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キーノ

「はぁっ!」


「ゲロ」


 翌日。俺達は火山の階層を進んでいた。魔物は思ったよりも多くおり、今もフレイムフロッグという魔物を倒したところだ。

 たださすが火山という感じで、今倒したフレイムフロッグ以外にも炎を纏った魔物や火を噴く魔物がわんさかいる。素材は普通に売ってもポイントに変換しても高値が付くみたいだが、サラマンダーやイフリート何かは出てほしくないと心から願っている。

 

「キュキュ!」


「たぬ!」


「ベア!」


 ベル達もそれぞれ戦ってくれている。ベルはソロだが、コタロウとリッカはペアを組んで敵にあたるようにしている。見ている感じ問題は無さそうだな。


「魔物は多いけど大丈夫そうだな」


「リッカもコタロウと連携を取って戦えているしな。それにリッカの偵察人形のおかげで事前に先の情報を見れるのもありがたい」


 シェリルの言う通り、俺達が戦っている間に偵察人形が先行して、出口の探索や進む道に危険が無いかを見ていてくれる。そのため効率よく俺達は進む事ができるようになった。


「風や探知の能力だけじゃなく、視覚で確認できるのは良いよな」


「そうだな。視覚と気配の両方から確認できれば安全性は格段に上がるからな。不必要な戦闘は避けるに越したことは無い」


 俺達は必要最低限の戦闘だけで進んで行く。おかげで体力の余裕も十分にある。

 途中で休憩もとったりするが、ペースが落ちることは無かった。そのまま偵察人形の映像も確認しながら進んで行く。


 進んで行くと一人の男性に声をかけられた。


「すみません。この辺で私と同じ紋章の入った服や鎧を着ている人達に会いませんでしたか?」


 男性の着ている服の一部にはピエロと花の影絵のようなものがある。


「俺達はこの階層では特に誰とも会っていないな。進んだ先で見かけたら伝えておくよ」


「ありがとうございます。私は“花咲く道化”のアルレと言います」


 そう言って男性は俺達と別れてまた仲間を探しにどこかに行く。

 ダンジョンで仲間とはぐれるのはきついよな。見つかる事を祈らせてもらおう。


「…どこかで聞いたパーティー名だな」


 楽観的な俺とは逆にシェリルは何か引っかかる事があるようで考え込んでしまった。


「すぐに出てこないなら王都であった事があるとかか?」


「王都。…!。あの男を追うぞ!」


 表情を変えて男の後を追おうとする。

 しかしその瞬間に後ろから先程の男の声が聞こえた。


「知っているのかい?嬉しいね♪でも色々考えていたのに無駄になっちゃったな。そこは空気を読んで欲しかったな」


 振り向くと先程の男が道化師の格好をして立っていた。

 

「バイバイ♪」


 男は短剣を握りしめて俺へと振り下ろす。

 避けようとしたが体が何故か動かない。


「キュ―!!」


 間一髪のところでベルが男を攻撃してくれて難を逃れる。


「サンキューなベル」


「キュキュ」


「へぇー、小さいけどやるねぇ。君たちの絶望する顔がますます見たくなったよ♪」


 男は愉快そうに笑って俺達を品定めするように見ていた。


「絶望するのは貴様だ」


 シェリルが魔法と大鎌のコンビネーションで男に攻撃をしていく。

 しかし男はアクロバットな動きで攻撃を躱す。


「う~ん、イマイチかな。なんか実力を出し切れていない感じだしね。君はもう死んでいいよ♪」


「なっ!?」


 蹴り一発でガードごと吹き飛ばす。そして体勢が崩れたところに短剣の雨を降らせる。


「それ♪赤い花を咲かせようか♪」


「やらせねえよ」


 俺はすぐに魔法で強風を発生させて短剣を吹き飛ばす。


「おーすごいね♪でも隙だらけだよ♪」


 男が動き出したかと思うと目の前に現る。

 そして拳を振るってきた。

 俺は慌ててガードをする。


「ムダ♪」


「!?」


 俺今ガードしたよな。何ですり抜けてくるんだよ。

 意味不明な攻撃に俺は吹き飛ばされる。


「失敗した奴は後回し♪まずはコイツ等かな♪」


 男はコタロウとリッカに目をつけていた。


「たぬー!」


「ベア!」


「ムダムダ♪」


 必死に結界や戦闘人形を繰り出すが、意にも介さず短剣を振り上げている。

 コタロウたちは男の気迫に気圧され、震えてその場から動けない。


「キュキュ!」


「ふざけんな!」


「させん!」


 俺・ベル・シェリルはすぐに体を動かして男に向かって攻撃を放つ。俺とシェリルの武器による一撃。ベルによる闇魔法の攻撃だ。


「君たち凄いね。でも残念♪」


「「「!?」」」


 俺達の攻撃を簡単に躱していた。そして男は少し離れた場所で満面の笑みで俺達を見ていた。


「た、たぬ~」


「ベア~」


 二匹は余程怖かったのかしがみついて泣きじゃくっている。

 そんなコタロウとリッカを俺は優しく撫でる。


「いや~ここまで誰も殺せないなんて予想以上だよ。ご褒美に面白い話を聞かせてあげるよ♪」


「そんなの聞きたくないんだよ」


 男に向かって風の刃を飛ばす。だが男は簡単に避けてみせる。


「そんなこと言わずにさ♪」


 男が短剣を俺達に飛ばしてくる。短剣が俺達の影に刺さると俺達の体が動かなくなる。 


「これで静かに話せるね。それじゃあ一人の男の昔話を見せてあげよう」


 男の言葉に合わせて目の前の風景が変わっていく。恐らく幻だろうな。


「さあ上映中はお静かにね」



 今から二百年程前のお話だよ。あるところにマッドピエロという魔物がいたんだ。マッドピエロは森の奥で暮らしていたんだけど、縄張り争いで他の魔物を倒していく内に自我が芽生え始めたんだ。


 そしてマッドピエロは道化師としての欲が出てきた。人を楽しませたいとね。マッドピエロは魔法で姿を変えて人の住む街へと向かった。そこではアルレと名乗っていたよ。


 アルレはパントマイムや芸で街に住む人々を楽しませて生活していた。そんなある日のことだ。街の中に魔物が侵入してきたんだよ。子供を食べようとした魔物をアルレは倒した。まあ当然の結果だよね。アルレから見れば格下の魔物なんだから。


 子供はアルレに感謝した。その子の親も街の人達も。当時の冒険者達はこぞってアルレを勧誘した。人からの感謝や笑顔、必要とされている嬉しさ。アルレはその後冒険者になった。魔物を倒すことで人々の笑顔を守れると信じてね。


 アルレは“花咲く道化”というパーティーを作った。パーティーはアルレを含めて四人。竜人族の剣士のムーシュ、人族の女魔法使いのスカラ、エルフの女狩人のクインだ。他の三人も才能があったようでAランクのパーティーになるまで時間はかからなかった。Sランクも薦められるほどのパーティーにまで成長したんだよ。そんな四人は強力な魔物を何体も倒していた。


 そしてアルレは一緒に過ごしていく内にクインと恋に落ちた。クインの腹の中には新しい命も宿っていたよ。ちなみにムーシュとスカラも結婚して同じように子供が宿っていたんだ。四人は結婚した後も仲が良く、アルレとクインの家に集まり庭でお茶会をよくしていたよ。


 二人が身ごもっていたので、アルレはムーシュと二人で魔物を狩っていた。そして休日に、アルレとクインの家の庭でいつも通りのお茶会をしていた。すると久しぶりにアルレの芸が見たいとクインが話したんだ。


 アルレはリクエストに応えた。せっかくだからと家の前の道に出て皆にも見て貰っていた。アルレの芸は変わらない人気でどんどん人は集まり笑顔が溢れていた。だけど突然笑い声は悲鳴に変わる。


 アルレが突然観客を殺し始めたからだ。それも即死じゃない。ギリギリまで苦しむような殺し方だ。止めに入った妻や友と言える仲間は無事だったが、不意打ちをくらい動くことはできなかった。アルレは狂ったように笑いながら、血でメイクをして辺りに血の花を咲かせた。そして騒ぎを聞きつけた冒険者達にも犠牲は出た。しばらくするとアルレの姿は消えていたんだ。人を楽しませたいと願ったピエロは殺人鬼の汚名を被って消えたんだよ



「どう面白い話でしょう♪」


 話が終わったのか周りの光景が元に戻る。


「いやつまらない。どうせ、人格はもう一つ生まれていてそれがお前だったとか何だろ。虐殺もお前の仕業とかじゃないのか」


「大~正~解♪」


 男は大量の花を空から降らせる。


「そうだよ。冒険者として魔物を倒していく内に、どんどん魔物としての本能が目覚めていったんだよ。そして理由は分からないけど急に僕の力が強くなったんだ。あ、僕の事は区別するためにキーノとでも呼んでよ。バカだよね、欲を出して冒険者にならなきゃ人を傷つけずに済んだかもしれないのに♪」


 狂気を含んだ笑みを浮かべる。


 気が緩んだのか俺達の拘束も緩くなった。

 余裕たっぷりのキーノの背中にシェリルが渾身の力で大鎌を振るう。


「シェリル避けろ!」


「残念♪」


 キーノは大鎌で切り裂かれたように見えたが、姿がスーッと消えた。そして攻撃したシェリルの後ろに現れて蹴り飛ばした。


「くっ」


 ギリギリでガードしたがキーノの力に押されて俺達の方まで飛ばされた。


「シェリル!」


「大丈夫だ。心配するな」


 そうは言うが両手が震えている。恐らくキーノの攻撃を大鎌でガードした時だろう。


「キュ!」


 皆を庇う様にベルが前に出る。ベルは闇魔法を出してキーノに攻撃を仕掛ける。

 俺達も後方から魔法で攻撃するが躱されてしまう。 


「ハハハ、君が一番強いみたいだね。…でも残念だよ。この場所じゃ君の力は十分に発揮できないだろ。君に似た魔物は森でよく見たよ。森の中での君とはボクでも戦いたくないね。でもここだと僕の方が上だよ」


 キーノはベルに向かって短剣・ボール・カード・クラブを投げつける。

 ベルは躱したはずだったが躱したはずのボールが爆発し飛ばされてしまう。


「ベル!」


 シャドーダガーに持ち替えて短剣をキーノに向かって飛ばす。


「いいな、その武器ちょうだい♪」


 キーノはゆら~とした動きなのだが残像が見えて捉えられない。アクロバットな動きも混ざり、当たったと思っても残像だったりしている。

 何でこんなに躱せるんだよコイツは。


「は~い♪」


 目の前まで来たキーノは笑顔のまま拳を振るう。


「たぬ!」


「ベア!」


 結界や戦闘人形が男を拘束しようとするが止まることは無かった。

 だが一瞬でも動きを遅らせてくれたおかげで直撃は免れた。それでもかなり吹き飛ばされた。


「いや~本当に楽しいね。お互いを思いやっているのがよく分かるよ。でも僕は人が泣き叫ぶ姿が大好きなんだよ。そろそろ見せてくれる?」


 キーノを中心に不思議な空間が広がっていく。避ける事も出来ず俺達は空間に包まれた。


「やめろ、やめろ!!」


「キュキュー!キュー!」


「たぬー!」


 突然シェリル・ベル・コタロウから悲痛な叫びが聞こえる。三人は地面にうずくまり何かに怯えるような仕草だ。


「ベア?ベア、ベア!」


 リッカは訳が分からず混乱している。正直俺も何が何だか分からない。


「あれ?君達は悪夢を見ないんだね。幻に耐性があるのかな?君はさっきも僕の幻影に気が付いたみたいだしね。まあいいや♪せっかくだから、悪夢を見たまま死んでいく仲間の姿を見ておきなよ」


 キーノはシェリル達に向かって短剣の雨を降らせる。


「ふざけんじゃねえぞ!!」


 嵐舞に持ち替えてさっきよりも強い風で吹き飛ばす。それと同時にキーノの四方に風の壁を作って逃げ場を無くす。そしてキーノに近づき思い切り殴ってやった。

 しかし、殴り飛ばされたのは俺の方だった。


「アハハハハ。どう凄いでしょ♪君は幻に耐性がありそうだけど、僕の方が凄いからね♪」


「今のも幻なのかよ」


「そうだよ。君は頑張ったから答えを教えてあげるよ♪幻に耐性があろうとね、自分の見たい映像は見ちゃうものなんだよ。君は僕を殴り飛ばしたかったんでしょ。だから見せてあげたんだよ。直前までは現実だったし、いつから幻か分からない物でしょ」


「…ガードをすり抜けた攻撃も直前に幻を使っているのか?」


「おお。いい勘しているね。ワンテンポ先の映像を見せてあげたんだよ。すると、こっちは後出しで攻撃できるんだよ。ガードの近くから攻撃すればすり抜けたように感じる人もいるだろうね。まあ簡単に言うけどどっちもやるのは難しいよ。相手が何を求めているのかを知る必要があるし、武術の腕も大事だしね♪」


 笑いながら丁寧に解説している。何を考えているんだコイツは。


「教えてくれるんだな」


「ご褒美だよ。どうせ君じゃあ僕に勝てないからね」


 上から目線で見下してきやがる。だけど悔しいけどコイツの言っていることは間違いじゃないだろう。

 それでも最後まで悪あがきはさせてもらうぞ。


「そうかよ。リッカ!皆を連れて隠れ家にはいれ。そして海でセラピードルフィン達に三人を助けてもらうんだ!」


「何言ってるの?何するか分からないけど僕から逃げられると思っているの」


 キーノは首を傾げるが、俺が入口を出現させると表情が変わる。

 リッカは戦闘人形を使い少しでも早くで皆を運び始める。


「!?」


 キーノはリッカに近づこうとするが俺が割って入る。


「…邪魔だよ」


 逃げられると思ったのか、笑顔は消えてさっきよりも重い一撃を腹に入れられる。

 吐きそうな気持をこらえて、もはや意地と根性で踏ん張り止まった。そしてキーノに向かって必殺技を放つ。


「おえぇぇぇ!?」


 久しぶりの悪臭玉だ。

 やっぱりこのアイテムは最高だ。明らかに格上の魔物にも効果がある。


 このチャンスは逃せないと思い、嵐舞で殴り続ける。


「調子に乗るなよ餌が」


 死を予感した。キーノはクラブを手に持ち無表情で俺を殴り飛ばした。

 その一撃は耐えることなどできるような物ではなかった。急いで月光水を取り出して回復する。


 その間にキーノはシェリルを運んでいるリッカの側にいく。


「君はそこで仲間が殺されるのを見ておくんだね」


「ベア!」


 シェリルの前にリッカが立ち守るそぶりを見せる。


「ムダだよ」


 キーノは手にした短剣でリッカを切り裂いた。そしてそのままシェリルを滅多刺しにする。

 キーノの手は血で赤く染まり、シェリルは動かなくなる。

 そして男は俺の前まで歩いてくる。


「ねえ今どんな気持ち♪」


 狂気的な笑みで俺に語り掛けてくる。血で赤く染まった手は俺の顔に添えられる。

 そんなキーノに俺は言ってやった。


「バ~カ」


「は?」


 切り裂かれたリッカとシェリルが消えていく。

 そしてシェリルを運び終えたリッカと戦闘人形が確認できたので隠れ家の入口を閉じ始めた。

 だが、キーノ動きは速かった。入口に向かって正確に短剣を投げつけた。入口近くにはまだリッカがいる。


「キュ!!」


 ベルがリッカとすれ違うように外へと出てきた。そのまま短剣を落としたところで入口が閉じ切った


「ベル大丈夫なのか」


「キュ!」


 声を張っているが、満身創痍なのは見てわかる。それほど精神攻撃が強力だったのだろう。

 キーノは俺達のやり取りを茫然と眺めていた。そして怒りのこもった目で睨みつけてくる。


「君達誇っていいよ。ここまで僕を出し抜いた奴はいないよ。君達はタダじゃ殺さない。死を願っても殺してなんかやるもんか。一生苦しみ続けろ!」


「嫌だね」


 キーノの攻撃を回避して距離を取る。

 後はどうにかして逃げ切れればいいんだけど。


「逃がさないよ」


 キーノを中心に真っ白な空間が作られていく。

 さっきみたいに悪夢でも見せるのかと思ったがそうではなさそうだ。


「ここは僕の空間だよ。外からは僕らを認識できないし召喚も異空間に逃げる事も出来ないよ」


 キーノの言っていることは本当だった。隠れ家を開こうとするが邪魔されている感覚がある。

 …この男に勝つしかないのか。


 正直怖いけど男を睨みながら嵐舞に力を籠める。


「「さあ苦しんでくれよ」」


 キーノが二人に分身した。手には何本もの短剣がある。

 そして俺とベル二人に対して凄い速さで攻めてくる。


「アハハハ。いつまで防げるかな」


 嵐のような連撃を打ち込まれる。風と勘を頼りに避けたり受け止めるが中々辛い。ベルも本調子じゃないようで、反撃するがいつものキレがない。

 そして最終的には俺もベルもガードごと吹き飛ばされる。


「そうだ♪良い事を考えた。君にプレゼントをあげるよ」


 キーノは気がつくと目の前にいた。俺に近づき手に短剣を無理矢理握らせる。その短剣は何とも禍々しいデザインをしていた。

 そして握った瞬間に誰でもいいから殺めたい・グチャグチャにしたいという猟奇的な考えが頭を占めていく。


「ねえ、君なら異空間に入れるんだろう。今なら女もリスも問題なく殺せるよ。さあ堕ちようよ。きっと楽しくなるよ♪」


 自分の手でシェリル達を殺す映像が鮮明に思い浮かぶ。妄想の中俺は嬉々として笑っていた。

 シェリル・ベル・コタロウ・リッカ・セラピードルフィン達を刺していき誰も動かなくなっている。


「さあ狂気に浸ろう。愛する者を手にかける喜びを僕に教えておくれ」

 

 ふざけるなよ!シェリルやベル達を自分の手で殺したいと思うわけないだろうが!!


「あぁぁぁ!!」


「キュ!?」


 思い切り吼えて気合を入れて短剣を投げ捨てる。そして豪雨と暴風がこの場を支配する。

 

 体が軽い。力が溢れてくる。今ならこの男を壊せる。

 雨も風も俺の思い通りだ。


「壊れろ」


 滝のような雨がキーノを襲う。


「何だよお前!?調子に乗るなよ!」


 雨がキーノを押し潰していたが、フラフープを取り出すと雨は円の中に吸い込まれ消えていく。そして、俺に向かって無数の武器を飛ばしてくる。


「お前バカだろ」


 風の壁が攻撃を阻み、そのまま男へと返していく。キーノはイラついた表情で避けようとするが、水たまりから水の鎖が形成され、風が体を押さえつける。

 結果、避けきる事ができずに腕を抉る。


「くそ!」


 まだ水の鎖もとけてはいない。その隙を逃さず、嵐舞に力を込めて渾身の一撃をお見舞いする。


「ぐぁっ!?」

 

 一瞬幻も疑ったがどうやらそうではなかった。キーノは吹き飛ばされて血を吐いている。

 今なら壊せる。


「アハハハハ」


 一方的にキーノを殴り続ける

 楽しい楽しい楽しい。壊すのが楽しい。そんな思いが頭を占めていく。自分の体が壊れていくのも感じるが、そんなものはどうでもよかった。

 だがそんな時に首に痛みが走った。

 

「キュー」


 ベルが俺の首を噛んで俺を見つめている。


「あ、俺…今」


 体から力が抜けて崩れ落ちる。


「よくもやってくれたね」


 キーノは短剣握りしめて俺の心臓を狙ってきた。


「キュー!」


 ベルが障壁を作って俺の前に立ったがキーノの力に押されて吹き飛ばされた。だが飛ばされる際に俺に月光水を使用してくれた。おかげで体が動かせるし頭がスッキリしている。

 

「邪魔されたか。今度こそ」


 キーノの攻撃にカウンターを合わせて顔に一発入れてやった。


「…は?」


 キーノは茫然とした顔をした。

 そして一気に怒りに満ちた顔をする。


「お前は本当にムカつく奴だ。雑魚らしく怯えて死ねよ」


 さらに力を込めて攻撃してくる。だがやはり攻撃は単調になっている。

 明らかに疲れている俺でもなんとかなっているし。


「なあキーノ。アンタはアルルをやり込めた事を武勇伝のように語っていたけど、実はアルルの力が無ければ大した事ないんじゃないか」


 俺のこの言葉でキーノが完全に切れたのが分かった。


「ふざけるな!ふざけるな!ふざけるな!僕は強いんだ。だからアルルも僕に飲み込まれたんだ。アイツの大切な物はもう何もない。僕が一番なんだ」


 力任せの攻撃。一発でも当たれば無事じゃすまないだろう。だけど最初の攻撃の方が怖かった。トリッキーな動きやアクロバットな動き。それに加えて質の高い幻。勝てる要素が見つからなかった。でも今の状態ならどうにかできそうだ。


「はっ!」 


「こんなパンチが効くわけないだろ」


 キーノは俺のパンチを簡単に受け止めた。

 そして俺は手甲に魔力を込めて鉤爪を伸ばす。


「ぎゃっ!?」


 鉤爪の鋭さはかなりの物だ。キーノの手を貫通した。

 そのまま体も傷つけようとしたが、さすがにそこまで上手くはいかなかった。


「くそ!くそ!くそ!笑うな!笑うな!笑うな!」

 

 もはや狂っているとしか言いようがない。今がチャンスなのだが体が碌に動いてくれない。

 それにしてもコイツは人の笑顔がそんなに嫌なのだろうか?

 どうせ動けないし幻でも見せてやるよ。


 俺は小さい頃に見たサーカスの舞台を見せる。空中ブランコ・綱渡り・パントマイム・ジャグリング。それを見た客席の楽しそうな姿を再現する。


 キーノは明らかにイラついている。

 理由は分からんが正解のようだな。


「笑うな!!!」


 キーノは短剣を生成し俺の心臓を目掛けて刺してくる。ベルはこんな俺を守ろうと無理をして俺の前に立った。

 ああ。もう駄目だな。避ける余裕なんてもうないや。一矢報いたと思うけど、負ければ意味ないな。自己満足にもなりやしない。…死にたくないな。ちくしょう。ベル、ゴメンな。


 そして短剣はベルと俺の胸に突き刺さる。


「アハハハ。調子に乗るからだ」


 俺は右手に力を込めてぶん殴る。


「は!?」


 キーノは驚いた顔をしているが俺だって驚きだよ。何でこんな場面で刺すと引っ込む玩具の短剣を使っているんだよ?速さがあったからベルは少しダメージをくらったようだが問題ない程度だ。


「何が起きた?くそ!今度こそ」


 今度は両手に短剣を作り出す。短剣には禍々しい毒のような液体が滴っている。…今度は本物っぽいな。

 そしてキーノは自分の胸を刺した。

 

「何で?何で?何で?僕が消える?…嫌だー!!!」

 

 狂ったように叫んで倒れていく。よく分からないが終わったのか?


「ありがとうございます」


 キーノが再び立ち上がってきたので、動けない体を無理やり動かして距離を取る。もうこれだけで痛いし、何が起きているのかよく分からない。


「大丈夫ですよ。私はもうすぐ消えます。ですが貴方達にお礼を言いたかったんです」


 急な事でよく分からなかったがキーノの雰囲気が全然違う。俺は半分疑いながらも名前を呼んでみた。


「アンタがアルレか?」


「そうです。私の心の弱さのせいで貴方達や王都の人達には償いきれないほどの迷惑をかけてしまいました。申し訳ありません」


 そう言ってアルレは頭を下げる。


「玩具の短剣や自分を刺したのはアンタの仕業か?」


「そうです。アイツの支配力が落ちたので私が自由に動けるようなりました」


「アンタほどの実力者ならもっと早くなんとかできたんじゃないか?」


「…そうですね。ですが私は自分のやった出来事から目を背けたかったんです。貴方が見せてくれた人々の笑顔のおかげで私の見たかった光景を思いだせましたけどね」


 そう言って悲しげな表情をする。そして話はまだ続く。


「私自身なぜあんなことをしたのか分からないのですよ。もう一人の自分の存在は感じていましたが、抑え込めれたはずだったのです。しかし、あの時は抑えることができずあんな事に。…あの瞬間から私は消えたかった。街の人々を殺した罪悪感が重くのしかかってくるんです」


 アルレの顔からは後悔や自責の念が感じ取れる。


「おっと失礼。貴方には関係ない事ですね。どんな理由があっても私は殺人ピエロだという事には変わりはありませんからね。…最後に貴方の名前を教えていただけませんか」


「ジュンだ。こっちの従魔はベルだ」


「ジュンさんにベルさん。私を倒してくれてありがとうございます。大した物ではありませんがこれをどうぞ」


 アルレは俺に短剣を渡してくれた。そして体が消えていく。笑っているが後悔は凄そうだな。まあ俺には何もできないけどな。

 完全に消えると周りの空間も元に戻る。そして六つのアイテムが落ちていた。それらを回収してから隠れ家に入る。


 体の痛みも無視して海の家へと向かう。家の周りではセラピードルフィン達が集まっている。寝室に入ると、リッカが飛びついてきた。


「ベア ベア」


 心細かったようで泣きながら俺にしがみつく。俺はそんなリッカを撫でる。


「ありがとうなリッカ」


「ベア~」


 そのままリッカを抱きながら、ベッドに寝ているシェリル達を確認する。リッカとセラピードルフィン達のおかげで表情も落ち着いてスヤスヤと眠っている。


 安心した俺はそのままベッドにもたれる形で気を失った。ごめんリッカ。迷惑をかけるな。

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