竜の巣
俺とベルは竜の巣に足を踏み入れた。
雰囲気は一階から十階までの草原の雰囲気に似ている。周囲には竜らしき姿は無いが、少し離れた場所には魔物がいる感じがする。
早く七十九階を目指す必要はあるが、相手を知らないのも危険なので近づいてみることにした。
段々と魔物の姿が見えてくる。
「あれも竜なのか?」
目に映るのは家くらいのサイズの竜だった。見かけはまさに竜なのだが、もっと大きい生き物だと思っていた。というか、この前見た竜はもっと大きかった気がする。
「とりあえず戦ってみるか」
竜喰らいを握りしめて近くの竜に襲い掛かる。
狙うのは首だ。ベルの隠形で悟られないように一気に近づいて首に竜喰らいを刺す。
「!?」
声を出すことも無く崩れ去っていく。後に残ったのは牙だった。
「武器が強いのかコイツが弱いのかよく分からないな」
牙を収納するとレッサードラゴンの牙と表示された。
武器の素材として使われるもので、中々の価値があるらしい。
「なるほどレッサードラゴンだからか。強さ的にはアーミーベアやミノタウロスみたいなもんかな?Bランクでは絶対ないだろうし」
「キュ」
ベルも頷いている。
肩透かしを食らった感じだが、とりあえず魔物も確認できたし進むか。
この先にどんな強敵がいるか分からないから気を引き締めないとな。
「ここからは絨毯で行くぞ。ただ、レッサードラゴン以外の魔物の気配がしたら教えてくれ。確認しながら進んで行きたい」
俺はシェリルのように博識ではないからな。現場で能力とかを把握しないと、囲まれた時に危険になるからな。
空飛ぶ絨毯に乗り込み空の旅を開始する。俺は操作に専念して、ベルは隠形と探知を担当してくれている。
「キュキュ!」
ベルの探知に何か引っかかったようだ。ベルの指示する方向に向かうと俺が以前見た竜が空を飛んでいた。レッサードラゴンよりも大きく翼も付いている。
ベルに隠形を解いてもらうと、竜は俺達に気付いたようだった。
「グァー!!!」
竜は真っすぐにこちらへ向かってくる。
絨毯を操作して回避しながら風魔法を撃ちこむ。
「グァ!?」
油断していたのか竜に魔法は直撃する。切断とまではいかないが、体を大きく切り裂くことはできた。だがそれでも竜は怯むことなく俺に敵意を向けてくる。そして大きく口を開いて火を噴いてきた。
「あぶなっ!」
ギリギリのところで回避する。すかさず魔法を撃つが今度は警戒していたのか、向こうも避けてくる。
「体に似合わずに機動力は高いな。それなら」
四方から風の刃を、そして上からは水の槍を竜へ向かって放つ。
竜は先程の攻撃を避けた直後だったので、反応が遅れていた。だが体を無理矢理旋回させて再び避けきった。
さすがに掠る事も無く避けられるとは思っていなかったので驚きを隠せなかった。これが竜なのか。
まあ、このままゴリ押しでも倒せそうな気はするが時間はかかりそうだな。他の魔法も試してみるか。
俺は幻魔法を使用して惑わせる。
「グァ?」
この手の技には耐性が無いらしい。見当違いの方向に何度も火を噴いている。
背中ががら空きになったので、操縦をベルに任せて竜の背中に飛び乗り竜喰らいを突き立てる。
「グァ―――ッ!!」
竜は暴れて地面へと落下していく。
「キュ!」
丁度良い場所にベルが来てくれたので俺は絨毯へと飛び乗った。そのまま竜が地面に落ちたのが見えた。
「念のために」
止めに風魔法を放つと、今度は真っ二つに切り裂くことができた。
そして竜が消えると肉の塊が残っていた。
「ドロップアテムは肉か」
爪・牙・皮の方が高く売れそうな気もするが、まあいいだろう。竜のドロップアイテムならハズレは無いだろうしな。
収納して名前を確認してみた。
名前:ワイバーンの肉(五十キロ)
市場には中々出ない高級肉。ただ焼いただけでもかなり美味しく人気が高い。
「あいつがワイバーンだったのか。確かBランクの魔物だったよな。…このレベルがこんなに早く出るなら次の階層からはどんな魔物が出るんだ?」
恐ろしく感じるが立ち止まるわけにはいかない。勝てたのは相手が一体だからというのもあるだろう。俺一人なら囲まれたら焦ってしまいやられる可能性の方が高いだろうな。
嫌な考えが頭をよぎるが、首を横に振り払拭させる。そしてワイバーンの肉を収納するとベルと一緒に再び移動を開始する。
しばらく進んでも他の魔物の気配は無いようだ。だが、竜喰らいを成長させる必要もあるので、隅々まで相手を探してこちらから仕掛けに向かう。
………
……
…
「今日はこれくらいにするか。無理をして疲れを残すわけにはいかないからな」
次の階層への扉を見つけたので探索を止めることにした。新しい種類の魔物と出会うことは無く、レッサードラゴンとワイバーンを数体倒していた。
また、空飛ぶ絨毯とベルの隠形の力は相性が良いのか、竜たちにはほとんど気付かれずに高速で進む事ができた。おかげで不意打ちで簡単に倒すことができた上に半日程度で次の階層へと向かうことができた。
俺達は隠れ家へと戻る。
「ただいま」
「キュキュ」
「お帰り。どうやら無事のようだな」
「たぬたぬ」
「ベアー」
「ピヨ」
家に入るとリビングでは、シェリルがコタロウ達の毛並みを整えていた。
表情も問題なさそうなので今日は何事も無かったのだろう。
「竜の巣はどうだったのだ?」
「今の所は順調かな。魔物もレッサードラゴンとワイバーンだけだったしな。この二体ならベルの力を借りなくても勝てる事は分かったよ。ワイバーンの集団に襲われたら自信は無いけど」
「それなら“光の剣”に大きな顔をされなくて済むな。アイツらの実績はワイバーンの討伐だったから追いついたな。いや、ダンジョンで竜の巣まで来れている時点でとっくに越えているか」
そういえば“光の剣”なんて奴等もいたな。キーノや烏天狗、それに狐達の件があったからすっかり忘れていたな。
「喜んでいいのか悪いのか微妙だな」
「喜んでおけ。今度アイツ等に会っても俺の方が上だと言えるぞ」
そうシェリルは笑いながら話してくる。
「会わないのが一番いいけどな。言ったら絶対難癖つけてくるだろうし」
「確かにな」
「ところでシェリル達は何か変わったことはあったか?」
「安心しろ何もない。まあ強いて言うならムギが修練室を使用したくらいか。どんなにボロボロになっても、戦闘が終わると元に戻るから驚いたぞ。…見ているこちらはハラハラだったがな」
ムギに視線を向けると誇らしげに胸を張っている。
ケガは無いようだけど、シェリルの話を聞く限りはかなりの強敵と戦ったのだろう。
「そうか。頑張ったんだな。だがやりすぎには注意しろよ」
やり過ぎるなと注意するか悩んだが、俺も無茶をするので強くは言えない。
ムギの頭を撫でると気持ち良さそうに目を細める。コタロウとリッカもきちんとシェリルの側にいてくれたようなので、そちらも誉めながら頭を撫でる。
ベルもコタロウ達を労うように声をかけていた。
コタロウ達は照れたように身をよじらせている。
微笑ましい光景だが、腹も減ってきたので声をかける。
「そろそろ食事にしないか?」
「そうだな。美味い飯を頼む」
「美味い飯か。…ところでワイバーンの肉があるんだが焼くか?説明にはかなり美味いと書いてあるけど」
説明文を見た時から気になっていた。元々竜の肉の時点で食べてみたかったが、美味しいと書かれていたらすぐにでも食べてみたい気分だ。
「キュキュ!」
ベルが俺の言葉に反応して食べたそうに目を輝かせる。後は料理にはまったコタロウも興味津々だった。
「ふふ。いいのではないか」
「シェリルは食べられそうか?」
そこだけが問題だった。シェリルが食べられないのに俺達だけで食べるのは気が引けるからな。
「食欲は普通にあるから心配するな」
「それじゃあ準備するぞ」
「たぬ」
当たり前のようにコタロウが手伝ってくれる。ブロック肉のカットには苦戦したが、多少形が崩れても問題ないだろう。
カットした肉はフライパンで焼いていく。焼けてくるといい匂いが漂ってくる。
「腹が減ってくる匂いだな」
「たぬ♪」
後はご飯を電子レンジでチンして丼にいれていく。そのご飯の上にステーキを乗せて市販のタレをかけて完成だ。
「出来たぞー、熱いうちに食べようぜ」
皆の前にステーキ丼を置いていく。
「いただきます」
さっそくワイバーンの肉を食べてみる。
「おっ、美味いな本当に」
肉は適度な噛み応えがあり、噛むほどに肉の味が広がっていく。
今回は市販のタレを使ってステーキ丼にしたが、普通のステーキにして塩コショウ・ポン酢・わさび醤油など、様々な味を楽しんでも良かったかもしれない。まだ残っているから今度はそうしてみるかな。
「確かに美味いな。ワイバーンの肉は中々市場に出回らないから私も久しぶりに食べたぞ」
ベル達も満足そうに食べ進めていく。
そしてあっという間に食べ終わってしまった。
片づけを終えるとベル達は俺やシェリルの膝や隣でくつろいでいた。
「キュー♪」
そんなベル達を撫でたりしながらシェリルと話をする。
「しかし、ワイバーンを一人で倒せるならしばらくは順調に進めるのではないか」
「そうか?もっと強い竜が控えているんじゃないか」
「確かにもっと強い竜はいるが、それは後半の階層だ。ほとんどはBランクの魔物がメインになるな」
「それなら少しは安心かな。ベルの隠形で安全に進めるかもな」
「油断はするなよ。後半はAランクが多くなる上に、Bランクでも探知に優れた魔物も多いからな」
「囲まれないように気を付けないとな」
「それと相手の属性を間違えるなよ。色々なタイプがいるから、後半に行く前に戦い慣れておけ」
シェリルが真剣な眼差しで見てくるので、俺は頷いた。
「了解。急がずにちゃんと経験は積んでいくさ。ところで本当に体は大丈夫なのか?」
「何度も言わせるな。今は問題ない。それよりも何もしない退屈の方が厄介だ。何か面白い物は無いのか?」
確かに何もしないと暇だよな。体を思い切り動かすわけにもいかないし。
いっそビデオやゲームでも用意するか?…シェリルは大丈夫だと思うけど、一緒にいるコタロウ達が変にはまりそうだしな。
悩んだ末に俺は一つの考えを口に出した。
「それなら音楽でも流すか?」
音楽なら皆で楽しめるだろうし、色んな種類があるからすぐには飽きないだろう。いくつか楽器も用意すれば意外な才能が見つかるかもしれないしな。
「音楽?何か音を流すアイテムでもあるのか?」
俺はCDプレーヤーと適当な種類のCDを購入した。
使い方を教えて適当に曲をかけてみる。流れ出す曲は運動会でよく使われているBGMだ。
「キュキュ♪」
「たぬぬ♪」
「ベアー♪」
「ピヨ♪」
シェリルよりもベル達が反応を見せた。音楽に合わせて体を動かす。ダンスをしている訳ではなく、思い思いに踊っているだけなのだが見ていて微笑ましく感じてしまう。
「ふふ。これはいいな。他にも色んな曲があるのだろう」
「ああ。曲だけの物や歌も入っている物と様々用意した」
「それなら明日はコタロウ達と聴いてみるとするか」
ベル達の踊りを見て機嫌が良くなったシェリルは笑顔でそう言った。
俺もベル達の踊りを見ていたが、疲れが出てきたのか眠くなってきた。
「さて、俺はそろそろ休むとするよ」
「そうか。それなら私達も休むとするかな」
皆で寝室へと移動する。ベル達は先程の音楽の名残が踊りながら移動していた。
盆踊りでも教えようかな。
寝室に入ると皆すぐにベッドの上で休み始める。
「ピ、ヨ」
ムギは訓練の疲れもあるためかベッドの上ですぐに眠そうになっていた。
頭を撫でると、目を閉じてスヤスヤと寝息が聞こえる。
ムギだけに目がいっていたが、気がつくとベル達も各々で眠っていた。
「さっきまであんなに騒いでいたのに、急に静かになったな」
「そうだな。ムギは特訓を頑張っていたし、コタロウとリッカは私の側で控えていてくれたからな。気づかれもあったんだろ。…貴様を含めて迷惑をかけるな」
「うん?誰も迷惑だなんて思っていないと思うけどな。大変ではあるがな」
「そうか」
「それに持ちつ持たれつだろ。俺だって盗賊の時は足を引っ張ったし。今でも寝るときは手を握ってもらっているしな。これくらいはしないと釣り合わないだろ」
シェリルの握る力が少し強くなった気がした。
「ふん。足りないくらいだ。…何度も言うが、死ぬことだけは許さんからな」
それだけ言うとシェリルは眠りに入った。
俺も寝るとするかな。