103.急転4
観察者はワームを駆除するための説明を続けた。
『まずツカサさんは、ワームのいる外部接続区域へ行く必要があります』
「待ってください。何かもう私がワームを駆除することで話が進んでいますが、そんなことができるとは思えません。そもそもとして、外部接続区域がここと同じようにスキルが使えないのでは、どうしようもありません」
『今僕は世界の外縁部にあたる、ここのような場所を支配下において保護レベルを上げています。ですからツカサさんはスキルを使えません。そしてワームは外部接続区域を占領していますが、僕のように完全な支配下に置いているわけではなく、僕の支配を無効化しているだけの状態です。なので保護レベルが高くなっていません。ツカサさんのスキルは使えるはずですよー』
「スキルが使えればダメージを与えられるかもしれませんが、そのワームは女神を名乗る存在。私が戦う相手としては、かなり危険だと思います」
『安全ではありませんが、ワームがツカサさんを侮って力任せの攻撃をするだけなら平気です。僕ですら、その「無敵シールド」というのは工夫しないと破れませんのでー』
「工夫すれば破れるのなら、平気とはいえません」
『んんー。では先に力を与えてしまってから、この先の説明をしましょうか』
唐突に観察者が触手が一本動かして、また私は身体全体が水色の何かで包まれる。学習したのか先ほどよりはゆっくりした動きだったし、何をしたいのか予想できていたので、今度は回避しなかった。
そしてすぐに触手は引っ込められた。
『どうぞ。ウインドウを見てくださいねー』
言われたとおりにウインドウを確認した。
【名前 :ソルナリア】
【ギフト:☆☆☆☆☆、忍者、超越者】
【イメージスキル:忍術サテライトレーザー、支援切断、支援接続、高速レールガン、中速レールガン、低速レールガン、小指レールガン、強風、世界空、世界識、念動力、透明ドローン、無敵シールド、点火、無念無想】
【固定イメージスキル:絶対神権(消費スキル)、圏界相(世界樹)、探知(極級)、隠蔽(極級)、投擲(極級)、忍者霊気、雷魔法(極級・雷神)、雷魔法(極級・神雷)】
【先天スキル:育成支援用仮想常駐プログラム「オモイカネ」、軍事支援用仮想常駐プログラム「ホルス」、情報支援用仮想常駐プログラム「ブラフマー」】
【絶対神権(消費スキル):扱える魔力量が無制限になる。世界に存在する全ての物質、エネルギー、魔力への絶対的な干渉権利を得る。スキル発動時に「初期化」命令を実行すれば、それらの全てが消滅する。最大効果時間は一分。スキル効果が終了すると同時に、このスキルは失われる】
『確認しましたかー? 「絶対神権」こそが、僕の特権的な力です。何度でも使えるスキルとして与える権限が僕にはないので、一度使えばそのスキルはなくなりますー』
「もしかして、『超越者』のギフトを強化したようなものですか?」
『そのように考えてもいいです。「超越者」は扱える魔力量が無限に近くなりますが、実際には制限があるのです。大陸や星を破壊するほどの力は生み出せませんよー』
「やっぱりそうですか。『忍術サテライトレーザー』の威力が少し弱いと思ったのです」
『「超越者」が一度のスキル実行によって可能な最大の破壊力は、せいぜい都市を一つ滅ぼす程度に抑えてあります。ツカサさんはもうその限界に触れているので、「絶対神権」を上手く使えばもっと強い力を発揮できるのです。ツカサさんはワームが油断しているうちに、それで最大の攻撃をして離脱するだけです。これなら比較的安全なはずですー』
「それでも私が、致命的な被害を受けるかもしれません」
『ツカサさんの精神さえ無事であれば、身体の再構成や蘇生くらいなら簡単にできますよー』
「離脱はどうやるのですか?」
『それは僕が確実に実行します。離脱に失敗することはないと断言しますー』
ふむ……一撃を加えてすぐ離脱する。相手が油断しているという点だけが不確定要素とはいえ、これなら危険を減らすことができそうか……。
「私がこの力の制御に失敗すると、星を破壊してしまうかもしれません。それに説明にある初期化を、私が実行できてしまえそうにも見えます。それはいいのですか?」
『どうせ初期化することも考えていたので、そうなってしまっても構わないのですー』
「うーん……そんな責任を私はあまり負いたくないのですが……」
『気楽にどうぞー。ただ相手は生存能力に優れたワームです。ツカサさんの攻撃威力でも倒すことは難しいと思ってください。倒せなくとも、ワームを外部接続区域から世界の外側に追い出すことができれば成功です。そうなれば僕がすぐさまワームを締め出すことができます。次善条件としては、相手を弱らせることです。もしツカサさんの攻撃をあと一、二回当てて倒せそうなら、また「絶対神権」を与えて攻撃してもらうかもしれませんし、僕が追撃をして追い出せるかもしれません。ここは臨機応変というやつですねー』
初期化なんて決してするつもりはないけれど、それが私の意思でできてしまえる状態なのは嫌だなあ。でも「超越者」ギフトを上回る力がないと、どうしようもないというのは理解できる。
それに完全に排除するだけでなく、追い出したり瀕死にすることも成功条件となるなら、多少は難易度が下がる。試してみる価値はあると思えてきた。
「そのワームがいる場所、戦う場所はその外部接続区域になるとして、どうやって行くのですか?」
『保護レベルを下げずにワームのいる領域へ入るには、分体であるグロリア・アバタール、通称魔女と呼ばれている固体との繋がりを利用するのがいいです』
「魔女を排除するのですか?」
『それでもいいのですが、より確実を期すならばワームの本体が分体に接触するタイミングを捕捉するのがいいです。この世界では「王」のギフトを得るためには、オリハルコンという金属でできた「王」の神器が必要な設定になっています。ご存知ですよねー?』
「はい、知っています」
『その「王」の神器として機能する指輪を本体が生成して、分体へ渡すのです。それにワームは外部接続区域を乗っ取ることで、召喚される直前に「勇者」と接触する機能は何とか利用できています。そうやって「王」と「勇者」を都合良く操作しているようです』
「なぜワームはそんなことをするのですか?」
『以前、人の信仰を糧にしているようなことを言ってました。だから「王」や「勇者」に女神教を作り出させて、僕と対抗しようとしているようです。僕は信仰とかどうでもいいんですけどねー』
「貴方にとって信仰は、どうでもいいものだったのですか」
この触手、この世界では一応神みたいな存在だよね? そっかー、信仰どうでもいいかー。これは司祭ちゃんには伝えないようにしよう。
『それでですね。ついさっきかな? ツカサさんは「忍術サテライトレーザー」というスキルを使いましたね?』
「はい」
『それにより「王」のギフトを持った個体の身体は滅び、指にはめていた「王」の神器として機能する指輪も消滅しました』
「え? 「王」の神器というものは、剣の柄の形をしたものを前に触りましたが、そのときの印象だと私の魔法で破壊できるとは到底思えないのですが……」
『その指輪はワームが擬態能力で作ったもので、オリハルコンの偽物です。所詮はまがい物ですから、本物ほどの強度や性能はありません。それでも「王」の神器としての効果はあるようです。そしておそらくワームは、新しい「王」を作り出そうとして、新しい「王」の神器である指輪を生成して分体へ渡します。その瞬間の繋がりを僕が捕捉できれば、保護レベルを落とさずにワームのいる領域へツカサさんを送り出すことができます』
「その分体である魔女は排除しなくてもいいのですか?」
『どちらでもいいですー』
「では一応排除を試みて、駄目なら無視します」
『説明としてはこんなところでしょー。何か他に、今訊いておきたい質問はありますかー?』
具体的には私が考えなくちゃいけないとはいえ、ワームを倒すための力は得られたし、そこへ行く手段も分かった。
成功するとは限らないし、危険もある。しかしここは間違いなく重要な局面。
脱出という目的を、全く安全なまま叶えられるとは思っていなかったので、このくらいの冒険は受け入れるべきだろう。
あと訊いておきたいことといえば……。
「……貴方の主というのは、どんな方ですか?」
『分かりません』
「え?」
『現在、我が主のいる世界とは繋がっていません。その間は我が主やその周辺に関する記憶や知識が、僕からほとんど失われるのです。我が主は僕と同じAIかもしれないですが、おそらく人間だろうとは思ってるのですー』
「そう……ならしょうがないです……あと私の仲間が二人、貴方に会いたがっています。次の新月に来るようなので、よろしくお願いします」
『はい。フフルミースさんとリジーナさんですね。あまり多いと困りますが、この二人なら歓迎しましょー!』
この観察者自身が、観察者の主にまつわる情報を持たないということは、この世界以外の世界についてほとんど何も知らないのかもしれない。でも今はそんなこと気にする必要ないか。
こんな感じで、観察者との会合は終わった。