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ブックメーカー ~異世界では好きに生きてみたい~  作者: 北村 純
初めての異世界生活
19/92

幕間①

―ベル


 とある森の中。一匹のリスは仲間達と楽しく暮らしていた。特に皆と一緒に美味しい物を食べるのが大好きだった。仲間達は妖精リスと呼ばれる魔物の一種だ。単純な戦闘力は高いわけではないが、頭が良く格上の魔物も倒すことがある。

 敵に襲われることもあるが群のボスの指示のもと生き抜いてきた。それはこのリスも例外ではなかった。ボスの指示に従い罠に掛けながら皆で逃げぬいてきた。


 だがいつも疑問に思っていることがあった。それは『こんな奴等なら逃げなくても倒せるんじゃないか』だ。このリスは妖精リスの変異体で、能力も魔力も知力も普通の妖精リスより上の存在だ。本来なら群のボスになる力を持っているのだが、上に立ちたい性格でもないので今までは何事もなく楽しく暮らしていた。


 しかし平穏は突然崩れ去る。一匹の魔物が群を襲ったのだ。魔物は三つ首の大きな体の犬だった。格上の魔物を倒せる妖精リスでも魔物の強さに圧倒されて何もできなかった。魔物はいたぶるのが好きな性格のようで、誰も死んではいなかったが皆泣きながら怯えていた。頼りになるボスもケガをして満足に動けない状態だ。


 リスはキレた。自分の仲間を傷つけ殺そうとする存在に。自分の居場所を壊そうとする存在に。自分や仲間を守るために戦ったのだ。自身が傷つこうが構いやしなかった。そして魔物を倒した。他の妖精リスは使えない闇魔法で魔物を木っ端微塵にしたのだ。さらに荒れ果てた森を植物魔法で再生させ、以前よりも豊かな森に変貌していった。


 力を使ったリスはお腹が空いた。脅威も去ったので仲間たちと楽しく食事をしようと思い皆の方を見た。…仲間たちは怯えていた。他の誰でもない自身に対してだ。『どうしたの?食事をしようよ』笑って話したのだが、仲間達は貢物を献上するような態度だった。ボスも頭を下げて大人しくしている。


 リスは悟った。以前の生活には戻れない。強さも賢さも一線を越えると仲間にとっても脅威でしかない。自分がいることで仲間達は怯えながら暮らし続けることになってしまうと。だから仲間の傷が癒えるのを確認してから群を去り、別の森で一匹で生きていくことにした。


 余談ではあるが、リスがいた群はその後再びボスが群を率いた。強い魔物に数を減らされたこともあるが、比較的に平穏な生活を送り何世代にも渡って繫栄することになる。


 そして群れから離れたリスだが、一匹で生きていくことに問題は無かった。自身の強さを確認できたことで安全も確保され、食料も大量に手に入るようになった。新たにすみ始めた森は強い魔物が多くいたが、以前より生活の質は格段に上がっていた。ただ満たされない何かが存在していた。気が付くと目から涙がもぼれていた。何かを満たすために食事に没頭するようになった。


 新しい生活を寂しく送っていると、以前群を襲った三つ首の犬を再び見かけた。それも集団でだ。犬達は森を蹂躙しながら獲物を貪っていた。リスはその光景を見てキレた。また俺の住処を奪うつもりかと。そこから先はリスに記憶がない。気が付くと犬達と森がキレイになくなっていた。そして自身が今までよりも力に溢れている感覚があった。よく分からないが、森が無くなってしまったので別の場所へと移動した。


 そんなある日の事だった。一人の男がのんきに食事をしているのが目に入った。そしてその食べている物に興味が引かれた。今まで見た事も食べた事もないような物だったからだ。だからつい手が伸びてしまった。男が違う方向を見ている隙に少しいただくつもりだった。だけども思った以上に美味しくてそのまま食べ続けてしまった。


 食べている物にスッと箸が伸びてきたので弾いてしまったのは少しだけ悪いと思っている。男は驚いた表情で見てきたが、それでも手は止まらなかった。


 すると男は別の食べ物を取り出して、目の前で食べ始める。驚いて声が出てしまったが、それでも男と見つめあったまま食事を続けた。食事は普通に美味しいのだが、一匹じゃない食事は久しぶりで心地が良かった。男は食べ終わると色のついた水を美味しそうに飲み始めたので、つい『頂戴』と手を伸ばしてしまった。


 男は笑いながら渡してきた、飲んでみると美味しくて何度もお代わりをしてしまった。さらに男は先ほど食べていた物を取り出して分け与えてくれた。


 嬉しくなり男の側で食事を続けることにした。たまに頭を撫でてきたりして、少しだけ仲間といた時の事を思い出した。今まで満たされなかった物が満たされ始めたのを感じていた。


 食事を終えると、もう少しだけ一緒にいたいと思い肩に登る。男に「一緒に行くか?」と聞かれたので付いていくことにした。すると名前が欲しくなった。他の誰でもない自分だけの名前が欲しいと。


 男は察しが悪く中々意図が伝わらなかったが、ベルという素晴らしい名前をくれた。その瞬間にベルとして新しい生を受けた気がした。勿論仲間達の事は今でも大切だが、この男ジュンの相棒として一緒に進んでいこうと決めたのだ。


 ジュンは森を出ようとしていたので案内することにした。魔物をを避けていたのだが油断から囲まれてしまった。ジュンを無事に森から出すために、躊躇いもなく魔法を使用する。仲間達の怯えた顔が頭を過ったが、ジュンが驚いた表情だけで、嫌ったり怯えていない事にホッと安心する。だがジュンの戦い方がえげつないと思い若干引いてしまった。


 戦いが終わると休むために不思議な空間に連れていかれた。突然の出来事で固まってしまったが、不思議な空間の中は居心地が良かった。温泉という楽しく体の汚れを落とせる場所に、フカフカの寝床などがあり今までの常識を覆された。何よりジュンの出すご飯が美味しくて最高の気分だった。


 そして数日間ジュンと暮らしていると新しい出会いがあった。天狸との出会いだ。ベルは自分とは正反対の存在に最初は警戒をしていた。だが、泣きながら走ってくる姿に毒気を抜かれてしまった。仲間になる事が決まると弟分と認識し守り鍛えてやろうと心に決めた。


 その後も色々あったが充実した毎日を過ごしていた。新しくガンツ・クロス・バーン・パッチという知り合いもできた。薬屋のお婆さんやギルドの人達も良くしてくれた。不思議な力を持つ苗木を見つけた時は絶対に手に入れたいとも思った。


 だけど絶対に許せない存在もいる。アンリと呼ばれていた精霊だ。ジュンを攻撃しようとしたからではない。殺そうとしたからだ。実際に死ぬかどうかは別として明らかな殺意を感じた。それ以降あの集団はベルの中で敵として位置づけられている。ジュンの許可が出たりジュンがどうしようもなくなれば遠慮なく命を奪いに行くつもりだった。


 そして自分たちの旅にもう一人加わった。シェリルという女性だ。呪いを受けているらしいが誰もそんな事は気にしていなかった。むしろさらに楽しくなった感じがした。新しい場所へと冒険に行くようだが楽しみでしかない。ただ相棒や仲間達に危険が及ぶようならば、自分が全てを打ち砕いてやると心に決めた。面白い相棒のジュンと甘えん坊な弟分のコタロウと新しい仲間のシェリルと一緒に洞窟へと進んでいく。


―コタロウ


 魔狸と呼ばれる魔物の群に仔狸達が産まれた。その仔狸の内の一匹は異質だった。外見の違いは無いのだが光り輝いていた。自分達とは違う存在に群の大人たちはこの仔狸を置いていくことに決めたのだ。


 そのため仔狸は気が付くと一匹で生活していた。産まれてすぐに捨てられたために何も覚えていなかった。生き残れたのは潜在能力の高さと運が良かったからだ。だが一匹で生きるのは寂しくて辛かった。だから仔狸は仲間を家族を求め続けた。


 自分と似た種族を見かけると『仲間に入れて』と近づいて行った。だが仔狸を迎え入れてくれる群はいなかった。むしろ敵を見る目で見られ攻撃をされたこともあった。仔狸は泣きながら逃げ続けた。


 仔狸は毎日を寂しく過ごした。食事も一人、寝るのも一人。お腹が一杯という感覚も満足な睡眠と言う感覚も知らずに過ごし続けた。徐々に仔狸は弱っていった。


 そんな生活が続いていたある日の事だった。食料が見つからず空腹に襲われていた。警戒も緩んでしまい魔物の群に見つかってしまった。戦う余裕もなく殺されると思い仔狸は走った。『助けて』と叫びながら。


 森を抜けると人間とリスが目に入った。最後の望みをかけて人間の足にしがみついて『助けて』とお願いした。人間はすぐに魔物をやっつけてくれたけど、倒し方が怖くて自分も同じ目に合うんじゃないかと思ってしまった。そんな不安はリスの魔物が取り除いてくれた。


 魔物が消えたところで『ありがとう』とお辞儀をした。色々聞かれたので自分の生い立ちを話した。人間とリスの仲間が何か話をしているのを眺めていると、安心したからかお腹が鳴ってしまった。


 お腹を押さえていると、人間がご飯を渡してくれた。人から物を貰ったことが嬉しくて、人間とリスの隣に座りご飯を頂いた。ご飯はとても美味しかったが、二人も一緒に食べ始めたのがさらに嬉しくて幸せだった。


 だけど時間は無常に過ぎていく。食事が終わると二人はどこかに行ってしまうようだった。仔狸は『一緒にいたい』と言いたかったが、今までの記憶が頭によぎり一声鳴く事しかできなかった。


 すると人間とリスは顔を見合わせて仔狸を誘ってきた。仔狸は言葉にできないくらい嬉しかった。全身で喜びを表現していると呼吸が上手くできず倒れてしまった。いきなり心配をかけてしまったが、人間モリスも自分を置いていくことなく心配してくれた。そして優しく抱き上げてくれた。仔狸は二人が家族だと感じた。人間の男が父、リスの魔物が兄だと。種族の違いなどはどうでもよかった。


 腕の中は心地が良かった。さらにコタロウと自分の名前を付けてもらった。名前を付けられると頭がスッキリするような不思議な感覚に襲われた。それでも嫌な気はしなかった。


 落ち着いたところで不思議な場所に連れていかれた。大きな建物とキレイな花びらが舞っていた。建物の中も温泉という楽しい場所があったり、知らない遊びをしたりフカフカの寝床があって気持ちが良かった。


 寝るときは父と兄と一緒でとても安心した。しかし、夜目が覚めると隣にいたはずの父がいなかった。自分は捨てられたとコタロウは思ってしまった。さっきまで気持ちが良かったフカフカの寝床が、今は冷たく感じてしまう。溢れてくる涙が止まらなかった。


 すると自分を心配した兄が声をかけてきた。兄がいたことに安心したが、父がいなくなった不安を兄に話した。すると兄は父の場所に連れていくと言ってくれた。自分より小さい兄だがとても頼りになった。


 温泉に向かうと父が一人で入っていた。つい『置いて行かないでよ』と強く言ってしまったし、兄も『書き置きでもして行け』と怒ってくれた。その日から父は夜に温泉や他の場所に行くときは紙に書くようになった。


 家族との生活は楽しかった。毎日美味しいご飯に温かい温泉にも入れた。楽しい人たちとも知り合えて充実した生活だった。訓練はちょっと辛いけれど、父や兄にの役に立つために頑張っていた。


 ある日、周りの人たちが慌てだして馬車に乗ってどこかに向かうことになった。コタロウは馬車の景色が新鮮で楽しく感じていた。しかし、乗り合わせた人達が父や自分達をバカにし始めた。悲しかったが、父が家族だとハッキリ言ってくれたことは嬉しかった。


 バカにした人たちは馬車が止まるとどこかに行った。お昼ご飯を貰ったが、馬車の中で一人で食事をしている人が目に入った。コタロウは昔の自分を思い出して『一緒に食べよう』と言いながらご飯を差し出した。美味しいと言ってくれたのが嬉しかった。


 それから女性も一緒にいることが多くなった。女性はコタロウをよく膝に乗せたり撫でてくれた。コタロウは何時しか女性に母を重ねていた。母はとても暖かかった。一緒に寝るといい匂いもした。父がいて母がいて兄がいるこの生活が何より大切だった。


 だから母のために洞窟の中に入るのは怖くは無かった。父と兄と一緒に母のための頑張ろうと思い洞窟の中に進んでいく。


―シャイニー


 突然の話だがシャイニーはジュンと同じく転生者だ。ジュンとは違うタイミングでこの世界に転生していた。


 地球での彼は目立たないがどこにでもいる普通の男性だった。学生時代のクラスメートに彼の事を聞けば「真面目だった」という言葉が必ず入るだろう。


 実際彼は真面目に過ごしてきた。容姿は人並みで規則を守り勉強も運動そこそこできた。ただ、一流大学や全国大会に行けるほど優れている訳でもない。


 就職しても同じだった。ミスは少ないが目立った功績も無い。上司に都合よくつかわれている感じだ。


 そんな彼だったが転生して生活が一変した。類い稀な才能を持って彼はシャイニーとして生まれ育ったからだ。


 顔とスタイルが良く、魔法・武術・勉強にも優れていた。彼の周りにはいつも人が集まり、彼を讃えていた。


 初めは優秀なだけであったが誰も彼を怒らず否定せず、神の子のように扱ってきたため彼は狂っていった。


 自分が褒められるのが当たり前、中心なのが当たり前。行動すれば成功につながり話す言葉はいつも正しい。そんな歪んだ妄想に捕らわれていった。


 キレイごとを話すが行動は伴わず、自分がいかに活躍するかが大事になっていた。自分のための村づくりをしていたので、冒険者の登録は十八歳になってからだったが、才能ある仲間と共に順風満帆に活動していた。


 タカミの街で自分たちの噂が広がり始め喜んでいた。だが別の新人冒険者の噂が広がっているのが気に食わなかった。機会があれば潰してやろうと内心思っていた。


 そして自分の実力を知らしめるチャンスが回ってきた。緊急依頼のゴブリン討伐だ。華々しく活躍して一気にランクを上げようと狙っていた。


 しかし、それはジュンという冒険者に邪魔された。いや、キングやセージは自分たちが倒したのだが恥をかかされた。軽く力の差を見せつけてやろうと考えていたが、悪臭を嗅がされて溺れさせられた。


 街に戻った後も苛立ちは収まらなかった。ギルドマスターに連絡を入れて処分しようとしたが、ボイスレコーダーを使用された。コイツも転生者かとシャイニーは思った。


 だがそんなのはどうでもいい。自分の邪魔をするなら消すだけだ。伝手を使って監視させた。見失う事はあるが、向かう先は把握できた。街の近くのダンジョンだ。


 ダンジョンの中まで追おうかと考えたがそれは止めた。勝手に死ぬ可能性もあるからだ。この手で殺してやりたい気持ちはあるが、現状を改善する方が優先だ。アイツがダンジョンで死ぬならそれでよし、無事に出てきたら地獄を見せればいいと思い行動を開始する。


―シェリル


 シェリルは王都のスラム出身だ。小さい頃はぼろ布のような服を着てゴミ箱から漁ったような食べ物でその日を暮らしていた。生きるためには騙したり盗みくらいなら普通にやった。だが幸運にも才能に恵まれた。成長と共に魔物を倒して生計を立てることができた。


 十二歳になり冒険者登録を済ませると、男三人女三人の近い年の者達でパーティーを組んだ。一人で過ごすことが多かったシェリルにとっては新鮮な体験だった。最初の頃は協力し合い楽しかったのだが、慣れ始めてくると徐々に雰囲気が変わってきた。


 まずは男達に食事に誘われることが増えた。断ってもしつこい上に女達から嫉妬を受けてしまう。雰囲気は悪くなり、程なくパーティーは解散となった。その後もいくつかパーティーを体験したがどこも同じような感じだった。


 シェリルはパーティーを組むのを止めた。周りからは「お高い女」などと言われて壁ができていた。だが一人でも問題が無かった。十五歳になるとBランクに上がった。再び周囲からパーティーの誘いが増えたが断り続けた。だが十八歳でAランクに上がった時には依頼の難易度が上がった事も考慮して、前々から誘われていた王都で一番のクラン“金色(こんじき)の竜牙”に入団した。


 “金色の竜牙”のリーダーのガローゾはAランクでもトップクラスの実力を持っており自信に満ち溢れた男だった。優しく声をかけてくれるが、シェリルは好ましく思っていなかった。自分以外を下に見ている目をしていたからだ。彼にとっては誰もが道具でしかないのだろう。


 “金色の竜牙”での生活は思った以上に窮屈だった。依頼料は一度リーダーが集めて給料制で配分される。それはまだいいが、装備を自分で買っても何故かクランで管理されてしまう。


 さらに男達からの誘いや女の嫉妬も健在だ。実力がありプライドが高くなっている分余計に質が悪い。ガローゾも例外ではなかった。男性冒険者は女癖や酒癖が、女性冒険者は装飾品などへの浪費癖が悪いとシェリルは思った。


 癒しを求めて小動物系の従魔が欲しくなったが、役に立たないと却下されストレスだけが溜まっていった。そもそも相性が悪いのか契約を結ぶことができなかった。


 そんなある日、依頼で王都から離れた村に向かった。村は特別栄えているわけではないが、気のいい人間が多くおり過ごしやすい場所だった。さらには温泉が湧いておりのんびりと羽を伸ばすことができた。


 そして依頼が終わって宿で休んでいるときの事だった。邪竜が村に襲来したのだ。急な事だが黙って見ている訳にはいかず、ガローゾの指示のもとで討伐に当たる。


 邪竜は高い回復能力と強靭な体を持っていたためダメージが中々溜まらない。だがその高い能力を過信して攻撃を避けようともしない。時間がかかったが追いつめることに成功した。そしてガローゾがとどめを刺した。その瞬間に邪竜の呪いが無差別に周囲を襲う。呪いは逃げ遅れ隠れていた人の方に向かっていった。シェリルはその人たちを庇った。防御魔法を展開したのだが呪いはそれを打ち破ってきた。それから顔や体に黒い痣ができ魔法がほとんど使えなくなった。


 一応クランでも解呪アイテムを使用してくれたが効果は無かった。高位の神官も来たが無意味だった。むしろ、邪竜の呪いを解呪する手段は無いと言われた。呪いが解けないと分かると“金色の竜牙”はシェリルを放り出した。装備もお金も没収された。シェリルは隠し持っていた装備やお金があったが、解呪アイテムの購入で大半が消えてしまった。


 “金色の竜牙”を抜けたシェリルに周りは追い打ちをかける。蔑む視線や嘲笑、「もう男に媚びれない顔ね」「お高くとまっているから見捨てられたんだ」「嫌いだったんだよね」などの声が聞こえ始めた。


 王都は住みづらくなったので冒険者が集まるタカミの街へと移動した。だが一部の冒険者はシェリルの事を知っているようで、噂はすぐに広まった。近づく存在は最低限しかいなかった。


 住居も広い一軒家からボロイ宿に変わった。それでも小さい頃よりはマシだと感じていた。


 解呪の手掛かりが掴めないまま時間だけが経過する。表情に出してはいなかったが不安と絶望で泣き叫びたかった。二十歳を超えてからは、たまに飲む酒で現実逃避をしていた。

 

 だが転機は訪れた。新人冒険者のジュンとその従魔のベルとコタロウの存在だ。


 初めは特に興味が無かった。狩の上手い新人冒険者がいるくらいにしか聞いていなかった。だが、サンドイッチや“光の剣”との決闘から徐々に興味を持ち始めた。特に戦い方は“金色の竜牙”でも見た事が無く笑ってしまうほどだった。


 それから依頼中はジュンたちと行動を共にすることが多かった。遠征中は食事の質が落ちることが普通なのだが、ジュンの出す食事はどれも美味しくシェリルは幸福を感じていた。


 ジュンの態度は下心が無いとは言わないが自然体で接してくれるので気が楽だった。それにベルとコタロウと言う可愛らしい従魔の存在が気に入った。ベルは最後にはジュンの側に戻るが、コタロウはシェリルにとても懐いていたので喜んでいた。


 そしてゴブリンの討伐が始まった。魔剣や魔槍を持つ黒いゴブリンが現れるというイレギュラーな事態に見舞われた。碌な魔法や装備も無く、流石にキツイと思ったのだがジュンが装備を貸してくれた。


 ハッキリ言って一級品の装備ばかりだった。特に不死鳥のドレスはシェリルにとってありがたい効果を持っていた。呪いへの耐性が強く久しぶりに魔法を使って戦うことができた。


 その日のうちにゴブリンキングは討伐でき、翌日は森の探索になった。そこでホワイトコングに解呪の手掛かりと余命を聞けたのは幸運だった。


 街に戻るときの馬車でジュンはシェリルに装備を譲ると言ってくれた。ありがたい申し出だったが、見返りを払えないため最初は断っていた。だけどもベルやコタロウも勧めてきたので最後には受け取ってしまった。


 訓練に付き合う約束をしたがそれだけでは返せない恩がどんどん溜まっていく。きちんと恩を返せるか不安だった。


 街に戻ると“光の剣”やギルドとのトラブルがあり、ジュンの秘密を知った。渡り人という事にも驚きだったが、それよりも隠れ家・温泉・通販・ガチャなどの存在の方が大きかった。そして一緒にダンジョンに向かうと言ってくれた時は内心ありがたかった。


 どんどんジュン達の存在がシェリルの中で大きくなっていた。この時間をもっと過ごしたいと思った。呪いを解きこのメンバーで旅をするのも面白いと思いながらダンジョンへと進んでいく。

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