第69話 商業ギルド
「ヴェル。ステータスカードが発行されたと言う事は、商業ギルドでも登録出来ると言うことよね?お金に困る事は無いけど旅に出る事だし残高ぐらい確認しといたら?」
「そうですよ。リン・イン・シャンと化粧水が王侯貴族だけではなく市井に伝わってから1年経つのです。一度見ておくべきですわね」
オレはその昔シャンプーと化粧水で登録されてるはずなんだが、2人はまだだったな。と言うことならとそのまま商業ギルドに足を伸ばす。と言っても階段をひとつ上がるだけだけど。
案内板の標識どおり階段を上がり商業ギルドの扉を開けて入ると、他のフロアより随分と天井が低い。見た目は建築ギルドのように小さな窓口が沢山あり、ギルド嬢が忙しそうに奔走していた。
そんな中、受付に行って用件を話す。
「商業ギルド正式に登録したいのですが、どこに行ったら宜しいでしょうか?」
「どなたかのご紹介の方でございましょうか?」
「ウォーレス・ジーナス伯爵閣下に以前私の代理で登録していただいてます。リン・イン・シャンと化粧水が商品として登録されているはずです。」
そう言って、3人がステータスカードを出すとギルド嬢は目を見開いたあとに顔を青くする。
まあ今日のマイアには護衛も付いていないしじいやさんもいない。ましてや、上質ではあるもののそこらへんに売っているワンピース姿だ。貴族街なので余計に気付かなくて当然かも。顔は知っていてもまさか本人とは思わないよな。
「ひっ・姫殿下まで!少々お待ち下さい。ギルド長に報告させていただきます」
そう言うとギルド嬢は、慌ただしく奥の扉へと入っていった。
「えらい慌てようだね~。マイアに気付いて顔を青くしてた」
「それもあると思いますが、ヴェル様の事でも驚いていましたよ。なんせ、コレラから救った英雄ですから」
「ああ、あれって上級悪魔と戦って相撃ちになった事になってたんじゃなかったっけ?」
「だから余計に驚いたんでしょう?亡くなったはずの英雄が足を付けたまま現れたのですから」
そう言う事か。当時そこまで考えなかったな。しかし幽霊に足が無いのは異世界共通なのかね?
やがて勢いよく扉が開いて恰幅の良い男性が転がりこんできた。
「皆様お待たせを致しました。私が商業ギルドを任されているレコン・フレミアと申します。ここで話をするには話が大き過ぎますので、私の執務室までご足労いただけますか?」
ギルド長が汗をタオルで拭いながら、作り笑顔で申し訳無さそうに言うので頷くと、執務室に案内された。
連絡通路を歩いて行くと、階段から職員が忙しなく上り下りしている姿が見えた。天井が低いと思っていたらどうやらこの上にもうひとフロアあるようだ、
「3階建てだと思っていましたが、もうひとフロアあるのですか?」
「はい。ワンフロアだけでは足りなくなりまして10年前に増築したのです」
なるほど、と執務室に入ると、ここもまた校長室のようだった。促されるがままソファーに腰掛ける。
「今から先月分までの売上高を書き留めますので、少しの間お待ち下さい」
「申し訳ありません。我々が急にやって来たのですからどうぞごゆっくっり」
「そう言っていただけて恐縮です」
ギルド長は、ファイルを数個取出し紙に書き出し始めた。ギルド職員が飲み物を出してくれたので一息入れる。書き終えるとソファーの前の机の上に1枚の紙を置いた。
「こちらが、ご登録いただいた全製品の今月までの売上高でございます」
そう言われ書類に目を通す。
「ん?ん!!」
そこには、日本でサラリーマンをしてきた自分にとって、衝撃的な金額が書いてあった。焦る俺をジュリエッタとマイアが覗き込んで見ようとするので、思わず書類を体の後ろへ隠してしまった。
「あら、どうして隠すのよ?」
「そうですわ。隠し事をすると、夫婦の間に亀裂が入ると書物に書いてありました」
またソースはそこか!!まあ言いたい事は分かる。いやでもまだ夫婦じゃないし、隠し事じゃないし。いかん。動揺してるなオレ。
「いや、子供が持つ金額じゃないからちょっとびっびっただけ。二人は王族と上級貴族の娘だからふーんかも知れないけど、庶民の俺には驚く数字なんだよ。ほら」
そんな訳で、そっと書類を差し出すと、二人が目を見張るのが見えた。
「これは確かに驚いても不思議じゃありませんね。権利として毎年この金額が得られるわけですか?」
「恐らく。金額の上下はあると思うけど…」
「しかも、現時点でこの金額ですから、世界中に広がったらどれだけになることやら」
「な。そう思うだろ?」
状況を理解したようだ、真っ当な感覚でちょっと安心したよ。と、マイアがチラっとギルド長の方を見る。
「ギルド長、少し席を外してくれないかしら」
「畏まりました。また何かお決まりになられましたら、お呼び下さい」
マイアがそう言うと、ギルド長はそそくさと席を外す。小物感が半端ないが王族相手だから仕方ないよね。
二人が対面でソファーに腰掛けると、話し合いが始まる。なんなのこの尋問感は。
「このお金は、ヴェルが考案した権利なので、私たちがどうこう言える立場ではありませんが、この大金をいったいどうされるおつもりですか?」
「全額寄付してもいいかなって思っていたけど、額が想像以上だった。前に多額の寄付は聖職者でも狂わせるってウォーレスさんに反対されたから、ちょっと見直した方がいいかな」
「そうね。お父様がそう言うくらいだから、ヴェルは今日の今日までこの金額を知らなかったのよね」
「それでは、ヴェル自身はこのお金をどうしたいのですか?」
「今すぐ答えを出すのはどうかなと思うけど、思いつきで言うなら二つ提案したい。まず一つ目は、魔王軍が数年後に侵攻してくるのは、もはや確定的だから軍備の増強への投資だ」
いくらチートに近い勇者といえ、俺はLv999のラノベの主人公ではないから、俺たちだけで魔王軍を何とか出来るなどと自惚れてもいない。だから国と協力して対応することになるわけで、現時点から国軍強化に投資をするのは自身のためでもあるだろう。
「なるほどね。二つ目は何?」
「先に二人に聞きたいんだけど、この世界に貧困層もしくはスラムって存在しているの?」
「もちろんよ。村にはいないけど、町が大きければ大きいほど沢山いるわね。おおよその平均で人口の10パーセントとお父様に聞いた事があるわ」
「そうですね。職にあぶれた者の多くは仕事を求めて大きな都市へ行く傾向がありますので、王都にも残念ながら相当数いるのが現状です」
マイアは苦々しい顔をしてそう答える。国としての恥部だと思っているのだろうが、全ての民を救うのはどれだけ国が豊かになっても無理だろう。
「10パーセントは多いな~。子供も多い?」
「ええ。子供だけの場合は孤児院で引き取る事も可能ですけど、親がいる場合子供を強引に引き取る事も出来ませんから、子供の飢えは国にとっても深刻な問題のひとつです」
「親は働かないのか?王都ならいくらでも働き口があるだろうに」
「スラムの住人はほとんどが元冒険者とその子ども達です。で大人は四肢が欠損していたりして働けない身体だったり、もしくは人生に絶望して酒に溺れアルコール中毒になったりと酷い物です。なので子どもが働いていてお金を稼ぎ、親はそのお金で生活をするのでどうしても貧困から抜け出せないです」
「それにね、スラムに落ちた女性の多くは、娼館などに身を売って生計を立てる事で立て直す人もいるけど若い時だけだから、援助をしてもなかなか貧困から抜け出せないって、お父様がぼやいていたわ」
こればかりはどの世界でも変わらないな。正直生まれた環境で経済的格差があるのは不公平だと思うし、自分の境遇を省みると幸運だったと言わざるを得ない。
「国としての支援制度とかは無いの?」
「ええ。兵士の場合だと恩給と言う形で保障はあるのですが、冒険者はあくまで自己責任となります。一般職で安定収入を選ぶのではなく一攫千金を狙って冒険者になるので、失敗したからと言ってその面倒を国が見るのは難しいですね」
冒険者とは危険を冒すが語源だったと、昔に謂れを調べたっけか。
「そっか。世知辛いね~。生まれてきた子供には罪は無いんだから、そこだけは何とかしてあげたいな。例えば教会と協力して子供食堂を作ってはどうだろうか?」
「子供食堂ですか?」
前世で子供食堂のことは聞いた事がある。ただ日本の場合は慈善事業で運営資金が足りないと言う記事ばかりだった。でもここだったら食料さえあればどうにかなるんじゃないかな。
改修工事費、運営費はどれくらい必要なんだ?寄付を募るか、オレが寄付するか、国が負担してくれるのか、それを話し合うことはできないかな。
「うん。12歳の神託の儀まで、そう、たとえ一日一食だけでもきちんと子どもに食べさせる施設を作るんだ。職業が決まれば働けるんだから、そこまで面倒みればいいと思う。働けるようになれば税として国にも還元されるし悪くない提案だと思うんだよね。その改修工事の費用や食料援助をある程度寄付したいと陛下に提案してみようと思うんだけどどう思う?」
「とても良い考えだと思います。国の支援で餓える事無くなるとなれば愛国心も生まれるでしょうし、お父様も駄目とは言わないでしょう」
「ジュリエッタ、黙ってるけどどう思う?」
「もちろんヴェルの考えに賛成よ。黙っていたのは、ああ、次は子供を救った英雄だと噂が立つのかなーとか考えていただけ」
「いやいや、表向きは国家事業にしてもらうさ。これ以上目立つのは面倒だからね」
「あら。慈愛に満ちた素晴らしい考えね。これじゃどっちが聖女か分からないわね」
それからも、そんなやり取りがあって、リン・イン・シャン、化粧品の使用料は、これから始まる魔王軍との戦いの為に軍備やインフラの為に国庫で管理してもらい、コレラ対策に使われるものに対しては人道的支援に役立てて貰うと陛下に提案する事にした。
普段の生活には伯爵位として貰える給金もあるしマイアは王族だ。冒険者活動をするのだから魔石やアイテムなんかを売れば充分に生活出来るはずだ。
そんなわけで、今回はギルドではお金を受け取らず保留とし、改めてギルド長に来てもらい、商業ギルドプレートを発行してもらおう。




