二章
第二章
【魔王】
「おー」「わー」「あァー」「うおァー」
騒がしい。雄叫びに近い声が聞こえる。その声に後押しされたように、アオミは玉座から立ち上がり、目の前に用意した物を一つ一つ手に取る。王冠、剣、杖の順番だった。
アオミは玉座の後ろの扉に向かう。それは城の中庭へと通じていた。扉を開けると先程の歓声が今度は怒濤となって耳をつんざく。バルコニーに立ち下を眺める。その姿を見て場がしずまりかえる。三つの列がある。一つの列にいったい何人並んでいるのだろう。はるか後ろまであるそれは人数をおしはかれない。列の前にはその軍を束ねるリーダーがいる。それは3王と呼ばれる選り抜きの者たちだ。
アオミは、まずは右手の剣を掲げた。歓声が上がる。次に左手の杖を掲げた。軍勢の声が極まった。それを聞いてアオミはいい放つ。
「これよりパンゲア国全土を制圧する」
「魔王様バンザーイ」「魔王様バンザーイ」「魔王様バンザーイ」「魔王様……」
いたるところから声が聞こえて最終的にこだまのようになった。
アオミは開戦の狼煙をあげた。
ふと体の節々(ふしぶし)を見る。髪は赤く、体毛は濃い。両手足にタテューがある。違和感があり、その場所を触る。頭に角があり背中に羽がある。それらを感じて急に我に返る。
(ひー、イ、イヤーァーー!!な、何?何これは?!わたしは、わたしは誰なの?)
「魔王様バンザーイ」「魔王様バンザーイ」「魔王様バンザーイ」
耳を塞ぐ。
「や、やめろ。ち、ちがう。わたしはアオミ。わたしはアオミだ。わたしは人間アオミだーー!!」
【本当の勇者 1】
気づいたらベッドの上で、アオミは一瞬混乱した。
(どうやらわたしはうなされていたらしい。いったいどれくらいうなされていたのか?)
そう思って今度は激しい頭痛がアオミを襲った。こぶしで何度も頭をたたかれるような痛み。何回か続いてようやくおさまった。
アオミの叫びに驚いて女性が入ってきた。
「大丈夫かい?気がついたんだね」
恰幅のよい女性だった。アオミの様子を見て安心したようにいう。
「待ってな。今 白湯を持ってくるからね」
そういってまたドアを閉めて出て行った。アオミは近くの棚の上にたたんで置いてあった衣服を着る。少ししてノックのあと、ドアが開いた。先程の女性だ。ふと後ろに幼児が隠れて二人いた。男の子と女の子だ。こそっとおそるおそる顔を出す。男の子は女性の服のすそをひっぱっていて、もう片方の手の小指を口にくわえている。かわいい。
「あのここは?わたしはいったい」
「平原のど真ん中にいたのを、この子が見つけてね。わたしが急いで駆けつけて介抱したってわけ。この子に感謝すんだよ。あのままじゃあんたのたれ死んでたよ」
と、先程から何度も女の子を指し示す。
「ありがとう」
「どういたちまちて」
「あー、僕も。僕も」
男の子が母をせかす。「そうだね。『シン』もいたもんね」とあやす。
「ありがとう」
アオミはシンと呼ばれる男の子にもいう。
「あら、ありがとね。この子はシン。わたしは『トロン』、そして、この子が……ほら自己紹介しな」
「『ミロ』だよ」
「アオミです」
「アオミちゃんか。あんた大変だったね。気がついてよかったけど」
といわれて、アオミはようやく落ち着きを取り戻す。そして……思い出す。わたしが誰であるかということ。黒騎士との死闘。生まれ故郷のことやみんなのこと。
「あのトロンさん。ここはどこなんですか?」
「ここはね、『ルルア大森林』って呼ばれてるよ。わたしも詳しいことはわからない。何せ。生まれたときから、この場所が生活する場所だから。両親もそのじいちゃんもおばあちゃんもご先祖さまも。この村のもんはみんなそうさ。よかったら、外にでてこらん。そのほうが早いだろう」
アオミは側にかけてあった上着を羽織って外に出る。四方八方見渡す限りの大森林でアオミはその場で呆然とした。先にもその先にもさらにその先にも森しか見えない。北と南にはその最果てに山岳地帯が広がるばかりだ。
(ここはいったいどこなのだ?わたしの生まれ故郷ミセルアルヴューヴェは?)
あとについてきたトロンにその名を出すも知らぬという。
「ここはね。見ての通り森林の中の山村さ。ミセルアルヴューヴェという場所がどこにあるかわたしァ、知らないけどね。間違っても森に入ろうなんてすんじゃないよ。森には狼や山賊がいる。危険な場所なんだ。命がいくつあっても足りないからねっ」
そういってトロンは二人の子どもをうながして家へと向かう。「わたしも」と、ぼそぼそそのあとについていく。