妖狐
暗闇の中で誰かの気配を感じて、握りしめていた短剣で振り払う。
「おや、バレましたか?」
「ほう、勘が鋭いな」
景色が暗闇から草原へと変わっていく。そして目の前には陰陽師風の狐面の男と喋る大狐がいた。狐面は尻尾が三本、大狐に至ってはは四本生えているのも確認できた。
「お前達は誰だ。他の皆をどうした」
「悪いが教えられぬな。ちなみに召喚も連絡もとることは不可能だぞ」
「そうですね。教えることはできませんがすぐにお仲間には会わせてあげますよ」
狐面は御札を俺に向かって投げると、御札は剣へと変わり勢いよく襲ってくる。
「くらうかよ」
すぐに嵐舞を取り出して、飛んでくる剣を打ち落とす。
「お見事」
距離を詰めてきた狐面が鉄扇で攻撃を仕掛けてきた。嵐舞で受け止めると、また御札を投げてきた。
慌てて飛び避けると今度は追撃してこない。そこで気がついたが大狐がいなくなっている。この時に隙を見せてしまった。
不意に後ろから感じる気配。大狐が口を開けて俺を食べようとしている。俺が避けるよりも速く狐は俺を喰らうだろう。
しかしそんな時に救世主は現れた。
「キュー!」
「何!?」
「おや」
ベルが現れて大狐に思い切り蹴りを入れて吹き飛ばした。ダメージは少ないようだが、狐達は驚いた表情をしている。
「ベル!」
「キュー」
ベルはすぐに俺の肩へと飛び乗ってきた。俺はそんなベルに感謝を伝える。
「サンキュー、助かったぞベル」
「キュー♪」
再会を喜ぶ俺達だが、狐達はそんな俺達を険しい目で見てきた。
「これはどういう事だ」
「申し訳ありません。どうやら私の結界を破ってきたようです」
「一番邪魔になりそうだったから、異空間に閉じ込めたが破ってきたか。あのリスはここで殺さないと主の邪魔になるな。男は貴様に任せるぞ」
「御意」
雰囲気が変わったのがよく分かる。今までは仕留める獲物を見ていたのが、ベルが現れたことで倒すべき敵を見る目に変わっていった。
「キュ!」
ベルは大狐を一度睨むと、俺に目線をやり胸を叩く。
大狐はベルがどうにかしてくれるらしい。それなら俺は狐面を倒そう。さっきは遅れをとったけど、一対一なら勝ってやるよ。
全員が一斉に動き出した。ベルと大狐は遠くへと移動していた。気になるが今は目の前のコイツに集中する。
俺は勢い良く嵐舞で攻め立てる。だが狐面も鉄扇で受けて止めてくる。
「中々やりますね」
狐面は石を投げると石は剣に変わった。
「ヤバっ」
急いで避けると剣は地面に突き刺さり石へと戻った。もちろん地面に剣が刺さった跡も無い。
「え?」
呆気に取られていると狐面は接近していた。
「狐ですから騙すのは得意なんですよ」
そう言って鉄扇を振るう。しかしその攻撃は防ぐことができた。
互いに魔法や御札を使って隙を伺うが決め手には欠けている。
こうなりゃ、ぶっつけ本番だが試してみるか。
一度距離をとってから体勢を整える。そして、まっすぐ狐面へと向かい突きを放つ。
「そんな単純な攻撃は効きません、よ!?」
狐面は何が起きたのか分からないといった顔をしている。それもそのはずだ。狐面からすれば確かに俺の攻撃を躱してカウンターを入れるはずだったからだ。
だが結果は俺の攻撃が直撃した。狐のくせに狐につままれた気分だろうよ。
「…何をしたのですか」
「教えるかバーカ」
キーノ程上手くはないが初見なら十分通用するだろう。まあガードをすり抜けるようにはできないけどな。
今の攻撃で接近戦は不味いと思ったのか、狐面は御札を使った攻撃をメインにしてきた。御札は魔法のように燃えたり、剣や槍に変化して襲ってくる。
「まだ終わりませんよ」
今度は印を結ぶと地中から魔物が飛び出してきた。
「面倒だな」
風の壁を作り攻撃を防ぐ。お札の攻撃は逸らせたが、魔物は風の中でも俺に向かってくる。
「その子たちは私の力を分け与えていますからね。その程度の風では防げませんよ」
魔物はそのまま俺にしがみついた。振りほどこうにも振りほどけない。
「動かないで下さいね。楽にしてあげますから」
狐面は勝利を確信して俺に近づき鉄扇で首をはねる。狐面は笑っていたが俺の体は煙のように消えていった。
「!?」
気づいたようだがもう遅い。俺はブラッドダガーに持ち替えて狐面の胸に突き立てる。
「ギャー!!」
狐面は悲鳴を上げて倒れると消えていく。そして周りの景色が変わり迷路の階層に戻っていた。
俺が急いで辺りを見まわたすとベルが啞然とした表情でどこかを見ていた。視線の先ではシェリルが狐耳の女性と相対している。リッカとムギもいる。そして、俺に向かって見覚えのある姿の少年が飛びついてきた。
◆
―ベル
ジュンと狐面から離れた大樹の側で、ベルと大狐は向かい合っている。
大狐は毛が逆立ち全身からオーラが立ち上るほどの力を出している。力を溜めて、隙があれば一瞬で勝負を決めようとしていた。
対してベルは落ち着いていた。冷静に大狐を観察している。
睨み合った状態が続く。動き出したのは大狐だ。ありったけの力を込めた超高速の一撃。
だがこの一撃はベルに届くことは無かった。
大狐がベルまでもう少しというところで体が樹木にに搦め捕られたからだ。
もがいても抜け出すことは出来ない。あっけなく大狐は樹木の養分となってしまった。
ベルはその後少し離れた場所でジュンの戦いを見守っていた。
危ないようなら手を出すつもりではあったがそんな心配は杞憂であった。
ジュンが狐面を倒したところで景色が変わっていく。
もとの場所に戻るとジュン以外の仲間も見つけてホッとしたのだが、コタロウだけが見つからなかった。ただリッカ達の近くに見覚えのある姿の少年がいて驚いて固まってしまった。
◆
―シェリル コタロウ リッカ ムギ
シェリル達は扉をくぐったはずだが迷路の階層に戻っていた。
ジュンとベルがいないことに気が付くと、皆ですぐ探すことにしたのだが誰かの気配を感じて立ち止まる。
「そこにいるのは誰だ」
「あら、気が付くなんてさすがね」
現れたのは着物姿の女性と人相の悪い狐だ。
「ケケケ オンナイガイハ タベテイインダヨナ」
狐は涎を垂らしながらコタロウたちに目を向けている。
その言葉にシェリルは嫌悪感を覚えた。
「随分躾がなっていないな」
「そうかしら。好き嫌いなくちゃんとキレイに食べるのよ」
「ホネマデシッカリタベテヤルヨ」
「ふん。それで何か用なのか?」
シェリルの問いに女はクスクスと笑いながら口を開く。
「貴女の心臓ちょうだい」
その言葉と同時に女は迷わずシェリルの胸を目掛けて刀を振るってきた。
「やるかバカが」
鉄扇で刀の軌道を逸らし、逆に近距離から魔法を放つ。
「…避けたか」
「びっくりしたわ。酷いじゃない」
「人の心臓を狙った者の言うセリフじゃないな」
シェリルと女が睨み合っていると今度は狐が動きを見せる。
「オレヲ ワスレンナヨ」
鋭い牙でシェリルへと向かって行く。
しかし、狐は途中で何かに阻まれて弾かれてしまう。
「アア? …ケッカイカ」
「たぬ」
「ベア!」
「ピヨ!」
コタロウの結界で動きを制限したところで、後ろから戦闘人形達が狐に襲い掛かる。さらにムギが狐に向かって音魔法によるデバフをかける。
「チョウシニノルナヨ」
結界を破り戦闘人形達を食い荒らす。その動きは凄まじく、戦闘人形を歯牙にもかけない。
そしてそのままコタロウたちを吹き飛ばした。
「大丈夫か!」
「あら、私を無視しちゃダメよ」
シェリルはコタロウ達を助けに行きたがったが女の相手で手いっぱいだった。
「サテト ドイツカラ クウカナ」
狐を獲物を見定めてムギに目を付けた。
「オマエニスルカ チョウドヨサソウナ オオキサダシナ」
「ピ、ピヨ」
後ずさるムギだが、狐は既に目の前にいる。
「イタダキマス」
「たぬ!」
「マタオマエカ ジャマダナ」
コタロウはムギを結界で守り光の矢を狐に向かって放つ。狐はイライラした表情でコタロウを睨みだす。そして動かなくなったかと思うと体が一回り大きくなり尻尾も一本から二本に増えた。
「さあいくぜ!」
狐が動き出す。先程よりも速くなったためコタロウは反応が遅れて再び吹き飛ばされる。
「ベア!」
「ピヨ!」
リッカとムギが狐に攻撃をするが狐は意に介さずコタロウに近づいていく。
「たぬ!」
「は!?」
コタロウは白夜を取り出して強烈な光を放つ。狐は眩しさに目が眩みコタロウたちを一瞬見失ってしまう。
狐の目が回復しない内にコタロウたちは魔法で攻撃を仕掛けるのだが、狐は効いている様子が無かった。
「やってくれたな」
狐は火球を何発も放ってくる。コタロウは自分たちの周りに結界を張るが徐々に壊されていくのが見てわかる。
「さあ壊れるぜ。そろそろ大人しく喰われてしまえよ」
「た、たぬ」
「コタロウ!」
必死に堪えていたが遂に結界は壊される。そしてコタロウは押し倒されてしまう。
シェリルが焦ったように声を出すが、女の相手で助けに行くことができない。
「たぬ!」
「バーカ。念力で短刀を飛ばしたところで俺を傷つける事なんてできねーよ。これは人間用の武器なんだぜ」
コタロウは念力で白夜を飛ばしたが狐に弾かれて自分の胸に落ちてきた。
「ベア!」
リッカはいつもより強力な戦闘人形を作り出して狐に攻撃するが、通じている様子はない。
「アハハハ。これくらいの攻撃で俺を倒せると思っているのかよ」
狐は高笑いをして勝利を確認していた。
「いただきます」
「ピヨ」
「は?」
戦闘人形の背中からムギが飛び出してきたため狐は一瞬呆気にとられた。そして…
「ピヨ―――――!!!」
「あああああ!?」
ムギが狐の耳の側で大声で鳴いたのだ。
思いがけない攻撃で狐は倒れこんでしまう。
コタロウはそのチャンスを見逃さなかった。
「たぬ」
コタロウの頭には先程の狐が言った、人間の武器という言葉が残っていた。
そのため短刀をしっかりと使うために人間へと変化する。その姿はジュンにもシェリルにも似ている七歳くらいの子供の姿だった。
コタロウは短刀をしっかりと握りしめて魔力を込めて狐を切り裂いた。
「ぎゃああ!?」
悲鳴と同時に狐は動かなくなり消えていく。
シェリルと女はコタロウ達を驚いた表情で見ていた。
そして先程までいなかったジュンとベルがいつの間にか現れていた。
コタロウは会えた嬉しさでジュンに飛びついた。
◆
―ジュン
「たぬー!」
え?たぬーって事はコタロウなのか!?
それにしても俺とシェリルに似てないか?
「ベアー!」
「ピヨヨ!」
少し遅れてリッカとムギも駆け寄ってきた。余程怖かったのだろうか震えている。
「無事だったのだな。コタロウ達は頑張っていたぞ」
シェリルも女性から距離を取り俺の近くに来た。
「それじゃあコタロウたちの武勇伝を聞くためにもアイツをどうにかしないといけないよな」
女は今その場に立っているだけなのだが嫌な気配を凄い感じる。
「あーあ、どいつもこいつも役立たずばかりね。まあいいわ。目的は貴女だし。また作ればいいだけだからね。自分で頑張るのは面倒だけど仕方がないわね」
力が女に集まっていく。俺やベルの近くからも何か光が飛び出して女に吸収された。すると女は狐の耳と六本の尻尾が生えていく。
「…へぇー。そこのリスは危険だと思っていたけど、貴方も中々やるみたいね。リスに助けてもらったかと思ったら貴方が三尾を倒していたのね」
三尾とはあの陰陽師風の奴か?
そもそも何で俺が倒したことを知っているんだ?
「何で知っているんだって顔をしているわね。あの子たちは私の分身だから、残った力を回収しただけよ。ついでに記憶もね」
それだと俺の戦い方も知られているって事か。
「ちなみにこんな事もできるのよ」
尻尾から火が出て辺りを包み込む。
この熱さでベルは苦しそうだ。
「それと足止めも必要なのよね」
尻尾が一本千切れると尻尾が十匹の狐へと変わっていく。そして傷ついているコタロウ達に向かって行く。
「キュキュ」
コタロウ達の前にベルが立つ。ここはベルに任せて俺とシェリルは女をどうにかしよう。
「貴方にはこれかしら」
女と目が合うとにっこりとほほ笑んできた。
それを見たシェリルは焦ったように俺に注意する。
「ジュン、目を合わせるな!」
「遅いわよ」
女の目が怪しく光る。一瞬くらっとしたけどそれだけだな。…一体何なんだ?
「ジュン命令よ。その女を攻撃しなさい」
女は自信満々にふざけた命令を言ってきた。シェリルも俺から距離を取り防御姿勢を取っている。
そして女は隙だらけに立っていたので遠慮なく風魔法を放ってやった。
「え!?」
「なに!?」
女もシェリルも驚いていた。女に至っては、驚いたせいで避けるのが遅れて風の刃が掠り、頬っぺたから血が出ていた。
「…どうやって私のチャームから逃れたのかしら?」
あれチャームだったのか。多分鋼の心の能力で防いだんだろうな。それにもっと強力な精神系の攻撃を受けたしな。
あの時の殺人衝動の方がヤバい。でもまあ本当の事なんて言う必要ないし。
「最高の美女と一緒に暮らしているからな。耐性が付いたんじゃないのか」
「そう、屈辱ね。私の顔に傷までつけて。先に貴方から殺してあげる」
女性の目が赤く染まり、ニタっとした笑みを浮かべる。俺は背筋がゾクッとなった。
「来るぞ構えろ!」
シェリルの声でハッとすると女が刀で切りかかってきていた。
手に持っていたブラッドダガーで受け止めたが押し込まれる。
「頑張るじゃない」
そう言うと二本目の刀を手にする。
二刀流かよ。
「バイバイ」
「させん」
もう一本の刀を振り下ろすがシェリルが大鎌で弾いてくれた。
一度距離を取り二人で魔法を放つが女は二本の刀で魔法を切り裂いていく。
「魔法って真っ二つになるんだな」
「質の高い武器と腕が良ければな。変に真似はするなよ」
「随分余裕があるじゃない」
今度は魔法を放ってくる。それも一種類だけではなく五種類の魔法だ。どうやらシェリルと同じように多くの魔法を使えるらしい。
俺も嵐舞に持ち替えて魔法を強化して攻撃を防ぐ。
ここが開けた場所で助かった。
「やるわね。それじゃあこれはどう?」
刀に魔力が流れ込み、女が刀を振る度に魔力が剣閃となって放たれる。
「これは避けられないな」
風の障壁を発生させる。しかし、剣閃は障壁を切り裂きながら向かってきた。
「ぐっ」
避けきれずに体を掠っていく。良い装備を付けているはずだがそれすらも切り裂いていく。
だが、女が俺に攻撃している間にシェリルが女に近づいて大鎌を振るう。おかげで女の攻撃が一旦止まる。
「やっぱり二人相手はは面倒ね。こんなことなら遊ばずに最初から真面目に戦えばよかったわ」
喋っている内容とは裏腹に女はまだ余裕を持っている。
キーノと戦った時みたいに戦いたいが、風と水は周りも巻き込んでしまうからな。
打開策は何かないだろうか?…女性に使うのは気が引けるがやはりアレを使うしかないか。
「シェリル。アイツの動きを止めるから止めは頼む」
「何をする気だ?」
シェリルが心配そうな目で見るが多分大丈夫だろう。俺は覚悟を決めて特攻を仕掛ける。
「あら馬鹿正直な攻撃ね」
女は刀で俺を迎え撃つ気満々だ。
近づく俺に対して女は刀を振り下ろした。俺は横に避けるが女の方が速く浅くない傷を負う。だけど置き土産はしっかり残した。悪臭玉をな。
「いやぁ―――!!?」
女は地面に倒れてのたうち回っている。
シェリルは一瞬俺に目を向けるがすぐに女にとどめを刺しに行く。
「死ね」
魔力を込めた大鎌の一撃は女を真っ二つにした。
だが女は死んでいなかった。
女の尻尾が一本千切れると子狐へと変化したのだ。
「アンタら絶対に許さない!!殺してあげるから」
そう言って子狐は煙と共に消えていった。コタロウ達を狙った狐も子狐が消えると同時にいなくなった。
「最近試練の部屋の魔物よりも強い敵が多くないか」
俺はその場に座り込み月光水を取り出してケガの回復を行う。
それにしてもダンジョンを甘く見過ぎていたな本当に。
「大丈夫か?」
「キュキュ」
「たぬぬ」
「ベア」
「ピヨ」
俺の周りにシェリル達が寄ってきて声をかけてくれる。ベル達を撫でてから何とか立ち上がる。
「とりあえず一度隠れ家に戻るぞ」
入り口を出現させると肩を貸してもらいながら中に入り、全員体を休めることにした。
部屋に戻ると皆ベッドに横になる。ベル達はお疲れですでに眠っている。
俺とシェリルは眠る前に少し話をしていた。そこでコタロウたちの活躍を聞いていた。
「そうか。コタロウ達も頑張ったな」
コタロウ達の頭を撫でる。良い夢でも見ているのか表情が和らいでいる。
ちなみにコタロウは隠れ家に入ると元の姿に戻っていた。
「アイツを倒しきる事は出来なかったな」
ベル達に癒されながらも先程の戦いであの女を仕留められなかったことを悔やんでしまう。あまり良い予感がしないのだ。
「仕方がない。退けただけで良しと考えるぞ。それに暫くはアイツも動けんだろうからな。その間に迷路の階層を抜けるぞ」
「階層が変わっても追ってくることがあるのか?」
「一部の魔物は自由に階層を移動する。あの女もそうだろうな」
「そっちも警戒しなきゃいけないのか。まあ仕方がないか」
問題が増えたが追う事も出来ないので警戒するくらいしかできることは無い。
とりあえず今できるのはしっかり休んで回復する事だな。
気が付くとシェリルも眠りについていた。俺も目を瞑っているとすぐに夢の中に入っていく。