39.探求6
先生と別れたあと、賢者ちゃんがこんなことを言ってきた。
「お主の先生と聞いて少し身構えとったが、案外普通そうじゃったの」
「ええと、私は先生がどれほど強いかを良く知りません」
「うむ、そういう意味ではなかったが、まあよい。それで儂らが行く目的地じゃがな、この南都サストーラスの東にあるアドロという町じゃ。大体馬車で一日半か二日くらいで着く距離かの」
「東ですね、では見つけ次第移動しましょうか」
「またあの転移で行くのか?」
「はい、その方が早いので」
「ふむ……その、ソルナリアよ。お主さえ良ければなんじゃが、『忍者』のスキルを他にも教えてもらっても構わんか? 普通はスキルを秘密にするものだと知っとるが、儂はスキルを含めて色々知識を得るのが好きでの、興味があるんじゃよ」
「仲間になったのですし、そのうちならいいですよ」
「ほんとか、約束じゃぞ!」
「はい……合ってるかは分かりませんが、集落を見つけました。とりあえず移動しましょう」
そして二人してさっきの路地裏に戻ると、また賢者ちゃんを持ち物にして「世界空」スキルの発動と解除を行った。
三つ目に見つけた集落が目的であるア……の町だった。
賢者ちゃんに連れられて道を歩く。
ア……の町は目抜き通りには活気があったのに、そこから離れるにしたがい目に見えて寂れていく。誰もいないわけじゃないけれど、引きこもっているのが多いみたい。
到着したのは一つの家屋で、戸口は閉まっていた。
「情報屋から教えられたのはここじゃの。『亡霊』の拠点である小さい酒場ということじゃが閉まっとる、裏へ回るとしよう」
裏口も閉まっていて、賢者ちゃんがトントン、トントンと何度も扉を叩く。
やがて扉の上部に付いていた覗き口が開いた。
「…………何の用だ」
「うむ、よく聞くがよい。まず儂らはお前たちの敵ではない。そして解読できる。少しだけここで待っておるから、どうするか考えよ」
賢者ちゃんの言葉のあと、一瞬だけ間を置いてから覗き口が閉まり、扉の向こうにいた顔に傷のある男性が去っていった。
「透明ドローン」の位置には私の身体があるような感覚があるので、分厚い壁を突き抜けることは難しい。でも隙間を通り抜けることなら、それが私の身体の大きさより狭くてもできる。
「おそらく襲ってきたり逃げたりはせんと思うが……それにしても、随分と数が少なそうじゃの」
「中にいるのは三人ですね」
「お主にもそう見えるか。『亡霊』は元々は二十人くらいの集団と情報屋で聞いたのじゃが、出かけておるのでなければ減ったんじゃろうなあ」
しばらく待っていると、さっきの顔に傷のある男性が戻ってきて扉を開け、顎でしゃくるようにして中へ入るよう促された。
廊下の先には、テーブルや椅子の置かれた誰もいない酒場らしき部屋がある。でもその部屋へは行かずに途中で廊下を折れ曲がり、その奥まったところにある階段を降りた。
通された地下にある部屋には、男性と女性がいた。案内してきた男性を含めると合計で三人。
一人目は奥の椅子に座った男性。
二人目はその横で抜き身の剣を手にして立っている大柄な女性。頭に猫系っぽい耳が付いているので獣人族かな。
三人目は案内してきた顔に傷のある男性。彼は部屋の扉に閂をかけて、扉の近くでそのまま待機した。
この部屋には貴族の邸宅と同じように、「探知」系スキルでの情報に欠落がある。注意深く見ると、椅子に座った男性の近くに魔力を持った物品の反応があった。「探知」系スキルを妨害する魔道具だろうか。
そしてその椅子に座っている、おそらくこの三人の隊長格であろう男性が話し始めた。
「武装したままで失礼する。どうかそちらは、不審な行動をしないよう慎んでほしい」
「うむ、分かったのじゃ」
これは敵対ではなさそうだけど、今がどのくらい危険な状態なのかはよく分からない。念の為に目の前にいる賢者ちゃんに少し近寄り、そっと両肩に手を置いて持ち物にしておく。何度も一緒に転移したので、そろそろ抱きつかなくても持ち物にできるようになっていた。
賢者ちゃんがちょっと身じろぎしたけれど、隊長格の男性は構わず続けた。
「……それでは、解読について話してくれ」
「話すも何も、儂が解読するだけじゃが」
「……それを信じろと?」
「信じてもらうしかないの」
「……わざわざこんなところまで来て、お前たちが私たちに解読を持ちかける目的は何なんだ?」
「儂らは神の居場所について調べておるんじゃよ」
「……それも信じろと?」
「信じてもらうしかないの」
隊長格の男性は少し難しい顔をしたものの、近くの袋から一冊の本を取り出した。
「そのまま一切動くなよ。この本の表紙に書かれた文字を読んでみろ」
「ん、それが例の書物かの、ちょっと遠いが、ええと……んー……『神に捧げる書』じゃな、著者らしき名前はジルヴェス。別物を用意しとるとは慎重じゃのう」
「……いや、それで正しい。『神の書』の正式な題名は『神に捧げる書』と聞いた。お前は確かに古語を読むことができるのだろう……この話を持ってきた奴と、お前たちとが結託していないのでなければな」
「そんなこと言われても、儂はそんな奴知らんしのう」
「……そうだな、この疑りは迂遠か……それに、もう……」
隊長格の男性はまた不味いものでも食べたような表情をしたけれど、やがて賢者ちゃんの方を見てこう言った。
「……解読を頼もう……ただし、この本にお前たちの望むことが書かれている保証はないし、大した報酬も渡せんぞ」
「報酬は気にせんでよい。こっちとしては、その書物から些細であっても手掛かりが掴めればそれで十分なのじゃ。そっちの求めておるものが何かは知らんが、神の居場所とは関係ないなら利害の衝突はなかろうて」
「……それに解読が終わるまで、お前たちをこの建物から出すわけには行かない」
「儂は構わんが、お主はどうじゃ?」
賢者ちゃんが私の方を見て訊いてきた。
「何日くらいかかりそうですか?」
「それは実際に読んでみないと分からんの」
「そうですか……まあ清潔な寝床と美味しい食事があるならいいですよ」
「だそうじゃが、用意できそうかの?」
「……二階に部屋がある。食事は部屋へ運ぼう」
「うむ、決まりじゃな」
そうして今度は、賢者ちゃんと二人での引きこもり生活が始まった。




