115.閉幕3
今日は、お婆ちゃん先生にお別れを言いに来た。
私だけでなく、賢者ちゃんと司祭ちゃん、あと元勇者さんと綺羅エルフちゃんと辺境姫ちゃん、さらには廃港で一緒だった隊長格の男性もついて来ている。元勇者さんたちが誘ったみたい。
ギフトは「上級騎士」らしいけれど、今まで通りに隊長格の男性でいいか。詳しいことは話していないものの、別れの挨拶は簡単に済ませてある。
元勇者さんたちが貴族であることを、お婆ちゃん先生はもう知っている。最初は驚いていたけれど、元勇者さんたちが何度か話しかけるうちに大分慣れたみたい。それでも多少は気後れがあるのか、直接話しかけるのは私か賢者ちゃんや司祭ちゃんが多い。
辺境伯領都アルコーナスの広場にひしめいていた天幕の数は少なくなっている。でも寂しくなったという印象はなく、住民や馬車の行き交いは忙しそうで、むしろ活気すら感じられた。
お婆ちゃん先生のいた天幕付近に来ると、その慌ただしさは一層大きくなった。
「あら、ソルナリア様、それに他の皆様方も。どうされましたか?」
「今日は先生にお伝えすることがあって伺いました。それよりも馬車が多いですが、何かあったのですか?」
「ええ、この辺りの方々が新しい場所へ移ろうとしているところですよ」
「新しい場所ですか」
移るというのはこれら馬車を使ってのことだろう。馬車隊と呼ばれていて、私も何度か見かけたことがある。一旦、馬車は街などの外で集合して、一斉に移動をし始める仕組みになっている。ただその馬車の数がやけに多い。でも悲壮感や殺気立った様子はないので、悪いことが起こったわけではないんだと思う。
辺境姫ちゃんが、「よろしければ私が説明いたしましょう」と言ってきたのでお願いした。
「この辺境伯領都アルコーナスは、来年の魔群狂乱に向けて動き出します。ですからこれ以上、難民を抱え続けることが難しくなります。そこで北の砦邑のさらに北方に町を造り、難民たちのほとんどを移動させることになりました。町を造るというのは一大事業です。人はどれだけいても足りないため、必要なギフトを持つ者から優先して順次移動を行っています」
「ソルナリア様、これは私のお祖父様たち、コトリープ伯爵家を含めた南都サストーラスとの共同事業です。また北のノストーラス公爵領も協力的で、支援の約束をされていると伺いました」
「南都サストーラスのザルトナーグ侯爵家とアバーカスター伯爵家は力を落としました。西のウェストーラス大公領と東のイストーラス公爵領は内乱の兆しがあり、王国の中央は未だに混乱しています。ですから、アルコーナス辺境伯領が積極的に牽引していくしかないのです」
「つまり勢力を広げるため勝負に出る好機ということですか?」
「おほん、ソルナリア殿、間違っていないですが、もう少し言葉を選んでいただけると……」
辺境姫ちゃんが困ったような顔で私を見る。司祭ちゃんはくすりと笑い、それを見た辺境姫ちゃんは困ったような表情のまま笑顔になった。
町作りね。そういう系統のゲームはあまり遊んだことないなあ。ちまちまと細かいところへ気を配るのを繰り返すのは不得意なんだよね。
私は辺境姫ちゃんに説明のお礼をしてから、お婆ちゃん先生へ話しかけた。
「それでは先生も、新しい町へ向かうのですか?」
「いえ、私は行きませんが、娘夫婦はその町へ行くことになったんです。故郷のペンテの村とは少し場所が違いますが、近いところですから孫娘のアリサの身体にも気候が合うかと思いまして。ちょうどついさっき門の外まで移動するのを見送ったばかりなのですよ」
「なぜ先生は行かないのですか?」
「実は、この辺境伯領都アルコーナスの学校で教員にならないかと誘われて、お受けしたのです。やっぱり私は、教えることが好きなんでしょうね。教員用の部屋もあるそうで、私はそこへ移るのですよ」
「そうでしたか。先生は素晴らしい先生なので、良いことだと思います」
そうやって主に私とお婆ちゃん先生が話し続けていたんだけど、少し離れたところで賢者ちゃんと元勇者さんが、こそこそ会話しているのがずっと聞こえていた。
「嬢ちゃんにとって、クラリス先生は本当にいい出会いだったんだろうなあ。俺もポラーニャやウェンディと出会えたから分かるぜ」
「うむ、それは同時にこの世界にとっても幸運なことだったのじゃろう」
「そういや北のノストーラス公爵領といえば、以前までは女神教を敵視してる奴が多かったと思うんだが今は違ってる。何でなんだろうな?」
「それはじゃな、北は他と比べて少しドワーフ族の比率が高いんじゃよ。あの女神像はほどよく丸みがあって、すらっと背が高い。ドワーフ族にとっては神秘的な美人に見えるみたいじゃの。男女問わず大人気じゃな」
「女神がアイドルみたいになっちまってるのか……でもあんな長衣着てるのに、丸みがあるとか何で分かるんだ?」
「着ておるからこそ、その中身をどう想像するかは自由じゃろうて」
「……どの世界も、そういうのは業が深いんだなあ……」
「北から女神の御遣いの噂を聞きつけた物好きが、もう既にぞろぞろやってきておるぞ。辺境伯はそれも上手く町の建造に役立てておるようじゃが」
「そういや東の公領都イストーラスをやったの、魔女のせいってことになってるぜ。北の公都ノストーラスと被害が似てることもあるし、東の連中にとっちゃ女神の御遣いに滅ぼされたなんて考えもしてないみたいだ」
「ならもう、ほとんど魔女のせいになりそうじゃの」
「いや、軍勢を滅ぼしたのだけは目撃者がいるから、女神の御遣い様の天罰だ。だから戦争に積極的だった連中が糾弾されてて、そこから揉め事が増えてる感じだな」
賢者ちゃんたちは、どうでもいい話をしているみたいだった。
そして私は、ようやく今日お婆ちゃん先生に会いに来た目的を告げた。
「先生、実は私は別の世界からやって来ました。そしてもうすぐ元の世界へ帰ります」
「あら、まあ、えっと、貴族様についてはよく分からないですけど……ソルナリア様は、カルカトラ王国のご出身ではなかったのですか?」
「はい、違います」
「ではカルカトラ王国ではない場所にある、故郷へ帰られるということですか?」
「そうです。とても遠いので、もうこのカルカトラ王国へ来ることはないと思います。ですから、お別れの挨拶に参りました」
「そうでしたか……寂しいですが、ソルナリア様にとってはきっと喜ばしいことなのですね」
「はい、私も先生に会えなくなるのは好ましくないのですが、帰らないという選択はありません」
「ソルナリア様には何度も助けていただきました。今まで、本当にありがとうございました」
「いいえ、先生から頂いたものに比べれば、大したことは何もしていません」
「私は、貴女の先生になれてとても光栄でしたよ。どうかお元気でね」
「私も先生が、楽しく健やかに過ごされることを願っております」
そのあとはお婆ちゃん先生が賢者ちゃんたちとも少し雑談を交わしたところで、そろそろ辞去することになった。
賢者ちゃんがきょろきょろしている。
「そういえばポラーニャがおらんの」
「そういや、あいつを元気付けるとか言ってどっか行ったな」
「うーむ……あっちにおるようじゃな」
「そうみたいだな。じゃあちょっと俺が声かけてくるぜ」
綺羅エルフちゃんは少し離れたところに停まっている馬車の近くにいた。相変わらず魔力がとても目立つのですぐ分かる。隊長格の男性が無表情な顔をして、綺羅エルフちゃんの後ろをついて行っている。
綺羅エルフちゃんは馬車の御者席近くに乗っている小さな女の子に話しかけていた。大体、先生の孫娘くらいの歳だろうか。
そこへ馬車や馬の確認をしていた御者らしき男性が、出し抜けに素っ頓狂な調子で声を出した。
「あれ、もしかしてリオンハート様じゃないですかね?」
「ん、もしかしてリオンハートちゃんを知ってるの?」
「へえ、あっしは昔、トワイルの街に住んでいたんで」
「……そうなのか?」
「本物のリオンハート様!? 私も昔見たことあります! とても格好良かったです!」
「あれ、ミーナちゃんも知ってるんだ~」
「……君もトワイルの街に?」
「うん!」
「この子だけでなく、あの街から二年前に逃げ延びたのは多いんで。大勢があちこちに散らばっちまったし、あっしも生きるのに必死だったんで最近知ったんですけども。これから向かう新しい町にも何人かトワイルの街から来たってのがいますんで」
「リオンハートちゃん、知ってる人がいてよかったね!」
「……ああ」
「あっしもね、当時ロビンて呼ばれてた騎士様に助けられた口でして。ご無事だといいんですが」
「……済まない、ロビンは、もう……」
「……その、それは何というか、残念なこって……でもリオンハート様がお元気そうでよかったです。そろそろあっしの馬車も出発ですんでこれで。向こうの町にいる連中にもリオンハート様のことを伝えておくんで。きっと連中も喜ぶってもんです」
「……」
「リオンハート様、ポラーニャお姉ちゃん、またね~」
「ミーナちゃん、またね~」
綺羅エルフちゃんと隊長格の男性が戻ってきたので、皆で一緒に帰った。
これで、私がこの世界で挨拶をしておく相手はいなくなった。
そっと、隊長格の男性が呟いた。
「――そうだった。お前たちの守ったものが、まだ残っていたんだな――私のこの生命も同じだ――ああ、分かっている――誓おう。お前たちが守ろうとしたもの全てを、私も守り続けることを――」
それは私には何の関係もない言葉。
今日はもう新月。