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7.学園6

 これもあとで知った情報だけど、この建物は教員練と呼ばれていて、先生たちの私室がいくつも設えてあり、講義のための資料を用意したり、学生からの相談に乗ったりできるようになっている。学生ほどではないにせよ先生の数もそれなりに多いらしく、結構大きい建物になっている。

 私が教えられた部屋は一階の廊下を奥まで進んで折れ曲がり、さらに突き当りまで行った建物の隅の方にあった。

 扉を軽く数度叩くと返事があったので、扉を開けて入室する。

 そこは小ぢんまりとした部屋で、机と椅子、そして本が並べられた小さな棚が置かれている。少し狭いけれど、清潔で居心地の良さそうな部屋だと思う。

 椅子には、随分とお年を召した小柄な女性が座っていた。きっと先生だろう。私は早速来室した目的を告げる。


 「先生、初めまして、どうか私にギフトと魔力について教えていただけないでしょうか?」

 「あら、まあ、どうしましょうね。でもまずはお座りになってくださいませ。椅子はどこにあったかしら、ああ、隅にやってしまったわね。ごめんなさいね、お客様を迎えるのは久しぶりで何もなくて」

 「いえ、お気になさらないでください」


 お年を召した小柄な女性はあたふたと慌てた様子だったけれど、私は部屋の隅にあったもう一脚の椅子を持ってきて、小柄な女性の近くに置いて勝手に座った。

 お年を召した小柄な女性はまだ不安そうにしたまま言う。


 「あらまあ、椅子のご用意をさせてしまうなんて……」

 「いえ、ですからお気になさらないでください。私はギフトと魔力について教えてほしいだけです」

 「まあでも……私なんかが貴女のような貴族のお嬢様に教えてしまっても良いのでしょうか……」

 「何も問題はありません。先生が知っていることだけでいいのです」


 確か知識に難があるという話だったけれど、きっとご高齢だからそう心配したのだろう。

 だけど今の私はこの世界について全くの無知であり、知識に難があるどころではない。何でもいいから教えてもらわなくてはいけない。


 「私を何も知らない学生だと思って、基本的なことから全て教えてください」

 「そ、そうなのですか? ええと、ではお話しましょうかね……うーん、でも……」


 お年を召した小柄な女性が部屋の窓へと目を向ける。私も同じように窓から外を眺めると、まだ十分な明るさは残っていたけれど建物が作り出す影が大きく伸びていて、もう直に日が暮れて夜になりそうな気配をしていた。

 お年を召した小柄な女性はおずおずといった感じで言葉を続ける。


 「私が貴族のお嬢様を暗くなるまで引き留めてしまったら、とても怒られてしまうの……申し訳ないのですけれど……」

 「……そうですね、失礼しました。また明日出直したいと思います」

 「いえいえ、そのね、貴女がこの部屋まで足を運んでくれたことは、とても嬉しく思っているのですよ。もう私の講義を受ける学生さんは一人もいないから、毎日暇を持て余していて……明るいうちであれば大丈夫ですから、いつでもいらしてくださいね」

 「はい、ありがとうございます」

 「……それと……」

 「はい」

 「……貴方のお名前を(うかが)ってもよろしいかしら?」


 そういえば、私はまだ名乗っていない。思い返すに、ここしばらくの挙動もやや猪突猛進だった気がする。

 私はずっと自分がいつも通りに行動しているつもりだったけれど、この突然放り込まれた異常な状況から早く抜け出したくて、そして実感できずとも心に蔓延(はびこ)りだした不安に抵抗するため、思っていた以上に気が()いていたのかもしれない。

 冷静沈着に振る舞えていると勘違いしたまま、実は自分の精神状態も制御できていなかったなんて……私はこのとき、思わず赤面していたかもしれない。

 軽く深呼吸して心を落ち着かせてから、まずは謝罪の言葉を述べた。


 「先生、まずは改めて先ほどまでの失礼をお詫びします。申し訳ありませんでした」

 「そんな、謝ってもらうことなんて何もないのですよ!?」

 「いえ、私の名前は、ソルナリアと申します。以後、よろしくお願いします」

 「そう、ソルナリア様と(おっしゃ)るのね。私はクラリスと申します。こちらこそ、よろしくお願いしますね」


 今の私はソルナリア。だからそう名乗った。

 私はあまり礼儀などを気にしない性格ではあるけれど、突然部屋に押しかけてそのまま教えを請い出すのは、相手が先生といえども失礼な行為だった気もする。

 こんな失敗をもう繰り返したくはないと思いつつ、私のことだからそう上手く行かないだろうとも同時に思う。

 お年を召した小柄な女性を見ると、顔をくしゃりとさせて微笑んでいた。

 私に対して気を悪くはしていないのかな。そう思い、何となくさっきよりも気分が軽くなったように感じた。

 ……そうだね、今後も私は私のまま、調子を崩さない程度には最善を尽くして行こう。

 そう自分勝手に納得すると、私はもう一度、お年を召した小柄な女性、いや、小柄なお婆ちゃんの先生へと挨拶してから退室し、暗くなる前に学生寮の自室へと戻った。


 ――この異世界転生の初日。

 私がこの日に得たものの中でも、最重要であるうちの一つ。

 これが、ギフトを入手するまでの短い日々ではあったけれど、私がこの世界から脱出するための貴重な知識の端緒(たんちょ)を与えてくれた、お婆ちゃん先生との出逢いだった。

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