#1. Prologue
「 」
「私のこと、どれくらい好き?」
「雪山を一口で食べてしまいたいくらい好きよ。」
「何それ?」
「文字通りのことよ。」
そんなバカバカしいことは本当に実現できるとは思いもしなかった。
木と木の間、僕と彼女が歩いていた。川が流れているの音が聞こえ、葉っぱが風に吹かれ、互いに叩く音が、ずっと続く。
空が暗なっていき、いつの間にか、彼女は消えたと思ったら、灌木の後ろに隠れていて、ニヤニヤ笑っている。
「あ、あの坂、登ってみる?遠くまでの景色も見れるから。」と彼女はちょっと遠くにある坂を指した。
「いいよ。」と僕は答えた。
坂の風景は少し雰囲気が変わったからか、僕たちは少しの間言葉を交じらなかった。そして、彼女がまた、声をかけてくれた。
「鎧塚くんは、自分が何もできないって、思ってたの?」
「まともなこと何もできないよ。」
「でも何がまともなのよ。今こう話をしてくれて、随分立派なまともなことをしていると思うよ。」
「君も随分まともなこと言うね。」
その坂が急で、とても自転車が登れるものではない。何回も曲がり、最後まで登らないと頂上さえ見つからない。
やがて、僕たちは頂上の下の、亭に着いた。遠くまで眺められる景色は、終わりのない森や、うまく認識できない何かの残骸と廃墟だらけだ。先まで風の音などがしたと述べたものの、ここでは鳥の鳴き声など、まるで聞こえない。
「もしも、今この世界は本当に私たち二人しかいなかったら、私のことをどう思うのかしら?」
「今これは事実にしか見えないね。」
「質問に答えてよ。」
とかなんとか、恋人であるようなでないような会話が、続いていた。
三年前僕はシェルタ大学に通っていた。一応一年生の頃専門は設けていなく、自由に受けられるらしい。日本でこういう洋風っぽい名前がついている大学があるのは、そこの学生たちが学年を進める際に、魔法学科という道があるかららしい。でもあそこはそれほど特別な場所でもなく、ただこういう学科があって、勉強したい人が受験して入ればいい。
高校の頃、誰でも何かの才能を持っていると言われているけど、僕は今それを認めることはできない。そういう理屈の対象は、自分を除くべきだと思っている。そして、才能を持たないことは別に生活に何の支障もきたさなく、僕は深く意識したこともなかった。けれど、高校の進路調査前の健康診断で、「鎧塚くん、だね?君、魔法使いの素質があるかもよ」と、先生に言われた。これはこれまで意識したこともないことだ。何かの一つでも才能を持っていれば、魔法を学んで行ける、一人前の魔法使いになれると、世間ではこう言われている。けど、僕は、一体何の才能を持って、魔法学びに相応しい人になれるというのだ?
それでも、シェルタ大学の一年自由制度が僕に性が合うし、将来がありそうな魔法学科もあるから、そこに志望することにした。
科目の選択はかなり自由とは言え、僕は嫌いな科目は少なく、排除法で選ぶのにとても難しかった。得意なことはないけれど、わざわざ時間を潰しに来るのが特にごめんだ。
講義登録が終わるまで教室から教室まで体を運び続けるこんな日に、ルームメイトの出柳に捕まえられた。彼は割と理屈が必要な占い学科の志望だが、「『英文学I』を取ってよ!そっちの方が女子が多いはずだ」と、誘ってくる。もちろん僕は女子に興味がないわけではないし、英文学も上品だと感じていて、迷うことなく出柳に従い、ΩCCV教室に入った。
妙な狙いなんかはまたしていなかったが、今の年頃では、自然に目線が、教室全体の女の子に落ちてしまう。でもこういう行為は何もならないはずだと、ずっと思っていたのだ。けどあの日、彼女のことに気づいた。彼女は一瞬ドアから覗き、どんどん入ってくる学生たちとともに入ってきた。そして僕の左上の方に座り、教室を見渡した。彼女は何をしたんだろう。特別の何かを。なぜか、僕は何度も目をその方向にやってしまう。それからの講義も彼女はたまに僕の後ろ以降の席に着こうと僕の隣を通り過ぎたとき、とても落ち着く香りがして、そういうとき僕はまるで彼女に遠くまで連れて行かれているようだった。
ちょっと意外なことに、この講義は最初回から、学生にお芝居をやらせるのだ。僕は特に考えずに、彼女に近寄って、それとも彼女が近づけてくるのか、僕たちとほかの3人の学生とグループを作った。
彼の仕草は、ちょっと面白い。近づいてみようか。どうせお芝居をやるなら、存分楽しまないと。私はこう思っている。
授業終わった廊下、いろんなつぶやきが聞こえる。
「大学生なのに、こんな恥ずかしい英語文読ませられるのは恥ずかしい思わないかよ?この先生はね…俺たち、高校生じゃないぜ!」
「次どこ行く?」
「黒魔法の研究室に見学しに行ったんだけどさ、あっちの先輩は私が才能ないってなんて言うよ…悔しい…技術を学んで、魔法使いの連中にいいことを見せてやる!」
とか、不思議なくらい人間の発想がこんなにも多様なんだ。
「鎧塚って、ずっとあの女の子のこと見てないかい?やっぱ俺が連れてやったのは正解だな。」
「お前も女の子見ているんだろう。」
「それは違うことなんだろう。」
「何が?」
「馬鹿ふりするんじゃないよ。」
「まあ違うかもしれないけど、初めて会ったし、何とも言えない。」
「年頃だから、ごまかすんじゃねよ。告白しろう。」
「そういう問題なのかよ。」
「まあいい、部屋に戻ったら俺教育してやるぜ。」
彼女の名前はなな、僕たちは授業のつながりで知り合いとなった。次のお芝居に少し道具が必要だったので、授業前僕たちはアーケードにあるパン屋で待ち合わせすることにした。私家族と朝食をとりますからみんなさん私のこと構わないでくださいと、彼女はグループのみんなに言った。ほかの来れるメンバーも自炊やらパンやらで解決するらしい。
当日あのパン屋に着いたあと時間がもう少しあったから、ちょうどその近くのローソンに座席があり、そこで悪魔おにぎりとフレンチトーストと黒こしょうチキンを食べていた。席はお店の角の所にあり、窓が270度の視野を与えてくれて、通りかかった人を眺めることもできる。この角で出会い、ぶつかり、恋に落ちる人もいるのだろうか?こういう考えも時々はする。しばらくして、チキンを囓りながら僕の目線がふと信号を待っている女子たちに止まった。暗系のコートを着いて、下に黒タイツを履いていて彼女たちの細い足がさらに細く見えた。確か5人がいて、中に4人がギターを背負っていた。彼女たちは信じられないくらい格好よくて可愛い生き物なんだな、僕は女であればそんな格好で有り続けたいと、心に決めていた。彼女たちのギターケースの形から見ると、ほぼベースかエレキギターらしい。そうだよね。この通りでは長い列を並んでいる女子らがよく見かける。待っていたのは、ライブハウスのちょっとヘヴィメタル系のバンドらしい。僕にはよく分からないが。でも一瞬だけ、家にある黒いギターを思い出して、また信号を渡り始めた女子たちといつの間にか手に取ったトーストをまた囓り始めた。
パン屋前に戻ったとき、ななはもうそこで待っていた。僕たちはおはようと挨拶し、少し待ってから今日来る予定だったもう二人の湯浅と飛鳥も着いた。
時間は余裕にとっていたので、僕たちはゆっくりとぱんをえらんでいた。暖色の光でぽかぽかしているパンたちは、僕らの体も心も暖めてくれた。ローソンとは格が違うフレンチトーストとクロワッサンとメロンパンと抹茶ドーナツなどが並んでいた。ななは一箇所のパンに気になっていて、腰を少し屈め、ちょっと嬉しそうにパンを選んでいた。こたつが感じるような柔らかく暖かい光がななの頬に照らしていて、僕の世界は止まってしまった。ななに何か言いたくなると思っていたけれど、やめることにした。今更出柳の言ったこと思い出したけど、そういうわけにはいかないんだと認識していた。
何か今まで意識しようもしなかったことが、目覚めた気がした。世界の終わりまで見えたような、興奮感と辛さが同時に湧いてくるような感情が、まさか僕に襲ってきた。
夜ななとのことを出柳にしつこく聞かれて、僕は今日抱えた悩みを少しづつ告げた。
「これは何なのかさすがに気づいたよね。」と出柳は少し厳しげに聞いた。
「…恋ってなんだろう。」
「努力が必要なことよ。」
「何でそのために努力を?使命感か?」
「うーん、それもある。まずタイミングを掴めて告ろう。」
「どうして伝えないといけないのだ。片思いも美しいと思う。」
「人が才能か優れているところをいくらを持っても、伝えられないと何もならないんだ。自己満足?少なくとも俺にとってそういうのはつまらないと思うのだ。お前はまたただの蛹だ。眠っている能力があるかもしれないけど、蛹化しないと、世界が見えないんだ。もちろん人はそれぞれで、お前が感じているようにななも感じている可能性は高くないけど、何もしないと蝶にはならないんだ。まったく、ここまで説明するとは、お前は初恋の味をただただ知りたい小学生か?」
僕はしばらく口を閉じ、また喋り始めた。
「僕はそもそも才能を持っていないけど。」
「お前のこういうところも可愛いけどな。」
「まあ、伝えてみる。」
彼女の前に立って言うには、僕にとって真空中に5分耐えられないとまたできないのだ。けど、ラブレターなら、何とか行けるかもしれない。
「絶対書いてよ!今しかないからな!」
「出柳ってめっちゃ経験あるよね。」
「どうでしょう。俺は正面に向かいたいだけやからな。」
あの夜僕はラブレターを書き続けた。
朝、書いたのを読み返すと、どれも硬くてつまらないと思っていた。日本語で書くと恥ずかしすぎるのか?
こういうことを、一日中の講義で考えていた。
「英語を使うと下手に伝わなかったら危ないよ?」出柳が僕の恋心につっこむチャンスを逃したりしない。
とにかく手紙の中身を書き終え、なな宛に「好きなときに開けましょう 鎧塚」と、封筒に書き、学校の校内ポストに投函した。名前さえ書けばお巡りさんが届けてくれるのだ。
あの日僕の目線はななから離れたことはなかった。彼女は何の反応もないようだった。
翌週の講義で、お芝居の練習があった。ななは勢いよく備えたらしい。
前半のところ僕らのグループはかなり順調だったけど、後半からななの役では少し感情が捉えづらいところがあった。数回やっても、先生のところでは通れなかった。
「ここは難しいね。」とななは囁いた。
すると彼女は少し横で休憩し、台本を巡り、一通の封筒を手に取り、開けることにした。
I could never remove you from my mind since the time I met you.
May I just stay as long as possible with you?
Yoroizuka
手紙を黙読を終えたら、ななの手のひらにあるラブレターから、眩しい光が輝き、大講義室が圧倒された。
魔法が、発動された。