クマの人形
三題噺もどき―きゅうじゅういち。
お題:人形・悪魔・時計
時計の針が丁度真上をさした頃。
私は一人、寝室を抜け出す。
「……」
その手の中には、可愛いクマの人形。
私の、一番のおきにいりだ。
今よりもっと幼い頃―まだ三人で出かけることがあったあの頃―出先でこのクマの人形を見つけた。
ほとんど一目惚れで、このクマを買ってくれとねだった。
今じゃ恥ずかしくて覚えてすらいないが、かなりぐずったらしい。
それに根負けした両親が、初めて買ってくれたのだ。
「……」
ガチャ―というドアノブの音が、いつも以上に大きく聞こえた。
ギぃ。
静かに扉を閉める。
そのまま抜き足差足で、両親にバレないよう、キッチンへと向かう。
早いうちに1人部屋を与えられていてよかったと、初めて思った。
(この時間なら、メイドさん達も居ないはず……)
私は、少し大きめのお屋敷に住んでいる。
そこには、泊まり込みで働いてくれているメイドがいる。
彼女達はかなり遅い時間まで仕事をしているので、なかなかキッチンに忍び込む事が出来ないのだ。
ぺた、、ぺた、、
と、小さな足音が、静かに響く。
「おい、早く行けよ…!」
突然、別の音が混じる。
腕の中のクマの人形が、話し出した。
「うるさい、ちょっと静かにして!」
私は小声で囁く。
私がこんな夜中にキッチンに向かっているのはコイツのせいだ。
私のお気に入りのクマに悪魔が乗り移り、食べ物を食べさせろと言われたためだ。
何でも、神父か何かに追われていたらしい。
匿ってくれと言うことだろう。
(はぁ、こんなのほっとけばいいのに、私も大概よね)
こんなものの手助けをしてどうするのだ。
全く。
「……」
そんなことを思っているとキッチンにたどり着いた。
そこの扉も静かに開け、中に人がいない事を確認する。
するりと、身体を滑り込ませ、何とか入ることに成功した。
「……」
暗がりで周りが見えなかったため電気を付けようとする。
すると、
「付けるな、俺は別に見えてるからいい。」
別にあんたの為じゃないんだけど……。
そうは思ったものの、確かに電気を付けてバレでもしたら全てが水の泡になってしまう。
「分かったよ……それで?何が食べたいの?」
「とりあえず、腹に貯まるもんだな……」
そう言って、私の腕の中から飛び降りる。
はっきりは見えないが、はた目から見れば、クマの人形が歩いているだけだろうから、なんだか可愛らしい姿が想像できた。
実際は、悪魔なのだが。
「ちょ、大丈夫なの?」
「へーきだよ。」
それからガサゴソと音が聞こえた。
「何してるの……?」
「ぁ?めし、食っへぇんの」
口に何かを銜えているのか、入っているのか、モゴモゴと何を言っているのか分からなかった。
その後も、ごそごそかさかさごくごくと、散らかしすぎもよしてほしいと思いながら、食事が終わるのを待った。
「フゥー腹いっぱい。」
どうやらお食事は終わったようだ。
この間に人が来なくてホントに良かった。
「もういいの?」
「もう、充分。これで、いつでも大丈夫だぜ。」
目の前に戻ってきた悪魔は、姿こそクマの人形でしかない。
もこもこの、可愛らしい様相である。
「そう、」
「さぁ、お前は何を俺に祈る。」
「私の両親を……殺して……」