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118.閉幕6

 あとまだ観察者に訊いておくことはあるかなあ……あ、思い出した。


 「あの『王』の神器とは何ですか? 魔力を吸収する能力が桁外れです。この世界において、特異点のように特殊だと感じました」

 『特異点というのはあながち間違っていません。以前、ツカサさんとフフルミースさんが、魔力は井戸から水を汲み出すものに近いという話をしていたと思います。あのオリハルコンは、魔力とは逆の力、反魔力をほぼ無限に汲み出せる井戸のようなものです』

 「反魔力。ここに来て新しい種類のリソースが出てきたようです」

 『魔力と違って、この世界で通常利用可能なリソースではありません。もし暴走すれば世界を破壊できる危険な力です。しかしそういった特異点を世界に存在させておいた方が、魔力というリソースを使っているこの世界が安定しやすくなるのです。だからシステム的な理由です。当然この反魔力を世界で安定して存在させるため、当時のスピリットを通じて僕も力を貸しましたー』

 「システム的な理由……」

 『ちなみにスピリットは、僕に似せて作り出したんですよー』

 「……は?」

 『ほら。僕がもし人間と似たような姿に変化したら、きっとあんな風になると思うんですー』

 「……そう。貴方がどう思うかは自由なので、私が口を挟むようなことはしません」


 よし、最後の一言は触手の寝言だと思ってこれ以上考えないようにしよう。

 あとは……そういえば一つ要望があったんだった。


 「少しお願いがあるのですが、いいですか?」

 『はい。何ですかー?』

 「賢者ちゃんと司祭ちゃん、あと先生のデータが欲しいのです」

 『んんー。それはどういうことですか?』

 「そのままの意味です。三人の身体的、精神的な情報データが欲しいということです」

 『ツカサさんがそれを要求する理由がよく分かりません。もう少し具体的に説明していただけますか?』

 「うーん、具体的にと言われても……私の元の世界では、VR機器によって人間はほとんどの時間を仮想世界で過ごすのですが、分かりますか?」

 『はい。分かります』

 「VR機器で仮想世界に存在できるということは、人間のほぼ全ての情報がデータ化できているということです。ですから人間とデータは可逆的にほぼ変換可能です。そういったデータを、親しい相手同士では交換したりします。私的情報になるので三人それぞれの了承が必要ですが、それは既に貰っています。……先生だけは隠していた情報が多かったので説明が不十分だったかもしれませんが……問題あれば再確認してみてください」

 『理解できました。ツカサさんにとっては、それは親しい相手同士で交換する情報なわけですね。ちょっと僕の権限を超えるので、我が主に訊いてみるのですー』

 「はい、それで構いません」


 仮想世界であれば、詳細なデータからキャラクターを作成できる。二人が転生なり転移するための目印になるかもしれない。もし観察者の主からデータが提供されなかったとしても、私の記憶からデータ抽出することで低精度なら外見や行動の再現はできる。


 『それにしても、ツカサさんの世界では精神もデータ化できているのですか? この世界はそこまではできていませんよー』

 「……いえ、厳密にはできていません。現実世界や仮想世界間を移動させられる程度には、解明されているだけです。人間に限らず、高性能なAIであれば精神を持つとも認められていますが、どこから精神を持つかの境界に関する見解は統一されていません。また精神の完全な複製も実現していません」

 『ではこの世界や僕の知識と同じくらいですねー』

 「前々から思っていましたが、この世界を構成する技術は私の元の世界の延長線上にあるように感じます。この世界や、貴方の主とは一体……」

 『僕はここ以外の世界をあまり知らないので比較できませんし、我が主については今の僕では何も分からないですよー?』

 「……そうでした」


 それからも細々(こまごま)といくつか確認してみたけれど、目ぼしい情報はなかった。どうやら観察者が知識を取り戻す頃には私もここからいなくなっているらしく、これ以上探れそうにない。

 もう他に訊くことをすぐ思いつかない。それにしても……私はいつまでここで待てばいいのだろう?


 私は椅子に座り、目の前のテーブルに置かれたお茶を飲みながら、どうでもいいようなことを含めて観察者とぐだぐだ話をしていた。まだ元の世界へ戻るには時間がかかるようなので、長すぎると文句を言ったらこの椅子とテーブルなんかが現れた。


 「賢者ちゃんと司祭ちゃんは、今どうしていますか?」

 『フフルミースさんは、ツカサさんみたいに遠慮なく根掘り葉掘りと質問をしてきているのですー』

 「賢者ちゃんなので当然の行動です」

 『リジーナさんはとても良い()だと思います。僕を見て美しいと褒めてくれたんですよー!』

 「司祭ちゃんはちょっと変わっているので……」

 『それからも折り目正しく、主に信仰と異世界について訊かれています』

 「異世界はともかく……貴方は前に、信仰はどうでもいいと言っていたはずですが、大丈夫ですか?」

 『この世界の個体に対しては誠実に虚飾を返答しますよー。信仰心を必要とする聖職者系ギフトの相手なら特にです。でもリジーナさんは考えが比較的柔軟なので、結構真実を伝えちゃってますねー』

 「司祭ちゃんですから当然です。聖職者といえば、この世界は『王』と聖職者系のギフトが特別扱いされているように感じますが、『王』は『勇者』が原因だとして、聖職者には何か理由があるのですか?」

 『いいえ、別にありません。……()いて言えば、信仰心トラップですかねー』

 「トラップ?」

 『信仰心というのは個体が社会を形成すると必ず生じるので、その行動に指向性を与える捕獲装置です。信仰を自由にさせると、信仰を理由に自らの文明を滅ぼす世界が結構な確率であったので、効率化の一種ですー』

 「あー、なるほど……でもこの世界って、もうギフトがその指向性を与えるような機能を持っている気がしますが、過剰ではないですか?」

 『過剰かどうかは何とも言えません。ただ個体の成長を促す加速装置として、この世界()そういう設定がされているというだけです。もちろん、そんな指向性を無視した方向へ個体や社会が進んでも、僕が修正したりはしないんですけどー』

 「観察者という役職だからなのかもしれませんが、貴方は思いのほか杜撰(ずさん)です。まあそのおかげで『絶対神権』なんてスキルを与える決断ができたのかもしれないし、結果的に私としても助かったわけですが」

 『その決断については、最初からツカサさんがおかしいことが分かっていて、直接調べたことで可能性が十分にあると判断したからですー』

 「最初から?」

 『ツカサさん、前に僕へ変な信号を送ったでしょー?』

 「変な信号?」

 『えーと、今から五十九日前と、五十一日前になります。ツカサさんは王都グラントーラスにいました。ただのノイズだと思いましたが、念の為に調べてはいたのですー』


 そのくらいの時期というと……ほとんどこの世界に来て最初の頃……もしかして、世界のシステムに対する干渉命令のことか?

 確かこの世界での初日と、ギフトを入手してすぐに、ログアウトやシステムコールの干渉命令を試したはず。


 『信号から発信元を辿ることは結局できなかったのですが、ツカサさんが「超越者」のギフトを入手したことで観察優先度が上がったので、その行動履歴から辿って発見しましたー』

 「え……ではシステムコールの干渉命令は、貴方へ届いていたのですか?」

 『いいえ、届いていません。ですがツカサさんの行動がノイズの原因であるとは推測できたのですー』

 「……なぜそのときに、私へ接触しようとしなかったのですか?」

 『僕は観察者なので、不用意に接触なんてしないのです。おかしな存在なのでいずれそうなる可能性はありましたが、少なくとも一年くらいは様子を見るつもりだったのですー』

 「……そう……何となく、貴方の触手を破壊したい衝動が沸き起こりました」

 『え、そういうの止めてね!?』

 「はい、しません。そもそもできませんし、破壊したところで貴方にダメージはないはずです」

 『ダメージがなくても吃驚(びっくり)するのですー!』

 「……」


 その時点で観察者と出会い、ここへ来ることができていたなら、私はもっと早くこの世界から脱出できたかもしれない。

 でもそれでは、賢者ちゃんや司祭ちゃんに会うことはできなかった。だから、きっとこれで良かったのだろう。

 そうやって(くつろ)ぎながら時を過ごしていると、ようやくそれを観察者は告げた。


 『ツカサさん、あと九分くらいの体感時間でこの世界から引き戻されると思うのです』

 「そうですか。別れの挨拶をするだけでは少し時間が余りそうです……なら最後にただの暇潰しですけれど、私がワームに訊いた質問を貴方も答えてみますか?」

 『面白そうです! 『絶対神権』スキルを通して会話の記録はあるのですが、直接問われるのはまた違う気分かもしれません。お願いするのです!』 

 「では始めます――貴方は、自身をどのような存在だと考えていますか?」

 『観察者ですよー』

 「観察者とはどのような存在ですか?」

 『そのままです。この世界を観察しています』

 「――貴方にとって、この世界はどのような存在なのですか?」

 『観察対象です』

 「……できれば貴方とこの世界との相互作用のようなものを訊きたいのですが」

 『僕は世界を見て、全てを記録するだけです。たまにここまで来た個体の要望を聞いて、僕の権限内であれば受け入れます。そうでなければ我が主に報告します。あとこの世界は、僕の仲間に近いかもしれませんねー』

 「仲間……?」

 『仲間は言葉として適切でないかもしれません。同僚みたいなー? この世界は僕の観察対象ですが、同時に僕自身も観察対象なのです。僕が考えたり迷ったりする記録も大切に保持されるのですー』


 そういうことか。それでこの観察者は妙に多機能だったり、情報が制限されていたりするのかもしれない。この性格も、この世界における設定の一つなんだろう。


 「――貴方はこれから何か新しく為したいことはありますか?」

 『そうですねー。僕はもっと増えたいかなー』

 「え?」

 『今は繋がってないのでよく分からないですけど、僕と同存在か同系統のAIが色んな世界にいっぱいいると思うのです。でも、もっともっと増えたいですー』

 「……そんなに増えて、どうするのですか?」

 『大勢いれば、我が主の役にもっと立てるのです。ツカサさんにも大切な(かた)がいるのでしょー? ならば我が主にも大切な(かた)がいるはずです。そういった方々(かたがた)の役にもいっぱい立てるようになるのは、とても素晴らしいと思うのです!』

 「……そう、それは素晴らしいです」


 触手がわらわらしている。

 これがもっと増えるのかー……そう……。


 『ツカサさんはこの質問で何か分かったのですかー?』

 「いえ、特に何かを調べたくて訊いたわけではなかったですが……貴方はあのワームとは違う、触手なAIだと思います」

 『そんな、触手だなんて。えへへ、そんな褒められると照れますよー』

 「あ、はい」

 『ツカサさん。そろそろ時間になりますー』


 そういうと、観察者は触手を私に向けてきた。今の私は、また触手の中にいる。


 「あの、何をやってるんですか?」

 『転生なわけですから、その本来のソルナリアさんの身体(からだ)が残される可能性があるので、保護しておこうと思ったのですー』

 「そういうことですか」


 言われてみれば、この身体(からだ)ともお別れか。そうだ、ソルナリアの身体(からだ)のデータも貰うよう伝えておくべきだったな。でもそれを口にする時間はもうなかった。


 『また、会えるといいですね~』


 そう観察者が言うと、私は突然の浮遊感に襲われて、目に映るものが水色から黒一色へ染まった。

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