呪い
「ぐぁっ、うっ」
日付が変わった頃。突如聞こえたうめき声で目が覚める。隣を見るとシェリルが苦しそうに顔を歪めていた。
「どうした!?」
声をかけるが返事は無い。ただただうなされ続けている。
「キュキュ!」
ベルが何かを指さしている。掛けてある布団に隠れているが肩の辺りに黒い痣のような物が見える。
布団を取ると体の大部分に黒い痣が広がっていた。
俺はシェリルの収納袋から不死鳥のドレスを取り出して着させたが一向に状態は良くならない。
「あっ、ぐっ」
調伏の破剣と月の雫を取り出す。月の雫を飲ませて、黒い痣の部分に剣を軽く刺して魔力を流す。
すると黒い痣は小さくなっていき、シェリルの呼吸が落ち着いてきた。
「シェリル聞こえるか」
「…ああスマン。大丈夫だ」
全然大丈夫に聞こえない小さな声で返事をする。
「どうしたんだ?まだ時間はあるんじゃなかったのか?」
「…もしかしたら竜の巣に足を踏み入れたことで呪いが反応したのかもな。装備の力で抑えられていたが時間と共に強くなってきたかもしれん」
それって俺が宝箱を開けに行ったときに七十一階を確認に行かなければ。
「言っておくが貴様のせいではないぞ。一瞬だけでここまでなのだ。何も気づかずに歩き続けていればもっと酷いことになっていたかもしれん。この程度で済んでむしろ幸運だ。幸いにも月の雫と調伏の短剣のおかげでこれ以上の悪化は防げるだろう」
そう言いながらも顔色が悪く話すのがやっとという感じだ。
「とりあえず家に戻るぞ」
「ああ。スマンが肩を貸してくれ」
「それは断る」
俺はそのままシェリルをお姫様抱っこする。
「お、おい///」
何か言いたそうだがこっちの方が速い。皆で急いで家の中に戻りベッドにシェリルを寝かせる。
やはりベッドの方が体が休まるようで、少しすると寝息が聞こえ始めた。
俺はベル達を連れてリビングへと向かう。
いつもは賑やかで元気なベル達が神妙な面持ちだ。全員が座ったところで俺は話を切り出した。
「皆聞いてくれ。今日と明日も休む予定だったけど変更して竜の巣を進んで行く」
当然といった感じで全員が頷いた。だが話は終わらない。
「ただし進むのは俺とベルの二人だ。コタロウ達はシェリルの側にいてくれ」
「たぬ!?」
「ベア!?」
「ピヨ!?」
俺の発言にコタロウ達はショックを受けていた。自分達もシェリルのために何かしたい思いと、戦力外通告を出された感じなのだろう。
「理由を説明するぞ。まず一つ目は危険性が高いからだ。多分ここで大丈夫なのはベルだけだ。俺も厳しいとは思うけど俺が進まないとシェリルを目的地に連れていけない。結界・隠形・聖魔法・人形魔法・音魔法。本来は一緒に行ってほしいけど人数が多いと見つかる危険性が高まるから最少人数にしたいんだ」
「「「…」」」
コタロウ達は黙ってうつむいてしまう。
「そして二つ目。俺としてはこっちの理由の方が大きい。お前ら今の状態のシェリルを一人にできるか?」
「「「!」」」
顔を上げてこちらを見てきた。
「シェリルは落ち着いたようなことを言ったが今後どうなるか分からないだろ。何かあった時に動ける存在が必要だ。コタロウは聖魔法で呪いを抑えることができるし、人に変化すれば調伏の破剣も使えるだろう。リッカは何かあった時に俺達とすぐに連絡を取ってほしい。それにシェリルが動く時に人形魔法や傀儡でサポートしてくれ。ムギは定期的に音魔法でリラックスさせてくれ。これは俺やベルじゃ無理なんだ。頼めるか?」
「たぬ!」
「ベア!」
「ピヨ!」
先程とは違いやる気に満ち溢れている。そんなコタロウ達の頭を撫でる。
「さて、後は邪竜が何階で見つかるかだな。向こうから現れてくれたいいが、隠れていたり見逃す可能性があるからな」
俺は念のため一から百まで書かれたカードを取り出した。
そしてよくシャッフルしてテーブルに並べる。
「「「「?」」」」
ベル達は俺の行動に首を傾げている。
俺は感覚魔法で第六感をこれでもかというくらい強化させる。
「そしてダメ押しだ」
幸運の金貨を取り出して魔力を込める。金貨は端の方が黒くなってしまった。
だが俺は気にせずカードへと手を伸ばす。
「邪竜はどこにいる」
適当に捲ったカードには七十九と書かれていた。
「ベル。七十九階を目指すぞ。…危険だけど俺に付き合ってくれるか?」
「キュー」
任せろ言わんばかりに胸を張る。
本当に頼もしくてありがたい。
「ありがとな。出発は今日の午後だ。しっかり睡眠をとって体調を整えるぞ」
俺達は寝室に戻って眠りにつく。シェリルは先程と同じく規則正しい寝息を立てていた。
………
……
…
朝になると目が覚める。隣のシェリルはまだ眠っていた。呼吸も落ち着いているし顔色も悪くない。
俺はホッと胸をなでおろす。
リビングに向かうと俺達の分の朝食を用意する。ついでに今のうちに電化製品をこちらの家にも置いておくことにした。
少しするとベル達も起きてきたので朝食を食べ始める。部屋は太陽の光も入り明るいのだが、会話も無く淡々としたどこか暗い雰囲気だ。
食べ終えると皆自然に寝室に向かってシェリルの状態を確認する。
「…朝か」
寝室に入るとシェリルが目覚めていた。立ち上がる体力が無いのか横になったままだ。
「朝食は食べられそうか?用意するぞ」
「…そうだな。ポタージュなら食べられそうだ」
「分かったすぐに用意する」
シェリルの体を起こしてベッドに座らせてから、コーンポタージュを用意する。
「ほら」
「何のつもりだ」
スプーンで掬いシェリルの口に運ぼうとするが何故か睨まれた。
「いや、自分で食べられそうも無いから」
「平気だ」
そうは言っているが渡したら落としそうな雰囲気だ。
「ダメだ。今だけ我慢しろ」
不満そうだが諦めたようで口を開いて食べ始める。
食欲があるだけでも少し安心だった。
こんな状態じゃなきゃいいシチュエーションなんだがな
「…貴様等は今後どうするつもりだ?竜の巣は危険だ。私も動くことができない今、帰る方が賢明だぞ」
「うん?とりあえず俺とベルで進んでみるぞ。コタロウ達は置いていくから何か用があればコタロウ達に話しておいてくれ」
俺の言葉を聞いたシェリルは怒ったような表情へと変化する。
だが体力が戻ってないからか声は大きくない。
「貴様はバカか。Dランクの冒険者がBランクやAランク以上の魔物もいる竜の巣を進めると思っているのか」
「勝手に竜はAランクかと思っていたけどBランクもいたんだな。それに相手が何であれ進むしかないだろ」
そういえば"光の剣"が倒したワイバーンはBランクだったな。
「何を言っている。今の場所ならすぐに引き返せるだろ。全員で向かっても危険な場所なんだ。そこを二人で行くなど死にに行くような物だ。大体邪竜が何階にいるのかも分からないのだぞ。ダンジョンには隠れ里だってあるんだ」
「七十九階だ。第六感と幸運の金貨を使ったから可能性はかなり高いと思う」
「…このダンジョンの最高到達階層を覚えているか?」
「七十八階だな。隠密性に長けた竜種が多いとか言っていたよな」
「そこまで分かっていて死にに行く必要はないだろ。ギルドカードにはダンジョンの到達階層が記憶される。今の貴様なら重宝されて、"光の剣"関係の連中も手出ししにくくなるぞ」
「シェリルは俺に行かないでほしいのか?」
「ふん。貴様が死ねばベルやコタロウ達が悲しむからだ。勝算が無いなら行くべきではない」
「勝算があればいいんだな」
俺は幸運の金貨を取り出し魔力を込める。
「バカか。運だけで竜の巣を攻略できるわけないだろ」
「俺もそこまでバカじゃないさ」
俺は今日の分のガチャを開いた。今までは微妙な物が多くほとんどがポイントになっていたが今日は違う。久しぶりの十連ガチャと表示された。
名前:竜喰らい(短剣)
竜族に対して大ダメージを与える。刺している間は能力の使用も封じることが可能。竜族を倒す度に強くなり、進化する可能性を秘めている。使用者の身体能力と魔力も上昇させる。
名前:守護の首飾り
相手の攻撃から身を守る。死ぬダメージを受けると一度だけ身代わりとなり壊れてしまう。
名前:マジックステッキ
一見するとなんの変哲もない棒だが、使用者の意思で形を変える。使用者の強化などの効果は無いが、死ぬほど固い。
名前:空飛ぶ絨毯
絨毯に乗り魔力を込めると空を飛ぶことができる。操作は自分の意思で動かすことができる。結界も付いているため多少の攻撃ならばびくともしない。
名前:隠れ家のオーブ(カスタム 修練場)
壊すことによって隠れ家の能力を得られる。自ら意思で隠れ家の入口の開閉ができる。
名前:破滅の剣
自身の魔力をすべて込めることで、どんな相手でも瀕死の状態にする。一回使うと剣は壊れてしまう上に使用者は十日間程動くことができない程の激痛に襲われる。
名前:安眠寝具
この寝具で寝ると翌朝には疲れが吹き飛び最高の状態で目覚められる。
名前:恵みの泉
任意の場所に設置できる。栄養が豊富でこの水で作物を育てると品質収穫量共にとんでもないことになる。飲料水にも使えて美味しい。
名前:束縛の鎖
この鎖に巻き付かれると、身体能力や魔力が極端に制限され、一時的に動けなくなる。一度しか使用できない。
名前:アイテムボックス(リング・魔物用)
六畳部屋分のアイテムを収納できる。中の物は時間の経過を受け付けない。装備者の意思で取り出すことができる。
「これで勝算が増えただろ」
予想通り竜に対抗するアイテムが出てくれた。…予想外のアイテムの方が多いけど。とりあえずリッカにアイテムボックスは渡さないとな。
「…貴様と言う奴は。…貴様の持っているアイテムをいくつか売れば残りの人生遊んで暮らせるぞ。女にだって困る事無く楽しい人生を送れるぞ」
「俺は今の人生が楽しくて気に入っているんだけどな。シェリルの言った楽しい人生にシェリルはいるのか?ベルやコタロウがそんな生活を送る俺と一緒にいてくれると思っているか?」
「…」
シェリルは何も答えなかった。
そのまま時間が流れる。そしてゆっくりと口を開いた。
「貴様は思った以上のバカ者だな。…死んだら許さんからな」
「了解。それじゃあ俺はちょっとリビングで休んでいるから、何かあったらコタロウ達に声をかけてくれ」
ジッとしていたコタロウ達はシェリルの側に寄っていく。そんなコタロウ達をシェリルはそっと抱きしめていた。
「ベルは行かないのか?」
「キュ」
ベルは俺の肩に乗って一声鳴くと、そのまま俺と一緒に寝室を出る。
「出発する前に新しいアイテムの性能を試してもいいか?」
「キュー」
俺とベルは外へと向かう。
すると寝室から出てきたシェリル達が声をかけてきた。
「新しいアイテムを試すのだろう。見学くらいはさせてくれ」
「大丈夫なのか?」
「戦うことはできんが、動くくらいは問題ない」
目には力がこもっている。
安静にしてほしい気持ちはあるが、引く気は無さそうなので一緒に行くことにした。
砂浜で絨毯を出すと地上から三十センチ程浮いていた。
恐る恐る足を乗っけてみると意外にしっかりしている。
「これなら大丈夫そうだな」
案外乗り心地は悪くない。
少し小さくて落ちないか不安だったが、絨毯は大きさを変えられるようで最大で十畳分の大きさにまでなった。
「これなら私達も乗れそうだな」
俺が何か言う前にシェリル達も乗ってきた。…大丈夫かな。
俺の意思で絨毯は操作でき上空まで上がってからスピードを上げて移動する。
初めは歩く程度だったが、どんどんスピードは上げられる。車位の速さは出ているだろう。だが結界のおかげか風も気にならない。
「凄いスピードだが体への負担は無いな。これなら竜の巣の攻略に使えるだろうな」
シェリルは感心したような表情だ。ベルやコタロウ達は空からの景色を楽しんでいる。
「そうだな。シェリルが負担に感じていないなら実用性が高そうだ」
地上に戻ると次は竜喰らいを取り出してみた。使い易さは普通だ。これなら戦う分には問題ないな。七十一階で少し試してみるか。
その次はマジックステッキだ。俺の思い通りに形を変えてくれて盾にもなってくれる。さらには手甲や鎧にも変化する。単純に硬いから案外使えるかもしれない。
破滅の剣と弱体化の鎖は強力なのだが使い捨てなのでここでは使えない。
「後はこれかな」
隠れ家のオーブを取り出して使用する。
宿の入口に戻るとドアが一つ増えていた。ドアをくぐるとさらにガラス張りの檻のような部屋があった。その部屋のドアの近くには何やら機械のような物がある。
「これはまた変わった部屋だな」
全員興味深く部屋の中を見回している。
俺は機械のボタンを押してみた。すると説明文が流れる。
ガラス張りの部屋の中は特殊な空間になっており死ぬことがない。戦闘が終わると怪我なども治るようだ。また、機械を操作することによって今まで戦ってきた相手を再現できるらしい。つまり、俺の場合はキーノや烏天狗と真剣勝負することが可能だ。他にも戦う場所なども任意で選べる。
「訓練にはもってこいだな。でもまあ、俺がすぐに使う事無いか」
「たぬたぬ」
「ベア」
「ピヨ」
「ふむ。コタロウ達は使いたいようだな。貴様のいない間に試してもいいか?」
「いいけど大丈夫か?」
「心配するな。全員で一気に試すわけではないからな。何かあっても対応してくれるだろう」
少々心配だが、コタロウ達のやる気も尊重したいので許可することにした。まあ、コタロウ達がシェリルを一人残すことなどないだろう。
「さて、俺達はそろそろ行ってくるよ」
新しいアイテムも大体は見たのでシェリル達にそう告げた。
「…命を粗末にはするなよ」
「分かっているよ」
コタロウ達が寂しそうにしているが行かないわけにはいかない。軽く全員の頭を撫でてからベルと一緒に外へと出た。