森の階層
目を覚ますと辺りはまだ暗かった。だけども頭もスッキリしていたので起きることにした。
「朝風呂でも入るかな」
皆を起こさなようにそっとベッドから体を起こす。
テーブルの上に書き置きをしてから温泉に向かう。
「あー、気持ちい」
広い温泉を一人で満喫する。
初めの頃は夜中の温泉は恐怖心があったが、今はもう慣れてしまった。
だから遠慮なくくつろぐことができる。
そんな中で俺は水魔法の訓練を行う。
周りが水だらけだから少ない魔力で練習できるのでたまに行っているのだ。
意識を集中させて温泉のお湯で魔物を作っていく。初めはベル。次はコタロウ。それから適当な魔物を思い出しながら形成していく。
「大分細かく作れるようになったよな」
初めは大まかな形だけだったが、今は細かいところまで精巧に作っている。
そして作った魔物達を自由に動かす。
「それじゃあ次はいよいよ本番だな」
作った魔物達をお湯に戻すと今度は自分自身を作ってみる。
実践でも使うことを想定しているので速さも大切だ。
「作るだけならできるけど。実戦には向かないな。まだまだ練習が必要か」
出来上がった分身は一目で水と分かるような物だ。一瞬なら騙せるかもしれないがすぐにバレるだろう。操作性もいまいちだし、簡単な動きしかさせられない。
「う~ん。漫画みたいには上手くできないか。ま、要練習だな」
俺は現状を確認してから分身をお湯に戻した。何だか一気に静かになった気がする。
訓練はここまでで後はゆっくりと温泉を楽しもう。賑やかな温泉もいいが、まったりできるのも嫌いじゃない。
暫く温泉に浸かると体も温まったきた。
ベル達もそろそろ起きる時間なので部屋へと戻る。
部屋に戻ると、三人はすでに起きており仲良く遊んでいた。
俺に気がつくと声をかけてくる。
「おはよう。早起きのようだがちゃんと休めたか」
「大丈夫だ。今日の探索も問題ないぞ」
「そうか。ところで朝食はまだか?貴様がいなければ、私達は美味い飯か食えないのだぞ」
「はいはい」
ハムエッグトースト・サラダ・スープを用意する。用意したところで思ったのだが、シェリルの言う通り俺がいないと飯が食えないのは問題だよな。保存食として缶詰をシェリルには渡しているが、それはいざという時のためだ。
「この部屋に冷蔵庫とお菓子やカップ麺用の棚でも用意するか」
「いきなり何を言っているんだ貴様は?」
思っていることが口から出てしまったらしい。そんな自分に驚いたが、まず自分の考えを伝える。
「いや、俺が不調になると食べる物が制限されるだろ。だから、そうならないように缶詰め以外にも食料を部屋の中に置いておこうかと思ってさ」
「なるほど。確かに食料を置いてもらえるのはありがたいな。ダンジョンの探索中に貴様が大ケガを追う可能性もあるからな。それに体調不良も考えられる」
「本当は大丈夫と言いたいけどな。万が一は考えておかないと。それでこういう物があるんだよ」
俺は通販で家電製品を見せる。
「これはどう使う物なんだ?」
俺は冷蔵庫・電子レンジ・電気ケトルなどについて説明した。エアコンなども便利だがここでは必要ないからいだろう。
シェリル達は説明を聞いて感心したような声を出している。
「便利な物だな。部屋が広いから置いても大丈夫そうだな。と言うか、このスペースは元々そのためだったのか」
「まあな。今までは必要ないと思っていたからそのままにしていたけど、今はあった方が便利だしな」
そう言ってキッチンスペースに目をやる。水道とコンロはあるが戸棚には何も入っていないし、冷蔵庫や新しく棚を置くスペースも十分にある。
とりあえず家電製品や棚を皆で選ぶことにした。色々見ながら決めていくのは案外楽しい。
キッチンを完成させた後は適当に食料品を入れていく。冷凍食品やカップ麺などの日持ちがするものや、小腹が空いたとき用に果物なども用意した。他にもアイスやお菓子、飲み物も数種類戸棚や冷蔵庫に入れておいた。
「それにしても色々な種類があるんだな。凍った食品はともかく、お湯を注ぐだけで食べられる麺は冒険者に売れそうだな」
「これも色んな種類があるんだよな。味見も兼ねて昼はこれらの食品を食ってみるか」
「そうだな。味は知っておきたい」
「キュ♪」
「たぬ♪」
三人共興味があるようだった。それから、昼近くまではトランプやボードゲームをしてゆったりとした時間を過ごしている。
ただその間もベルとコタロウはチラチラと戸棚の方を確認する。
つまみ食いしたらきちんと叱らないとな。
そんな中でシェリルが口を開く。
「何度かダンジョンに潜った事はあるが、こんなに楽しい探索は初めてだな」
「それならここのダンジョンが終わったら別のダンジョンの完全攻略でもやってみるか」
「…ああ、それもいいな。貴様の隠れ家なら飽きずに過ごせそうだしな」
そう言ってシェリルは微笑んでいた。
だけどどこか寂しそうな眼をしている気がする。
平気そうにしているが余命の事が頭にあるのだろうな。
「それじゃあ目的地に向かうために栄養補給をしますか」
それぞれ食べてみたいものを選ぶ。俺は冷凍食品のお好み焼き、シェリルはエビピラフ、ベルはカップ麺、コタロウはナポリタンを選んだ。
「フライパンで炒めるだけでこの味なら十分だな」
「手軽で量もそれなりにあるから俺は結構好きなんだよな。ベルとコタロウはどうだ?」
「キュ♪」
「たぬ♪」
問題なく美味しそうに食べている。少し分け合ったりしながら昼食を終わらせた。この分なら置いても問題なさそうだな。
それから少しだけ休んで、いよいよ森の階層へと向かう。
「昨日も少しだけ見たけど、この森がどこまでも続いているのか」
「魔物も身を隠しやすい上に、毒を持った魔物も多くいる。注意して進むんだ」
「火の魔法で全部焼き払わないか?俺達は隠れ家に戻れば安全だぞ」
俺の提案にシェリルは呆れた目で俺を見てくる。
「他の冒険者がいるのかもしれんのだぞ。確実に指名手配になるだろうな」
じゃあ出来ないな。いい考えだと思ったんだけどな。
「地道に進むしかないか」
「当たり前だ」
森の階層はベルが先頭に立ち歩いていく。森で暮らしていたベルにとっては、歩くのに何も問題がないようだ。むしろ楽しそうにしている。
俺にとってはたまにぬかるんだ場所があったり絡みつくような草があるから大変なんだけどな。
「草原に比べると歩くのも一苦労だよな」
「まあな。これからは魔物だけでなく環境にも対応する必要がある。森なら沼地等もあるしな。だが、装備のおかげで気温を気にしなくていいのはかなり楽になるぞ」
確かに砂漠や雪原なんて普通は専用に着込まなきゃいけないしな。しかし、食料とアイテムを揃えればいいと思っていたけど、そんな単純な話じゃないなこれは。
そんな事を考えて、草木を掻き分けながら道なき道を進んでいく。
「キュ」
先頭を進んでいるベルが注意を促す。少し先には懐かしいアーミーベアがいた。
数は十頭で前回よりは少ないが、それでも脅威だ。
前はベルがいたおかげで戦えたけど今の俺ならどうだろうか?
「なあ、俺にやらせてくれないか」
自分の成長が知りたくなりシェリルに頼んでみる。
「構わんが何かあるのか?」
「一番最初に戦った魔物なんだよ。全員を水に閉じ込めて勝ったけど、普通の魔法じゃ全然通じてなくてな。今ならどんなものか確認したくて。…ってそんなことしている場合じゃないよな。すまん」
話している内にこんな事をしている場合じゃないと思ってきた。
今は腕試しよりも先に進まないとな。
「構わんぞ。やってみたらどうだ」
「いいのか?」
シェリルはあっさりと許可してくれた。
予想外の言葉が返ってきたので俺は驚いた。
「下層に行く前に貴様は経験を積んだ方が良い。アーミーベアならCランクの魔物だし今の貴様の腕試しには丁度いい」
「ありがとな。それならちょっと戦ってくる」
「危なくなったら私達も加勢するからな。安心して戦ってこい」
「ああ」
シェリル達に見送られた俺は身体強化をしてアーミーベアに駆け出していく。
「グァ?」
一番近いアーミーベアが俺の方を向く。そいつが何かする前に短剣で切り伏せる。
思ったよりも簡単に切ることができた。
「グァァァ!?」
悲鳴を上げながら崩れていく。だがその悲鳴をきっかけにアーミーベアが襲い掛かってくる。
だけど以前より動きが良く見える。攻撃を躱しながら風魔法や水魔法を使っていく。
ベルのように真っ二つにはできないが、大体は一発で致命傷を与えることができた。一発で倒せない奴もいたが、ダメージはかなり受けている。。自分の成長を確認できたのでちょっと安心した。
最後の一体になるまで時間はかからなかった。一対一なので目の前のアーミーベアだけに集中する。すると面白い現象が起きた。
アーミーベアの体から風の道筋が見えて、その通りにアーミーベアが動いていた。
「何だコレ?」
しばらく観察するがアーミーベアは風の道筋通りにしか動いていない。
これは相手の攻撃が分かるようになったのだろうか?
よく分からないがこれはチャンスだ。アーミーベアの動きを読んでカウンターを入れると。、一撃でアーミーベアは倒れたのであった。
「お疲れさま。体の調子はどうだ?」
「問題ないよ」
一応体を動かして確認してみるが痛みも違和感もない。
「しかし、十体倒してもレアドロップは出ないもんだな。魔石に毛皮に牙や爪か」
「貴様は結構欲深いな。十分アイテムや装備は持っているだろうが」
「それはそうなんだけど、やっぱり欲しくなるんだよ」
レアと言う言葉に惹かれるんだよな。どんなアイテムなのか見たい気持ちもあるしな。
俺達はその後も順調に魔物を倒しながら進んでいく。
草原の階層と違ってCランクの魔物も出るため中々の稼ぎになっている。だがやはり一つの階層を降りるのには時間がかかってしまう。草原の階層は一日で十階だったが、森の階層は一日で三階が限度だった。
十四階に降りたところで隠れ家に戻る事になった。
「やっぱりペースが落ちるもんだな」
「一日で三階進めるなら上出来だ。迷路の階層なんて一つの階層に数日かかる事もあるからな」
「地図は無いのか?」
「地図は役に立たん。ダンジョンの中は常に変化し続けている。その場での対応が求められる」
そんな簡単にはいかないのか。まあ確実に進んでいけばいいか。無茶して足踏みする事態になる方が問題だからな。
部屋に戻ると、ベルとコタロウは昼に取り付けた冷蔵庫や棚からお菓子や飲み物を取り出していた。
食べ過ぎないようにだけ注意しておかないとな。
「あんまり食べ過ぎるなよ。それからベッドでは食べるなよ」
「キュー」
「たぬー」
きちんとテーブルに置いて食べ始めている。
「ダンジョン探索中にこんなにゆっくり過ごせるとはな。これを商売にしても一財産を築けるだろうな。シェルパとして人気になるぞ」
シェリルはそんな事を言いながらイスに座ってベル達を眺めていた。
「人に使われ続けるのは御免だな。必ず変な奴に当たるだろうしな」
「違いないな。それこそ“光の剣”が無理難題を言ってくるだろうな」
「考えたくないな。そんな話より軽くつまんで休もうぜ」
冷蔵庫からグレープジュースと炭酸水を取り出してコップに注ぐ。それとクラッカーにクリームチーズのみそ漬けをのせる。
「結構美味いぞ。酒に合うけど酒は止めといた方が良いだろうからグレープジュースだ」
「頂こう」
シェリルはクラッカーを一つ口に運んでいく。
「中々美味いな。この飲み物も悪くは無いが、確かにこれは酒が欲しくなる味だな」
「ワインにも合うと思うけど日本酒って言う酒にも凄い合うんだぜ。今度一緒に飲もうぜ」
「そうだな。私も酒は好きだから色々用意してくれよ」
ベル達の隣で食べていると、ベルとコタロウも食べたそうにじっと見つめている。
「お前達も食べるか」
「キュ」
「たぬ」
二匹とも俺達の真似をして、クリームチーズを口に運んでから飲み物を飲んで満足そうな表情をしていた。
その様子が可愛らしくてシェリルと目を合わせて笑ってしまう。
それから温泉に入ったり夕食を食べたりと体を休ませていた。
夕食は美味しい物をたくさん食べた。と言いたいが、あまり食べ過ぎると明日に響くので程々の量で終わらせている。
そして夜。コタロウはシェリルの隣で寝ているので、俺は側で寝ているベルを軽く撫でる。
相変わらず撫で心地がいいな。
「さて、そろそろ電気を消すぞ」
枕元の電気スタンドを消すと一気に暗闇に包まれる。ベルとコタロウの寝息が聞こえる始める。少しするとシェリルからも寝息が聞こえる。徐々に俺も夢の世界に誘われていく。