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天狗

「…ようやく試練の部屋か」


 狐達との戦いから早くも二週間ほど過ぎた。再び襲われる可能性も考えて警戒していたが、女は現れることは無かった。

 さすがに試練の部屋に入ったら追いかけてこないと信じたいな。


 扉を開けて中に入ると、いつも通り魔法陣が置いてあった。

 近づくと魔法陣が光り三体の魔物が現れる。今回もまた特徴的な魔物達だ。

 一体目は鬼のような顔に長い鼻、二体目は鳥の顔、三体目は凛々しい女性だった。三体の共通点としては羽が生えていることだ。…大天狗・烏天狗・女天狗だよな。


「ふむ。かなりの強者がおるの。儂はあの小さき者と死合いたいのう」


「それなら私は女だな。女性同士どちらが強いか比べよう」


「仕方がない。俺はあの男で我慢するか」


 天狗達は戦う相手を決めたようだった。

 だがそれに付き合う道理はない。先手必勝で襲撃する。


 全員で魔法を天狗達に向かって飛ばす。だが天狗達は最小限の動きで攻撃を躱す。


「未熟だな」


 烏天狗が錫杖を鳴らすと空間が裂けて俺達はバラバラに分かれる。


「何だよこれ?」


「邪魔者が入らないようにしただけだ。我等は一対一を所望しておるのだ」


「…なら他の者達はどうしたんだ?」


「何もしておらぬ。元の場所で貴様等が戻るのを待つだけだ。だが貴様が死ねば我は殺しに向かわなければならんな」


 コイツの言葉が本気でも嘘でも、倒さなきゃ元には戻れないのだろう。

 俺は嵐舞を強く握りしめる。


「上等だ」


「いい気迫だ。俺は烏天狗。いざ参る」


 互いの武器が激突する。俺は全力で押しているのだが、烏天狗はびくともしない。


 ならばと思い、速さを活かして手数で勝負する。しかし俺の突きを烏天狗は同じように突きで受け止めてみせた。


「それなら」


 武術では敵わないと感じて、距離をとり風魔法を放つ。


「ふん!」


 烏天狗も風魔法を放ってきた。

 その風は俺の風を飲み込んで襲いかかってくる。


「うわぁー!?」


 吹き飛ばされながらも体勢を立て直して着地する。すると目の前には烏天狗が迫ってきていた。


 ギリギリ嵐舞が間に合い攻撃を受け止める。そして、幻魔法を流し込むのだが…


「喝!」


 気合いを入れられと簡単に解かれてしまった。なんかコイツなら悪臭玉も気合いで我慢しそうだな。


 何とか戦えてはいるが、力・技・速さの全てにおいて烏天狗の方が上だ。さらに幻魔法を簡単に解くほどの精神力の持ち主だ。正直、どう戦えばいいのか分からない。


 そして先手を取られ続けて俺は殴り飛ばされた。


「ぐぁっ」


「この程度か、つまらんな。やはり実力者はリスと女だけか」


 烏天狗はつまらなそうな目で俺を見る。

 結構な時間戦っているはずだが息一つ乱していない。


「他の者は…まだ終わっておらぬか。仕方がないこの男と残りの者を片付けておくか」


 ああ。俺が死ぬとコタロウ達が殺されるのか。コタロウ達じゃこの烏天狗には勝てないよな。

 烏天狗は俺にとどめを刺そうと錫杖を振るってきた。


 俺は手甲で攻撃を無理やり防いだ。痛いが気にしている場合じゃない。

 

「何!?」


 驚いている隙に嵐舞で殴り掛かる。


「おらっ!」


 烏天狗はすぐに反応して飛び退いた。俺の攻撃は当たらなかったが、距離ができた事で月光水を使う余裕が生まれた。


「…ふむ。今の一撃は気迫がこもった良い攻撃だったぞ。工夫すれば楽しめるかもしれんな」


 烏天狗は錫杖で突きを放ってくる。


 感覚を研ぎ澄ませて錫杖を力の限り掴む。


「ほう」


「ふんっ!」


 感心したような声が聞こえた気がするが、気にせず嵐舞でぶん殴る。


「見事だ」


 錫杖を掴まれているため、烏天狗は腕で攻撃を防いだ。ガードはされたが初めてダメージを与えることに成功した。


「はっ!」


 だが烏天狗が気合込めて力を入れると俺は吹き飛ばされた。

 

「ああクソ!」


「途中から気合の入り方が変わったな。何が貴様を動かしたか見せてもらおうか」


 体勢を立て直している途中だが烏天狗は目の前まで迫っていた。ガードが間に合わず頭を掴まれる。そして激痛が流れる。


「うぁぁ!!」


「…」


 激痛と共に全てを見透かされている感覚に襲われる。

 そして暫くすると烏天狗は頭を掴んでいる手を離した。


「ジュンよ構えるんだ」


「は?何で名前を知って」


「いいから構えんか!」


 迫力に押されて構えを取る。コイツは何を考えているんだ?

 

「まずは呼吸を整えろ。そして我から視線を離すな」


 烏天狗の言葉に操られるかのように俺は指示に従っていく。


「些細な動きも見逃すな。どんな達人や生物であっても動く時には予兆がある。全体を観察し違和感を捉えるのだ。…貴様ならできるだろう」


 烏天狗の言葉を聞くと不思議と集中力が高まっていく。感覚が研ぎ澄まされ風の道筋がハッキリと見える。今の姿勢からどういう攻撃が繰り出されるかまで把握できる。

 俺は自然と嵐舞を動かして反応しやすい場所に移動させていた。


 そして烏天狗が攻撃を仕掛けてきた。先程まで対応できなかった速さでの攻撃だ。だが今は予想していたこともあり反応できている。

 

「集中力を切らすなよ。だが周囲にも気を配れ。目の前だけを見ていると予想しないところから痛手を貰うぞ」


 そう言われると背後に嫌な気配を感じた。振り向くわけにはいかないので水の壁を発生させて防ぐ。

 すると烏天狗は満足そうにして距離を取る。


「一体何を考えているんだ?」


「ただの気まぐれだ。俺は強者と戦いたいからな。さあ次だ構えろ。今ので満足しているようなら目的の生き物は倒せんぞ」


 いいように動かされている気がするが構えないわけにはいかない。

 俺が構えると烏天狗は口を開く。


「次は自分の魔力をしっかりと感じるのだ。全身に流れている魔力。それはどこから来ているのだ?」


 自分に集中すると魔力を感じられる。魔力をたどっていくと胸の真ん中あたりから全身に駆け巡っていく感覚がある。


「感じられたなら。そこから全身に流れる魔力の量を増やせ。身体強化とは違うぞ。強化させずに量を増やしていくのだ」


 どんどん魔力を流していく。だが途中で限界がきてこれ以上魔力が増える様子がない。


「壁に当たったな。貴様は一度壁を破っているだろ。その時は何がきっかけだったのだ。思い出せ。それが貴様の力の一つだ」


 キーノの時の事だよな。あの時は皆が死ぬのが嫌だった。キーノの思い通りに自分の手で殺したくなどなかった。今の日常を失いたくなかった。


 …そうだよ。失うわけにはいかない。そのためにもコイツを壊さないと。


「あぁぁぁ!!」


「!!」


 あの時のように暴風と豪雨が空間を支配する。

 これならコイツを壊せる。


 滝のような雨が烏天狗を襲う。だが烏天狗はびくともせずに立っている。

 それなら風だ。


 竜巻を起こし烏天狗へと向かっていく。


「喝っ!!」


 気迫と共に竜巻はかき消された。

 …それなら。


「今の状態では俺には勝てんぞ」


 接近されて殴り飛ばされる。

 あれ?さっきは動きが読めていたのに読めなくなっている?


「力に飲み込まれるな。気を強く持て。貴様の力は確かに素晴らしい。その水は全てを押し流して風は全てを吹き飛ばす。後には何も残らないだろう。だが今の貴様は力に使われて実力を出し切れていない。破壊の衝動のみで動いている」


 俺は烏天狗の言葉に耳を傾ける。


「力が必要な場面で実力を出し切れずに死にたいか!自分の力で仲間を殺したいか!制御してみろその力を。貴様ならできる!破壊の衝動を貴様の思いで包み込め!」


 荒れ狂う暴風を、激流のような雨を、俺は無理やり押さえつける。

 体が痛い。内側から傷つけられていく感覚だ。泣きたくなる。


「貴様は竜の巣に向かうのであろう。ここで耐えられなければどの道死ぬだけだ。…仲間達もな」


「あぁぁぁ!!」


 吼えて気合を入れる。

 そして暴風が静まり大雨が上がった。だが力は溢れている感覚だ。


「先程までの風や雨は漏れていた力だ。制御できている今はいつもより動けるであろう。さて準備はできたな。俺と死合うぞ」


 烏天狗の雰囲気が変わる。俺も嵐舞を構える。

 互いにゆっくりと近づくと打ち合いが始まる。


 烏天狗の速さについていける。魔法はどうだろうか?


 風の刃を放つと烏天狗は魔法で防壁を作った。だが風の刃は防壁を切り裂いて烏天狗に向かって行く。

 烏天狗は驚きながらも躱す。だが躱したところに水の弾丸を無数に飛ばす。


「くっ」


 避けきれずに攻撃を受ける。そして膝をついた。このチャンスは逃せない。


 風鳥の短剣取り出しありったけの風の魔力を込める。短剣は大きな鳥へと変化して烏天狗へと向かう。


「はぁっ!!」


 烏天狗も錫杖に魔力を集中させて迎え撃ってきた。

 衝突により衝撃波が発生する。そして…


「見事!」


 短剣は錫杖を食い破り烏天狗の胸に大きな風穴を開けた。

 そして烏天狗は満足そうに倒れていった。


 俺は烏天狗に近づいていく。


「見事だったぞ」


「…アンタは何がしたかったんだ?アンタなら俺を殺すことができただろ」


「何だ死にたかったのか?」


「いや死にたくはねえよ。ただアンタの行動が理解できなかったんだよ」


「…言ったであろう。俺は強者と戦いたかっただけだ」


 これは教えてくれる気は無いだろうな。


「じゃあ質問を変えるぞ。アンタは俺の記憶を見たのか」


「ああ。貴様の力を知りたかったからな。渡り人の記憶を見れて面白かったぞ」


 色々見やがったなコイツ。


「ジュンよ。弱い事も怖がる事も恥ではない。それで成長をあきらめる事が恥なのだ。それと今日の戦いの感覚を忘れるな。いつでも使えるように訓練を怠るなよ。今日の力が全てではないのだからな。次合う時に成長していないようならば死ぬことになろう」


 そう言って烏天狗は消えていった。俺は自然と頭を下げていた。烏天狗が消えた後には、羽が二枚落ちていた。



―シェリル


「さあ死合おうではないか」


「いきなりだな貴様」


 シェリルの前には女天狗が薙刀を持って佇んでいた。


「私達と戦うために来たのだろう。ならば死合うのは当然ではないか」


 その言葉と共に薙刀を振るってくる。シェリルはそれを大鎌で受け止めた。


「バカ力だな」


「失礼だな女性に言う言葉ではないだろ」


 互いに距離を取る。シェリルが魔法を放つと同じように女天狗も魔法を放ってきた。

 魔法がぶつかり相殺する。

 シェリルはその光景を見て苛立ちを覚えた。


「嘗めているのか。貴様なら相殺ではなくそのまま私を狙う事も出来ただろ」


「そんな訳ないだろ。見極めているだけだ」


 女天狗は決して無理な攻め方をしない。冷静に慎重にシェリルの力量を見極めていく。


 そしてシェリルも自分と相手の力量差を自覚している。武術においても魔法においても女天狗の方が上なのだと。

 それでもシェリルは勝負を諦めたりはしない。ごく最近、もっと絶望的な状況から生還した男がいるからだ。呪いによる制限があるがそんな事は負けていい理由にはならない。


 シェリルは女天狗が振るう薙刀の連撃を受け流し、魔法に対しては属性を見ながら相性の良い魔法で相殺していく。


「中々やるな。ではそろそろ本気でいくとしよう」


 女天狗の雰囲気が変わる。そして薙刀も刀身が紅く染まっていく。

 一撃でももらったらマズイとシェリルは感じた。


「はぁっ!」


 威力・速さが明らかに向上している。大鎌で受け流そうとしたがそれも叶わず大鎌が吹き飛ばされた。


「ちっ」


 ギリギリのところで薙刀を見極めて紙一重で躱していく。だが女天狗は無理やり薙刀の軌道を変えてきた。


「ぐぁっ」


 当たる寸前に鉄扇を取り出して直撃は避ける事ができた。だが少なくないダメージを受けて吹き飛ばされる。


「ほぉ、あの場面からやり返してくるか」


 女天狗はニヤリと笑う。その頬からは血が流れていた。

 シェリルは女天狗の攻撃を防ぎながら風魔法を放っていたのだ。


 さらにシェリルは飛ばされた場所から雷を飛ばしてきた。


「おっと」


 女天狗は上空へと逃れて空からシェリルを確認する。

 

 シェリルはダメージを受けているはずだが表情には一切出していない。それどころか女天狗を睨みつけている。


 そして鉄扇を振りながら魔法を放ち始める。

 火・雷・光と目立つ魔法に紛れて目には見えない風の魔法が女天狗を攻め立てる。さらに毒も混じっているので女天狗もてこずっている。


 距離があると不利だと感じた女天狗は急降下して接近戦に持ち込もうとした。

 だがシェリルは動きを先読みして近づけさせないようにしている。


「そんな魔法で私に勝つつもりか?」


「勿論だ。大丈夫だと思うならば真っすぐ来たらどうだ。私の鉄扇は魔力タンクのような物で、まだまだ魔法を放てるぞ」


「いいだろう」


 女天狗は言葉通りに真っすぐシェリルへと向かう。牽制程度の魔法は気にする様子がない。


 シェリルは通常より強力な雷魔法を放つ。


「無駄だ!」


「!?」


 女天狗は雷を切り裂きながらシェリルに向かう。

 そしてシェリルの元へたどり着くと、何故かシェリルはいなかった。


 気配を感じた女天狗が振り向くと大鎌を振りかぶったシェリルがいた。

 何故大鎌を持っているかが疑問だったが考えている余裕がない。すぐに薙刀でガードをするが、大鎌の一撃は予想以上の物だった。


 薙刀は切断され、そのまま女天狗を切り裂いた。

 女天狗は力なく倒れる。


「…負けてしまったか。影を使った転移か。雷は視界を遮るためのものだったのか」


 シェリルは女天狗に近づく。

 

「正解だ。ところで貴様はこの空間を戻せるのか?」


「無理だな。この空間は烏天狗の能力だ。アイツが術を解くか死なない限りはこのままだ」


「そうか。ならもう少し時間はかかるか」


「お前は仲間が勝つと思っているのか?烏天狗は強いぞ」


「当然だ」


 シェリルがあまりにもサラッと答えたので女天狗は少し驚いた。


「信じているのだな。だが烏天狗も二百年生きた魔物だぞ。そう易々とは負けんぞ。まあ教えたがりだから嫌な予感もするのだがな」


「二百年?貴様等は二百年も生きているのか?」


「私もそれくらいだな。大天狗様は三百年は生きているはずだ」


「ずっとこの部屋にいたのか?」


「そんな訳があるか。我等は普段は森の階層の隠れ里で暮らしている。我等と戦う価値がある者が訪れた時だけここに呼ばれるのだ。さらに言えば一部の魔物は同じ存在で復活するぞ。我等はそういう存在だからな。ただ、烏天狗の奴は珍しく外から来てダンジョンに取り込まれた存在だ。それからは『俺にはやる事がある』と言って修行に明け暮れている奴だ。変わった能力も持っているな」


 さすがのシェリルもダンジョンの仕組みについては知らないので驚きを隠せない。


「おっとそろそろ時間だな。これは私に勝った褒美だ。離さずに持っておけ」


 そう言うと女天狗は自分の心臓を取り出した。心臓は宝石のような形へと変化する。

 

「グロイな」


「変な事を言うな。かなりのアイテムなのだぞ。…久しぶりに楽しめた。それでは私は戻るとしよう」


 女天狗の消えた後には宝石の他に羽が落ちていた。シェリルは宝石と羽を拾うと空間が戻るまでその場で待つことにした。



―ベル


「キュキュ!」


「はっ!」


 ベルと大天狗が戦っている空間はボロボロになっていた。

 大天狗が手にしている羽団扇を振るうと、いくつもの竜巻が巻き起こり水の弾丸が無数に襲い掛かる。その威力はジュンとは比べ物にならない程だ。


 だがベルも負けてはいない。ジュンに貰った種に魔力を込めて辺りにばらまく。種は水を吸収しながら床に根を張り急激に成長した。


 草木も何もなかった空間が緑に染まり、ベルの戦いやすい環境へと変わっていく。


 ジュンが渡した種は普通の物なのだが、ベルの魔法を受けて異形の形へと姿を変える。


 成長した草花はベル以外の生物を無差別に捕食する恐ろしい物だ。大天狗の風や水を受けても再生しながら迫っていく。


「カッカッカ。面白いぞ」


 大天狗が羽団扇を振るうと、今度は強烈な黒い炎が辺りを埋め尽くす。草や花は炎には弱くどんどん焼けて消えていく。


「キュー!」


 暑さが苦手なベルだが一歩も引かない。植物がため込んだ水を放出させて炎を鎮火させる。そして生き残った草花は種をまき辺りを緑で一杯にする。


 それを見た大天狗は再び羽団扇を振るう。するとベルの目の前に現れる。


「キュ!?」


「隙ありじゃ」


 羽団扇がベルを襲う。ギリギリで直撃は免れたが、それでもダメージは大きい。


「キュキュキュ!!」


 ベルは真っ黒な球体を大天狗に向かって飛ばす。大天狗は何かを感じて火球を飛ばすと火球は真っ黒な球体に飲み込まれてしまった。


 大天狗は再び羽団扇を振るって別の場所へと移動する。大天狗が先程いた場所は真っ黒な球体に飲み込まれて消えていた。


 ベルは全力を出すと味方も巻き込みかねないため力をセーブしていたが、今回は自分と大天狗しかいない。遠慮なく大技を繰り出していた。


 その光景を見ると大天狗が高らかに笑い出した。


「カッカッカ。実に楽しいのう」


「キュ?」


「ふ。外で自由に動けるお主には分からぬだろうが、儂らはダンジョンに縛られた存在。死んでも同じ魔物として生き返ってしまう。この輪廻より儂らは抜け出せぬ。故に儂や女天狗は強さを求め強者との戦いを望む。烏天狗はよく分からんが、人の成長を誰よりも望んでおるの」


 大天狗はどこか寂しそうに話をしていた。


「おっとすまぬな。年を取ると話をしたくなってしまうの。今はそんな事よりこの戦いを楽しまねばもったいない。行くぞ」


 大天狗が羽団扇を振るい続ける。風雨・火炎。縮地以外にも分身や幻覚まで混ざってきた。


 ベルも負けじと植物魔法と闇魔法を駆使して大天狗を仕留めにかかる。

 もしこの場に他の者がいたら一瞬のうちに命を失ってしまう。そんなレベルの攻撃が繰り返され続けていた。


「…本当に楽しいの。全力を出せるのは久しぶりじゃ」


 ベルは悟った。次の一撃は今までの比ではないと。自分も全力を出さないとタダでは済まない。


「ゆくぞ!!」


 大天狗の一振りは火の龍となってベルに襲い掛かる。

 火の龍は存在しているだけで辺りを燃やす。ベルは自身に魔法の障壁を張っているから無事だが、植物たちは一瞬で灰にされてしまった。


「キュ!!」


 負けるわけにいかないベルは再び真っ黒な球体を作り出す。ただし先程よりも圧倒的に大きい。


 火の龍と真っ黒な球体はぶつかり合う。その衝撃だけで辺りは原形をとどめていない。火の龍は球体に飲み込まれた。しかし、熱波は感じなくなったが球体の中で火の龍は暴れている。


 一瞬も気の抜けない状況で、大天狗はベルに直接攻撃を仕掛ける。


 大天狗の動きに気が付いたベルは、新しい種を取り出して草花で迎え撃つ。


「ふん!」


 草花を引きちぎりながら向かってくる。

 火の龍と大天狗への対応。ベルは極限まで集中していた。


 だが均衡は崩れる。二つの事への対応は難しく、火の龍が球体を打ち破りベルへとたどり着いた。

 威力はすさまじく、ベルの周辺は火の海でベル自身も火傷をおっている。

 だそれでもベルは倒れない。目には闘志がみなぎっている。


「カッカッカ」


 大天狗の笑い声が響く。大天狗は火の海の中からベルを見つめていた。


「この勝負は貴様の勝ちじゃ」


 そう言うと大天狗は地面へ取れていく。よく見ると植物が大天狗に根を張り全身を食べ始めていた。


「まさか罠を仕掛けておるとはな」


 ベルは草花に隠れるようにトラバサミを仕掛けていた。草花だけに注意していた大天狗はそれに気が付かず足を失った。そこで隙ができてしまった。そのままベルの植物が大天狗の腹を貫いていた。

 火の龍の一撃で灰になったが、消える前に種を植えつけることに成功していた。その種が急速に成長して大天狗を食べ始めていたのだ。


「キュー」


 ベルは勝ったが喜べない。大天狗が罠を踏まなければ死んでいたのは自分だという事を分かっているからだ。運が良かったというしかない。


「勝ちは勝ちじゃよ。いやー全力で戦えて楽しかったわい。また死合おうぞ」


 そう言って大天狗は消えていった。

 ベルはアイテムボックスから月光水を取り出して使用する。大天狗のドロップアイテムも回収してから倒れるように眠りへとついた。

 天狗達はいずれ再登場します。その時には烏天狗の意味不明な行動の理由が明らかになります。


 もしくは読んでいくうちに何となく予想がつくかもしれません。

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