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廃墟

 目が覚めるとまだ辺りは暗かった。


 隣で眠るシェリルやベル達が目にはいる。皆穏やかな顔で寝息を立てている。

 ハッキリ言って俺は毎日が充実している。家と職場の往復で、一人暮らしをしていた頃に比べると天と地程の差がある。誰が欠けてもこの幸せは崩れるだろう。それは嫌だ。


「気合を入れないとな」


 俺はシェリルの呪いと竜の巣に着いた時の事を考えていた。

 邪竜の呪いがすんなり解けるとは思っていないし、竜種との戦いは避けられないと思っている。


 だけど俺一人で竜に勝てる気はしない。転生特典か何かは知らないけど、その辺の冒険者よりは強い自信はある。だけど漫画や小説のように無双できる自信は一切ない。


「せめてあの時の感覚が出せればな」


 体が軽くなり力が湧くあの感覚。あれなら少しは戦えるとは思う。

 だけどそんな不確定な要素には頼れない。それならキーノの動きを参考に幻魔法を鍛えるのもありかもしれない。


 そう思って俺は皆を起こさないようにベッドから抜け出し庭で訓練を開始する。

 実はベルがこっそり付いて来ていることに、俺は全く気が付かなかった。


「キュ~キュ」


 三十分程体を動かしていると突然ベルが声をかけてきた。


「ベル?いつからいたんだ?」


 ベルは何も答えず、俺に魔法を撃ってきた。


「!?」


 間一髪でそれを避ける。しかし、気がつくとベルは俺の肩に乗っていた。

 いつの間に乗っていたんだよ。


「キュキュ」


 まだまだ未熟と言っているようだった。

 そして肩から降りて俺に向き直ると、かかってこいと手招きをする。


「行くぞ」


 俺はありがたくベルの胸を借りることにした。ダンジョンに入る前は定期的に手合わせしていたが、ダンジョンに来てからは初めてだ。一撃入れてやる。


………

……


「ダメか。やっぱりベルは強いな」


 もはや肩で息をしている状態だ。身体強化をして風を纏い、第六感も風読みもしているのに攻撃が当たらない。動きは見えるし分かるのだが、ベルの動きに体がついていかない。


 反対にベルの攻撃は普通に当たる。小さくい上に素早いため、ガードが間に合わない。本気だったら何回の致命傷を受けたことか。


 改めて思うがベルは本当に強い。キーノに後れを取ったのは環境の要因が大きいのかもしれないな。


「こうなるとやっぱりキーノの動きを再現したいな」


 俺の頭の中にはキーノの不思議な動きがあった。ゆら~とした動きで少しだけ残像が見える。攻撃すると何故か当たらず、向こうの攻撃はガードをすり抜ける。


「色々試していくか」


 日が上るまでベルとの訓練は続いた。キーノの動きの再現はできなかったが今後の特訓次第だな。


「そろそろ部屋に戻るか。サンキューなベル」


「キュー」


 ベルと一緒に部屋へと戻ると、既に皆起きていた。

 そして、俺とベルの姿を見てシェリルは表情を変える。


「…何をしてきたのだ?」


 俺は自分の姿を確認する。ベルが加減してくれていたのでボロボロではないが土や草での汚れはある。さらに汗もかいている。


 清潔の指輪を使うの忘れていた。


「何時からだ」


「…二時間程前かな」


「ダンジョン探索前に体力を使うなバカ」


「すみません」


 これは考えが浅はかだった俺が悪い。素直に謝るしかない。


「まったく。何か考えがあったのだろうが無茶はするな。今日は午後からの探索に変更だ。午前はしっかりと休め。ベルもだぞ」


「はい」


「キュ~」


「まったく。まずは朝食にするぞ。動いたから腹も減っているだろ」


 それからは皆で朝食を食べ始める。

 朝食を済ませると汗を流すためにベルと温泉へと向かう。


「気持ちが良いな。それにしてもベルと二人で入るのも久しぶりに感じるな」


「キュ~」


 檜風呂で足を伸ばしながら温泉に浸かる。ベルも縁に掴まりながら気持ちよさそうにしている。


「しかし悪かったな。俺のせいでベルまで巻き込んでしまって」


「キュキュ」


 ベルは気にするなと言っているようだった。


「…なあベル。今の俺で竜に通用するのかな」


 俺とベルしかいないこの空間。俺はつい弱音を吐いてしまった。


「キュ」


 ベルは俺の方に向き直る。


「正直言って怖いんだよ。ダンジョンに入るときは簡単に考えていたけど実際何日も過ごすと恐怖心が出てくるんだ」


 俺の弱音をベルは真剣な表情で聞いてくれている。


「自分の不甲斐なさでコタロウを危険な目に合わせたり、この手で人を殺したり、死を間近に感じたりと、危ない事も何度もあった。キーノとの戦いだとベルにも迷惑をかけたよな」


 話していると目頭が熱くなってくる。


「…けどさ。逃げたくも無いんだよな。俺は今の皆がいる生活が好きだし、増える分には構わないけど減るのは嫌なんだよ。だから竜に勝つ力が欲しい。恐怖に勝つ心が欲しい。でもどうすればいいか分からないんだよ。自分が自分で無くなりそうな気もするんだ」


「キュ」


 ベルは胸を張り、俺に任せろと言うようにドンと叩く。そして俺の肩に登り俺の首と頭を撫でるように触ってくる。


「ハハ、サンキューなベル」


 吐き出したことで少しスッキリした気がする。弱音を吐きだせるのはベルかシェリルしかいないしな。今回は内容的にシェリルには話せないからベルには本当に感謝だ。…もしかしたら、朝も何かを感じて付いて来てくれたのかな。


「とりあえず俺はこのまま頑張っていくから、ベルも協力してくれ。頼りにしているからな」


「キュ!」


 温泉から上がると昼食まで眠る事にした。

 目が覚めると既に昼食の準備もできている。シェリルとコタロウが冷蔵庫の材料で作ってくれたようだ。


「二人ともありがとうな」


「気にするな。簡単な物だし気分転換にもなった」


「たぬ♪」


 二人に感謝しながら食べ終えると、皆で五十一階層の廃墟へと向かう。


「雰囲気あるな」


 薄暗く霧が立ち込め、不気味な鳴き声も聞こえてくる。いかにもゾンビやゴーストが出てきそうな場所だ。


 夏に若者が肝試しに訪れそうな感じだな。もしくは都市伝説に出てくる地図から消えた村だ。


「たぬ♪たぬ♪」


「ベアー♪」


「ピヨヨー♪」


 俺とシェリルとベルは普段通りだか、コタロウ・リッカ・ムギは楽しそうだ。普通なら怖がりそうなイメージだが俺の従魔達は本当に肝が据わっているよな。


「うん?」


「止まれ」


 嫌な予感がしたのと同時にシェリルから制止の声がかかる。


「「「キシャー」」」


 地面から無数のゾンビが這い出してきた。怖いというよりはグロいな。体が欠損していたり、内臓が出ているのもいる。

 ゾンビ達は一斉にこちらへと向かってくる。…だけど遅いから、むしろこちらから攻撃を仕掛けてみた。


「はっ」


 近くにいたゾンビを嵐舞で殴り飛ばす。手応えはバッチリだ。


「ア、アアー」


 飛ばされたゾンビはうめき声をあげながらも普通に立ち上がる。そして何事も無かったかのように再び歩き出す。


「やっぱりダメか」


「当たり前だ。ゾンビは痛みなど感じないからな。この階層は魔法以外は意味がないぞ。さらに言えば火・雷・光辺りが有効だな。他の魔法は効き目がいまいちだ」


 試しに魔法を使うが確かに俺の魔法はゾンビとは相性が悪いようだった。

 風の魔法はゾンビを切断するがゾンビは体をくっつけて歩いてくる。水の魔法も何発も打ち出さないと倒れてくれない。


「中々倒れてくれないな。ベルは闇魔法で簡単に倒しているけどな」


 横ではベルが闇魔法でゾンビを消し去っていた。


「あれができるのは一部だけだ。真似しようと思ってもすぐにはできんぞ」


 やはりレベルの差を感じてしまうな。

 まあ俺はできる事をするまでだ。まずはサポートに徹するか。


 風魔法で足を切断して動きを止める事に専念する。その間にシェリルとコタロウに魔法を撃ちこんでもらう。

 

 この階層では光魔法を使えるシェリルとコタロウが中心となって魔物の相手をしている。

 俺も何かができればな。…待てよ。痛みを思い出したらアイツ等はどうなるんだ?試してみるか。


「こんな感じで」


「貴様は何をしているんだ?」


 俺は感覚魔法を使用してゾンビたちに痛覚を付与してみた。その瞬間に。


「「「ギャー!?」」」


 ゾンビたちが一斉に悲鳴を上げて消えていく。

 俺が魔法を使用したのが分かるのか、どのゾンビも俺を恨めしい目で見ていた。


「ユル…サナイ」


「ノロッテヤル」


「アクマメ…」


 酷い言われようだ。つーか、アイツら喋れたのか。

 視線を感じて振り向くとシェリル達が俺を見ていた。

 

「何をしたか話せ」


 まあそうだよな。


「アイツら体の一部が無かったり内臓出てるじゃん。いまだに剣とか矢が刺さっている奴もいるし。だから痛みを思い出したら効くかなと思ったんだけど、ここまでの結果は予想していなかった」


「…褒めるべきか呆れるか迷ってしまうな」


「褒めるともっとやる気を出すぞ」


「調子に乗るな」


「痛っ」


 軽く小突かれてしまった。まあいいか。ついでだから幻魔法でも倒せないか試してみるか。

 お手本があるから光魔法の幻を見せるかな。それとも難易度は高いけどピエロの真似で悪夢を見せるか?あえて望む夢もありかもしれないけど。…決めた。


「…また何か考えてないか?」


「今度は幻魔法であのキーノみたいにできないかなと」


「悪夢か。あの手の技は二度とくらいたくないな」


「反対の技だけどな」


「何?」


 俺は悪夢ではなく幸せな夢を見せてみた。俺の知らない映像を引き出すので魔力の消費もコントロールもいつもより難しい。


「「「キシャ…」」」


 だけど効果はあるようだ。ゾンビたちは動きが止まりそのまま崩れていく。心なしか崩れる前に穏やかな表情に変わっていた気がする。


「…ゾンビやゴースト系の魔物は人の思いから生まれるらしいからな。貴様の技は効果があったのかもな」


「でもこれ難しいわ。かなり疲れる。余裕があるときはいいけど、基本は痛みの付与の方が良いな。申し訳ないけどな」


「可哀想だが仕方がないか」


 俺も有効な手段を見つけたため、ゾンビの集団を順調に倒していく。


「ところで今更だが夢喰いならゾンビにも効果があると思うぞ。鎮魂もだが」


「嵐舞で殴った時に気が付いたけど、アイツら臭い体液飛び散らすから使いたくないんだ」


 清潔の指輪を使えば済む事だが気分で気にはあまり良くない。だから力寄らないように倒す方がベストだよな。


「確かにな。私もソウルイーターを使う気にはなれんからな」


 魔物の数が多いため数日かけて順調に進んで行った。ゾンビ以外にもゴースト・人魂・スケルトンなどの魔物が現れたが何とか対処はできていた。


 だけどゴースト・人魂・スケルトンは痛みの付与が意味が無かったので戦うのが面倒だった。やはりこの階層のメインはシェリルとコタロウだな。


「で、これが六十階のボスか」


 順調に進み試練の扉の前に着く。


「オーガスケルトンだな。オーガとアンデッドの特性を兼ね備えた強敵だぞ。力もタフさも魔物の中で上位で、再生能力も併せ持っている」


 目の前には三メートル位の体躯の骨が立っていた。骨と言ってもスケルトンの頼りない骨とは違い、太く頑丈そうだ。さらの頭には角もしっかりと付いている。


「強敵だな。それじゃあ皆で頑張りますか」


 オーガスケルトンは金棒のような武器を持っており、基本的にはそれを振り回して攻撃してくる。それにこちらの攻撃は光魔法以外はあまり効いていない感じだった。


 そのためシェリルとコタロウがメインの攻撃役で光魔法でダメージを与えていく。俺は幻魔法でリッカは戦闘人形を使ってオーガスケルトンを撹乱させる。ムギは音魔法で皆にバフをかけている。ベルはリッカやムギを守りながら隙を見て攻撃をしている。


 安全性を重視して戦ったので思った以上に時間はかかったが無事に倒すことができた。


 ドロップアイテムは鬼の骨。武器にも防具にも使える素材だ。そして宝箱から出てきたのは一本の鞭だった。


 名前:女帝の鞭

 身体能力・魔力の上昇。持っているだけで相手に威圧感を与える。女性限定の装備。


「シェリル使うか?」


「貴様がどんな目で私を見ているか分かったぞ」


 似合っている気はするけどな。

 シェリルの目が怖かったのでふざけるのは止めておくことにした。


「冗談だからそんな目で見ないでくれ。それにしても手強かったな」


「しっかりと休め。迷宮も疲労が溜まる階層だからな」


 無事とはいえ疲労感はかなりの物だ。魔力もほとんど使ってしまっているので、動くのもやっとだ。

 だけど次も大変なんだよな。


「次は迷宮か」


「迷宮は貴様の十八番だろ。頼りにしているからな。宝箱も他の階層に比べると多いが罠とかもあるから気を付けてくれよ」


「責任重大だな。でも頑張るしかないな」


 この日の探索はここまでにして隠れ家へと戻ることにした。

 みんな疲れていたからか軽く食事を済ませるとすぐに眠ってしまった。

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