21.邸宅7
ギフトを得た日から数えて七日ほど経った頃、ついにこの日が来てしまった。
この邸宅でたまに見かける、何となく見覚えのある男性に呼び出されるとこう言われた。
「イストーラス公爵閣下がお前を下女として引き取っても良いと仰られた。これは平民落ちとしては望外だろう。だが平民であろうと、お前はハーレイスタック家に所縁あると見なされる。全身全霊を捧げて公爵閣下にお仕えせよ。明朝、公爵閣下の元へ馬車を送るので用意しておけ」
「それは――」
「――いつ口を利く事を許可した。早く部屋に戻れ」
私は以前もしたことのある軽いお辞儀をして、言われた通りに部屋へ戻った。
快適な環境よ、さらば。脱出が目的だからいつか移動することにはなっただろうにしても、とうとうかー。
私がこの世界へ転生してきた当初は、何も分からず、何をすることもできなかった。
しかしお婆ちゃん先生のおかげで知識を得たことを皮切りに、あの不思議な情報空間では強力なギフトを得られたと思うし、ここしばらくの訓練によって必要なイメージスキルも大体構築することができた。
まだまだ不足しているにしても、あのときは皆無に等しかった知識と力を、私はどうにかこの手に掴んだ。
私はこの世界に来てからずっと、自覚しないままに緊張していたように感じる。けれど知識と力によって不安が大分取り除かれたおかげだろう、今はかなり落ち着いた自然体に近い状態となっている。
とはいえ知識と力だけでは、まだ簡単にこの世界で生きていくことができるとはいえず、食事を取らなくてはいけないし、安全に睡眠を取る環境も必要になる。
ゲームなら外で野宿なんて行動もあり得たけれど、この変に現実に寄せた世界で私が野宿に耐えられるかはあまり自信がない。魔法やスキルによる物質生成は数秒で消えるので、食事や家をそれで用意するのは絶対止めた方がいい。
というわけで、食事を購入したり宿を借りたりするのにお金が必要になる。
さて、この世界でどうやってまとまったお金を入手しようか。
まずゲーム的に真っ当な手段で考えるなら、この前見つけた傭兵ギルドが思い浮かぶ。様々なゲームで似たシステムがあるので親近感も湧く。こういった場所の依頼やクエストには面倒なものもあるので注意しなきゃいけないにしても、まずはこれが第一候補。
次は商売かな。この莫大な魔力を利用したり、上手いアイデアでも思いつけば何かできるかもしれない
ただこの世界は不思議な感じに文明が発展しているので、そう簡単に美味しい商材は見つからなさそう。あと既存の商業システムに新参者が乗り込めば、軋轢が生じてトラブルになる懸念もある。
それにこの世界から脱出するまでの当面の資金があれば十分なので、お金を生み出すシステムを作る商売はやり過ぎにも思う。この方法はなしかな。
最後はとても単純なやり方、大金があるところから奪えばいい。とはいえこれは、この世界でも法や道徳を破る行為になるだろうし、手段としてはあまり採りたくない。
私は必要もないのにプレイヤーキルみたいな悪党プレイをするのは好きじゃない……もちろん必要があればするんだけど。
うーん、誰かお金くれないかなあ。あるいは倒したらお金を落とす敵とかいないかなあ。敵を倒して得た戦利品は盗んだうちに入らないからね。
この世界には魔物もいるとお婆ちゃん先生から教わっている。ところが魔物は基本的に魔獣タイプが多いらしくて、お金を持っていることはまずない。素材を売る手もあるけれど、この世界では現実と同じように解体作業が必要になる。そんなことはゲームでもほとんどやったことがないので私には無理そう。
そういえば、さっきの男性はなんて言ってたっけ……確か公爵閣下が下女として引き取るとか……下女……メイドみたいなもの? うーん、でもまあ労働時間が三日おきで一日二時間くらい、それで給金が出るならちょっと考えてもいいかも?
……いや、駄目かな……この邸宅にいるメイドらしき女性は、「探知」系スキルなどで分かる範囲だと、どうも朝から休みなく動き回っているように見える、それも毎日。
今までの生活レベルが思ったより高かったので勘違いしそうになったけれど、この世界には近代的ではない文化も多々残っているんだろう。
それに私の目的は脱出であって、労働なんて無駄なことに費やす時間はない。そもそもお金は、脱出のためにあったら便利な道具に過ぎない。
……ふう、いけないいけない、働くなんて選択肢が出るなんて、相当血迷っていたようだよ……まだ完全には緊張が解れていないのかもね。
うん、これを機にちゃんと今後の行動基準を整理しておいた方がいいかもしれない。
まず私の目的はこの世界から脱出、これは決して揺るがない。
この世界にとって私は異邦人なので、あまり大きな干渉は避けること。そして法や道徳を破る行動も積極的にはしないようにする。
お金は可能なら手に入れる。
食事や睡眠といった日常生活が危機的で支障を来すようなら、我慢するか法や道徳を破るかを、その都度判断する。
私に危害を加えようとしたり、目的を邪魔したりと障害になる存在は敵と見なして排除する。
んー……こんなところかなあ。
じゃあ明朝出発のようだし、荷物の用意をしてからイメージスキルの訓練、そのあとは早めに休むとしましょう。




