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第四話『敵の敵は味方の敵』

レオナは驚きのあまり、パトカーのほうを見たまま呆然とその場に立ち尽くした。

パトカーの助手席から一人の警官が降りてきた。30代前半くらいだろうか。警官が近づいてきたので慌てて警棒を特攻服のポケットに突っ込んだ。


「君たちかな?通報のあった夜中に騒いでる二人組ってのは」

「通報?何の話よ」

「つい10分程前に110番通報があってね。大きい音がして目覚めて窓の外を眺めたら、暴走族二人が睨み合っていたって。様子を見ていたら、一人が笛を何度も吹いてうるさくて眠れないから、なんとかしてくれってさ」

「…何も知らないわよ」

「おやおや、何も知らないだって?おかしいねぇ、それならその格好はなにかな」


警官はレオナの服装をまじまじと見つめた。


「これは、その…コスプレ、よ」

「コスプレ?ずいぶん本格的だね。だいたい君未成年だよね。こんな時間に出歩いてていいのかな」

「…保護者同伴だから。ほら、そっちにいるでしょ」

「へぇ。そっちのお姉さんさ、あの子はああ言ってるけど、どうなの?」


「んんーっ」

「喋れない、のかな。いや、喋りたくないのかな。じゃあ若い君に聞くけど、あの人とはどういう関係なの?」

「あ、姉よ。姉は極度の人見知りで、人前に出ると緊張して喋れなくなるのよ」

「ほんとにぃ?嘘ついてなぁい?客観的に見て、暴走族の君があのお姉さんからカツアゲしているとか、暴力を振るったように思えるんだけど、気のせいかなぁ」


暴走族にとっての永遠の敵、それは警察である。いくら魔法の力があっても警察相手にはそう簡単に手出しできないだろう、なら警察を呼べばいいとセイラは考えた。

問題なのは如何にして警察を呼ぶのかであった。セイラは日頃からスマホの類は持ち歩いていないし、そもそもレオナの目の前で自ら110番通報するなんて真似をレオナが許してくれるはずもなかった。


そこで思い至ったのが、第三者に110番通報させることだ。

今は夜中であるから通行人にたまたま出くわすことは期待できない。それなら近隣住民の力を借りればいい。

夜中に騒音を出せば近隣住民が通報することはレディース時代の経験で嫌と言うほど知っていた。


レオナの笛は身体の自由を奪う憎むべき笛だが、同時に作戦に大いに役立つ神アイテムでもあった。

時折魔法とは関係なしに笛を吹く様子から、レオナにはイライラすると笛を吹いてしまう癖があることを察した。だからわざとミカンをゆっくり味わい、レオナを怒らせ何度も笛を吹かせた。


その結果、近隣住民の誰かが通報してくれたようだ。

パトカーのサイレン音が消えたのには焦ったが、住宅街に入ったから音を消しただけだったようだ。


セイラは先程特攻服を脱ぎ捨てたお陰で暴走族と認識されなかったが、レオナのほうはそうはいかなかった。

特攻服を着た少女と、服装が乱れ息の粗い女。この二人の組み合わせを見た第三者が、この警官のような印象を抱いても不思議ではない。


「ち、違う。あんまりしつこいと、アナタも黙らせるわよ」

「おー怖い怖い。それって脅迫かなぁ?いいのかな、おじさん警察官だよ。公務執行妨害で逮捕、しちゃおうかなー」

「やれるものならやってみなさい。どうせアナタも笛の音には逆らえない」

「ん、その笛。やっぱり騒音は君の仕業だったんじゃないか。はい没収。

他にも隠し持ってないか調べさせて貰うね」


警官が軽い身体検査を行い、首から下げていた金属製の笛も見つかった。さらに隠していた警棒も発見された。


「警棒なんて何処で手に入れたのさ。これも没収だよ」

「返して。警察権力の横暴よ」

「はいはい、詳しい話は署で聞くから、パトカーに乗りなさい」


よし、いいぞポリ公。そのままレオナをしょっ引いてくれ。

そこへ運転席から降りてきたもう一人の警官がやって来た。こちらは50代だろうか。


「おい中野。何をやっている。俺は夜中に出動させられてピリピリしてんだ。さっさと済ませろ」

「あ、先輩、すみません」

「まったく、暴走族という連中は、昔から夜中にばかり問題を起こしやがって。

…ん、そっちの倒れている女性の顔、どっかで見たことあるような…」


警官がセイラに顔を近づけてまじまじと見つめた。

セイラはとっさに顔を背けた。警官の顔に見覚えがあったからだ。

レディース時代に散々世話になったサツが二人いたが、そのうちの一人が今目の前にいる大脇大介おおわきだいすけだ。


警察が来るのは作戦通りだが、こいつが来るなんて予想だにしていなかった。

折角のチャンスだと思ったら、またピンチじゃねぇか。大脇に気づかれたら、もう一人の暴走族がアタシだってバレてしまう。


幸いなことに、今は特攻服を着ていない上に、昔みたいに髪も赤く染めてないからか、どうやら大脇はセイラだと気づいていないようだった。


「気のせいか。まあいいや、済まないけど、お姉さんも署まで来てもらえねえか。事情聴取しねぇとな」


アタシは首を横に振った。事情聴取なんて呑気にしてたら正体がバレそうだからな。


「嫌かあ。確かに夜遅いからな。じゃあお姉さんは日を改めてでいいから、事情聴取させてくれよな。

それから夜道は心配だから、パトカーで家まで送るよ。通報によると、暴走族は二人いたらしくてさ。一人はこっちの子で間違いないだろうけど、もう一人はまだどこかに隠れているかもしれないし。また暴走族に襲われでもしたら大変だからね」


アタシは再び首を横に振った。かつて色々問題を起こしたせいで自宅の場所まで把握されてしまっているからだ。


「そう?でも心配だなぁ。ほら、最近暴行事件が多発してるじゃない。お姉さんこの近くに住んでるの?住所は?黙ってると分からないよ」


アタシだって喋りたい。ずっと黙ったままだと怪しまれるから。けど喋れないんだ。


魔法をかけた張本人のほうを見やると、笛と警棒を失ったにも拘らず、まだ余裕そうだった。

まさかまだ何か策があるというのだろうか。


レオナは何やら中野と揉めているようだった。


「もういいわよ。どうせ逮捕するんでしょ、私のこと。それならとっとと手錠をかけなさい」

「急に潔くなったね。でもさ、よく考えてみたら、笛の件については厳重注意で済ますところだし、警棒の所持が軽犯罪法に触れなくもないけど、このご時世だからさ。

ほら、例の霧。あれのせいで職を失った人が暴力的になる事件が多いからって、護身用品の所持が多めに見られてるんだよ。だから正直難しいんだよね、逮捕となると」


「は?アナタ、さっきまであんなに逮捕する気満々だったのに、何グズグズしてるのよ」

「いやぁ、先輩が怖いんだよ。ここだけの話、この前万引き犯を現行犯で逮捕したつもりだったんだけど、犯人を取り違えたんだよね。

僕の誤認逮捕の件で先輩まで減給喰らったらしくて、こっぴどく叱られたよ。だから逮捕だけは慎重にね」


「はぁ…そう、分かったわ。それなら嫌でも手錠を掛けたくなるよう応援してあげる」


そう言ってレオナは中野のくるぶしの辺りを蹴飛ばした。


「痛ああ!君、それはさすがにダメだよ」

「何がダメなのかしら。具体的に言葉にしてくれないと分からないわ。私、まだ子供だから人の意思を汲み取るのが苦手なの」


今度は脛の辺りを力強く蹴飛ばした。


「痛いじゃないか!もういいよ、これなら先輩にも文句は言わせないさ。公務執行妨害で君を逮捕する」

「私が聞きたかったのはそれよ。初めからそうすればよかったのよ」


レオナは左腕を差し出し、同時に右手の親指と人差し指の指先を咥えた。そしてヒューと指笛を吹いた。

それと同時に中野がレオナの左手首に手錠を掛けた。


「やっぱり手錠は煩わしいわね。外して」


再びレオナが指笛を吹くと、中野が手錠の鍵を取り出し、今さっき掛けたばかりの手錠を取り外した。


この様子を見ていたセイラは瞬時に理解した。


あいつ、警官に魔法をかけやがったな!


指笛でも魔法が使えるなんてズルいじゃねぇか。

くそっ、きっと手錠を掛けるよう念じながら指笛を吹いたに違いない。

本当は笛なんて必要ないんだろう。でも指笛が下手だから普段は笛を使っているのか。

いや、そんなことはどうでもいい。


レオナは笛と警棒を取り戻した。おまけに警官一人を手駒に加えやがった。

いや、もう一人、大脇も手駒にするのにそう時間はかからないだろう。そうなれば、今度こそお終いだ。


「中野、と言ったかしら。あなた、その手錠をセイラに掛けなさい」


ピッと笛を吹いた。中野がこっちに向かってくる。


「く、来るならさっさと来い!レオナは殴れないが、サツには攻撃できるはずだ!そうだろ!」

「強がるのはよしなさい。中野巡査を殴ったところで私は痛くも痒くもない。もう詰みよ」


くそ、本当にこれまでか…いや、待て。今アタシ、喋ったよな。てことはもしかして――


「中野。何をしている。さっさとそのガキを警察署に連れて行く準備をしろ」

「先輩。何故だかよくわかりませんが、今最も注意すべきなのは、そっちの女です」

「何を言っている。こっちは一般人だ。通報とは関係ない」


大脇が中野のほうを振り返った隙にアタシは立ち上がった。そしてパトカーから離れるように暗闇へ走り出した。


「足掻いても無駄よ、セイラ。止まりなさい」


レオナが落ち着いた様子で笛を吹いた。しかしセイラが止まらないのを見てはっとした。


「しまった、魔法が解けている!そうか、私が警察と揉めている間に時間切れに…」


レオナは慌ててセイラの後を追った。

セイラが丁字路で右に曲がったのを確認した。


「止まりなさい!…いえ、違うわ。また魔法にかければいいのよ。そのまま走り続けなさい!」


セイラに笛の音が届くよう強く吹いた。


「これでまた魔法にかかったはず。すぐに命令して止まらせようかしら…いえ、角を曲がってセイラの様子を見てからでも遅くないわね」


レオナはようやく丁字路に差し掛かった。少し息を整え、角を右に曲がった。


その瞬間、レオナの視線が宙に飛んだ。

いや、飛んだのは視線だけではない。体全体が宙を舞ったのだ。


それに遅れて顎に猛烈な痛みが襲って来た。

角の陰で待ち伏せていたセイラから顎にアッパーを食らったのだ。


レオナは背中から地面に倒れ伏せた。

意識が遠のく中、辛うじて笛を口元に運んだ。

しかしそれを吹くことは叶わなかった。笛をセイラに奪われたからだ。

抵抗する気力を失ったレオナは程なくして意識を失った。


「狡猾なお前のことだ、アタシが逃げると分かっていたらそのまま走れと命令し、笛を吹いて魔法をかけようとするだろうと読んでたぜ。だから敢えて立ち止まり、お前が油断するのを待った。

お前の敗因は、自ら前線に立ったことだ。あの警官二人をさっさと操り人形にしてアタシに差し向けていれば、後ろから安全に対処できたはずだ。って、もう何も聞こえてねえか」


セイラは腰に手を当て、大きく伸びをした。

思えばファミレスからは随分と離れてしまった。

レオナとの決着が付いた今、長居は無用だ。時間はかかるけど歩いて帰ろう。


今来た道を戻ろうとしたとき、さっきの二人の警官の姿が見えたので慌てて角に身を潜めた。


「先輩、暴走族を取り逃がしてすみません」

「その話はもういい。叩いても叩いても次から湧いて出るウジ虫共を相手するのは面倒だ。それより問題なのは先に逃げた女だ。何処かで見た顔だと思ったら、あいつ、鉄拳のセイラじゃねぇか」

「鉄拳のセイラって、あの伝説の…?」

「伝説なんて大層なもんじゃない。所詮は半グレ、社会のゴミだ」


何てことだ。レオナがアタシの名前を連呼したせいで大脇の野郎が気づきやがったじゃねぇか。どうしてくれんだ。


「おい、起きろ」


小声でレオナに呼びかけながら頬をはたいた。20回ほど叩いたところでやっと意識を取り戻した。


「何よ、まだいたの…」

「寝ぼけながらでいい、逃げるぞ」

「逃げる…どうして?誰から逃げようとしてるの?」

「さっきのサツだ。お前も面倒ごとは避けたいだろ」


レオナは目をこすって起き上がり、自分の所持品を確認した。


「笛が無い…アナタが盗ったのね。返しなさい。私が笛で警察を足止めするから」

「ダメだ。アタシに魔法をかけて囮にして、てめぇ一人だけで逃げないとも限らないからな」

「はあ…そんなことしないわよ」


レオナは不服そうだったが、笛を諦めてアタシと並んで走り出した。


二人の姿を見つけた警官が大慌てでパトカーに戻っていった。


「でもどうしてアナタまで追われているの。何か悪いことでもした?」

「分からねえ。悪さをしてたのは昔の話だ。強いて言えば、通報にあった暴走族だと思われているからか」

「そう。で、何処まで逃げる気?」

「お前のバイクのところだ。二人乗りして遠くまで逃げる。悪いがヒメには歩いて帰ってもらう。

あいつは無害そうな面してるから、特攻服さえ脱げば暴走族だってサツにバレないだろ」


レオナは首を横に振った。


「三人よ。サイドカーが付いている。そもそもあの子を居残りさせたのはパシリに使うためじゃない。アナタとヒメの二人に用事があるってリーダーは言っていた」


逃げる途中で脱ぎ捨てた特攻服とレオナが地面に投げたみかんを拾った。


「そのミカン、どうするの?」

「どうするの、じゃねえよ。これはお前のものだ。皮を剥けばまだ食えるから、ちゃんと責任取って食えよな」

「…分かったわよ。でも走りながらだと食べにくいわ」


「アジトに帰ってからゆっくり食えばいいだろ。ちゃんと味わって欲しいからな」

「でもそれだと、また捨てちゃったらアナタに分からないじゃない」

「アタシが見張ってるんだ。そんな真似はさせねぇ」


セイラは照れ臭そうに答えた。


「それって…」


「アタシも付いて行ってやるって言ってんだ。何度も言わせんな」


セイラの言葉を聞いたレオナは、それが聞き間違いでないことを頬をつねって確かめてから安堵の表情を浮かべた。


「いいの?あんなに嫌がってたのに」

「なんかこう…殴ったらすっきりした。だからもういいんだ。

それに、どのみちアタシらはサツから隠れなきゃなんねぇ。お前らのアジトに隠れるのが好都合ってことだ。

それだけじゃねぇ。お前のその力、魔法とか言ってたな。その力の正体をこの目で確かめたくなった。

ここまで言えば納得してくれたか」


「分かった。そういうことにしておくわ。それでオカアチャン様には言っておかなくていいの?」

「変な呼び方すんな。そうだな、母ちゃんにはあとで電話の一本でも入れるか」


そこへ前方からヒメがバイクを押して歩いているのが見えた。


「はぁ、はぁ…どこ行ってたんですかレオナさん。って、どうしてパトカーが!何があったんです!」

「話は後よ。今はとにかく逃げるのが先」


後ろを振り返るとパトカーがすぐ後ろまで追ってきていた。さっきと打って変わって夜中だというのにサイレンを鳴らしている。

レオナがバイクに跨り、その後ろにセイラ、サイドカーにヒメが座った。


「じゃあ出発するわよ」

「ちょっと待ってくれ」


セイラは特攻服に袖を通し、スカートの右ポケットに残っていた5つのミカンと警棒を全てヒメに渡した。


「これはお前が預かってろ。ミカンは食ってもいいが…いや食え。食って少しでも力を付けろ」

「あ、ありがとうございます…」


ヒメは少しおびえながらもミカンを受け取った。


「それ、着たら警察に正体を晒すようなものじゃない?」

「いいんだよ、もうバレてるし。今日は冷えてるから少しでも暖かい格好をしようと思ってな。それに、この方がカッコいいだろ」

「そうね。じゃ、行くわよ。しっかり掴まってなさい」


エンジンを空ぶかしする音が夜の静寂をかき消した。クラッチレバーを離し、バイクを急発進させた。

ギアチェンジをするとスピードが見る見るうちに上昇し、あっという間にパトカーが見えなくなった。



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