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異世界なんてクソくらえ  作者: 寝返り子猫
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序章


序章



「なあ、エイリ」

「なんだよ、アオミ」

「この世で最強なのはどっちだ」

「剣だ」

「いや魔法だ」

 青い空の太陽はさんさんとして、そのまばゆい光は二人のことを容赦なく照らしている。

 男はエイリ。女はアオミといった。二人とも年の頃なら6歳。幼稚園ないし保育園の年だ。

アオミは、まったく身の丈に合っていない棒切れを手にしてエイリに襲い掛かる。エイリは身構える。こちらも身の丈に合っていないが、エイリの方の棒切れは先が曲線を描いているのが特徴だ。二人の棒切れがぶつかり合ってお互いを応戦した。「ぎしぎし」と音がする。なんだかそれは歯ぎしりに近い。

 きらきらしたまばゆい輝きをその眼に宿してそのままアオミは続ける。

「もし、剣技で基本の構えから、同時に2発、技を放てたらどうだろう?」

「そのときは魔法の負けだろうな……」

 少なからず、エイリが後ずさりしたように見える。

「やっぱり」

 というよりアオミの力が抜けたからだったようだ。

「でもその時は、おれも魔法を同時に2発撃って対抗するよ」

 エイリの手元に力が入った。今度はアオミが後ずさる。

「まさか……」

「いや……そのまさかさ」

 今度はアオミの手元に力が入った。二人の位置は元に戻った。二つの棒切れの「ぎしぎし」は聞こえなかったけれど、今度は応戦に力が加わる。「こいつ本気マジだ」とエイリは思って笑った。

「もしおれが、魔法が勝ったら?」

「そしたら、そしたらね……わたしの初恋あなたにあげる」

「楽しみだな」

 今度はアオミが笑った。

「ああ」

 エイリのその言葉で二人は笑い合った。

「二人ともご飯よ」

 エレンの声だった。二人は声のする方を振り返った。手を振るエレンのほほ笑みを見て、二人は身体の胸の辺りがほんのり暖かくなるのを肌で感じ取った。二人はかけ足でエレンの待つ家路へと向かう。

 太陽は3人の真上にあった。



 エイリは今、「ポアラ」の家で魔法の授業を受けている。ポアラは一人暮らしである。「料理が苦手なポアラに」と、エレンはポアラの家に行くとき、必ず何か料理を持たす。今日は、ちなみに「きんぴらごぼう」と「揚げ出し豆腐」と「なすのおひたし」。エイリにははっきりいってしぶい味で理解できない。これらを、「やったわ。今晩は晩酌がすすむわ」と、いつもにこやかに受け取るポアラを見ると、「ああ、おばさん」と思ってしまう。もちろん口が裂けても本人にはいわないけれど……。でもこのままじゃ、彼氏できないんじゃ、一生結婚できないんじゃ。

「何かいった?エイリ」

「!?っいえ。何も。何もいってません」

「それならいいのですが。はい。おさらいしましょう。大きく分けて魔法の種類とは?」

「攻撃系・回復系・補助系があります」

「そのとおりです。なんだ。ちゃんと先生の話、聞いてるじゃない」

「もちろんです」あぶない。あぶない、とエイリは冷や汗をかく。

「じゃあ、『ミテリ』、『トイン』の効果とは?」

「それは……」エイリは答えられなかった。

「罰として、課題図書を読んでおくこと!」

 厳しい先生からの叱咤がおきた。



「いち、に、さん、し。に、に、さん、し」

 ここは村はずれの平原。アオミがほぼ毎日のように通っている練習場所だ。

端から端へ。ステップを踏みながら、棒切れを上から下へと振り下ろす作業は、もはや「エレン」が来るまでのアオミの日課となっていた。ひたいからしたたり落ちる汗が不快になった頃、ようやくエレンが現れた。

「オッス!」

「オッス!」

 恒例の挨拶を済ます。「一に挨拶。二に挨拶。三、四がなくて五に挨拶。」とはエレンの武道においての格言だ。

 お互いに正面に向き合って、一礼を済ます。

「よくお聞き」

「はい」

 エレンが長髪の前髪をかきあげた。まじめな話をするときのエレンのクセだった。両耳につけたイヤリングが、鮮やかに光る。

「剣技の基本すなわちそれは、三つの構えからなる。上段の構え、中段の構え、下段の構え。この構えなくして、すぐれた技は生まれない。構えを制する者は、剣技を制する。この言葉絶対忘れるんじゃないよッ」

「はい」

 アオミの声に覇気がこもる。気合が入っている証拠だ。

「さらにいえば、上段は下段に勝てないし中段は上段に勝てない。下段は中段に勝てない。このように相性というものがあるんだ。よって相手とのかけ引き。意思のそつうといったものが勝敗を分ける。これはセンスや戦略とも言い換えることもできる」

「はい」

……との声はない。考えるところがあるということだろう。

「精進だよ。アオミ」

「はい」

今度は勢いよく聞こえた。

「よし。まずは基本の構えから。わたしの動きについてきな」


4


 温かい湯気とかぐわしい匂いに誘われて、エイリは呼んでいた本を閉じた。それは魔法の書だった。ポアラから課されている宿題。読んだらレポートを提出しなければならない。だからズルは許されない。

 階下に下りると食堂にはすでに、アオミはいて、エレンの配膳を手伝っていた。

 

誘う~匂いに誘われて~♪さあ、見渡せば~なんとも、カレーのおいしそうなこと~♪

作詞 作曲 エイリ


 エイリは所定の位置のイスに座る。テーブルに対して台所側がエレン。反対側にアオミとエイリ。アオミはエレンの前で。エイリの前は誰もいないけれどイスはある。そのことに初めて気づいたとき、エレンはこういった。

「よくお聞き。私はあなたたちの本当の母ではありません。あなたたちの両親はそれぞれ別にいます。手がかりは何もありません」

 最初は嘘だと思った。アオミなんてそういわれてるのに、「おかあさん」「おかあさん」と毎日いうものだから、そのうちエレンはあきれて、そういわれても無視するようになっていった。それでアオミはようやく、「おかあさん」と呼ぶのをやめた。だからエイリもアオミも「エレン」と呼ぶ。

 最初のうちは信じられなかったエイリも、エレンのそのざんこくともとれる光景を目の当たりにして、だんだん、「なんだかほんとっぽいな」と思えるようになった。こんなにも良くしてくれる人がそうまでして否定するのだから、そうなのだと、心の底から思えるようになった。

(慣れっておそろしい。時間っておそろしい。本当の両親に会いたくないっていったら嘘になる。おれの本当の両親。アオミの本当の両親。……でもエレンとこうやって家族のように過ごしていると、「今はこれでいいかなっ」て思えるようになる。だって本当のおれたちの両親はおれたちと一緒にいることを放棄したのだから。少なくともアオミはおれに、「本当の両親ってどこにいるんだろうねッ」なんていわない。だから今は、この3人の暖かい時間が永遠に続けばいいと心の底から願う。)

「さあ、食べよう、エイリ」

「はやくしてよ、エイリ。アオミもう腹ペコ」

 二人の声を聞き我に帰る。

「いただきます」

 おのおのの、「いただきます」があって、カレーを口に運ぶ。

「エレン、おいしい!」

「そりゃ、どうもありがとう」

 そういうエレンの赤みの差す顔を見て、やはり本当の母のようだと思う。


5


(なんだかすっきりしない天気だなァ)

 この日のことをポアラはそう記憶している。男たちは森に狩りに出ていた。天気が良い日は魚料理。今日のような天気の悪い日は肉料理と、やることは決まっていた。そして女たちは天気が良ければ、掃除に洗濯。今日のような日は、決まって裁縫や調味料の仕込み。子どもたちに勉強を教えたりする。ポアラも、調味料の仕込みをしていた。木の実を砕いて細かくしたり、果実をつぶしてジュースにする。得意なわけではない。裁縫も勉強も苦手なポアラにとって残された選択肢はそれしかなかっただけだ。果実のジュースを1、5リットルの水差しに入れる作業が、10本目にさしかかったところで、外のそうぞうしさとあわただしさで手の動きを止めた。

 外に出て言葉を失った。家々が燃え、逃げ惑う人々がいて、途中で投げやりを背中に刺されて倒れる者がいる。次々に火矢が家屋に投げ込まれ、火事の原因を作る。ことの発端を確かめるために、ポアラは頭上を見上げた。きょうがくして言葉を失った。異形な生物が飛んでいた。

(悪魔だ)

 家に入ってあたふたしながら、頭の脳裏に、エレンたちの姿があった。数少ない装身具と立てかけてある布に包まれた杖を持ち、法衣をまとって、急いでエレンたちのもとに向かう。


6


 動物たちのいない異様な気配に妙な胸騒ぎを感じた「クライン」は、おさの命令を無視して一人急いで村に戻る。走りながら、途中、上空の空がくもって、雨に変わるかという時、無数の影が村に向かって飛び交っていった。

(やはり。間に合え)

そう思って道程を急ぐ。


7


(ついにこの時がきたか!)

 エレンは、目の前の怪物と対峙しながら後ろで服を引っ張る二人の子どもの安否を気づかう。

「我こそは新生魔王軍、『3王』の一人、『鉄仮面』である。光栄に思え、我自らをもってその方らを八つ裂きにいたす」

 エレンは、子どもたちを後方に突き放して、手に持った短剣で鉄仮面に襲い掛かる。さらりと中段の攻撃をかわした鉄仮面。

「『デストハイヤー』」

 上段から重い鉄槌を食らわした。かろうじてよけた……つもりだったのに左腕が砕かれた。

「ぐッ。がはッ」

「いやー!エレン」

「エレン!やめろォー、エレンになにするんだァー」

「来るな、そこでだまって待ってろ。近づいたらもう絶対許さないからな」

 そういってエレンは今にも近づいてこようとする二人を制した。

(このままでは、まずい。せめて二人だけでもなんとか……)

 鉄仮面が近づいてくる。足音が近い。                            「ポアラとクラインはどこです?」

「死んでもいうかーー」

「ならば死ね」

 エレンは短剣を持ち直した。


8


「ただでは死なん。お前も道連れだーーー」 

 鉄槌がエレンに、短剣が鉄仮面に向けられた。瞬間。

「『ダブルジャスティス』」

 鉄仮面の背中に飛びひざ蹴りが入った。さらに白濁のオーラが鉄仮面を包む。

「ゴホっ。……動けん。これは!?」

「『トイン』よ」

「ポアラ!クライン!!」

 ポアラとクラインはエレンを抱えて、鉄仮面から離れた場所に移動する。

「待ってて。今、回復呪文かけるから。『ミテリ』」 

 砕かれた左腕が元通りになった。ありがたいとエレンは素直に思う。

「エレン。奴はいったい?」

「新生魔王軍。どうやら恐れてた事態が起きちゃったみたい」

「そんな。せっかく魔王を倒したってのに」

「その当事者である私たちを狙いに来たってわけ」

「どうする」

「そんなの決まってる、もち倒すのよ」

「同感」

 二人の会話をはたで聞いていたクラインも、

「新生魔王軍。やるしかあるまい」

と、あとに続いた。

 3人の意気が投合したところで、鉄仮面の呪文が解けた。

「苦しくないぞ。光栄に思え。一瞬で終わらしてやるからな」

 左に立つエレンは、短剣を下段の構えから上段の構えに高速に移動させる。真ん中に立つポアラの杖がミテリの光を同時に二つ放つ。右に立ったクラインは連続飛びひざ蹴りを放つため、鉄仮面ともよりの樹木との間合いをはかっている。


9


「くッ!強い」

「がはッ、なんて奴」

「ばかな!信じられん。我らの攻撃がまるで歯が立たんとは」

 地べたに倒れた3人は一同にかいしていった。その言葉に鉄仮面が続く。

「話にならんな。この程度の力で我を倒そうとは笑止千万!我はおろか魔王さまにも届かんわ」

「なにをいうか!魔王は滅びたのでしょう?」

「そうだ。我らが確かに打ち滅ばしたはず」

「そうよ。あの時確かに魔王は倒したわ」

 鉄仮面は大声をあげて笑う。

「冥土の土産に教えてやろう。我が魔王ザイザーナさまは生きておられる。さらなる力をたくわえて強大な力をもってな。復活の時を今か今かと待っておられるのだ」

「そんな……」

 エレンは絶句して次の言葉が出てこない。二人も同じだった。

 魔王は打ち滅ぼした。しかし魔王軍の残軍はいつかまた力をたくわえて再び現れるだろう。その日に備えてはいた。それがこの時だと思っていた。だがしかし、そもそもの根源。魔王ザイザーナが生きていようとは。

「ポアラ。クライン。私に考えがある」

 そういうエレンの言葉を聞いて、ポアラとクラインはエレンに近づいた。


10


「禁断魔法を使おうと思うの」

「ちょっとまって。あんた本気なの?」

「もちろん本気よ。このままのたれじぬよりマシ」

「使えばどこに飛ばされるかも、なにより記憶と力が封印されてしまうのだぞ」

 エレンはいう。

「わかってる。でも私はすこしでも未来への希望があるならその可能性に賭けたいの。このままじゃ新生魔王軍はおろかザイザーナですら倒せるかどうか」

「そうね。私たちはもうこれ以上強くはなれないもの。だったら未来を託すべきかも」

 そういってポアラは後方でおびえる二人を見る。それはエイリとアオミだった。その視線にならってクラインも続いた。最後にエレンが見た。二人を見てニコリとほほ笑みかけた。それを見てエイリとアオミの表情が少しだけやわらいだように見えた。

「あの二人を異世界に飛ばそう。あの子たちが力をたくわえて、いつかザイザーナを倒してくれる。私たちの意志を引き継いで」

「わかった。私も未来に賭けるよ、あんたとあの子たちを信じる」

「そうだな。きっとここにエクストリアがいたら、同じことをいっただろうな」

 エクストリア……ザイザーナを打ち滅ぼしたもう一人の仲間。そして私の夫。

(これでいいんだよね?エクストリア。私、間違ってないよね?)

 そう思ってエクストリアの顔を脳裏に浮かべる。それはエレンを見てからゆっくりうなづいた。

 エレンは、もう一度エイリとアオミを見てその決意を固める。

「いい?みんな、いくよ」

「おうー」

「あっ、たりまえ。何度もいわせんなっつうの!」

 3人はいっせいにエイリとアオミに向かって走り出した。

 


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