激闘後
体に痛みを感じながら目が覚めた。俺は一人でベッドに横になっていたようで、シェリル達はベッドにもたれかかって眠っていた。
「痛っ」
体を動かすと余計に痛みが走る。痛いのは嫌なので安静にすることにした。時間を確認するとまだ朝の六時にもなっていない。
それにしてもよく俺生きていたな。アルルの存在が無きゃ俺が死んでいたよな。今思い出しても冷や汗をかきそうだ。
あんな強敵との戦いは二度と御免だと思いたいが、竜との戦いもあれ以上の可能性があるんだよな。
「う、うん」
しばらく横になっているとシェリルが起き出した。そしてすでに起きている俺と目が合った。
「おはよう」
「おはようじゃない。この馬鹿が!」
俺の挨拶もそこそこに、シェリルは珍しく泣きそうな顔で俺を抱き寄せた。嬉しいのだが体が悲鳴を上げている。
「キュキュ!」
「たぬ!」
「ベア!」
シェリルの声に反応してベル達も飛び起きる。そしてそのまま俺に飛びついて体をこすりつけてくる。
こちらも嬉しいし毛並みが気持ちよかったりするのだがやはり痛い。特にベルが離れようとしない。必死にしがみついて泣きじゃくっているようだった。この状況で痛いとは言いにくいので言葉を飲み込んだ。
そんなカオスな時間が数分経過すると段々と落ち着いてきた。それぞれベッドに座りながら俺の方を向いてくる。
シェリルは自分たちが戦えなくなった後の話を聞いてきた。
俺が一通りの体験を話すとシェリルは何かを思い出したようだ。
「今思い出したよ。“花咲く道化”は王都で昔起きた未解決事件として聞いたことがある。かなりの事件だったらしく、魔物が人に紛れ込んだ大虐殺事件として伝わっている。まさか本人に会うことになるとはな」
そりゃあ二百年前の魔物に偶然出くわすなんて思わないよな。
「しかし普通のマッドネスピエロならあそこまで強くはないはずだ。戦いの末に変異種になっていたのかもな。普通はこんなに出会う事などないのだがな」
「運が良いのか悪いのか。とりあえず皆も無事で良かったよ」
「そうだな。今回もまた自分の未熟さを実感した」
「キュ」
シェリルとベルが特に落ち込んでいる気がする。これは話題を変えないと。
「そういえば貰ったアイテムと拾ったアイテムがあったんだ確認しようぜ」
俺はまず能力を確認してみる。
名前:夢喰い(短剣)
幻魔法の精度を上げ、アンデッド系の魔物に直接ダメージを与えることができる。また、他者の夢に入る事ができる。
名前:道化師の大鎌
魔法との親和性が高い大鎌。伸縮自在で重さも感じないが切れ味や硬度は高い。
名前:影魔の靴
魔力を込めることで影の中に潜むことができる。また、魔力を込めて相手の影を踏めば数秒間動きを封じられる。
名前:道化師の仮面
不思議な魅力で周りの視線を集める。
名前:感情の笛
聞いている者の感情を刺激する音を出す。
名前:異端の宝玉
アルレの思いや魔力のこもった玉。
名前:目覚めの水
飲むと眠っている能力を無理やり起こす。効果は五分間。ただし使用後は動けないほどの激痛が襲う。
うん?最後のアイテムだけヤバくないか。上手く使えればあの時のような強さを得られるのか?
「どうした?何かあったのか?」
「いや。どのアイテムもレベルが高いと思ってな」
とりあえず内緒にしておこう。教えたらシェリルに没収されそうな気がするしな。いざという時の切り札の一つとしてしまっておこう。
俺は目覚めの水だけは皆に見せずに他のアイテムを出すことにした。
並べられたアイテムと説明を聞いてシェリルは興味津々だった。
「これまた凄いアイテムだな。宝玉なんてほとんど出ないのだがな」
「何に使えるんだ?」
「宝玉も素材になる。宝玉を使うと特殊な効果が付くから欲しがる者は多いだろうな。それ以外にも不思議な能力があるため、袋に入れてお守りにする者もいるな」
それなら俺もお守りにでもするかな。
俺はドロップアイテムを収納して再びベッドに倒れ込む。そんな俺の上に覆いかぶさってくるベル達。
そんな時にふと自分の失敗に気が付いてしまった。
「なあシェリル。もしかして真実の瞳を使えばあの幻術って解けたのか?」
このアイテムの効果ならキーノの幻に対応で来たんじゃないだろうか?
そうすればシェリルかベルも戦えてもう少し安全に戦えたかもしれない。
しかしシェリルの返事は予想外の物だった。
「いや無理だろうな。真実の瞳は戦闘中の使用には向いていない。幻術を解くまでの時間がかかる。あのアイテムはあくまで環境や罠対策の物だ。キーノほどの実力者が相手ではどの道使うのは難しかっただろうな」
そう言われるとホッとした気もするが残念な気もする。
「ところで俺って倒れてからどれくらい眠っていたんだ?」
「ベア」
リッカが指を二本立てる。
「へー二日間か…そんなに寝てたの!?」
そういえば、シェリル達もベッドにもたれていたもんな。俺が寝る前はベッドで横になっていたはずだし。
普通に翌日の朝だと思っていたけど、プラス一日あったのか。それくらいヤバかったんだな俺。
「念のために今日と明日も休むぞ」
「まだ体も痛いしそうするか。そういえばポーションは無いのか?」
「あるが、あれは戦闘中だけにしておけ。頼りすぎると自己治癒力が落ちるぞ」
そんな副作用があったのか。便利なアイテムも頼りすぎは良くないのか。
「分かったよ。それにしても今回は海やプールで泳ぐわけにもいかないから暇だな」
「遊びに行くようなら無理矢理寝かせるからな。嫌ならば大人しくしろ」
目が本気だった。怒られたくないので大人しくすることに。
しかしやる事が無いと暇だな。目が覚めてしまって眠気も無いしな。
「キュキュ」
俺が暇なのを察したベルがトランプを持ってきてくれた。
いきなり始まるトランプ大会。ベッドの上に皆が座り色々なゲームが開催される。
セブンブリッジ・大富豪・七並べ。今はポーカーをしている。
「キュキュ♪」
ポーカーをやっているとベルがフォーカードを出してご機嫌な状態だ。だがこの笑顔は一瞬で崩される。
「悪いなストレートフラッシュだ」
「キュ!?」
シェリルの出したカードの方が上だった。
しかし何でこの二人はこんなに引きが良いのだろうか?
俺も手札はストレートで悪くはないはずなんだけどな。
シェリルとベルの熾烈なトップ争いの横で俺達はまったりと行う。
「たぬ♪」
「お、スリーカードか惜しかったな」
コタロウの手札はジョーカーが混ざったスリーカードだった。ちなみにリッカはツーペア。普通はこんなもんだよな。
ふと俺はコタロウが持っているジョーカーが目に入る。俺はジョーカーの絵から目が離れなかった。書かれている絵がピエロだったからだろう。
アルレはどんな思いでこの二百年を過ごしたのだろうか?
「まあ深く考える必要はないか」
色々な理由で印象深い魔物だったが考えても意味は無いだろう。まあ、王都に行く機会があれば被害者達に花くらいは添えておくかな。
俺は気持ちを切り替えてトランプを続けていた。
「ベア~」
一時間ほどトランプをしていたらリッカはお腹が空いてきたようだ。俺も何も食べていなかったし一度飯にするかな。
「悪い、俺も腹が減ったから飯にしていいか?」
「そうだな七時も回ったところだし丁度いいかもな」
ゆっくりテーブルに移動して朝食を済ませる。
その後はいつも通り卵に魔力を注いでいく。
終わった後はソファーに座りボーっとプールの方を眺めていた。プールではベル達が仲良く水遊び中だった。俺も混ざりたいがそんな余裕が無いのが残念だ。
「暇そうだな」
隣に座ってきたシェリルが声をかけてきた。
「体がまだ痛むしな。寝ればいいんだろうけど寝すぎて眠れもしないんだよ」
「仕方がない。それだけの相手と戦ったのだ。…悪かったな」
シェリルが急に神妙な顔で謝ってきた。意味が分からず俺は慌ててしまう。
「どうしたんだよ急に」
「今回の件は私の失態だ。私の注意不足で貴様を危険にさらしてしまった」
ダンジョンに自分の意思で潜る事を選択した以上俺の自己責任だと思うけどな。むしろシェリルやベルがいることで油断というか慢心していた部分が俺にあったと思う。
「そんなことないって。俺が油断していた部分もあるし、アイツの能力が強かったのもあるだろ」
「それでもだ。ダンジョンの怖さや危険性はこの中では私が一番知っているのだ。だが油断していた。私とベルの探知能力。貴様の風を読む力や勘の良さ。リッカの偵察人形。これらがあれば危険を回避できると思っていた。だが結果として貴様に一番危険な役目を押し付けてしまった」
「俺だって思っていたさ。それに結果として皆が無事だったからいいだろ」
「私は貴様の従魔達を悲しませたくない。貴様が死ねばベル達は深く悲しむだろう。…なあ、貴様たちはここで引き返してもいいのだぞ。ミラージュハウスだけ私にくれないか?そうすれば後は私一人でも」
「冗談言うな」
「なっ!?」
シェリルにデコピンをして黙らせると、一瞬驚いた顔をするがおでこをさすりながら睨んでくる。
「何のつもりだ」
「確かに俺が死ねばベル達は悲しむと思うぞ。でもシェリルがいなくなっても絶対悲しむ。つーか、誰が欠けても嫌だ。分かっているだろ」
「しかし元は私の問題だ」
「ダンジョンはいずれ行く予定だったし、ベル達からすればシェリルの問題は自分達も手伝うものだと考えているんじゃないか」
「…」
「責任を感じるかもしれないけど、嫌じゃなければ一緒に行こうぜ。それにここで俺がシェリルの案に承諾したら、ベル達に恨まれるから勘弁してくれ。そしたらダンジョンどころか冒険すらままならい」
そもそも、皆でいつも通りの生活を送るために俺は頑張ったんだからな。シェリルの案を認めるつもりは一切無い。
少しの間互いに目を逸らさずに見つめ合う。するとシェリルはため息をついてから観念したような表情に変わる。
「…そこまで言われては仕方がないな。これからも頼むぞ」
「ああよろしくな。ところで悪夢って何を見ていたんだ?あれだけうなされていたから、よほどの恐怖だったんだろ」
「…内緒だ」
「え?」
「この話はこれで終わりだ」
聞き出せるような雰囲気ではなかったので追求するのは止めておく。しかし、そんなに言いにくい事だったのだろうか。
「まあいいや。それなら今後もよろしくって事で乾杯でもしないか」
「それもいいな。用意してやろう。中身は適当でいいだろう?」
「任せるよ」
シェリルは立ち上がり、グラスを二つ用意してブドウジュースのサイダー割りを入れて持ってきてくれた。
「たぬぬー」
「ベア」
「キュキュ」
グラスに飲み物が入っているのを見て、自分達も飲みたいと側によってきた。
「お前達も飲むのか。同じ物でいいか」
ベル達はコクンと頷く。
そのままシェリルがベル達の分も飲み物を作ってくれた。
「それじゃあ改めてよろしくって事で」
「「乾杯」」
「キュキュ」
「たぬ」
「ベア」
グラスとグラスをぶつけ、音を鳴らして中身を飲み始める。ベル達もゴクゴクと美味しそうに飲んでいる。シェリルと目が合うと何だか可笑しくなってしまい互いに笑ってしまう。
「「ハハハ」」
「キュ?」
「たぬ?」
「ベア?」
同じように首を傾げる三匹。コイツ等のこんな姿を見ていると先程までの雰囲気が馬鹿らしく感じてしまった。多分シェリルもそうなんだろう。
俺はベルを、シェリルはコタロウとリッカを引き寄せて撫でまわす。ベル達は最初訳が分からないという顔をしていたが、そのうち楽しくなってきたのか笑いながら撫でられている。
「ところでジュン」
「何だ?」
「私の顔に一撃入れた事は忘れんからな。責任は取ってもらうぞ」
「え!?」
「当たり前だ。女の顔を傷つけようなんてひどい男だ。そう思わないか」
「たぬたぬ!」
「ベアー!」
「キュキュ!」
一斉に非難を浴びる俺。ベルに至っては頭を叩いてきやがった。たまにだが俺の従魔か本当に疑いたくなってしまう。
「ちょっと待て流れがあるんだよ。シェリルも笑ってないで止めてくれ」
「自分の従魔だろ」
「いや、これ半分以上シェリルの従魔でもあると思うぞ」
その後もニヤニヤしたまま眺めていた。そして傷が悪化しない程度に責められてからようやく止めてくれたよ。
さっきまでの神妙な顔はどうしたんだよ。もう少し引っ張っても良かったんじゃないか。
「感謝しろよ」
「いや原因はお前だろ」
シリアスな雰囲気は消えて今はいつも通りの雰囲気だ。しおらしいシェリルも良かったが、やはりこの方が気楽だ。
そういえばセラピードルフィン達にもお礼をしないとな。後で大量の魚でも届けるかな。
何だか疲れた気がするが心地よさも感じる。俺はソファーにもたれかかり、ベル達の遊ぶ声や風の音を聞きながら眠りについた。
―翌々日
俺達は火山の階層の続きを進んでいる。しっかり休めたが体はまだ本調子ではない。だが休みすぎも体が鈍るので、ゆっくりなペースで進んでもらっている。
「クェー!」
「たぬたぬ!」
「ベアー!」
今もレッドドリルという赤い嘴が特徴の鳥の魔物と戦闘になるが、俺はコタロウとリッカと一緒に後衛でサポート中心に戦っている。
「クェー!」
レッドドリルは体ごと回転しながら鋭い嘴で攻撃を仕掛けてくる。名前の通りに赤いドリルのような攻撃だ。
鋭い攻撃だったがコタロウの結界に阻まれて動きが止まる。その瞬間に魔法や大鎌がレッドドリルを襲う。
レッドドリル達は一瞬にして全滅した。辺りにはドロップアイテムが散らばっている。嘴や羽毛、それに鶏肉だ。
「コイツの肉って美味しいのか?」
「少し辛いらしいが刺激的で人気があるぞ」
スパイシーチキンみたいな感じかな?それは是非とも食べたいな。今日の昼か夕飯にでも実食してみよう。…こういう考えがダメだよな。今は探索に集中しないと。
気持ちを切り替えて探索に集中する。変わらずにゆっくりなペースで進んでくれているのがありがたい。
でも早く進むに越したことは無いから万全の状態に戻さないとな。