休息
目を覚ますと皆はまだ眠っていた。だけど俺が眠った時と位置が変わっている。ベルは俺の顔の横で丸まり、コタロウは胸の上に乗っている。シェリルは変わらずに右手を握ってくれていた。心配をかけてしまったみたいだな。
だけどおかげ様で、気分は昨日よりも良くなっている。元々魔物との戦闘で命のやり取りの経験を積んでいたことも関係があるかもしれないが、一番の理由はシェリル達だろうな。
「本当に感謝しかないな。出会いには恵まれているよな」
皆に感謝しつつ体調をしっかり確認する。結構飲んだと思ったが二日酔いも無く体調は良い方だと思える。今日が探索でも大丈夫な気もするが、せっかくの休みなのだからしっかり気分転換をしていこう。
さて、温泉は気持ちいいが毎日入っているし訓練も違うしな。コンセントがあるからゲームでも購入するか?
しばらく今日の予定を考えているとシェリル達が目を覚ました。
「おはよう」
「もう起きていたのか。調子はどうだ?」
「皆のおかけで調子は良いよ」
「そうか。だが今日は休みだからな。少し体を動かすくらいなら構わんがな」
「分かっているよ」
シェリルが起きたことで右手は離れていく。名残惜しいが仕方がない。
「キュキュ」
目が覚めたベルは俺に温泉に入ろうと誘ってくる。
ベルから誘ってくるのは珍しいし入るとするかな。昨日のように洗い合うのも楽しいし。
「いいぜ、温泉に行くか。コタロウはどうする?」
ベルを肩に乗せて歩きだす。コタロウにも声をかけたのだが、コタロウはシェリルに何かを訴えていた。
「たぬったぬ」
「昨日みたいに皆で入りたいのか?」
「たぬ」
「…まあいいか。私達も入るか」
「たぬ♪」
シェリルの返答にコタロウは喜んでいたが、俺は驚きを隠せない。
「入るの!?」
「不服なのか。貴様は喜ぶべきだろ。背中は流してやらんがな」
「いや俺としては嬉しいというかラッキーというか」
「ならいいだろ」
気にしているのは俺だけのようだった。そのまま流されて昨日と同じく全員で温泉に浸かっている。
温泉は気持ちいいのだがこの状況にはすぐには慣れないと思う。
いつも通りに露天風呂にいると隣にシェリルが座ってきて声をかけてきた。
「やはり温泉は気持ちがいいな。連日入っても飽きないな」
「そうだな。ダンジョンの中にいる事を忘れそうだ」
「まったくだ。美味い飯に温かい布団、それに疲れを癒す温泉があるなど普通では考えられん」
シェリルと話していると突然お湯が飛んできた。
「何だ!?」
「キュ♪」
「たぬたぬ♪」
ベルとコタロウが楽しそうにお湯を飛ばしていた。遊んでほしいのか俺が気づいても止める気が無いようだ。ここは付き合ってやるか。
「それ!」
「キュキュ♪」
「たぬぬ♪」
俺がお湯をかけると量が多かったようでベルとコタロウは流される。少し焦ったが二匹とも楽しそうな声を上げていた。流れが止まるともう一回とねだってくるくらいだ。
「朝から元気だな」
シェリルは呆れたような口調で話すが顔は笑っている。
「私も参加するか」
見ているだけでは物足りなくなったようでシェリルも参戦しだした。…タオルを体に巻いているので若干ハプニングを期待したがタオルの防御力は高かったよ。
「キュ~」
「たぬ~」
しばらく皆でお湯をかけあって遊んでいたが、遊び疲れたベルとコタロウは仰向けでプカプカ浮いてのんびりし始めた。それを見て俺達も再び温泉に浸かり出す。
「実際の温泉じゃできない行動だったな。怒られて出禁になりそうだ」
「確かにな。そういえば貴様は昨日も露天風呂にいたな。露天風呂が好きなのか?」
「そうかもな。風が気持ちよかったりするし、景色もよく見えるからな。あとは檜風呂なんかも好きだぞ。シェリルはどの温泉が好みだ?」
「私も同じ理由で露天風呂が好みだな。後は泡の出る風呂が好きだな。サウナの後の水風呂も中々の物だがな」
「ああ、あれも案外気持ちいいよな。温泉って本当に飽きがこないよな。ここには無いけどリンゴ風呂やバラ風呂っていう果物や花が入っている風呂もあるんだよ」
「それは何の意味があるんだ?」
「あんまり覚えていないけど、匂いを楽しんだり肌に良い効果があった気がするな」
「色んな温泉があるのだな。こちらでは室内風呂と露天風呂しかないのだがな」
穏やかな時間が流れていく。朝から温泉を満喫して俺達は部屋へと戻った。
「あー、さっぱりしたな。でも今日はどうするかな?」
「まずは朝食だろう。ベルもコタロウも食べたいようだぞ」
「おっとすまん」
すぐに通販を開いて食べたい物を選んでもらう。朝から体を動かしたからか、皆それなりにボリュームのあるご飯を選んでいた。それぞれが食べ始めたところでふと思った。久し振りに料理でもしようかなと。
部屋にはキッチンもあるし、材料は通販でいくらでも手にはいる。余っても収納しておけばいいしな。
「何か思いついたのか?表情が変わったぞ」
俺ってそんなに表情に出やすかったかな?そう思いながらも、料理をする話をシェリルに伝えてみた。
「いいのではないか。どんな料理を作るのか興味がある」
「そんな、凝った料理は作れないぞ」
「構わんぞ。私も手伝おう」
「それならお願いするよ」
朝食を食べ終えて準備に取りかかろうとすると、コタロウが俺の足をくいくいっと引っ張ってきた。
「どうした?」
「たぬ、たぬ」
「…もしかして一緒に料理したいのか?」
問いかけにコクンと頷く。自分達が食べる分だし、やりたいなら止める理由は無いな。キッチンのサイズが合わないけど、まあ出来そうなものを任せればいいかな。フライパンはカセットコンロを使えばコタロウでもできるだろう。
「よし。一緒に作るか」
「たぬ♪」
「せっかくだからベルもどうだ?」
「キュキュ」
ベルは首を横に振る。俺は食べる専門だからどんどん作ってくれと言っているようだった。まあ分かってはいたけどな。
「それじゃあ、最初は角煮でも作るか。ご飯のおかずにもなるしな」
「たぬ」
「じゃあこれを着てくれ」
俺は購入していたエプロンと三角巾を渡す。コタロウが着られるサイズがあったのには驚いたが、コタロウはお揃いの物を着られて喜んでいた。
「さてと、まずはご飯の準備をするか」
「角煮を作るんじゃないのか?」
「米のとぎ汁も使うからな。豚肉が柔らかくなるんだよ」
他にはコーラやおからもだったかな?俺は米のとぎ汁で教わったけど。
シェリルに説明しながら米を研ぐとやりたそうな目でコタロウが見つめていた。さすがに手でやらせるわけにはいかないので泡だて器を渡してみる。するとコタロウは念力で動かし始めた。
「こんな事も出来るんだな」
「料理に念力を使う従魔はそうはいないと思うがな」
「個性豊かでいいと思うけど」
俺達に見つめられながらも器用に米を研いでいく。勿論とぎ汁は俺の方で確保している。
「それくらいでいいぞ。後は水を線に合わせて入れてくれ」
用意ができたので炊飯器に入れてしばらく放っておく。ここからが角煮の準備だな。ブロック肉・ゆで卵・生姜を用意する。味付けは市販の物を使うことにする。
「それじゃあ、まずはこの麵棒で肉を叩くけどやってみるか」
「たぬ♪」
リズムよくコタロウが肉を叩き始める。作るのに興味が無かったベルも気になったらしく近くに寄ってきた。目的はブロック肉のようだが。
「いい感じだな。次は肉を切るぞ。大体これくらいの大きさだ」
肉を切って見せるととシェリルとコタロウも同じ大きさに合わせて切ってくれる。それにしても念力で調理は便利かもな。ハンバーグの形成の作業とか向いているんじゃないか。
「次はフライパンで少し焼くぞ。全面に焼き色を付けるまでだな」
肉の焼ける匂いにベルとコタロウが涎を垂らし始める。
「まだ待っていてくれよ。次はとぎ汁に肉と生姜を入れて一時間ほど茹でるんだ」
「結構茹でるんだな。それで完成か?」
「いや。茹でたらザルに具材を入れて表面を水で洗う。後は鍋に水と市販の角煮の素を入れて沸かして、再び具材を入れる。煮立ったらアルミで落し蓋をして弱火で一時間ほど煮込んで完成だ。途中で卵も入れる」
「キュ~」
説明を聞いていたベルはしばらく食べられないことを理解して元気がなくなってしまった。
「時間がかかるな」
「けど難しい工程が無いからたまに作っていたんだよ。作り方は色々あるけどな」
後はほとんど煮るだけなので、タイマーをセットしながらベルのためにも他の料理を作る事にした。
「それじゃあ今度はこのキノコを逆さまにしてフライパンに並べてくれ。シェリルはこのバターをこれくらいの大きさに切ってくれるか」
いしづきを取った椎茸をコタロウに渡すと、ベルと一緒にせっせとフライパンに並べていく。ベル、待ちきれなくなったのか。
「次はキノコの上にシェリルが切ってくれたバターを置くんだ」
準備が完了したところでフライパンに水を入れ火にかける。バターが溶けだしたところで醤油を垂らして塩コショウする。この辺の作業はせっかくなのでコタロウに頑張ってもらった。
「これで完成だ。せっかくだから少し味見でもしないか」
「キュ♪」
ベルが真っ先に手を上げて近寄ってきた。頑張ったコタロウに最初に食べてもらおうと思っていたが、コタロウは味の感想の方を聞きたいようだったのでベルに食べさせる。
「シェリルとコタロウにお礼を言えよ」
「キュ♪」
ベルは椎茸を美味しそうに頬張っている。コタロウはベルの反応を見て満足したようでシェリルと一緒に一つ味見をする。
「手軽だが美味いな」
「調味料が優れているからな」
バター醤油って食が進むんだよな。変な使い方しなければ味も壊れないし。なんならご飯をバター醤油で炒めたり、おにぎりにしても十分美味しい。
「コタロウ、自分で作った料理はどうだ?」
「たぬ♪」
喜んでいるのがよく分かる。まだまだやりたいようでやる気は満々だ。
それからも色々な料理を試していく。枝豆のペペロンチーノ風・たたききゅうり・ピーマンの肉詰め・ハッシュドポテト・茶碗蒸し・シーザーサラダなどを休憩しながら作り上げた。
「…酒に合いそうなものが多そうだな」
「ご飯にも合うから安心してくれ」
夕飯にまとめて食べるために、お昼は簡単なもので済ませた。途中でベルがつまみ食いをしそうだったので出来上がったものは収納したのだが、その時のベルは悔しそうにしていたな。
「さあお待ちかねの夕飯だぞ」
「キュ♪」
「たぬ♪」
ベルはいつもの事だがコタロウも待ちきれない様子で急いでやってきた。全員揃ったところで食べ始める。
「たぬ~///」
自分で作った料理は格別らしく一口食べることに頬っぺたに手を当てて蕩けるようなリアクションを取っている。
「美味しいぞコタロウ」
「キュ♪」
シェリルとベルもコタロウを褒める。照れているコタロウを見るとなんだか小さい頃を思い出すな。
そんな光景を見ながら俺は角煮を頂く。店の料理の方が美味いと思うがこれも十分に美味い。ご飯がどんどんすすむ。個人的には角煮と一緒に作ったこのタマゴも好きなんだよな。
久しぶりに料理を作って楽しいと思った。毎日作るのは正直難しいが、たまに皆で作るのも良いかもしれないな。今度はビーフシチュー・パスタ・グラタン・ハンバーグ辺りが良さそうだな。俺自身のレパートリーは多くないから料理本を買うのも面白そうだ。
そう思っているとどんどん料理は減っていく。結構な量を作ったと思ったがテーブルの上の料理は無くなってきた。最後はデザートにハニートーストを皆の前に出す。トーストの上にアイス・蜂蜜・チョコレート・果物・生クリームを乗せたボリュームたっぷりの物だ。俺とコタロウは二人でシェアだが、シェリルとベルは一つをペロリと平らげていた。あれだけ食べてよく入るよな。
「久しぶりに料理すると結構楽しいな」
「お疲れ様だな。貴様のおかげで楽しめたぞ。中々美味かったしな」
「口にあったようで何よりだ」
「次の機会も楽しみにしているからな。ところで体調はどうだ?」
「問題ないと思う。今日もしっかりと気分転換できたしな」
「ならもう寝るとするか。その様子なら明日は探索できそうだしな」
「そうするか」
テーブルの上を片付けて寝る準備を始める。その最中もコタロウは上機嫌で料理をするような仕草を見せている。この調子なら将来は俺達の中で一番料理が上手くなっているかもしれないな。
ベッドに横になると右手が温かい感触に包まれた。今日もシェリルが隣で握ってくれるらしい。気恥ずかしさはあるが俺は安心して眠りにつく事ができた。