ダンジョン開始
俺達は今ダンジョンの入口にいるのだが、並んでいる人のほとんどが魔法陣に向かっている。
「地下一階に向かう人は少ないんだな」
「下の階層の方が稼げるからな。宝箱も地下一階ではまず出ない。初心者以外は魔法陣で希望の階層に行くだろう」
魔方陣に向かう列を見ながら俺達は地下一階の扉へと進んでいく。
扉の前に着くとシェリルが俺達に向き直る。
「では行くぞ。地下一階は弱い魔物しかいないが、ダンジョンではイレギュラーな魔物が突如発生することもある。油断はするなよ」
シェリルの言葉に頷いて扉をくぐる。
扉の先は草原が広がり、青空が見え陽の光も差し込んでいる。
「どうなっているんだ?」
「貴様の隠れ家と同じじゃないか。詳しい事や正解は誰も知らないがな」
話をしながらも周囲の警戒は続けている。ベルとコタロウもいつもなら追いかけっこを始めそうだが、そんな雰囲気も無かった。
そして、しばらく歩いていると風が変わってきた。
「うん?」
「キュ」
ベルも同じく気がついたようだった。
「どうした?」
「まだ姿は見えないけど、近づいてきている魔物がいるな。多分ゴブリンだと思う」
すると奥の方からゴブリンの集団がやって来た。上位種はいないが二十体程の数がいる。
俺達は武器を構えて戦闘に備える。
「「「ギャギャ!」」」
「…たぬ」
ゴブリンの集団は頭が悪かった。数がいるのにほぼ一直線になっていた。呆れた顔のコタロウが光魔法を放つと一気に瓦解した。
残されたゴブリンもすぐに俺達によって退治される。
「この前のゴブリン達は上位種がいたから集団戦ができていたんだな」
「まあ普通のゴブリンはこんなもんだ」
ダンジョンでの初戦闘で肩透かしをくらった気分だが、気を取り直してドロップアイテムを回収する。
「全部魔石か。ゴブリンだと大した稼ぎにはならないな」
「それでも新人ならこれで宿代になる。一日いれば少しは貯金もできるだろう。これが地上だと魔石の破損や解体が必要で狩りの時間が減るからな」
「なるほどな。確かに楽と言えば楽だな。だけどレアドロップが無いのは残念だな」
「あれは確率が低いからな。まあ竜の巣に着く前には何度かお目にかかれるだろうな」
ガチャもそうだが、この手の物はちょっと楽しみなんだよな。どんなアイテムが出てくれるんだろうか?
「そういえば竜の巣は七十一階からだっけか?」
「そうだ。竜種は地下七十一階から多く見られている。ちなみに現時点でこのダンジョンは地下七十八階が最高到達階だ」
俺は七十八階という言葉に疑問を覚えた。だってそこまで行ったのに引き返す理由があったんだろう。普通なら進んだ方が近いのに。
「どうしてそこで引き返したんだ?食料や装備の問題か?」
「七十八階はスケルトンドラゴンや影竜、ハイドドラゴンなど奇襲に長けた種類が多いらしい。視認できず気配を隠すのが上手くて、無事に階層を抜けられないらしい」
「それはキツいな。戻るにしても竜が多い階層をまた通るのか」
「だから最近は七十三階までしか行かないらしいな。そこでも竜の素材は手にはいるからな。おっとまた客が来たな」
当たり前だがこちらの状況はお構い無しに魔物達はやって来る。だが、ゴブリンを始めとした弱い魔物ばかりなので、順調に進んでいった。
「結構早く見つかったな」
三十分程で地下二階へと続く扉を発見した。扉を開けると下へ続く階段があり降りるとまた扉がある。
俺はゆっくりと扉を開ける。
「また草原か」
「地下一階から十階は草原だぞ」
「マジか。ダンジョンっていうと迷路のようなイメージだったんだけどな」
「ギルドでダンジョンの情報は見られるぞ。今後は確認するんだな。ちなみに十一階から二十階は森、二十一階から三十階は荒れ地、三十一階から三十五階は砂漠、三十六階から四十階は火山、四十一階から四十五階は雪原、四十六階から五十階は氷床、五十一階から六十階は廃墟、六十一階から七十階は迷路だ。七十一の竜の巣は色んな環境が集まっているらしい」
改めて聞くと不思議な世界だなダンジョンは。灼熱と極寒を体験できるんだしな。後は海があればな。いや戦い難そうだからやっぱりやだな。
「まあ、まずはこの草原を抜けないと関係ないがな」
「そうだな。さっさと抜けるか」
一日一階ずつ下りても二ヶ月以上かかるからな。シェリルの余命を考えるとなるべく早く進みたい。
そんな思いもあり進むスピードは速くなっていく。そして順調に六階まで進んでいくことができた。
「結構すんなりと行けるな」
「そうだな。ゴブリンも集団で一気に来るから魔法で大体は仕留められるしな。そろそろ一度休憩するか」
「了解。辺りに人はいないな」
周囲を確認しながら隠れ家へと入っていく。さすがに温泉に入るわけにはいかないので、清潔の指輪で汚れを落としてから部屋へと戻る。
「軽めの食事を頼む。食事の後は仮眠をとってからまたダンジョンに戻るぞ」
軽めということでサンドイッチやゼリーを用意した。戦闘などで動きが多く腹が減っていたのか、それらが無くなるのに時間はかからなかった。
「皆よく食べるよな。最近はコタロウも中々食べるようになったし」
「成長期なんだろう。それに皆頑張っているからな。腹が減るのも当然だ」
ベルとコタロウは一足先にお休みしている。俺とシェリルは休む前に少しだけ話をしている。
「ところで、このペースだと今日は何階まで行けそうだ?」
「可能ならボスを倒しておきたいな。そしたら明日は昼まで休んでから出発できる」
「一日で十階を踏破するのは可能なのか?」
「草原の階層なら可能だな。やったことのあるパーティーは結構いるぞ」
一階につき三十分だから単純計算五時間か。体力回復アイテムもあるからできなくなくはないか。
「了解だ。でもまずは一休みだな」
「ああお休み」
俺もシェリルも仮眠をとる。皆の寝息が聞こえていたが、俺もすぐに眠ってしまった。
………
……
…
目が覚めて体をほぐすと俺達は再びダンジョンの中を進み始める。襲い掛かってくる魔物は俺達の敵ではないのだが、こうもゴブリンばかりだと飽き飽きしてくる。
「ゴブリンが多いな。最近ゴブリン退治がメインになっている気がする」
「安心しろ。草原を抜けて先に進んで行く内にゴブリンが懐かしくなるだろうさ」
「それもそれで嫌だな」
相変わらず魔石のドロップアイテムしかないが順調に進んでいく。七階、八階、九階、そして十階の草原を抜け試練の部屋前にたどり着いた。
「ここの魔物は何なんだ?」
「試練だからそのパーティーに合わせた魔物が出てくる。ゴブリンの類だとは思うが、上位種が出て来る事を覚悟しておけ」
「…嫌な予感がするんだけど」
「修行と思え。いずれは竜種も相手にするんだからな」
「はい」
覚悟を決めて扉を開ける。扉の先にはゴブリンソルジャーの集団がいたのだが、その中心には姿が違う二体のゴブリンらしき魔物がいた。
一体は侍のような服で日本刀を持っており、もう一体は忍装束を着ている。…なんか強そうな雰囲気なんだけど。黒いゴブリンより強いとか言わないよな。
俺達が中に入ると二体のゴブリンはこちらを見てくる。
「オンナ ツヨイ ワレ タタカウ」
「ナラバ ワレ オトコ タオソウ」
侍の方はシェリルを、忍者の方は俺を相手にするらしい。
「シェリル。指名されたけどどうする?」
「せっかくだから相手をしてやろう。黒い服の方は頼むぞ」
「了解だ。ベル達は周りのゴブリンソルジャー達を倒してくれ」
「キュキュ」
「たぬー」
各自気合いを入れる。そんな中、最初に仕掛けてきたのは忍者だった。アサシンゴブリンよりも速い動きで近づいてきた。
「でも見えているんだよ」
攻撃を避けて短剣で攻撃する。
当たったはずだった。だが短剣が当たった忍者は消えて後ろから攻撃が飛んできた。
「ヤベッ」
間一髪で躱して忍者の方を見ると、忍者が五体に増えていた。分身の術だろうか。ベルの分身と同じだと実体があるから面倒なんだよな。
シャドーダガーに持ち換えて、魔力で作った短剣を飛ばしてみる。だが忍者達は驚く様子もなく、避けながら俺に手裏剣を飛ばしてきた。
俺は攻撃を避けながら自身に感覚魔法かけて、第六感をさらに強化させる。その間にも忍者は五体から十体までに数を増やしていた。
十体の忍者からは余裕を感じる。当てられない自信があるのだろう。まあ実際に第六感を強化しても本物が分かってないけどな。どれも同じに見える。
風魔法・水魔法・シャドーダガーを使い忍者全体を攻撃し続ける。当たって消えたりもするのだが、すぐに新しい分身が生み出される。一通りに攻撃したはずなんだけど本体に当たった様子がない。
「ムダダ ワガ ジュツハ ヤブレン」
いくらなんでも一撃も当たらないのはおかしすぎるよな。緊張感もなさそうだしコイツ等全員分身なんじゃないか?
そう考え心落ち着けて辺りを確認する。すると変わった様子の場所は見当たらないが、上から視線を感じた。
「そこか」
天井部分には梁のような足場があった。俺は風魔法を使って天井まで飛んでみた。
風で飛ぶのは久しぶりだが上手くいくものだな。
梁の上には小柄なゴブリンがいた。ゴブリンは驚き固まって動かない。俺は遠慮なくゴブリンに向かって短剣を振り下ろした。
「ギャー!!」
悲鳴と共に下の忍者たちも消えていく。この小柄なゴブリンが本体だったようだな。自分だけ高みの見物をしていたようだけど、バレた時の事も考えなきゃダメだろ。とりあえず俺は終わったけどシェリルたちはどうだろう?
◆
―シェリル視点
刀を使うゴブリンと戦うのは初めてだが、“金色の竜牙”に使い手がいたな。何だか懐かしい気分だ。
普通は鞘から出して戦うはずだが、あのゴブリンは鞘から抜かずに柄を握ったままだ。確か居合の構えだったか?
まあ付き合う必要は無いな。
私は数種類の魔法を飛ばす。さて、どうするんだ?
「キンッ」
ゴブリンが刀を抜いた音が聞こえた。それと同時に魔法が消された。いや切り裂かれた。
「ムダダ」
ただの刀で魔法を切り裂くとは中々の技量だな。このゴブリンが魔剣を持っていたら負けていたかもしれんな。
私はもう一度魔法を飛ばした。
ゴブリンは刀でもう一度魔法を切り裂くが驚愕の表情をする。
「せめて切る物は選んだ方が良いぞ。毒なんて切るからそうなるんだ」
無機物に影響を与える毒に触れた為、刀は溶けて無くなっていく。武器が無くなったゴブリンは負けを悟ったようだった。
私は大鎌で首をはねてやった。
◆
―ベル&コタロウ
コタロウは最初にベルの指示で結界を張っていた。ジュンとシェリルの戦いの邪魔をさせないためだ。
「キュキュ」
「たぬ!」
「キュ?」
「たぬたぬ」
ベルがソルジャー達を倒すために前に出ると、コタロウが自分にやらせてと言い始めた。ベルはコタロウに聞き返すが、コタロウの答えは変わらない。
ベルは一瞬悩んだ。コタロウが弱いとは思っていないが、コタロウの強みは回復と守りだ。無理に前線で戦ってもらう必要はない。
だけどコタロウはやる気満々だ。それを邪魔するのは兄貴としてどうかと思う。ベルはコタロウの意思を尊重することにした。勿論いつでも動けるように準備はしている。
「たぬ!」
コタロウはソルジャーの集団に光を放った。光は強力でソルジャーの視力を一時的に奪う。その隙に光の矢を放ち数体を仕留める。
「ギャギャ!」
「…ギャ?」
視力を取りも出したソルジャー達はコタロウを探すがコタロウの姿は無い。
全員でキョロキョロしていると一体のソルジャーが仲間に光の矢を放った。
「ギャー!?」
矢を放ったソルジャーはコタロウの変化だった。コタロウは再び光を放ち視力を奪った。どんどんソルジャーの数は減っていく。
次にソルジャーが視力を取り戻すと皆が疑心暗鬼の状態になっていた。
「ギャギャ」
一体のソルジャーが指をさして何かを指摘した。指の先は剣を持っていないソルジャーに向いていた。
周りのソルジャー達は剣を持っていないソルジャーに襲い掛かる。決着は一瞬だった。数の多さには敵わない。
「「「ギャギャ♪」」」
敵を倒したことで喜んでいた。しかし
「ギャ?」
一体のソルジャーが切られ倒れた。
その瞬間、全員の頭に同じ考えが浮かんだ。「敵はまだ生きている」と。
そこからは仲間同士での醜い争いが始まる。自分が生き残るために疑わしい仲間たちを殺し続けた。
そしてこの状況を作り出したコタロウはベルの横に座り同士討ちを眺めていた。
「ギャギャー!!」
仲間を殺し終わったソルジャーが勝利の雄たけびを上げる。コタロウは他のソルジャー達が消えたことを確認すると、光の矢でソルジャーの頭を貫いた。
「たぬ♪」
コタロウは勝利のポーズを決めていた。
一連の戦い方を見ていたベルは、普段のジュンの戦いに似ているなと思った。まともに戦う事もあるが、幻魔法の練習で同士討ちを誘う相棒が頭によぎっていた。
◆
―ジュン視点
皆も終わっているな。ベルもコタロウも無事みたいだな。
梁から降りて皆と合流する。
「みんな無事みたいだな」
「あの程度に後れを取るわけが無いだろ」
「たぬ」
シェリルは当然だが、コタロウっ胸を張って答えていた。ベルの方を見るとコタロウを指さし戦う仕草をした、どうやらソルジャー達はコタロウが戦ったようだった。
「頑張ったんだな。凄いぞコタロウ」
「ほう。ゴブリンとはいえ進化した魔物を倒すとはやるな」
「キュキュ」
「たぬ~///」
俺がコタロウを抱き上げて褒めると、シェリルやベルも同じように褒めていく。褒められたコタロウは照れ臭そうにしているが満更でもない様子だ。
ひとしきり褒め終わると部屋の中の宝箱に気が付いた。他にもドロップアイテムが一気に現れた。忍者と侍のドロップアイテムは少し期待したのだが、大きめの魔石だった。残念。
「一個だけなんだな。侍と忍者がいたから二つかと思ったけど」
「そんなものだ。試練の部屋からは一個しか宝箱は手に入らないぞ」
ちょっと残念に思ったが気持ちを切り替える。
「まあいいや早速宝箱を開けてみるか」
俺がそう言うとベルとコタロウが興味津々に宝箱に近づいてきた。
「なあシェリルって宝箱を開けたかったりするか?」
「いや特に興味が無いな。他のグループに取られそうなときは先に開けるがな」
「じゃあ今回はコタロウに開けてもらうか。次に宝箱が見つかったらベルでどうだ?」
「たぬ♪」
「キュー♪」
「貴様が開けなくていいのか」
「俺はガチャやっているからな。それで運が微妙なのも分かっているし」
俺達が話している間もコタロウは宝箱をまじまじと見ていた。そして意を決して一気に開けた。
宝箱を開けると中から鍬が一本出てきた。俺はそれを収納してみた。
名前:豊穣の鍬
この鍬で大地を耕すと土のレベルが上がり、作物の品質や収穫量が格段に上がる。
何というか凄い物だけど今は必要ないよな。…隠れ家で家庭菜園でもやろうかな。
「たぬ?」
コタロウが心配そうに俺を見てきた。俺は笑顔でコタロウの頭を撫でる。
「かなり凄いアイテムだったぞ流石だな」
「たぬ♪」
その言葉でコタロウは機嫌がよくなった。
「どんな効果だ?」
「あとで教えるよ」
俺達はボス部屋を出て魔法陣に魔力を流し、十一階の適当なところで隠れ家に入り休むことにした。