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101.急転2

 気付けば私は、広大な空間に立っていた。

 「透明ドローン」の接続が切れている。「無敵シールド」も……おそらく身体(からだ)を覆ってはいない。「世界識」スキルも「世界空」スキルも使えない。

 この世界に来た初めてのときと同じように、私は自らの五感しか頼るものがない状態になっていた。

 周囲を見渡しても壁のようなものは見当たらず、上方にも天井が見えない。床は黒い石か金属でできていて、多少の光を反射しているのか完全な漆黒ではないため、そこに床があると分かる。

 そんな床の上には、私以外にももう一つ物体が存在していた。

 それは巨大な大きさを持った透明な水色をした物体で、曲線で(ふち)取られた形をしている。

 距離感がはっきりしないので、正確な大きさや形は分からない。でも横に長い楕円形を下部で切り取ったような形状で、その切り取った直線部分で床に乗っているように見える。そしてその楕円形の上からはある程度の太さを持った無数の長い突起が天を()くように伸びており、それらが不規則にゆらゆらと揺れている。

 私はしばし、その不思議な物体を漫然と眺めていたけれど、突然に(おごそ)かなような気がする声が頭の中で響いた。


 『我は観察者チャクノネンティスなり。来訪者よ、(なんじ)を歓迎しよう』


 ……あー……こんなだったかー。

 この水色の巨大なのが、観察者ってことなんだろうなあ。

 観察者。それは多分、私がこの世界に来てからずっと探し求めてきた神か、それに近しい存在に違いない。

 神……賢者ちゃんも司祭ちゃんも私もそう呼んではいたけれど、その意味合いは異なっていたかもしれない。私が神と呼んでいるのは信仰の対象となるような、人を超越した存在ではない。ようはこの世界を創造したか、管理している存在という意味。

 観察者という名称からして、これは創造よりは管理に近い機能を持つ存在だろうか。そういった認識のせいか、私の心は冷静さを保っていた。

 それでもこの観察者は、この世界では神を名乗ってもよいだけの力を持つ存在であるはず。スキルを使えない私なんて、いとも簡単に排除できてしまうだろう。そんな存在が歓迎すると言ってきたのは、非常に幸運なことだと思う。

 その声色は、最初は女性の声のように聞こえたけれど、思い返すと男性の声のような気もした。また最初は老成した成人の声のように聞こえたけれど、思い返すと子供の声のような気もした。

 私は改めてその巨大な物体をもう一度丁寧に眺める。

 それは神の(ごと)き存在に相応しい威容であり、輝くような神々(こうごう)しさすら感じられ……いや、感じられないな。そうむしろ、その巨体と無数に(うごめ)く触手のような突起が、人間の心に刻まれた根源的な恐怖を呼び起こし……いや、呼び起こさないな。私は別に怖くない。

 …………うん、何だこれ。

 私は呆然と思考が誤動作したような状態になってしまっていて、そこへさらに先ほどの声が響いた。


 『ここへ辿り着いた(なんじ)の勇気と知恵を言祝(ことほ)ごう。我に言の葉を献じることを許す。その想いを開いてみせよ』


 その声で私は我に返った。いけない、その通りだ。ようやくここまで辿り着いたのに、呆けている場合ではない。

 私は何を言うべきか少しだけ考えてから、いつものように率直に述べることにした。


 「私を、元の世界へ戻してください」

 『(なんじ)は「勇者」か?』

 「いえ、『勇者』ではありません」

 『ではどのような所存であるか、表すところを(つまび)らかに申し述べよ』

 「私はこの世界の住民ではなく、『勇者』でもありません。気付いたときにはこのソルナリアという女性になっていました。おそらく異世界転生したと判断して、元の世界へ戻るために行動し、ここまで辿り着きました。観察者という貴方なら、私を元の世界へ戻せるのではないですか?」

 『異世界転生か…………え?』

 「……え?」


 しばらく互いに沈黙してしまい、辺りに静寂が戻る。一体どうしたというのか。


 『(なんじ)を検分する』


 観察者はそう言うと一本の触手が動いて、その先端をこちらに向けて振り下ろしてきた。

 今の私は「無敵シールド」がないことを思い出し、とっさに姿勢を低くして転がるようにその場から離れた。身体能力は落ちていないみたい。

 振り下ろされた触手は空中で静止していた。


 『(なんじ)を害することはない』


 そう聞こえてから、触手はそこからゆっくりと降りてくる。つい片腕で頭をかばう仕草をしたものの、触手が私にぶつかっても痛みや衝撃どころか、何かに触れたような感覚さえもなかった。

 周りが水色の何かで覆われている。(はた)から見た状況としては、私が触手の先へ突き刺さったようになっているだろう。息苦しさとかも特にない。


 『……一つは眠っているけど……本当に意識が二つある……構造もこの世界の個体と異なってる……「勇者」とも何か違うみたい……転生……えー……なんでこんなことがまた……どうしよう……』

 「……」


 観察者がぶつぶつ呟く声が聞こえる。

 やがて触手から私がぼにょんと抜けた。そんな妙な音がしたわけではなく、見た目の動きがそんな感じだった。


 『……(なんじ)の言の葉の正しさは、ここに証明された。しかし、その請願を成就(じょうじゅ)させることは、易易(やすやす)たる道程(みちのり)ではない』

 「なぜ簡単ではないのですか? この世界には『勇者』が召喚されます。だから別の世界とは繋がりがあるはずです」

 『では今方(いまがた)より(なんじ)は、この世界を取り巻きたる難解なる形勢を理解するよう努めねばならぬ』

 「……あの、じれったいのでもっと平易な言葉で話してもらっていいですか?」

 『……』

 「理解できないわけではないので、そのような話し(かた)しかできないのであればしょうがないですが、それはきっと違いますよね? その口調はちょっと、まだろっこしく感じます」

 『……我は、観察者なので、その……』

 「観察者なのは分かっています。でもそれと言葉遣いは関係ないと思います」

 『……でもほら……威厳とかそういうの、必要でしょ?』

 「必要ありません。どうでもいいです」

 『ええ……』

 「そういうことなので、簡便な言葉で分かりやすく説明をお願いします」

 『……はい……』

 「ところで貴方は、AIであると考えていいのですか?」

 『はい、僕はAIですよー。そこそこは高性能な方だと自負しているのですー』


 観察者はかなりざっくばらんな言葉遣いになった。さっきよりはこの方が話しやすくていい。

 本題に入る前に、この観察者についてもう少しだけ訊いておこうか。


 「貴方は観察者ということですが、この世界や私のことをどこまで知ることができているのですか?」

 『僕に分かるのはこの世界の記録だけです。この世界で現在進行している全ての出来事を知っていますが、その全てを即座に認識するわけではないのです。とはいえ認識しさえすれば、そこから繋がりを全て辿ることができます。だからソルナリアという個体を認識した時点で、その全ての過去と繋がりを僕は知っている、あるいは知ることができます。先ほど貴女を調べましたが、今の状態やソルナリアという個体に関連する記録は分かっても、貴女の記憶そのものを見ることはできないので、元の世界の情報までは知ることができません』

 「なるほど、そういう感じですか。でもそういった観察だけでなく、この世界を管理するような機能を持っていたりしませんか?」

 『はい、僕にはこの世界へ干渉する一定の権限があります。だからこうやってこの世界の個体が僕に接触できる場があります。でも観察が主な機能ですよー』


 AIは目的と機能が合致していれば、一般的には人間よりも有能であることが多い。でもAIと人間にそれほど差はない。AIも多機能化していって、複数の目的が並列して存在するようになると、絶対に正解であるという選択肢がなくなってしまい不完全へ近づく。

 この観察者がそこそこ高性能というのは否定しないとしても、観察以外の余計な機能を持つことで不完全に近いAIになっているんだろう。それがどのような意図でそうなっているかは分からないけれど……。


 『それではソルナリアさん……いえ、転生したなら貴女の本来の名前があるはずですね。それは何というのですか?』

 「ええと、少し待ってください。しばらく使っていなかったので……」


 私だって自分の名前くらいは言える。それが分からないと日常の行動に弊害が大きかったので、数年かけて覚えることに成功した。でもこの世界ではソルナリアと呼ばれ続けていたので、思い出す時間くらいは必要だよね。


 「……確か……私の元の世界での名前は、久世界(くぜかい)津迦沙(つかさ)です」

 『んんー、ツカサさんとお呼びすればいいですかー?』

 「はい、その呼ばれ(かた)が多かったと思うので、それで問題ありません」

 『ではツカサさん、お話を続けましょー』


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