森からの脱出
「ベルは森の出口は知っているか?」
「キュ」
ベルは出口を知っているようで俺の肩から指示を出してくれる。
俺はその指示に従いながら歩いて行く。
歩いていて気が付いたのだが、嫌な風が流れている場所にはベルは決して近寄らない。迂回しながらも安全な道を進んでいる。
「なあベル。お前もしかして魔物の位置とかが分かるのか」
「キュ」
どうやら分かるらしい。これは頼もしいな。俺も嫌な風を感じられるので安全に進む事ができるだろう。
多分、こう思って油断したのがいけなかったんだろうな。
「キュ!」
ベルが声を上げてきた。毛を逆立てて臨戦態勢に入っている。
俺も嫌な風を四方から複数感じている。俺もベルも魔物の存在には気が付いたのだが、遠くだったので安心していた。ただ、連携をとっているように四方から一気に囲んで戦闘を避けられない状況を作られてしまった。
嵐舞を握りしめて現れる魔物に警戒を向ける。
「グァー!」
四方から現れたのは熊の魔物だった。体長は三メートルくらいありそうだ。普通の熊より凶暴そうな顔で緑色の体毛をしている。二十体はいるんじゃないだろうか。
…こんなにいて勝てるのか。
「キュ!」
俺が固まっているとベルは俺の肩から飛び降りながら尻尾を振るう。すると尻尾から黒い刃が出現しそのまま熊を切り裂いた。
え?ベル強くないか。それとも熊が弱いのか?
「グァー!!」
なんて考え事をする余裕はない。熊たちもその剛腕を振るってくるので、距離を取りながらベルを見習って風の刃を放つ。
攻撃をくらった熊は体から血を流し数歩後退するがピンピンしている。真っ二つにするなんて程遠い。だが熊は何かに怯えたように動きを止めていた。すぐに身体強化をして近づきブラッドダガーに魔力を込めて頭に突き刺す。それでようやく絶命した。
ふと熊の視線の先を探すと、ベルが植物を操って熊を締め上げていたり、黑い槍や剣で熊を貫いていた。熊はもうボロボロだった。しかも既に半数の十体を仕留めている。
モズの早贄ってあんな感じなんだろうか。それを熊で行うって半端ないな。
熊が弱いんじゃなくて、絶対ベルが強いだけだコレ。
しかし、ベルに頼りっぱなしは良くない。俺はどう戦うべきだろうか?ベルのようにはできないしな。…ああ、風と水のならこの方法があるな。正攻法ではないだろうけど。
「ベル。俺の肩に乗れ」
俺の呼びかけにベルはすぐに反応してくれた。ベルが俺の肩に乗ったのを確認すると風の魔法で空を飛ぶ。まあ、長時間なんて無理なのですぐに高い木のてっぺんに掴まる。
下を見ると熊たちが俺の方を見上げて威嚇の声を上げる。
俺の掴まっている木を攻撃しようとしていたので、その前に大量の水で球体を作り熊たちを包み込んだ。熊たちは突然の出来事にパニックになっている。しかし、水の中には渦が発生しており満足に動くことができない。さらに、水を鼻の穴や口の隙間から無理やり飲ませ続けている。ちなみに水から出ようとしても風魔法で再び水の中に戻される仕様だ。
この辺の操作は魔法様様だな。ベルが若干引いている気がするが、早贄には俺も引いたしお相子だろう。
しばらくすると抵抗してくる様子が無くなった。水の中で洗濯機のようにぐるぐると力なく回っている。魔法を解除すると二十体全て収納することができた。生き物は収納できないのでこれで死んだ事は確認できた。
収納の説明ではアーミーベアと表示されている。魔法は使えないみたいだが、物理・魔法耐性と身体能力が高いとされている。
ボロボロの十一体はポイントに変換すると一体五万ポイントと中々の稼ぎになった。溺れ死んだ九体は解体して収納しておくことにした。こっちは売るように取っておくつもりだ。
熊との戦いが終わり辺りを見回すと日が暮れ来たことに気が付いた。
「日も落ちてきたし今日は休むか」
休むために隠れ家を発動させる。黒い渦に向かっていくとベルが驚いていたが、声をかけると警戒しながらも一緒に通ってくれた。
「キュ!?」
隠れ家の空間に入るとベルは驚き固まっていた。頬をつついても無反応だ。ちょっと面白い。それにしても隠れ家の中も夕方になっているし、ずっと朝とかっていう訳ではないんだな。
部屋に向かう最中にベルは気を取り直した。そして部屋に入ると興味津々に探索を開始する。ベッドを見つけると壁によじ登ってから一目散にダイブして遊び始めた。
俺も休むために着替えをする。部屋には浴衣が備え付けられていたが、俺は甚平の方が好きなので通販で購入して着替えることにした。
着替えてから椅子に座って一息つく。今日の事を振り返るが、やはり先程の戦闘が印象に残っている。ベルが思った以上に強かったな。
あれ?そういえばステータスからベルの情報って見られるのか?
気になってステータスの従魔の欄を確認する。ベルの名前をタッチするとステータスを見られるようだ。だけど黙ってみるのは気が引けてしまう。
「なあベル。お前の能力を俺は見られるみたいなんだけど見ても構わないか?」
「キュ」
両手で丸を作ってくれた。
早速ベルの能力を確認する。
名前:ベル
種族:デビルスクワール
主人:ジュン
状態:普通
魔法適正:闇魔法 植物魔法
その他:隠形 探知 解錠 罠解除 罠作成 分身 食いだめ 悪食
称号がおかしいことになっているな。それ以外もおかしい気がするが。種族もデビルって書かれているし。能力の数が俺よりも多い。…仲間になってくれて良かったと思うことにしよう。
ベルに目を向けると、まだ壁に登ってはベッドにダイブするという遊びを繰り返している。
この姿を見ているとさっきまで熊を圧倒していたなんて想像できないな。
しばらくイスに座ってベルの遊びを見続けていたが、一段落したところで温泉に誘ってみる。
「ベル。温泉に入らないか?」
「キュ?」
温泉が分からないようなのでとりあえず連れて行く。
脱衣所で気付いたがタオルやシャンプーなどは無いので通販で購入しておいた。
そして久しぶりの温泉を堪能する。
「どうだベル」
「キュ~♪」
ベルはジャグジーバスの泡で遊んでいる。俺も小さい頃はあの泡が楽しかったな。通っていた温泉から消えた時は残念に思ったくらいだ。
それにしてもこの隠れ家は破格のアイテムだよな。何気に電気まで通っているしコンセントまである。外の桜はライトアップしているし魔法と科学が混ざっている。神様が融通してくれたのだろうか?
「キュ?」
「いや何でもない」
考え事をしている俺を心配したのかベルが頭の上に登ってきた。せっかくの温泉だから考えるのは止めることにした。そのまま体を洗うために一度温泉から出る。
「ほら動くなよ」
「キュキュキュ♪」
ベルを洗うと泡まみれとなったが、それはそれで楽しいらしい。たまに、体を震わせて泡や水を飛ばしてくるがこちらも楽しくなってしまう。
洗い流した後は外の温泉へと向かう。外に出ると夜桜がキレイに咲き誇っていた。このまま花見酒と洒落込みたい気分になったが、街に着くまでは酒は控えておこう。
しかし、この景色と酒を用意するだけで商売にできる気がするな。ライトアップしているし、紅葉でもいいよな。
俺は景色を堪能してから寝湯で横になりリラックスする。ベルは打たせ湯が気に入ったようで落ちてくるお湯の下で遊んでいた。
「そろそろ上がるぞ」
ベルに声をかけて温泉から上がる。久しぶりの温泉だったが、これから毎日入れると思うと嬉しくなるな。
部屋に戻ると夕食を考える。
好物の天ぷらは昼に食べたしな。…よし!今日はすき焼きでも食べよう。熊のポイントが沢山あるから、奮発して高い肉だ。ベルも弁当を食っていたし、肉でも問題ないだろう。
早速俺は卓上型のIHクッキングヒーターと専用の鍋などを購入した。具材は牛肉・豆腐・白菜・茸・糸こんにゃくを用意した。
「キュ~」
ベルは漂ってくる匂いで涎を垂らしている。肉にも火が通ったようなので、生卵を入れた皿に具材を入れてベルに渡す。ベルは俺が箸を使っているのを見て、魔法で黑い箸のような物を作り出しそれで食べ始める。
「キュー♪♪♪」
それからは勢いよく食べ始める。このままだと俺の分がなくなりそうなので、俺の分を確保して肉などを追加購入する。
「美味いな。三十歳を過ぎてからは量を食べられなくなってきたが、若返っているから今は肉だけでもかなり食えるな」
「キュー♡」
ベルと競うように食べていく。どんどん具材が消えていく。肉だけでなく他の物も大量に用意したと思ったがすぐに減っていった。
「そろそろかな」
具材が無くなってきたのでご飯を投入しておじやを作る。うどんや蕎麦でも良いが、今日はご飯を食べたい気分だ。
これも好評で俺とベルであっという間に食べつくした。それにしてもベルの食べた物はどこに消えているんだろうか?明らかに体積以上を食べているよな。
ちょっと興味があるがだんだん眠くって来た。
「そろそろ寝るか。今日は気持ちよく寝れそうだ」
「キュ」
しっかりと歯を磨きベッドにダイブする。ベルも俺のすぐ隣で丸まっている。…潰さないように気を付けないと。
「それにしても、もっと強くならないとな。勝つには勝ったけど戦闘経験のなさが浮き彫りだったな。知能の高い魔物が相手だとやられるかもしれない。経験を積んでいかないと」
そう呟くと、疲れもあったからか俺はすんなりと眠りにつく事ができた。
―翌日
「うーん…」
頬っぺたに違和感を感じて目が覚めた。横を見るとベルが俺の頬っぺたを引っ張って起こしていた。
「おはよう」
「キュ」
ベルと挨拶を交わしてから洗面所に行き顔を洗ってスッキリする。
「よし。朝飯でも食うか」
待ってましたと、ベルはテーブルの上で待機している。まだ料理を出していないのに涎が出ている。
そんなベルを苦笑いをしながら見つめて、朝食を選択する。とりあえず昨日と同じメニューを出してみる。
「キュー♪」
ベルには好き嫌いが無いようだ。トーストもサラダもしっかりと完食している。食後にコーヒーを出してみると、それも美味そうに飲み干している。ブラックでも大丈夫なのか。
それから今日の分のガチャを引いた。昨日と違うのは十連ガチャの表示が無かったことだ。出てきたアイテムはチョコレートパフェ。…後で食べよう。収納していれば悪くなることは無いし。
「そろそろ外に出るけど準備は良いか?」
俺は着替えを済ませ装備を整えて準備を終わらせる。ベルも問題ないようだったので一緒に外へと向かう。
その後は昨日と同じようにベルの先導で歩き続けるのだが…
「何で今日は魔物に向かっているんだ!?」
今日のベルはおかしかった。嫌な風が吹いてある場所に先導していくのだ。別の道に行こうとすると怒ってくるので、何かあるのかと思って進むのだが魔物しかいない。ゴブリン・フォレストウルフ・ホーンボア・シーフモンキーと、数々の魔物と戦闘を続けている。
しかもベルは戦闘に参加せずに、戦うのは俺だけだった。そのため、魔法も武術もフルで使っている。
風と水の魔法は大分慣れたが、感覚と幻魔法は扱いが難しかった。自身の感覚強化は簡単だが、相手の感覚奪ったりするのは今の俺にはできないレベルだと感じた。
今はクレイジートレントと言う木に擬態している魔物との戦闘を終わらせたところだ。普通に切っただけだと再生するし、窒息とかもしないのでしっかりバラバラにしないといけなかったので面倒な相手だった。
一息ついたところでベルに問いかけてみる。
「なあベル。何で今日は魔物に近づいているんだ?」
「キュ?」
ベルは首を傾けた後、両手を頬っぺたに添えて寝るようなポーズをとったり、力こぶを作ったりする。
…あ。昨日寝るときに呟いた言葉を聞いていたのか。
悪意も何もなく、ベルは俺に経験を積ませるためにコースを選んでいたらしい。
「なるほど、ありがとうな」
ベルの意図が分かったので、このままベルの先導に従うつもりだ。今の所倒せない魔物に当たることは無いからな。それにピンチの時は助けてくれるだろうし。
「キュ!」
制止の声がかかったので俺は動きを止めた。何かと思ってベルを見ると昼食の催促だった。
周りの安全を確認してから、適当な場所に座り昼食を用意する。今日はサンドイッチだ。カツサンド・照り焼きチキン・ベジタブル・卵・フルーツと色んな種類を揃えている。
あんまり食べたことないけどフルーツサンドも結構美味いな。疲れた体に甘さが染み渡る。
ベルもカツサンドを飲み物のように食べ続ける。なんて幸せそうな顔をしているんだろう。
昼食を終えると、再び魔物と戦闘をしながら出口に向かっていく。俺のストレージの中には魔物の素材が増えていった。ポイントにするか売るかは値段を聞いてからにしよう。ポイントには困ってないからな。
そして魔物との戦闘を繰り返していく内に、俺は森から脱出することに成功した。
「よっしゃー!」
達成感もあり声が出てしまう。そんな俺を見てベルは肩の上で拍手をしていた。
なんだか嬉しくなりベルの頭を撫でてみる。
「キュ♪」
少しの間ベルとじゃれ合いながら辺りを見回す。視力を強化してみるが、見渡す限り草原が広がっており村や街は見えない。
これは明日からも歩き続ける必要がありそうだな。
「ベル今日はここまでにするか」
俺は隠れ家に入り休むことにした。