砂漠の迷路
「もう朝か」
昨日は楽しかったな。こちらの世界の季節はよく分からないが、海にバーベキューに花火と夏を堪能した気がする。
「皆はまだ寝ているのか」
何時もより少し早く目が覚めたようで誰も起きる気配がない。
だけど二度寝も出来そうにないしな。
俺は誰も起こさないようにゆっくりとデッキテラスへ移動する。
「いい天気だな」
日の光を浴びてイスにもたれかかる。
遠くではセラピードルフィンの群が泳いでいるのが目に入る。
「そういや、この海はセラピードルフィンとシャインフィッシュだけなのかな?」
昨日泳いでいる時は見なかったけど。奥の方とかにはいるかもしれないな。時間があるときに探しに行くかな。
「貴様はいつも早いな」
「起きたのか。皆おはよう」
「ああ、おはよう」
「キュ」
「たぬ」
海を見ていると、シェリルがベルとコタロウを連れてデッキテラスへやってきた。
すでに着替えは終わらせているようで、探索に出かける準備はできている。
「皆起きたなら飯にするか。卵にも魔力をあげなきゃな」
家の中に戻ると好きな料理を選んで食べ始める。今日からは砂漠だからな。装備の効果で体温調整は大丈夫だろうが、しっかり食べて栄養をつけないと。
「ジュン。今日の砂漠のダンジョンだが、毒を持つ魔物や砂に隠れている魔物が多くなる。そして装備で軽減されているとはいえ、暑さや砂の地面も体力を奪っていく。今まで以上に気を引き締めろよ」
探索に入る前にシェリルから注意が入る。実際砂の中に隠れられると、俺の風では敵を発見できない。ベルとシェリルが探知能力を持っているとはいえ、不意打ちには気をつけないといけないよな。
食事も終わり、ダンジョンに行く準備が整ったので三十一階の砂漠の階層に降り立った。
「見るだけでやる気を無くすな」
「笑顔で後ろ向きな事を言うな」
シェリルには怒られ、ベル達はジト目で見てくるが仕方が無いだろう。本当に一面の砂漠なんだから。海ならきれいだと思うが、この砂漠を歩き続けなければいけないと思うと気が滅入る。
「キュキュ」
「たぬぬ」
ベル達に気合を入れられる。いつまでもこんな事をしている訳にはいかないので進み始める。
しかし、目印になる物が何もないのでまっすぐ歩いているかが不安になるな。
しばらく歩いていると足元から嫌な気配を感じた。そしてシェリルとベルから声がかかる。
「気をつけろ。足元に何かいるぞ」
「キュキュ!」
俺達はその場を離れる。すると、先程いた場所から野槌のような生き物が現れた。
「なんだコイツは?」
「サンドワームだ。見かけほど強くは無いから安心しろ」
風の刃を放つと胴体が簡単に切れた。あっけなく終わったのが逆に心配になる。
「本当に死んだのか?」
「ドロップアイテムを落としただろ」
落としたアイテムは牙だ。武器の素材でそれなりの需要はあるらしい。
「思ったよりあっけなかったんだが」
「コイツの奇襲攻撃は危険なのだが、それ以外は大して強くない。私達は探知で奇襲を防いだが、サンドワームを見つけるコツもあるし、アイテムでも防ぐことができたりするからな。それに奇襲を受けても一撃で死ぬことは稀だ。大抵の冒険者は逆に内側から穴をあけるぞ」
冒険者逞しすぎだろ。いや、この階層に来る冒険者はベテランが多いのか。
その後もサンドワーム以外に、車程の大きさの毒蛇やサソリの魔物が現れた。大して強くは無いと思っていたが、徐々にきつくなってくる。
「来るぞ」
「またかよ」
慣れない砂での戦闘。歩くのは大丈夫だったが激しく動くのがなかなか難しい。さらに、どいつもこいつも砂の中から急に現れてくる。探知や勘で事前に分かるが精神的に辛くなってくる。
七十八階は見えない竜のために、みんなが逃げ帰るらしいがその理由がよく分かる。
昼まで頑張ってようやく三十二階にたどり着いた。そこで一度隠れ家に戻る。
「疲れたー」
「キュキュー」
「たぬー」
俺はベル達を連れて海に飛び込んだ。あー気持ちいい。
ベルも暑さが苦手だったようで気持ちよさそうにしている。
「気持ちは分かるが、昼食と休憩をしっかりとるぞ」
海に入った事で少しはさっぱりした気がする。清潔の指輪で体の汚れを落としてから家の中に入る。
食事はいつも通りに簡単に済ませる。本音を言えばもっと食べたいが、食べ過ぎは午後の探索に影響してしまうからな。
ソファーに座ると疲れが溢れてきて眠たくなった。
「疲れた顔をしているな。マッサージをしてやるから、うつ伏せになれ」
言われるがままソファーにうつ伏せになる。肩や背中をシェリルが揉みほぐしてくれる。
「じっとしていろよ。眠りたければ寝ても構わんからな」
マッサージは気持ちが良く、疲れが抜けていく感じがする。それと同時に適度な揺れが眠気を誘い、すぐに夢の中へと誘われた。
………
……
…
目が覚めると三十分程時間が経っていた。シェリルはソファーにもたれて眠り、ベルとコタロウもマッサージを手伝ってくれたのか、俺の背中で眠っていた。
ベルとコタロウを起こさないように抱き上げて寝室へ運ぶ。同じ様にシェリルも抱き上げて運んでいった。
俺ももう一度ベッドに横になる。マッサージのおかげで体が軽い気がする。そして波の音や遠くのセラピードルフィン達の鳴き声が、再び夢の中に連れていってくれた。
それから一時間程で目が覚める。皆がほぼ同じタイミングで起きたようだ。
「いつの間に寝室に移動したのだ?」
「一時間前に目が覚めたときにな」
「そうか。迷惑をかけたな」
「マッサージの礼だし、迷惑にもなってないから気にするな。おかけで調子がいいしありがとうな。もちろん、ベルとコタロウも」
お礼を言うと、シェリルよりベルとコタロウが胸を張るから面白い。つい、二匹の頭に手が伸びてしまう。
「元気になったようだな。だが無理せず休んでもいいのだぞ」
「いや、半日で一階しか進めてないのはキツイだろ。午後も一階進める保証はないしな」
「何を言っているんだ?私達のペースは異常だぞ」
「そうなのか?」
「最初の草原ならまだしも、それ以降の階層は余力を残して休まなければいけないからな。森は魔物も隠れやすく荒れ地は好戦的な魔物が多い。体力ギリギリまで進んだら、休んでいる最中に死ぬ可能性が一気に上がるぞ」
確かにそうだな。“大樹の祝福”と休んだ時も、皆余裕はあったもんな。
「だから遅れていると思わなくていいぞ。キツイ時はしっかり休んだ方が良い」
「…いや、やっぱり進もう。ただ、砂漠から火山に変わったら二日ほど休もうぜ」
休んだ後も砂漠だと思うと気持ちが乗らないからな。区切りがついてからの方がいい。
「分かった。それならもう少し休んだら探索に向かうか」
休憩が終わり、再び砂漠へと向かう。照り付けるような日の光。遮るものが何も無く遠くまで見える砂の海。定期的に襲い掛かる視界を覆う程の砂嵐。どれをとっても俺には合わないと感じてしまった。それでも、シェリル・ベル・コタロウがいるから頑張って歩くことができた。
「ああ。三十三階にたどり着けたか」
「良かったな。早く休むぞ」
満身創痍で隠れ家に戻る。やっぱり疲れたよ。どんな環境にもすぐに適応できる能力が欲しい。
風呂に入り夕食を食べると俺はすぐに眠りにつく。早く砂漠を抜けたいな。
―二日後
今日は遂に三十五階の攻略だ。ここを抜ければ砂漠は終わる。ついでに二日間の休みも手に入る。
「気合が入っているな」
「ここを抜ければ砂漠は終わるからな」
「それじゃあ早く抜けるとするか。そしてゆっくり休むとしよう」
三十五階の探索を開始する。この階層ではいたるところで流砂が起きていた。
「この流砂で下の階に行けたりしない?」
「しない。このダンジョンでは知らないが、他のダンジョンで貴様と同じ事を考えて、今も見つかっていない冒険者がいたはずだ」
自ら実行したのか。せめて物を使って試せばいいのにな。
「貴様はやるなよ」
「さすがに、無理だと聞いて実行しようとは思わないよ」
行けるなら試したと思うけど。
そんなわけで、流砂に引き込まれないように慎重に進んでいく。たまに、流砂の中には蟻地獄のような魔物がいるので尚更だ。
「あの魔物は強いのか?」
「強いというよりは戦いにくいな。流砂を住み処にしているから足場の方に気がいってしまうからな」
「なら無理に倒さなくてもいいか」
「ドロップアイテムも高く売れるが格別に高いわけでもないからな。それに基本は落ちてくるのを待つだけの魔物だ。下手に刺激しない方がいい」
目的はこの階層じゃないからな。それならさっさと進んでしまった方が良いな。
襲い掛かってくる魔物を倒していくと段々と景色が変わってきた。
あれ?今まで景色変わったことがあったっけ?つーか、何だこの変な景色は?
「…ついてないな」
「何なんだこの景色は?」
「ラビリンスシェルという魔物が見せる幻覚だ。私達はテリトリーの中に入ってしまったらしい。この迷宮を抜けないと外には出られないぞ。ちなみに抜け出せず力尽きると捕食される」
マジかよ。迷宮は六十一階からじゃないのかよ!?しかも食う気満々なのか。
ため息が出るが黙っていても状況は変わらないので仕方なく歩き続ける。
「ベルは出口が分かるか?」
「キュキュ」
今俺達の前には七つの階段がある。どれか一つが正解なのだろうがどれが正解かは分からない。シェリルが困った顔でベルに尋ねるが、ベルも首を横に振るだけだ。
二人の探知もここでは役に立たないのだろう。俺も風で出口を探そうと思ったのだが、それも上手くいかない。
ただ何となく右から二番目が正解な気がした。
「分からないなら右から二番目の階段を上らないか?」
「何か理由があるのか」
「勘としか言いようがないな。風も感じないから根拠は何一つないけどな」
「勘か。…だが今は頼れるのはそれだけだからな。貴様の勘に頼らせてもらうぞ」
「…間違っても怒らないよな」
「何言っているんだ。全力で怒るに決まっているだろ。まあ無事に抜けられたら褒美でも用意しよう」
そう笑いながら話すシェリルのおかげで肩の力が抜ける。
「それじゃあ怒られたくないし頑張りますか」
「そこは褒美のために頑張るところだろ」
念のために感覚をさらに強化する。選ぶ根拠も理由も無く、本当に勘を頼りに進んで行く。
選択肢が沢山あるだけでなく、時には数秒間立ち止まってから新たな道ができるのを待ったり、通り抜けられる壁や流砂に飛び込むこともあった。
楽な道は無く疲れがたまっていくのだが。
「たぬ♪たぬ♪」
コタロウは元気だった。ベルも疲れは見せないが元気とは言い難い状況の中で、迷宮を楽しんでいた。もしかしたら精神的に一番タフかもしれない。
「たぬ!」
「いやこっちだと思う」
「たぬぬ」
俺と意見が違うと悔しがり。
「たぬ!」
「そうだな俺もこっちだと思う」
「たぬ♪」
一致すると元気に飛び跳ねながら喜ぶ。
疲れた時はコタロウを撫でて元気を分けてもらうことにした。
さあ、多分もう少しで抜けられるぞ。
「この扉が最後のようだな」
「感覚魔法というのも素晴らしいな。迷宮の階層も頼りにしているからな」
そう笑顔で頼られると、疲れていてもやる気になるじゃないか。
にやけそうになる顔を抑えつつ扉を開ける。
扉の先には大きなハマグリが佇んでいた。
「これが本体か?」
風の刃を飛ばすと一撃で真っ二つになる。それと同時に景色が元の砂漠に戻り、目の前には下の階に続く扉があった。
「何かやけにあっさりだったな」
「迷宮を抜けることに成功すると一気に弱体化するんだ。下手な道を進むと強化された状態で出てくるがな」
どうやら俺はキチンとした道を進めていたようだ。ところでドロップアイテムは何なんだ。
落ちているのは腕輪だが。収納して能力を確認するか。
名前:ミラージュハウス
魔力を流すと自身と指定した人物たちを蜃気楼が包み込み家の中に案内される。次元の隙間に隠れているため攻撃が当たらなくなる。
…いいアイテムだと思う。売りに出せば買い手はいるだろうし、値段も高いだろう。でも俺にはいらないアイテムだ。隠れ家の下位互換だな。
「浮かない顔をしているな。今の腕輪はラビリンスシェルのレアドロップだろ。効果を私も知りたいのだが」
シェリルが知らない程のレアアイテムのようだった。俺が説明すると、シェリルも微妙な顔をする。
「貴様の隠れ家を知らなければ、絶対に肌身離さずのアイテムになるのだがな。貴様は運が良いのか悪いのか」
「気にしない方が良いよな。とりあえずこのアイテムは何かあったとき用にシェリルが持っていてくれ」
腕輪をシェリルに渡すと、階段を下りて火山の階層を確認する。溶岩やマグマが確認でき、火竜でも現れそうな雰囲気だ。火の魔物が多いだろうから、俺の水魔法が役に立つだろう。
でもその前に、まずは二日間の休みだな。満喫するぞ。