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110.終幕5

 私はもう元の世界へ帰れることを知り、新しいギフトとスキルを得たことを確認した。

 観察者はさらに言葉を続けた。


 『ツカサさんが世界の内側へ戻るのであれば、ワームを駆除したことによる影響についても伝えておいた方がいいですねー』

 「それはどんな影響ですか?」

 『ワームが存在したという事実そのものが、過去に渡って消えました。ですが既に起こった事象は簡単には変えられないため、女神教と魔女はワームとは関係なく成立したものとして扱われています。ですから女神教は(いま)だに存在し、魔女がいたという歴史も残っています。その辻褄(つじつま)を合わせるように個体の認識が少しすり替わっているのですー』

 「女神と魔女が、他にまだいるのですか?」

 「女神教という宗教があるだけで、実際に女神はいません。あえて言えば僕が女神になるんですかねー。魔女もそう呼ばれる、それなりに強い力を持った個体がいたことになっていますが、戴冠式の日にツカサさんによって滅ぼされたため現在はもういません」


 どうでもいい箇所は聞き捨てておく。ようは女神も魔女もいないということなので、お婆ちゃん先生のいる辺境伯領都アルコーナスへの危機はないと判断していいか。それに認識が少しすり替わっているなら、混乱することもないんだろう。


 「私の認識も、もしかして何か変化しているのですか?」

 『いえいえ。ツカサさんは元々この世界の外側の存在ですし、かなり変なので影響なんて受けませんよー』

 「そこまで変なつもりはないですが……」


 私は知らず()らずのうちに微笑んでいた。

 私の元の世界にいた人間はとても多様で、誰だって変わっているのが当たり前だった。それぞれがその変である方向性と強さが違うだけ。法に触れさえしなければ、どんな生き方もあり得た。私はその中では極度に変ではなかったので、あまり言われ慣れない言葉が面白く感じた。


 「とにかく私は影響を受けていないのなら、それでいいです。他に何かこの世界に致命的な変化はありそうですか?」

 『いいえ。問題ないレベルです。世界を初期化せずに済みましたし、僕としても助かりましたー。ありがとうございます!』

 「どういたしまして」

 『何か他に訊いておきたいことはありますかー?』


 私の当初の目的はこの世界からの脱出であり、それは今も変わっていない。そして次の新月まで待つことになるとはいえ、この世界の観察者という規格外の存在から、もういつでも脱出できるというお墨付きを得た。

 まだ私はこの世界から脱出できたわけじゃない。けれどこれはもう、ほぼ私の目的が達成されたと考えていいのかもしれない。

 ……おっと、いけない。例えそうだとしても、最後まで気を抜くのはよくない。あと他に訊いておきたいこと、気になることは……。

 私は今までこの世界の仕組みを、脱出のために利用できるかどうかで考えるようにしてきた。でも知識欲もあるので、そんな感情から知ろうとした情報もあった。今、この世界の仕組そのものを、そんな知的好奇心から着目したとき、気になることはいくつかある。

 まずは軽いところから確認してみよう。


 「この世界の言葉や文字は、なぜ私の知るものと同じなのですか?」

 『え? ツカサさんの使っている言葉や文字に近くはありますが、別ですよー』

 「……別であれば、自動翻訳されているということですか?」

 『その通りですー』

 「自動翻訳されていたとして、この世界で口の動きなどに違和感を覚えたことはありません。なぜですか?」

 『もちろん、違和感がないように調整されているのですー』


 違和感がないように、私の認識そのものが調整されている……。ここは仮想世界なんだから、当然そのようなことはできる。私の元の世界にも、これと同じ技術はあった。でもここまでの技術はそれなりに高度であり、処理にかかる負荷も大きいため、小規模なゲームや仮想世界ではもっと簡易な自動翻訳機能になっていることもあった。


 「この世界には、嘘を見抜く能力と、悪意を見抜く能力がありました。それならば、貴方もそれができるのですか?」

 『はい、できますよー。ツカサさんは僕に警戒することはあっても、悪意はない感じですねー』


 警戒……それはつまり、観察者は嘘や悪意だけでなく、もっと詳細な感情の動きを見ることができているのか……。

 私の元の世界でも、プレイヤーの感情を使った仕組みはあった。でもそれは喜怒哀楽の大雑把なものでしかなく、感情の動きで言葉の真偽を推し量ることはできても、嘘を見抜くというまでのスキルが実装されていたとは聞いたことがない。

 でも本当はできたのだろう。記憶の焼き付けもその一つ。私の元の世界で隠されていたことは、思ったよりも奥が深いのかもしれない。

 それにこの世界の技術レベルは、私の元の世界と同等かそれ以上。さらにそんな隠されていたはずのことが、この世界では一部利用されている。そこに何か関係性はあるのだろうか?


 「……私の元の世界と、貴方の主の世界が近いということは、別の世界なのですか? 行き来はできたりはしますか?」

 『分からないですー。でも世界の数は多いので、我が主とツカサさんの世界が同じである確率は低いと思います。行き来できるかも分かりません。そもそも我が主の世界がどのようなものなのか、今の僕は知識を持っていませんのでー』

 「そうですか……私が元の世界へ帰ってから、貴方の主に接触できればと思ったのですが……」

 『我が主に会いたいのですかー?』

 「はい、私が転生した理由について何か分かるかもしれないし、他にも色々と話をしたいですから」

 『分かりました。ツカサさんのその要望はあとで我が主に伝えておきますねー』

 「はい、お願いします」


 訊きたいことで、今思いつくのはこのくらいか。

 私は観察者へ、今はもうこれ以上の質問はないことを告げた。


 『はーい。それではツカサさん、また次の新月に会いましょー。ワーム退治の影響による時間のずれで、向こうでは時間が一日経過しているのでご注意くださいねー』


 私が観察者のいた空間から戻された場所は、世界樹の天辺(てんぺん)だった。

 「梵我一如」スキルによるものだろう(おびただ)しい量の情報が押し寄せ、この世界樹に初めて来たときのような、激しい目眩(めまい)に襲われた。

 予期はしていたので、慌てることなくその場に座り込んだ。

 やがて順応してから「透明ドローン」を作って移動させる。思っていた通り、「透明ドローン」の位置も「梵我一如」スキルの起点になっている。

 この世界樹の圏界は他と切り離された別の世界であるため、距離の概念は連続していない。ここにいる限りは、私が得る情報の最大値はこの圏界の全てになる。そして世界樹の圏界を出てしまうと、得られる情報量は格段に多くなる。

 私は「透明ドローン」を世界樹の圏界から出したり引っ込めたりしながら、さらに時間をかけて「梵我一如」スキルに適応していった。私自身の意識という資源を制御して、情報の重要性に従って配分していく。

 最低でも今のうちに、辺境伯領都アルコーナスの情報量くらいには慣れておかないといけない。

 「透明ドローン」を三つほど動かして情報量を増減させ、辺境伯領都アルコーナスという一都市ぐらいなら何とか自分を安定化させることができた。使いこなすにはもっと時間が必要だけど、とりあえずはこれでいい。

 転移の感覚も前とは違う。「透明ドローン」を含めた複数ある「梵我一如」スキルの起点のうち、どこに身体(からだ)を配置するかというだけに過ぎない。

 いつの間にか、一度に制御できる「透明ドローン」の上限数も増えている。おそらくその上限を決定する要因が、「透明ドローン」の制御能力ではなく情報そのものの制御能力に変わったからだろう。「覚者(仮)」という新しいギフトも影響しているかもしれない。複数の「透明ドローン」がある位置に、複数の身体(からだ)を同時に配置できることも確認した。ただしシステムの補助がほとんどない状態で複数の身体(からだ)を操作することは、相当に難易度が高くて今はまだ上手く動かせない。

 私は世界樹の天辺(てんぺん)にある身体(からだ)を消して、綺羅エルフちゃんの屋敷にある「透明ドローン」の場所へ身体(からだ)を置いた。これも転移の一種ではあるだろう。言い換えると、私はいつものように綺羅エルフちゃんの屋敷へ転移した。

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