特訓と休息
「それじゃあ始めるか」
俺達は今海で特訓の準備をしているに。
セラピードルフィンに声をかけると仲間と共に離れた場所へと移動してくれた。
なのである程度は力を出しても問題ないだろう。
「さてと、やってみるかな」
ベル達はジッと俺の事を見ている。
俺は意識を集中して力を振り絞る。
力が湧いてくる感覚はある。だがどういう訳か烏天狗との戦いのようにはできない。壁にせき止められてしまう。キーノの時などを思い出しても上手くいかない。
「あれ?」
どうしてもできない自分に焦りを感じてしまう
「落ち着け。時間はあるのだからゆっくり思い出せ。貴様はキーノや烏天狗との戦いで出来たのだから大丈夫だ」
「キュキュキュ」
「たぬ、たぬぬ」
「ベアベア」
「ピヨ―」
シェリルの声やベル達の応援で少し軽くなった気がした。
自分の頬っぺたを叩き、気合を入れなおしてもう一度力を振り絞っていく。
集中していても皆の声は聞こえてくる。
なんだか楽しくなってくる感覚だ。
気が付くと力が湧いてきている。戦っている時ほどではないが壁は超えた感覚だ。
「ようやくできた」
「確かに今までよりも強い魔力を感じるな。どんな魔法が使えるんだ?」
「こんな感じだな」
武器を持たない状態でまずは水魔法を使ってみる。
滝のような水が海へと降り注ぐ。
水の勢いは強く飛沫ははるか高くまであがり雨のように降り注ぐ。
次は風魔法だ。小さい竜巻をいくつも発生させると海の水を巻き上げていた。
続いては風鴉を手に持つ。烏ということで意識を集中させて八咫烏を作り出す。この形が今は一番作りやすい。
そして作った八咫烏を海へ突っ込ませると、一時的に海に穴が開く。
烏天狗に放った一撃より威力は高いかもしれない。だが、今のは集中する時間があったからで、戦闘中なら威力は格段に低くなるだろうな。それでも貫通力が高そうだけど。
さらに竜巻を発生させる。先程とは違い空に届くほどの大きさだ。危ないのですぐに消したがかなりの威力が出そうだな。
最後に狂嵐舞を手に持つ。
水魔法も風魔法もある程度強化して放てるのだが、一定上の威力になると強い抵抗があった。
手に激痛が走り手放してしまう。それと同時に感覚も元に戻った。
「どうした!」
すぐにシェリル達が駆け寄ってきた。
俺の手はズタズタに切り裂かれたように真っ赤になっていた。
シェリルは月光水を取り出すと俺の手にかけてくれた。
「まだ俺じゃあこの武器の性能は引き出せないみたいだな」
今までと同じくらいには使えるから問題は無いけど残念だったな。現状は風鴉が一番強い威力が出るかな。
「逆に言えばまだ強くなる可能性があるのだから気にするな。今は先程の感覚の維持が大事かもしれんな」
「そうだな」
俺の特訓はここまでだな。後は状態の維持を続ける程度にしておこう。無理をすると倒れるかもしれないしな。
「たぬ!」
俺に続くのはコタロウだった。コタロウは変化を使い人間の子供へと化けてみせる。
「…前も思ったけどこの姿って」
「私にも貴様にも似ているな。親子と間違えられてもおかしくないな」
「なぜこの姿なんだろうな?」
「一番身近な人間が私達だからだろう」
コタロウは白夜を手にして光魔法を使う。
光魔法の威力は中々だがコタロウの疲労度は半端ない。
人への変化は難易度が高い上に光魔法も併用するとなると、かなりの集中力が必要となる。数分と経たずにコタロウは元の姿に戻る。
「コタロウ。まずは人の姿で動くことに慣れるんだ。そして次は武器を使う。そしてから魔法だ。その短刀を使いたい気持ちは分かるが、焦って無理をすると遠回りになるぞ」
「…たぬ!」
シェリルの言葉を聞いたコタロウは再び人間の子供へと変化する。
コタロウは昨日と同じく状態維持を行うことにしたようだ。
その後はリッカやムギに対してシェリルが簡単にアドバイスをする。リッカは人形魔法と傀儡をムギは結界と音魔法を練習し始めた。
そしてシェリル自身はベルとの模擬戦だ。ベルの方が能力は上だがシェリルはその高い技量と新しくなった宵闇の能力で時折ベルを驚かせていた。
時間はあっという間に過ぎていく。俺やコタロウはほとんど動かず、今の状態に慣れるだけだったがそれでも疲労感は中々だった。
訓練を終了させると家へと向かう。みんな疲れている様子だったが表情は明るかった。
家に入ると各々好きな場所に座りくつろぎ始める。
「ところでコタロウはいつまでそのままなんだ?」
コタロウはまだ人間の状態をキープしている。
「たぬぬ」
出来る限り頑張るらしい。
「まあいいのではないか。本人もやる気だしな。人間に化けるメリットは装備だ。上手くいけばコタロウも色んな武器やアイテムを使えるようになるかもしれん」
短刀を気に入っているようだしな。まあ、今日なら多少無理しても問題ないか。
「さて飯でも食うかな」
昼はサンドイッチとおにぎりを用意した。
お腹が空いていたようでパクパクと食べていく。
「キュキュ♪」
満腹まで食べたようでムギなんかは眠そうな目をしている。
午後に遊ぶためにも軽く昼寝をすることにした。
俺はソファーに座って目を瞑る。波の音や遠くから聞こえるセラピードルフィン達の声。涼しい風も入ってきてとても気持ちが良い。
俺の膝の上に乗ってくるベルやムギの毛並みも心地が良い。
シェリルも同じような感じだった。変化が解けたコタロウとリッカを撫でながら眠りについている。
………
……
…
「キュキュ♪」
「たぬぬ♪」
「ベアベア♪」
「ピヨヨ♪」
「キューイ♪」
眠っていると楽しそうな声が聞こえてきた。目を開けるとデッキテラスでセラピードルフィンの子供とベル達が遊んでいた。
「起きたか」
シェリルが冷たい飲み物を持ってきてくれた。一度宿の部屋まで取りに行ったようだった。…こっちにも一通りの電化製品や棚を用意しておかないとな。
「サンキューな」
二人でベル達を眺めながら飲み物を飲む。全員が別々の種族だが仲良く遊んでいる姿を見るのは心が癒される。
少し離れた場所では大人のセラピードルフィン達も待機している。俺達と同じように微笑ましく見守っている感じだった。
しばらくすると大人のセラピードルフィンが子供に向かって一声鳴いた。どうやら群に戻るようだ。
去っていくセラピードルフィンに皆で手を振っている。
姿か見えなくなると今度は俺達の側により、遊ぼうと引っ張ってきた。
俺とシェリルは水着に着替えてから場所をビーチへと移す。
「で、お前達は何をしようとしているんだ?」
ビーチに着くと、ベルとコタロウが砂浜をバンバン叩いて何かを訴えている。
いや、コタロウが寝そべったりベルが砂をかける動作をしているから何をしたいのかは理解できる。
…お前らそんなに俺を埋めたいのか?
「どうするんだ?皆期待しているぞ」
明らかに笑いながら声をかけてくるシェリル。
他人事だと思って楽しそうだな、おい。
「俺は前回やったしシェリルはどうだ?」
「か弱い女性を砂に埋めようとは貴様は歪んでいるな。それにベル達の期待を裏切るのか?」
皆の視線に負けて、結局俺は砂に埋もれる事になった。
「キュキュキュ♪」
「たぬ、たぬぬぬ♪」
「ベッアー♪」
「ピヨヨヨ♪」
俺を埋めたベル達は上機嫌だった。俺の体の上に乗り飛び跳ねたりして遊んでいる。
ベル達が楽しいならそれでいいと思うことにした。しかし、そんな俺に地獄が待っていた。
「今なら悪戯し放題だな」
シェリルはそう言うと俺の足の周りの砂をどかした。
「シェリル。…まさか!」
「安心しろ。私は何もしないぞ。私はな」
うん。確かにシェリルは何もしなかった。だが、シェリルの意図を察したベル達は思い切り足の裏をくすぐってきたけどな。
笑い過ぎて死ぬかと思ったぞ。
一通り俺で遊んで満足したベル達は違う遊びへと移行した。
初めから砂浜の鬼ごっこで満足して欲しかったな。
そしてようやく俺は砂から解放された。
「酷い目にあった」
「あれだけ楽しそうに笑っておいて酷い目とは失礼な奴だな」
シェリルが笑いながらからかってくる。
「あれが楽しそうならなシェリルも是非体験してくれよ」
「私は貴様やベル達が笑ってくれるだけで幸せだから大丈夫だ」
そう言って優しい眼差しでキレイな微笑を浮かべた。
「良い事言っているように聞こえるけど、俺の苦しむさま見て笑っているだけだからな」
「おや?バレてしまったか」
「そりゃ分かるよ」
ため息をつきながらその場に座り休憩を取る。
そして収納していた飲み物を取り出して喉を潤す。
「私にも一本くれ。それと甘い物が食べたいぞ」
クリームソーダを渡した。飲み物と甘い物が同時に摂れるから丁度いいだろう。
シェリルは興味深くクリームソーダを眺めてから飲み始めた。
「これはいいな。少々刺激的な味がするが、冷たくて甘くて今の状態にぴったりだ」
口にあったようでご機嫌な様子だ。
「キュキュ?」
飲み物が気になったベル達が鬼ごっこを中断したシェリルの側に寄ってきた。
「食べるか?」
シェリルはスプーンの上にアイスを乗っけるとベル達に差し出す。ベル達は順番にアイスを食べると満足そうに喜んでいる。そのままメロンソーダを受け取ると分け合って飲んだり食べたりしていた。
「さて、私達もそろそろ一緒に遊ぶとするか」
「そうだな。楽しまないともったいないしな」
砂浜や海でベル達に交じって鬼ごっこをしたり、水をかけあったりした。
楽しい時間は過ぎるのが早く気が付くと夕暮れになってきた。
「キュー、キュキュ」
「たぬたぬ」
ベルとコタロウが砂浜で何かを訴えてきている。まさかまた俺を埋めたいわけじゃないよな。
しかし、よく見ると食材を切ったり焼くような仕草をしている。
「もしかしてバーベキューをしたいのか?」
「キュキュ♪」
「たぬ♪」
正解のようだ。以前やったバーベキューがよほど楽しかったのかもしれないな。
シェリルも問題ないようだったし、リッカとムギもベルとコタロウを見て楽しみにしているようなので、俺はバーベキューの準備に取り掛かる。
肉だけでなく野菜や海産物もふんだんに用意した。
準備が終わると皆で焼きにかかる。体の小さいベルやムギも、念力や魔法で好きな食材を焼いていた。
いい匂いが辺りに充満してきた。食材が焼けてきたので各々好きな物から食べ始める。俺は厚切りの牛肉を食べる。
「美味いな」
味付けは塩コショウか市販のタレだが十分に美味しい。厚切りでも噛み千切りやすく食べやすさもあった。
ベル達も肉や野菜などを頬張り食べ続けている。
たまに焼きそばや焼きおにぎりなんかを作ったりすると、凄い勢いで消えてしまった。
体格以上に皆食べるからな。
「初めてのリッカもムギも楽しんでいるようだな。ベルとコタロウもだがな」
「そうだな。シェリルも楽しんでいるか」
「ああ。熱々の料理がとても美味い。ただ焼いているだけなのに不思議だがな」
「まあ賑やかで楽しいと何を食べても美味く感じるしな」
自然とベル達に視線が向かう。今も互いに食べている物を分け合ったりして楽しそうにしている。
「確かにな。しかし何度か話したが、今ダンジョンにいるとは本当に信じられんな。リゾート地にでも遊びに来ている気分だぞ」
「俺もそれは思うな。本当に破格の能力を手にいれて幸運だったよ」
こんな風に遊んだ日は毎回思ってしまう。可愛い従魔に美人な女性が側いにいて、夢だったら起きたくない程だ。
「能力もあるが貴様も自信を持っていいと思うぞ」
「うん?」
「貴様が最低な人間ならベルやコタロウは一緒にいなかっただろうな。ベル達のような魔物は信頼できる人間でなければ従魔にならんだろう」
「そう言われると照れるな」
シェリルと話し込んでいるとベル達の声が聞こえてくる。
「キュキュ、キュキュ」
「たぬぬぬ」
「ベアー」
「ピヨピー」
視線を向けるとベル達が各々の好きな食べ物を差し出してくる。
俺達はそれを受け取って笑いながら食べていく。
食べ終わって片づけを始めるとベル達が空を見上げてはしゃいでいた。
「これは凄いな」
シェリルと共に俺も空を見上げると無数の星がキレイに光っていた。星があること自体疑問だがそこは考えないようにしておこう。
「せっかくだから今日は外で寝てみるか?」
「魔物に襲われる心配も無いし、たまには良いかもしれんな」
砂浜にブルーシートを敷き、その上にマットや寝具を用意する。
皆で仰向けに寝転がると、星を眺め続ける。
「明日は何をするかな?」
「また料理かプールでも行くのか?」
「プールも楽しいけど今日も泳いだしな。ベル達は何かしたい事でもあるか?」
少しの間悩んでいたが楽しければ何でもいいらしく最終的には俺に丸投げされた感じで終わった。
まあ明日決めればいいし、プールになっても大丈夫だろう。
この時の俺は明日もこんな感じで楽しめると思っていた。