ホワイトコング
森から出てキャンプ地に戻ると、俺とシェリルは“歴戦の斧”を始めとしたリーダー格の冒険者とギルド職員に黒いゴブリンの事を報告している。
「そんなゴブリンがいたのか。本当ならキング以上の脅威だな」
ディランさんは腕を組みながら悩んでいる。
「お前らが噓を言うとは思えないが信じられねえな。変異種にしてもおかしすぎる。能力が高すぎないか」
「私も信憑性を疑いますね。点数稼ぎにありもしない功績を主張する方もいますからね」
ナイルさんとリアネは懐疑的だが言い方は全然違う。ナイルさんは今までの経験から考えているようだが、リアネは俺に対する恨みが絶対にこもっている。
「他の冒険者にも聞いた方が良いんじゃないか。今回の規模なら変異種などがいなかったか聞くのも変じゃないしな。少しでも情報がった方が良い」
ギガンストさんの意見に周りの人たちが頷いた。まあ俺としてはどっちに転んでも報告はしたからどうでもいいしな。やる事はやったはずだ。
「報告ありがとうな。後はこっちで調査させてもらうぞ」
とりあえず報告を終えたので自分のテントへと向かう。
「貴様のテントはあそこか?」
「ああ、ちょっと違うから分かりやすいだろう」
「それなら水浴びをしてから向かうから待っていてくれ。さすがに汚れたまま行くわけにはいかないからな」
「体をキレイにするだけならこんなアイテムがあるが」
清潔の指輪を取り出して魔力を込める。
するとシェリルは自分の体を確認して感心したように声を上げた。
「ほう、こんなアイテム持っているのか。確かに汗や汚れが落ちた感じがするな。野営には便利だな」
「まあ水浴びとかの方が気持ちはいいけどな」
「確かにな。私も可能なら温泉にでも浸かりたいからな。独特の匂いはあるが気持ちが良い。温泉地の依頼は報酬が安くてもよく行ったものだ」
「いいよな温泉。入った後に美味い飯と酒とか最高だよな」
シェリルと温泉の話で盛り上がっているといつの間にかテントについていた。
俺達がテントに戻るとベルとコタロウがゴロゴロしている。
この緩い雰囲気がとてもほっとする。
「これが貴様のテントなのか。中々の広さだな。布団も上質みたいだしな」
「寝具は良い物が欲しかったんだよ。睡眠は大事だからな。それより飯にはまだ早いから少し時間を潰さないか?」
「何かあるのか?」
適当にボードゲーム・トランプ・ウノを取り出す。本当は四人揃ったから麻雀とかもいいんだけど、ルール説明が上手くできる自信が無いから止めておこう。
いつもはいないシェリルも入っての遊びなので、ベル達も新鮮なのか楽しんでいた。ただ、この手の勝負は見かけ通り強くほとんどの勝負で一位を取っていた。
そのためいつも勝っていたベルが何度もシェリルに再戦を申し込む珍しい光景を見ることができた。
「久しぶりに遊んだが中々楽しかったぞ」
一段落した俺達は休憩中だ。ベルもコタロウもシェリルに撫でられながらまったりとしている。
「それじゃあ、そろそろ飯にするか」
俺はみんなの前にソースの入った皿を出し、中央に大量の串揚げを出した。串揚げの具材は牛・豚・エビ・ホタテ・ウズラの卵・野菜など様々な物を準備した。
熱々の串揚げにたっぷりのソースをつけていただく。やっぱり酒が欲しくなるな。
揚げ物を食べても胃がもたれる事もなくなったし本当にいいな。
皆の顔を見ると満足しているようで安心した。
「少々重いがこれは確かに美味いな。色んな具材がで飽きないしな。依頼中じゃなければ飲んでいた所だな」
「キュキュ♪」
「たぬー♪」
「食後には甘い物もあるからな。限界まで食いすぎるなよ」
「それは楽しみだ」
和やかに食事は進んでいく。
時々コタロウの口周りに着いたソースをシェリルがふき取っている。親子みたいに見えてしまった。
「明日は何をするんだろうな?」
「あと二日ほどは周辺の散策だろうな。明日の結果次第では順次帰っていく冒険者は出ると思うがな」
「そうか。黒いゴブリンは出ないといいけど」
「実力はともかく能力はとんでもないからな。だが貴様はゴブリンよりも“光の剣”に気を付けた方が良いかもな」
「絶対恨んでいるよな」
リーダーのシャイニーと従魔のアンリに勝ち、“光の剣”全員に悪臭玉を使う。そして金貨三枚を頂く予定だ。うん。いい感情は持たれないな。アークフットあたりが闇討ちしてきてもおかしくないと思う。
「だろうな。貴様は面子をかなり潰していたからな」
「面倒だな。街に戻ったら今後の事も考えないとな」
タカミの街に不満は無いが、"光の剣"が拠点にするなら問題がある。アイツらがクランの人数を増やして幅を利かせると、俺の活動に支障が出るかもしれない。それなら別の街で生活した方がいいに決まっている。
幸い隠れ家と通販があるから住むところも食べるものも困らないしな。
「貴様がどんな選択をするかは知らんが、後悔はするなよ」
「そうだな。よし!辛気臭い話は終わりにして、そろそろ甘い物を食べるか」
デザートにはプリンを用意した。コンビニで売っているようなパフェっぽい感じの物で、量も多く中々食べごたえがある。
「たぬ///」
一番プリンを気に入ったのはコタロウだった。プリンをつついて遊びながらも幸せそうに口に運んでいた。
「満足したぞ」
「それなら良かったよ」
食べ終わったのでシェリルは自分のテントへと戻っていった。すると俺も今日の疲れが一気にきたようで、布団に入るとすぐに眠ってしまった。
―翌日
「もう朝か」
日差しを感じて目が覚めた。体を軽くほぐして状態を確認するが、問題はないようだった。
ベルとコタロウはまだ眠っているので、起こさないように外に出る。
「あれ?バーンさん。おはようございます」
「おう、ジュンか。おはよう」
外には散歩しているバーンさんがいた。俺の中では三人一組のイメージが強いので、一人でいるのは珍しく感じた。
「散歩ですか」
「まあな。今日も森の中だろうから、ちょっと体を動かしてんだよ」
「明日には終わらせて街に戻りたいですね」
「そうだな。ゴブリンじゃ防具の素材にできないし、早く終わらせたいぜ」
「そうなるように今日も頑張りますか」
「無理はすんなよ。…ああ、そういえばよ。"光の剣"が色んな冒険者をクランに誘っているぜ。殆んど相手にされてはいなかったが、何人かは誘いに乗っていたぜ」
素行の悪い冒険者を引き入れて、俺に絡んでこない事を願いたい。
「バーンさん達も誘われたんですか?」
「誘われたぜ。ガンツも誘われたが、全員断っているから安心しな。アイツら俺達をいいように使おうと考えているんだぜ。好きなように生きたいんだよこっちは」
「それでも入る人はいるんですね」
「不思議な程金払いは良さそうなんだよ。支援している奴がいるんじゃねえか?装備だけならかなりレアだぜ。特にリーダーのシャイニーの武器は聖剣の類だぞ。防具も竜や祝福を受けた素材で作られているな。それに、トラブルが多いんだが堪えている様子もないしな」
アイツらの装備の良さにも驚きだけど、見抜いているバーンさんにも驚きだ。俺には冒険者の装備の違いなんて全く分からないのに。
「まあ、装備だけ良くても意味がないけどな。お前も装備に見合う実力をつけろよ。それじゃあな」
「精進しますよ。ではまた」
バーンさんと別れたのでテントへと戻る。
丁度ベル達が起きたところだった。眠そうな目を擦りながら、近づいてくる。
「おはよう。今飯にするからな」
朝食は何にするか迷っていたが、ふと目に入った焼きそばパンを購入した。部活の昼飯や帰りによく食べていたけど、社会人以降は食べた記憶がないので懐かしかった。
朝食を食べていると外から声が聞こえる。ギルド職員のようだな。
「ギルドのテント近くで今日の振り分けを発表しています。テントまで来て確認して下さい」
今日の仕事の振り分けか。昨日の死傷者を確認して、振り分けを考えたりと大変だったろうな。
「ベル、コタロウ出かけるぞ」
食べ終わったのを確認してギルドのテントへと向かう。すでに大勢の冒険者が来ており時間がかかりそうだった。
「大人しく並ぶしかないよな」
仕方がないので列へと並ぶ。並んだ列によって進みが違うのは、職員の能力の差なのだろう。俺は運良く進みの早い列に並んでいたようだ。
「あ、ジュンさん。おはようございます。え~とジュンさんは昨日の集合場所の周辺ですね。生き残りのゴブリンの討伐・ゴブリンの住処の捜索・ハンマーコングの捜索です。シェリルさんとペアを組んで散策をお願いします。シェリルさんはあちらにいますので、お二人の準備ができ次第向かってください」
俺の並んでいる列の職員はメリルさんだった。互いに仕事が忙しいので挨拶もそこそこにシェリルの元へ向かう。
「おはよう。今日もよろしくな」
「ああ、おはよう。しかし今日も貴様と一緒なのか」
「互いに組む相手が難しいと思われているんじゃないか?」
俺は"光の剣"と問題を起こし、シェリルは元は高位の冒険者だが呪い持ちで距離を置かれている。そんな奴等と問題なく組める人は限られてしまうからな。
「まあいいか。貴様なら他の奴等のように気を使う必要もないしな」
「シェリルが気を使っていた事に驚きだ」
「失礼な男だな。そんな事にも気がつかないようでは女にモテないぞ」
「…ヤバい言い返せない」
「本当にモテなかったのか。これは悪いことを言ったな。すまない」
「いや、そんな申し訳なさそうな顔で謝るなよ」
「冗談だ。だが貴様が失礼な事を言うからだぞ」
「ハイハイ悪かったよ」
「うむ、貴様には借りもあるし許してやる」
互いに笑ってしまう。
「しかし貴様には何か礼をせんとな。装備も借りているからな。何か望みはないのか?」
望みか。あんまり無いんだよな。強いていうなら強さだけど、望んで手に入る物じゃないし…あ、そうだ。
「それなら今度手合わせと助言をしてくれないか」
「そんな事でいいのか?」
「ああ。自分の長所と短所を把握したいからな。シェリルなら忌憚のない意見をくれそうだしな」
「では街に戻ったら鍛えてやるから覚悟しておくのだな」
「お手柔らかに」
特に準備も必要ないので、すぐに森へと向かう。昨日はゴブリンを見かけたが、今日はまだ見かけていない。
「大規模な討伐ってもっと時間がかかると思ったけど案外早く終わるんだな」
「場合によるぞ。ゴブリンは上位種でもそこまで強くないから一気に仕掛けたが、魔物によっては長期戦もあり得るぞ。またゴブリンでも人を捕まえている場合は慎重に動くために時間がかかるな」
「なら今回は運がいいのか」
「そうだな。他には決着は早いが被害が大きいのはスタンビートだな。形振り構わず襲ってくるから始末が悪い」
「経験があるのか」
「…まあな。腕利きも多くいたが、全て退治する頃には村が一つ無くなったよ。死傷者も少なくないな。それでもマシな方だったようだが」
漫画だと上手く退治できるけど世の中そんなに甘くはないか。
「広域魔法で一撃とはいかないか」
「スタンビートはバラバラに向かってくるからな。全てカバーする魔法など使える者などそうそういないな」
「その言い方だとできる奴はいるのか」
「Sランクや勇者や魔王と呼ばれるものだな」
勇者と魔王もいるのか。…あの黒いゴブリンって魔王関係とかじゃないよな。魔王なんて関わりたくないぞ。
「そいつらって居場所分かるのか?」
「興味があるのか?Sランクの者は旅をしているから居場所は特定できないが、勇者は聖王国で魔王は魔国にいるな」
俺とシェリルは話をしながらも周囲の散策を続けていた。
特に変なゴブリンを見かける事もなく、たまに出てくる普通のゴブリンを倒していた。
「ゴブリンはこの辺にはいなくなったが、ハンマーコングも住処も見つからないな」
「そうだな。セージがいたから村以外にもゴブリンキング達が住む洞窟くらいはあるはずなんだがな」
見つからないまま歩き続けるが、川辺に着いた時に側にあった岩に違和感を感じた。
「何かあの岩変じゃないか?」
俺が岩に触れると「パリンッ」と音が聞こえ、今まで見えなかった洞窟が現れた。
それと同時に洞窟の中から沢山の生き物の気配を感じた。
「結界や幻術だな。中に生き物がいるみたいだな。進むぞ」
「連絡はしなくていいのか」
「中を確認してからだ」
洞窟に入ると再び入口は閉じてしまった。中は魔法による明かりがついていたので暗くは無かった。道も整備されて歩きやすい。
「一応警戒しておけよ。そろそろ着くぞ」
広い場所に着くとそこにはゴリラ達がいた。これがハンマーコングなのだろう。
俺は数の多さに驚いて武器に手をかけそうになったが、それをシェリルが止めた。実際ハンマーコングは俺達を見ているが襲ってくる気配がない。
「外にいたのはお主等じゃな。ゴブリン共から逃げてきたのか?」
俺達に話しかけてきたのは白いゴリラだった。その白いゴリラにシェリルは外で何があったのかを説明する。
「その話が本当なら嬉しい事じゃ。じゃが、すぐには信用できんから確かめさせてもらう。スマンが少し待っていてくれ」
白いゴリラは話を聞くと何体かのハンマーコングに指示を出して偵察に向かわせた。
「キュキュー♪」
「たぬ~♪」
「「「ウホホ♪」」」
待っているのが退屈だったようでベル達とハンマーコングの子供達は仲良く遊んでいた。こうして見ると、無害な魔物もいるんだなとしみじみ思ってしまう。
「ところでシェリル。あの白いゴリラもハンマーコングなのか?」
「一応そうなのだがホワイトコングと呼ばれるな。百年以上生きた個体が進化するらしい。腕力は落ちるが知能がさらに高まり魔法が使えるようになる。結界と幻術はあのホワイトコングが掛けたのだろう」
そんな話をしていると、偵察に向かったハンマーコングが戻ってきてホワイトコングに何かを伝えていた。
「お主等の話は本当のようじゃな。代表して礼を言わせてもらう。黒いゴブリンやキングゴブリンのせいで我等は逃げるしかなかった。仲間も犠牲になってしまった」
そう言って頭を下げると、ハンマーコング達も俺達に向かって頭を下げた。
「おかげで森へ戻れる。我等は再び森の安定に尽力しよう」
ハンマーコングの集団は入口へと向かっていった。子供達も手を振りながら大人について行く。ベルも楽しそうに手を振っていたが、コタロウが悲しそうにしているのがちょっと気になった。
別れるのが寂しいだけじゃない気がするんだよな。
「さて、お主等には礼をせんとな」
出ていくハンマーコングを見ているとホワイトコングに声をかけられた。
「何か望みは無いかの?」
「ならば聞くが邪竜の呪いの解き方を知らないか」
「邪竜?…ああ呪怨竜の事じゃな」
「呪怨竜?」
「いや、何でもない」
ホワイトコングの雰囲気が変わった気がした。
「方法は一つ。邪竜を倒すことじゃな」
「私は倒した後に呪われたんだが」
シェリルは疑いの視線を向け始めている。
気持ちはすごく分かるな。
「残念じゃがお主が倒したのは分身じゃ。分身は倒されると周りに呪いを振り撒くのじゃよ。さらに言うと、世界各地に現れる邪竜は全て分身じゃな」
思いがけない話に俺もシェリルも固まっている。
何でそんな事を知っているんだ?
「本体がどこにいるか分かるか?」
「竜の巣におるはずじゃ」
「竜の巣?」
俺の疑問にシェリルが答えてくれる。
「竜の巣は街近くのダンジョンの七十一階から八十階層の事だ。最も七十八階までしか調べられていないがな」
「すまんのう。この程度の事しかわからぬ」
「いや礼を言う。目的地が定まっただけで収穫だ」
「それならいいのじゃがな。それとお主の体は見た目よりもボロボロになっておるぞ。呪いへの耐性は勿論じゃが、身体的にも精神的にもしっかり休める環境が必要じゃぞ。酷な事を言うが今のままだと一年もたんぞ」
ホワイトコングの言葉にシェリルは笑っていた。
「思ったより時間があるな。それだけあれば十分だ。情報感謝するぞ」
そう言ってシェリルは洞窟の出口へと向かって行く。
追いかけようとするとホワイトコングから声をかけられる。
「お主は何か無いのか」
本音を言えば俺の正体が知りたい。人間?の記載が気になるんだよな。でも今はシェリルを追いかけた方が良い気がするしな。
「今は何も無いから大丈夫だ。ただ、俺の従魔が遊ぶのが楽しかったようだから、また遊びに来てもいいか?」
「勿論じゃ。お主等が来たら使いの者を送ろう。それとお主達が邪竜と対峙するなら希望を捨ててはいかんぞ」
ホワイトコングは神妙な面持ちをする。
少し気になったが俺は一礼してからシェリルの元へと向かった。
その後は会話もなく報告のために戻る事にした。