3.学園2
この世界についてもう少し突き詰めて考えてみよう。
慎重に考えるなら、仮想世界に見せかけた現実世界、逆に現実世界に見せかけた仮想世界だってあり得る。だから現状、現実世界なのか仮想世界なのか確実には判断できないのだろう。
でもオープニングプロローグから得られた情報には、貴族らしき存在、魔法や魔力、ギフトやスキルという単語があり、これらからは強いファンタジーらしさが感じられる。
元の世界で長い時間を仮想世界で過ごしてきた私にとって、ここを現実的な異世界、つまり別の現実世界と考えることは違和感があまりにも強い。
さらにソルナリアの話す言葉が私の知っているものと同じであること。机の上に置かれていた本を開けば、書かれている文字を読めることも確認できる。これは別の現実世界としては都合が良すぎる。理由は不明だけど、ログアウトできない仮想世界と考えることが最も腑に落ちる。
ウインドウが空中に表示されることだけではなく、そういったあらゆる情報がここはファンタジー系のゲーム世界であると強く私に訴えかけてくる。
でも確定はできない。どうすれば現実世界なのか仮想世界なのかを判断できるのか。
…………ふう、落ち着かないといけない。私は冷静なつもりでいるけれど、何もしないままに時が経てば、やがて心に垂れ込めていく不安を無視できなくなるだろう。
そうなる前に状況を整理して、行動方針を固めた方がいい。
私は意識的にゆっくりと息を整えながら、部屋を見渡したり、窓の外に目を向けたり、半透明のウインドウを出したり引っ込めたりして考える。
そして、クルルッと私のお腹の虫が鳴る音が聞こえた。
え、何、この身体って空腹状態だったの!?
とっさにウインドウを表示して食事を用意しようとしたけれど、すぐにそれは不可能であることに気付く。
私の元の世界にある仮想世界であれば基本的に、戦闘中などの一刻を争う状態でなければいつでもウインドウから好きなメニューの食事を用意できるのだけど、この世界ではそんな便利な機能はない。
ここはソルナリアの記憶に頼るしかないか。知識記憶は頼りないけれど、行動記憶は当てにできそうだし。
私は部屋を出て、記憶を頼りに何となく歩き始めた。
歩いていると、何だか美味しそうな匂いがしてきた。良い匂いのする部屋に入ると、そこは大部屋で沢山のテーブルや椅子が置かれている。
どうすればいいのか何となくは察したけれど、念の為に部屋の入り口近くに佇んでいたメイドさんに「食事をお願いします」と声をかけたら、案内してくれた。
私は案内された窓口でお盆に載せられた食事を入手したので、空いていたテーブルの椅子に座った。
後で分かったことだけど、この建物は学生寮で、この大部屋は食堂らしい。特定の時間帯に食堂に来れば食事ができる。
本来、仮想世界であるなら栄養を摂る必要はない。けれど食事を楽しむことはできるし、中には食事をしないと衰弱して死亡するゲームもある。この世界が現実世界であれ仮想世界であれ、空腹を感じた以上は食事を疎かにはできないだろう。
食事のメニューは何なのかな? よく分からない。肉か魚、あるいは植物のようなものがパイ生地のようなもので包んである。あとはパンとスープ。食器としてスプーンとフォークがある。
まあ頂きましょう、はむはむ。美味しい。パンは柔らかく、調味料もふんだんに使われている。
この食事を見るに、この世界の食文化レベルはあまり低くないのかも。これはささやかだけど嬉しい情報だね。
周囲には他にも食事をしている学生がちらほらといる。中にはソルナリアより低年齢らしい学生もいるけれど、それでも十二歳以上くらいには見える。
私の感覚だと、その表情や仕草から全員が少し幼く見える。
もしかするとこの世界は、思考加速が機能していないのかもしれない。
私の元の世界では、人間はVR機器を使ってほとんどの時間を仮想世界で過ごす。仮想世界では思考が三倍に加速されていて、体感時間が引き伸ばされる。だから仮想世界で三年の時間が経っても、現実世界では一年しか経過せず、身体も一年分しか老化しない。
しかし人間は現実の肉体を保守するために一定間隔で現実世界に戻る必要があるので、そのまま一年を三年の時間に引き伸ばすことはできず、現実世界での一年の間に経験できる時間は、実際には二年から二・五年くらいになる。
このようなVR機器を大抵は六歳から使用することで身体年齢と精神年齢が一致しなくなってしまい、人によって精神年齢は非常にばらばらになるために、年齢を指すときは昔と同じように身体年齢を使っている。
この世界はおそらく、身体年齢と精神年齢が一致しているのだろう。
精神年齢十二歳だと私の元の世界では身体年齢が八歳か九歳、精神年齢十五歳だと私の元の世界だと身体年齢が十歳か十一歳に当たるから、ここにいる彼女たちは私の感覚では八歳から十一歳くらいの年齢に相当するのだろう、幼く見えるのは当然かもしれない。
問題は思考加速が機能していないなら、私はこの世界だと三倍の速さで歳を取ってしまう可能性があるということ。この推測は私をさらに不安にさせたけれど、同時に思い出すことができた。
どうすればここが現実世界なのか仮想世界なのかを判断できるのか。
こんな当たり前で基本的な方法を未だに試していなかったなんて、私はかなり混乱していたらしい。
私はできるだけ焦らないようにゆっくり食事を終えたあと、その思い出した方法を実行に移すため部屋へ戻った。