第90話 帰宅
出立の予定を早めた経緯もあって、騒ぎにならないよう裏門からひっそりと、ウォーレスさんや使用人達の見送りを受けて実家へ向かう。
予想はしていたけど、頼まれていた仕事を片付けようにも微細な揺れもあって非常に効率が悪い。計算は出来ても書き込めず、押印すらままならないとは。結局実家に着いてから腰を据えてやる事になった。
なので父と代わってもらって気分転換をする事にした。
開けた場所に竜車を止めて父に代わって馬に乗る。すると父は竜車に入らずそのまま御者台に行き「シャロンさん。息子の乗馬姿を見てみたいから申し訳ないけど代わってもらえないか?」なんて言ってる。
俺は知ってる。もっともらしく言ってるけど女性だらけの場所に混ざるのが嫌なんだろう。よくわかる。慣れてきた俺でも気を遣うんだから、あそこに一人放り込まれたら居た堪れないんだろ?。ミエミエですよ。父上。
「無論ですとも。ご子息は既に立派に乗馬出来る技術がありますが、何かアドバイスでもあればしてあげて下さい」
父にもあの空間で俺の気持ちを体験して欲しかった、なんて悪戯心を抑えつつシャロンさんが竜車の中に入るのを確認すると、父はレリクさんと一緒に御者台へと腰掛け俺に並走する。
レリクさんが会話できる程度に速度を落としてくれたので、父が感心した顔でオレに話しかけてきた。
「やるねヴェル。その年で馬に乗る事が出来るなんて本当に大したものだな」
「それなりに練習しましたよ。お父様はいつ頃から乗れるようになったのですか?」
「学園に入って1年目ぐらいだったから13歳ぐらいだと思うよ」
「だったら、今の僕と大して変わらないじゃないですか?」
「それでも私は、ヴェルの成長が嬉しいんだよ。親だからの感情だな」
前世では親になるどころか結婚すらしていないからそりゃ分からんわ。でも、父の顔が幸せそうで俺も満足だよ。
「そういえば、馬に乗って戦うなら槍が有効なんだが、ヴェルは槍術もやってるのか?」
「いえ。まだ刀で手一杯ですよ」
ユグドクラシルの武器は自由に形を変えられるので、槍の戦闘技術を身に着けるのもいいかもな。馬上で槍はかなり有効だと言うのは知識として俺もわかってる。
「そうか。それはそうだな。何でもかんでも出来る息子を持つと期待もするし、つい10歳の子供だと忘れてしまうよ」
そうだ、俺も自分が10歳だってことを忘れたりする。馬を操り魔法を創生し迷宮を制覇する小学4年生か。設定が間違ってる。マイアみたいに素で恋愛小説の闇にはまる小学生3年とかも末恐ろしいわ。
「過剰な期待はしないでくださいね。これでもプレッシャーを感じているのですから」
俺の知ってる10歳の息子と親との会話じゃないな。とは思いつつ、父とのこの微妙な距離感と愛情の中ドライな感じが妙に心地いい。むしろこれを受け入れる父は偉大だと思うよ。
故郷の景色を見ながら道を進んで行くと、ヤギが畦道に生える雑草を食べている。
長閑な田園風景をしばらく進むと見慣れた自宅が見えてきた。屋敷を出てからの出来事が一気に思い出される。
『そうだ。コレラが収束したあと、あまりにも多くのことがありすぎた』
元々ウォーレスさんの屋敷に行く事が目的だったのに、なぜか(別の思惑により)王都に行くことになり謁見⇒伯爵家の子女だけじゃなく何故か姫様と婚約(専属騎士の儀)⇒預かりと言いつつ伯爵位を賜り新居を建てる。
極め付けは神様から勇者だと……強制的に世界の命運を任される責任を負わされると言う意味では、スローライフを目指している者からしたら吐き気を催すくらい重いんじゃないかな。ぶっちゃけ、俺自身望んだわけじゃないし。
前世で聖女として生きたジュリエッタはその記憶から受け入れるだろうけど、ここでいきなり役目を負わされたマイアは賢者と言う使命に対してどう思っているんだろう?
いろいろ考えつつ屋敷の門をくぐると、新婚ほやほやのテーゼを先頭に満面の笑みを浮かべながら見知った顔が続々と扉から出て来た。
そして最後に母が妹を抱いている姿を見ると、思いがけずこみあげてくるものがあった。
「母上。そしてみんな、ただいま戻りました」
「お帰りヴェル。ほら、あれがヴェルお兄ちゃんですよ」母が生まれたばかりの妹にこちらを見せる。
兄と言うより父親になった気分の方が近いかもしれん。
従者に馬を預け、母が待つ場所へと駆け寄って妹の顔を見る。赤ちゃん独特の匂いがする。その小さな手を握ると転生した時の事を思い出し意図しないまま涙が頬を伝う。
母をコレラから救い、生まれる事が無かった筈の妹を目の前にすると、日本に転移させてくれた神様と、世界を救ったジュリエッタには感謝しかない。
「どうしたのヴェル。感動でもした?」
「そうですね。かわいい妹が出来て嬉しくてつい出てしまった涙です」
そう誤魔化すと、ハンカチで涙を拭う。
「さ、ヴェル。シェリーが風邪を引くといけないわ。屋敷の中へはいりましょう。それに女性をこれ以上待たせるのは、男としてどうかと思うわよ」
家族との再会を見て、待ってくれてたんだろう。誰一人として竜車から降りてこなかった。
急いで駆け寄り、竜車の扉を開けるといきなりエリザベートさんが顔を出す。
「皆さん。お待たせして申し訳ございませんでした」
「王都での生活を強要され、心待ちをしていた方達との再会を邪魔するほど、私達は無粋ではありませんよ」
エリザベートさんはそう言うが、強要と感じなかったのは、それだけ王都の生活に不満が無く充実していたからだろう。
一人一人エスコートをしながら竜車から降ろし、最後は婚約者二人に半ば無理やり手を繋がれた。女心は分からないが、仲が良いところを見せたいのかな。
屋敷に入り、今日が初対面のマイアを紹介すると、予め知っている筈なのに使用人達が銅像のように固まっている。
それに構わず、生まれた時から俺の面倒を見てくれた人達を一人ずつ紹介。
たったの8人だけど一人ずつ挨拶をさせるだけで、みんなどもるか噛むかと言う、見ていてなかなか面白い事態となった。
(やっぱり、王族相手に挨拶となるとみんな緊張するもんだな)
(お父様との謁見で見せたヴェルの胆力が異常なだけですよ)
(あの時は、事前準備をかなりしていたからだよ。中身は人生経験豊富なんだし)
挨拶が終わってもみんな固まっていたので、このままだと屋敷が機能しなくなる。それじゃまずいので、さっさとマイアとジュリエッタを自室へと案内をすることにした。




