔しかったみたいだからな。だが腐る事もせずに努力を続けてきている」
話をしているとコタロウ達が狐を倒して戻ってきた。そして俺を見つけると駆け寄ってきた。
「たぬー♪」
「ベアー♪」
「ピヨー♪」
俺はコタロウ達を抱き上げる。
「少し見ない間に強くなっているな。頑張っているんだな」
撫でると気持ち良さそうに目を細めている。
コタロウ達は特訓にシェリルの世話と、俺の見ていないところで本当に色々やっていてくれたんだな。
数日行き詰って程度で、俺がくよくよしている訳にはいかないな。
「よし。俺も訓練してみるかな。まだ使った事無かったし」
「それなら対戦相手は私が選んでやろう。そしてせっかくだから魔法を使わずに倒してみろ」
俺が中に入るとシェリルが機械を操作してくれるのが見えた。さあ一体何が出るんだ?
「「「ギャギャ」」」
「………」
え!?今更ゴブリンなの。ある意味驚いたぞ。
俺の驚きをよそにゴブリンの集団が襲い掛かってきた。
だけど俺はダンジョンの中で経験をそれなりに積んだと思う。その中にはキーノや烏天狗などもいる。だからゴブリンの攻撃などには脅威を一切感じなくなった。
近づいてくるゴブリンを風鴉で仕留めていく。すべて一撃で終わるために時間はかからなかった。
「次行くぞ」
休む暇なく次の魔物が出てくる。今度はオークのようだ。こちらも今更感があるがまあやるしかないか。
………
……
…
「これで終わりか?」
オークの後もダンジョン内で出会った魔物達と戦い続けた。連戦しすぎて疲れてきた。
「それじゃあ次はコイツだな。これを最後にするか。ああ最後は魔法を使っても構わんぞ」
「ようやくか。最後は何なんだよ」
「グォー!!!」
「え?」
最後はまさかのファイヤードラゴン。いやこれ無理じゃないか。
だが俺の思いなど無視してファイヤードラゴンは攻めてくる。
「グォー!!」
ファイヤードラゴンは火を噴いてくる。レッサードラゴンとは比べ物にならない温度と規模だ。風を使って方向を逸らすが、その間に目の前まで迫ってきていた。
ファイヤードラゴンはそのまま剛腕を振り下ろす。俺はその攻撃を避けながら腕に竜喰らいを刺す。
「グォ!?」
竜喰らいの威力が上がっているのかファイヤードラゴンは後退する。だが浅かったようでこれで終わるようなことは無かった。
それでも怒らせるには十分だったらしい。体から出ている炎の出力が上がっている。それに呼応するように周りの気温も上がっていく。
「装備の効果があるとはいえ近づくのは危ないな」
かと言って水なんか掛けたら水蒸気爆発で俺もかなり危険だよな。魔法だから科学とは違う部分があるかもしれないけど。
一応水の魔法で自身の周りを覆って熱気だけでも遮断しておく。
直接水をかけるのは危険なので、狂嵐舞を装備して水の魔力を流す。
「グォー!!」
ファイヤードラゴンは遠くから熱気と火で攻め立ててくる。近づくとすぐに空に逃げたりしてくるのだ。それでも無理矢理使づくと強靭な腕や爪の餌食にもなる。竜の巣では勝機を見いだせず負けたのでここでは何とかしたい。
「死ぬわけじゃないから。色々試してみるか」
力を込めた風の刃を数発ファイヤードラゴンに向かって放つ。ファイヤードラゴンは避けたり炎で相殺するが、一発が体に当たる。
「グォ!?」
レッサードラゴン達なら真っ二つになるであろう程の威力なのだが、大きな切り傷を付けた程度だった。だがそれでもファイヤードラゴンは脅威に感じてくれたらしい。幻魔法の偽物と風魔法の本物を混ぜると必要以上の動きをするようになった。
「分身の幻影はバレるけど、魔法と混ぜれば効果はあるな」
それでも竜の猛攻は収まらないが、少しずつ近づくことができる。
「グォー!!!」
しびれを切らしたファイヤードラゴンは全身から熱気を放出する。
素早く水の壁を展開させて熱気を防ぎ続ける。
そして熱気が途切れたところで懐に潜り込み、水魔法を付与した狂嵐舞で殴りつける。ここで決めなければいけないと思い、そのまま風魔法も放ち徹底的に攻めていく。
「グォ!!」
ファイヤードラゴンは口から白い炎を吐き出してきた。その炎は今まで以上の高温だったと思う。装備の効果など無視して体に熱さが伝わってきた。そして俺はとっさに水魔法をぶつけてしまった。
その瞬間に大爆発が俺もファイヤードラゴンもバラバラに吹き飛んだ。
「お疲れだったな」
「本当に死ぬかと思った」
戻るとベル達に出迎えられた。皆俺の体に乗ってくる。
「しかし相打ちとはいえ倒すことができたな」
「いや実際だったら死んでいるし、訓練だからできた事だよ。実際にはできるか分からないしな。ただ思った以上に動くことはできたと思う」
「理由は分かるか?」
「訓練だからだろ。死ぬことが無いと分かっていれば無茶もできるしな」
「それもあるがそれだけではない。貴様は最近強者との戦いしか覚えていないだろう。ダンジョンで出てきた弱い魔物はコタロウ達に任せていたからな。だから貴様は勝つ戦いより負けない戦いが染みついていたのだ。ゴブリン達との戦いでは伸び伸びと戦えただろう」
漫画でたまに出てくるセリフだよな。実際に言われることがあるなんて思いもよらなかったぞ。
「どういう意味だよ?」
「勝つための戦いはリスクを負ってでも攻める、負けないための戦いは余計なリスクを負わないとでも思えばいい。どちらも大事な事だがな」
俺は言葉の意味を静かに考える。
「…俺の目的を考えると負けないための戦いで合ってないか?竜を倒すことが目的じゃないし。まあ邪竜がいたら倒す必要はあるけど」
「確かにな。だがな慎重になりすぎても余計な隙が生まれてしまう。勿論、リスクを取りすぎるのも危険だがな。貴様は強者と戦い過ぎて、無意識的に自信を失って攻撃に迷いが生じてしまっていたと思うぞ」
戦いって難しいな。
「それで俺にゴブリン達と戦わせて自信を付けさせたってわけか」
「まあな」
そう言ってクスリと笑うシェリル。まだまだ俺は及ばないな。
「サンキューな。少しは自信が付いたよ。ベルも明日からもまたよろしくな」
「キュ」
ベルは元気よく返事をする。表情もいつもより明るく見える。心配かけていたんだな。
俺は明日に向けて休もうかと思ったが、ふと表示されている魔物の名前が目に入った。
『アルレ』
その文字から目が離せなかった。俺は好奇心から戦ってみようと思ってしまった。
「言っておくがそいつには間違っても勝つことは無いぞ」
俺が何を見ているのか察したシェリルはそう口を開いた。
「“花咲く道化”は全員がSランクに匹敵すると言われていた。恐らくだが私達が戦ったキーノより上だと思うぞ」
アルレとキーノは同一人物だが何が違うんだろうな?
「それなら猶更戦ってみてもいいか?その実力を目の当りにしたら竜への恐怖心が薄れるかもしれないし」
「まあいい。力の差を思い知ってこい」
俺が再び中に入るとそこにはキーノと瓜二つの青年が立っていた。同一人物だから当たり前の話ではあるが、それでも雰囲気が全然違っていた。
禍々しさも恐ろしさも感じない。
俺が風鴉を構えるとアルレはにっこりとほほ笑んだ。普通の笑顔だ。
だがその瞬間に今まで感じた事のない恐怖が俺を襲った。何をしても殺される。そんな思いだった。産まれた時からの記憶を順番に思い出していく。多分これが走馬灯なのだろう。
俺はそのまま意識を失った。
気が付くと俺はその場で介抱されていた。
「私の声が聞こえるか?」
「ああ大丈夫だ。…俺は一体何をされたんだ?」
俺の問いかけにシェリルは首を横に振る。
「スマンが私にも分からなかった。貴様が叫んでアルレに向かって行ったかと思うとすぐに倒れたのだ」
「そうか。俺は叫んだり向かって行ったんだな。全然記憶にないや。あれがSランクか。おかげで竜の迫力がマシに思えてきたよ」
幻魔法とかを見られたらラッキーと思ったけど、レベルが違い過ぎて戦いにもならなかったな。残念だけど仕方がないな。
「まったく。竜との引き分けで終わらせておけばいい物を」
「いいさ。収穫はあったんだし。それよりコタロウ達も特訓は終わりなのか?」
「ああ。無理はしないように言ってあるからな」
「それじゃあ午後は皆でゆっくりするか。久しぶりにトランプやボードゲームでもするか?」
「キュキュキュー♪」
「たぬ♪」
「ベアー♪」
「ピヨ―♪」
「そうだな。皆で過ごすのもいいかもな」
俺達は特訓場を後にして有意義な休みを過ごす。