聖女を1人見つけたら100人いると思え!
「……それで、今度の聖女はどんな能力を持っていたんだ?」
「触れた物体の価値を底上げする、『祝福の聖女』だそうです。剣や盾に触れれば、如何に劣悪な安物であっても聖剣や聖盾に匹敵する性能に様変わりし、最低品質の回復薬も、ほんのひと撫でするだけで極上のエリクサーへと変貌するそうです」
「はあ……またとんでもない聖女が現れたな。今のところ敵対の意志がないのであれば、至急交渉班を向かわせ、出来るだけ能力の使用を控えるよう穏便に説得しろ。もしこちらに敵対の意思を以て攻撃を加えてくるようであれば、直接俺が出向く」
「了解しました!」
俺は聖女渉外対策委員会の委員長を務めているアラン。この世界には5年前から唐突に大量の聖女が発生し始めた。正確に表現するならば、ある時を境に突然聖女の力に目覚めると言うべきだが。
その原因は、10人目に現れた『神託の聖女』のお告げによって明らかになった。彼女は創造神の言葉を受信し、代弁することが出来る能力を持っていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『えー……テステス……地上の皆さん、聞こえますかあ? 創造神のエブリン様ですよ~! こんにちは~! ……あれれ~、何だか挨拶の声が小さいなあ……こんな元気が無い世界滅ぼしちゃおっかなあ(小声)』
『こ~んに~ちは~!!! はい、いいお返事ですね! 今日は聖女の大量発生に関する皆さんの疑問にお答えします!』
『ずばり、聖女を大量発生させた理由は、皆さんの信仰心が足りていないからです! 最近ちょっと科学が発展したからって、調子に乗り過ぎていませんか? ああん!? どこかの哲学者が「神は死んだ……」なんて格好つけて言ったのを、エブリン様の地獄……じゃなくて創造神耳は聞き逃しませんでしたからね! こちとら現役でピンピンしてるっつうの!』
『おっと失礼。話が脱線しましたね。天狗になっている皆さんに、ちょっとした粋なプ・レ・ゼ・ン・トってことです! 私は異世界のヒステリー神のように洪水を起こすような暴力的解決策は嫌いなのでね。エブリン様はインテリ創造神ですから』
ちなみにこの時、神託の聖女は赤面しながら目の横で片手横ピースサインをしてウインクする決めポーズを取っていたらしい。彼女はそれ以来最も不憫な聖女として手厚く扱われている。
『まあ、科学文明の力を手に入れた皆さんなら、この程度のトラブル何とかできるんじゃないですかねえ。便利な能力を持っている聖女もたくさんいますから、きっと素晴らしい世の中になるでしょうね~』
『ではでは、地上の皆さんの健闘を祈ります! ばいばーい!』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
要するに自分のことを信じなくなった地上の子供達への嫌がらせってことらしい。とんだ創造神だ。奴の言葉を代弁し終えた神託の聖女は、それはもういたたまれない様子だったと聞いている。
既にその当時、数名の暴走した聖女によって、トラブルが続発していた。最も大きな問題を起こしたのは『滅却の聖女』だ。彼女はこともあろうか勇者を消滅させてしまったのだ。
原因は勇者の浮気である。自分を生涯愛すと誓ったはずの勇者が、女騎士と密かに関係を持っていたことを知り、ブチ切れた彼女は勇者をその手で文字通り滅ぼした。
本来勇者の称号を持つ者は、何度でも繰り返し復活し、魔王と戦い敗れた時のみ転生して、また新たにこの世に生を受けるはずなのだが、滅却の聖女は勇者という概念そのものをこの世から排除してしまったらしい。
更に彼女は食べ物をいくらでも無限に生み出すことのできる『豊穣の聖女』を拉致し、王宮を占拠したあげく出入口を全て『消滅』させて完全に立て籠ってしまった。
その後も新たな聖女が続々と現れた。大人しく慎ましやかな生活を送る聖女もいる一方で、自分の欲求に忠実に従い破壊の限りを尽くすような聖女もいた。
こうした世界規模の危機的状況に対応するため設立されたのが『聖女渉外対策委員会』だ。そしてこの俺がその委員会の委員長に抜擢された。その理由は……
「魔王様~。交渉班から連絡が来るまで当分暇ですから、私とお茶でも致しませんか?」
「アランと呼ぶように何度も言っているだろう! 未だに俺のことを白い目で見る人間共も多いのだから」
「えへへ。すみません……つい癖で」
元魔王の俺には聖女の能力が一切通用しなかった。そんなことは俺自身、知る由も無かったのだが、腕試しと称して片っ端から魔族を蹴散らしつつ、魔王城に攻め込んできた『剛腕の聖女』と闘ったことで明らかになった。
ちなみにその後、俺が『聖渉対委員長』を任されるにあたり、剛腕の聖女は人間の身でありながら魔王代理を務めることになった。人間界では歓声が巻き起こり、魔界では喚声が鳴りやまなかったという。
就任のスピーチでは「いくら全力でぶん殴っても死なない魔物が山ほどいる魔界のことが大好きです」という言葉に失禁、卒倒、脱走する魔族で阿鼻叫喚状態だったと、かつての部下が涙ながらに語っていた。
秘書のイザベラも『魅了の聖女』として目が合う異性を悉く虜にしていたのだが、本人は男性恐怖症だったそうで、それなりに辛い日々を送っていたらしい。最近になって克服できたようだが、今までの反動なのかしつこいぐらいに絡んでくるのが非情に鬱陶しい。
「俺達に休息なんてあるわけないだろう。今回見つかった聖女で既に100人目だぞ。またすぐにどこかで聖女がトラブルを起こして報告が飛んでくるに決まって……」
「すみませ~ん! 大変です~!」
噂をすれば影が差すと言わんばかりに、突然神託の聖女が駆け込んできた。
「どうしたんだ?」
「実は、しばらく前から創造神様の神託が途切れてしまうことが増えていたんですが、ここ数日全く声が聞こえなくなってしまったんです……一体どうしたんでしょうか!?」
神託の聖女からの報告を受けて、頭の中に嫌な考えがよぎる。100人目の聖女に途絶えた連絡……まさかとは思うが……。
「……なあ、創造神の声が限りなく小さくなっているとは考えられないか? 君の方から集中して受信してみてくれないか。俺の魔力も可能な限り分け与えよう」
「確かにそう言われてみれば最近少し元気がないようでした……分かりました! やってみます!」
神託の聖女の手を握り、体に巡る魔力を彼女に流し込んでいく。隣で「手えええ!!! 私もまだ握ってもらったことがないのにい!!!」とイザベラがうるさいのは無視する。
「あっ……やっと繋がりました!!! 神託の交信、始めますね……」
そう言うと、神託の聖女の目は虚ろになり、彼女とは異なる声がその口から響いてきた。
『いきなりそっちから連絡を寄越すなんて珍しいねえ。また苦情かい?』
軽薄なセリフとは裏腹に、聖女を通して語る創造神の口調は、どこかしら息苦しそうに感じられる。
「ひょっとして、お前、存在が消えかかっているんじゃないか?」
『……へえ、さすが魔王! よく分かったね!』
「何ですって!! アラン様、一体どういうことですか!?」
「この世界の妖精は人間の信じる力、いわゆる信仰がそのまま生命力になっていることは有名だろう? 都市部に妖精が存在しなくなったのは、彼らが実在していることを信じないものが増えたからだと言われている。もし妖精に限らず『神』もまた同じように人間の信仰により存在しているのだとしたら……」
「人間が信じることをやめれば、神はいなくなってしまう……」
『全く……本当にあの哲学者ムカつくよね~。「神は死んだ……」じゃなくて、お前に殺されたようなもんだっつうの。……まあ本当は、遅かれ早かれこういう時期が訪れるのは避けられなかったんだけどね。だからこそ、完全に消滅してしまう前に、私の力を少しずつ地上に分け与えようと思いついたってわけ!』
「それが100人の聖女だったのか」
『そういうこと! 幸い聖女への信仰はまだ廃れていなかったからね』
「それにしても、聖女を選ぶ際にもう少しまともな人選は出来なかったのか? 下手したら戦争になりそうなケースまであったんだぞ!」
『善悪なんて時代と環境によってコロコロ変わるものでしょ? 何よりどんなに正しく感じられたとしても、一つの思想や考え方に大きな力が集まるということほど危ういものはないのさ。だから完全にランダムに割り振ったんだよ』
「それにしては女限定じゃないか」
『まさか、魔王ともあろうものが男女差別反対だなんてナンセンスなことを言い出すんじゃないだろうね? 元々は「聖人信仰」だったのにおバカな男共がアホな行為を繰り返したせいで「聖女信仰」になっちゃったのを私のせいにしないでくれる?』
「……もしかして勇者を消滅させたのもお前の仕業か?」
『すごいなあ、魔王は。勘の良さと切り替えの早さが。しばらくは勇者と魔王が争っている場合じゃなかったからね。ルール違反ではあるけれど、ちょっとだけ直接地上に干渉しちゃいました。てへぺろ』
「ただの聖女が勇者を存在ごと消滅させるなんておかしいと思っていたが、そういうことか」
『でも消えたわけじゃないから安心して。勇者の存在は私と一体化しているだけだから。ちなみに君だって元は私の一部なんだからね!』
「最終的にお前はどうなるんだ?」
『そのうち、勇者として君の前に現れるかもね~』
「……ああ、その時は元創造神の威厳なんて見る影もなくなるまでボコボコにしてやるから覚悟していろ」
それより前に神託の聖女から刺されそうな気もするが、こいつには黙っておこう。
『うわあ……生みの親である創造神に対して不敬すぎてドン引きなのですが……じゃあ、そういうことだから。後はよろしく頼んだよ! またね~』
長時間の交信により、ぐったりした様子の神託の聖女。だがその顔に薄っすらと不気味な笑みが浮かんでいるのを見逃さなかった。そして不安気に俺を見つめるイザベラ。
「創造神様が本当にいなくなってしまわれたら……私達、一体どうなってしまうのでしょう?」
「別に今までと何も変わらんだろう。ひょっとすると、長い年月が経つうちに聖女や魔王、勇者の存在すら忘れ去られていくのかもしれない。だが、そうなったらまた何か別の支えを見つけていくさ。人間も魔族もそんなにヤワな生き物ではないだろう?」
しばらく考え込んでいたが、ふと顔を上げて彼女は微笑んだ。
「……ええ……そうですね! 私も隣に魔王様がいれば十分ですし!」
少なくともこの切り替えの早さだけは大したものだ。誰に似たのかは知らないが。
「だからそう呼ぶなと何度も……もういい」
創造神がいなくなるからといって、あるいは「後は頼む」なんて雑なバトンタッチをされたからといって、神の代わりをするつもりなんて毛頭ないが、一度引き受けた聖女渉外対策委員長の役目は果たさなければならないだろう。
100人の問題聖女共をまとめあげるのは大変だが、頻繁に仲間割れする魔族を従える苦労と比較すればそこまで大差ない。
取り敢えずは、先のことを考えて少し憂鬱になった心を休めるためにも、しばしの間ティータイムを楽しむとしよう。