第44話 悪魔の狙い
突然現れた上級悪魔はジュリエッタに首を刎ねられ絶命する。
「ヴェル。油断しないで。悪魔は黒い煙が完全に消えるまで安心しちゃ駄目よ」
「ああ。分かった。それよりここから離れよう」
俺たちは煙を警戒しつつこの場を離れる。30秒ほどで黒い煙が完全に消えるとジュリエッタが俺の胸に飛び込んできた。体が震えている。怖かったんだろう。
「よかった~。ヴェルが無事で」
「ジュリエッタ、助かったよありがとう」
俺の胸に飛び込んだ彼女は、涙を流して安堵の表情を浮かべていた。強く抱きしめられたままそっと頭を撫でる。
「それにしても、よくあそこで躊躇しなかったね。ジュリエッタが悪魔の首を刎ねていなかったら王宮がぐちゃぐちゃになってた」
「ヴェルの重力魔法でほぼ決着はついていたからよ。私は咄嗟に体が動いただけ」
ジュリエッタは謙遜をするが、俺ひとりだったらもっと時間がかかったかもしれない。
落ち着いてきたので周りを見渡すと、ウォーレスさんとレリクさんがジュリエッタを見て口を開けたまま固まっている。
「あの、二人とも大丈夫ですか?」
「ああ、すまん。君達の行動力に驚いただけだ。随分と無茶をしたみたいだが二人とも怪我はないのか?」
「はい。僕もジュリエッタも傷ひとつありません」
そう答えると、ウォーレスさんはほっとした顔になる。
「二人とも上級悪魔を前にして良く無事だったよ。ただ君たちはまだ子供だ。あんな無茶をした事は決して褒められたものじゃない」
「お父様。今回に限っては他に方法が無かったと思いませんか?今はそれより兵士達の目を治さないと」
「そうだな、こうして説教をしている場合じゃないか。ジュリエッタが治癒魔法を使える事を伏せておく必要がある。君達二人は休んでいるといい」
「はい。ありがとうございます」
「いいんだよ。さっきは無茶したと言ったが、結果的に見れば最善の方法だったんだからね。それと言ってなかったけど王家の血筋は例外なく嘘を見抜くスキルを持ってる。そこを念頭にいれて報告するんだ。いいね」
そう言いながら、ウォーレスさんは目を抑える兵士の元に向った。
「重力魔法を使ったのバレてないよね?」
「バレてたらお父様から指摘が入るでしょ。私も見ていたけど、ヴェルが腹打ちでもしたんじゃないかと見間違えたんだから、きっと大丈夫よ」
「それならいいんだけど。ウォーレスさんの話では王族には嘘がつけないんだって。正直に話すしかないかな」
「そうね。陛下にはきちんと話しておいたほうがいいよ。マイアの専属騎士になったんだから、上手く立ち回れば協力してくれるんじゃないかしら」
ジュリエッタとそんな話をしていると、マイアが扉から戻ってきて、俺達を見つけると泣きながら走って来る。そしてそのまま俺の胸に抱きついた。
「ヴェル、ジュリエッタ、よくご無事で。私は何も出来なくてごめんなさい」
「あの状況で、行動したジュリエッタが凄いだけだよ。兵士や騎士も何も出来なかったんだ。気に病む必要なんてないさ」
そう言いながらすすり泣くマイアの頭を撫でながら、元々負ける気など微塵も無かったので若干後ろめたい。
王侯貴族達も会場に戻って来たようで、宰相のマーレさんから、今日あった事について正式に発表するまで罰則付きの緘口令が発せられた。当然宴も中止になり解散となる。
マイアは泣き終わったのか、俺の胸から離れると一張羅が二人の涙で冷んやりとする。白いシャツには口紅の跡も。9歳の子供がこんな教科書どおりのキスマーク付けてるなんてな。ちょっと滑稽な画だ。
キスマークを見て思わず苦笑いしていると、心配そうな顔をした陛下が兵士を従えてこちらにやってくる。
「ヴェル、そしてジュリエッタ。良く上級悪魔を倒してくれた。それにしてもその場に居なかったので最後まで見ていないが、どうやって上級悪魔を倒したんだ?」
「申し訳ありません。説明させていただくこともあるので、この場でお話する事は勘弁願いたいです。場所を変えていただけますか?」
「わかった。ついてきてくれ」
陛下が移動しようとすると、ジュリエッタが俺の肩を叩く。
「ヴェル、少し気分が優れないの。申し訳ないけど陛下への説明は1人でお願い出来る?立ってるも辛くて」
ジュリエッタの顔をよく見ると顔色が悪い。上級悪魔を倒した反動、もしくは精神的なものだろう。
「大丈夫かい?ここは俺に任せて、屋敷でゆっくり休むといい。陛下、そう言う事で宜しいでしょうか?」
「無論だとも。ヴェルさえいれば分かるからな。ウォーレス。卿は娘に付き添ってやるといい。ヴェルとマイアは見送ってやれ。見送りが終わったら、執務室へくるといい」
「心遣い感謝します」
「ウォーレス、もうワシ達は家族のようなものだと言っておるだろう。気にするではない。マーレ。執務室に行くぞ」
陛下達が会場を後にするのを見送ると、体調の悪そうなジュリエッタの腕をとり俺達も会場から離れ、階段を下りると、階段にハンカチを敷きジュリエッタを座らせた。
「それでは急いで馬車を回してきます。直ぐに参りますのでここでお待ち下さい」
レリクさんはそう言うと、厩舎に走って行った。
伯爵家の馬車が到着すると、ジュリエッタを馬車に乗せて「少し気分が良くなったら風呂に入って、レモンとか良い匂いがする果物を入れるといいよ。リラックス出来るからね」と、アドバイスする。
「ありがとう。そうさせて貰うわね。それじゃ屋敷で待ってるわ」
「今日は早めに寝るといいよ。それじゃね。レリクさん。後は宜しくお願いします」
「はい。任せておいて下さい。それでは出発します。そら!」
ジュリエッタを見送るとマイアと一緒に執務室に向う。
「マイア、すまない。屋敷に帰る手立てがないから、帰りに馬車を使わせて貰えないだろうか?」
「もちろん良いです。お二人は上級悪魔から国を救ってくれたのです。王族として当然です」
「姫様の言うとおりですよ。上級悪魔などここ数百年目撃すらされていませんでしたからね」
「その辺の事情を詳しく教えて下さい!」
正宮がら王城の執務室に移動しながら、じいやさんに聞いた話では、悪魔族は魔王に仕える知能と自我を持った魔物だそうだ。
悪魔の種類は上級悪魔、下級悪魔が存在していて、上級悪魔の中で特に力を持つ4人は四天王と呼ばれているらしい。学園の歴史の時間に習う知識のようだ。
「今の話を聞く限りでは魔王が既に復活をしていて、それで悪魔が動き出したと推測しても宜しいのでしょうか?」
「そうとも言い切れません……はい。文献や教科書に書かれてある事が間違いなければ魔王が現れる5年~10年前から悪魔は魔王復活の準備をする為に動き出すそうです」
「その期間に関して、理由とかは判明しているのですか?」
「はい、いくら魔王とはいえ、活動拠点や配下となる魔物が無いと行動に移せません。力を蓄える準備期間が必要なのだと文献や教科書に書いてあります」
「それで、こちらの戦力を削ぎに来たって訳か」
「そうでございますな。魔王軍にとっても英雄は脅威なのでしょう。前回魔王は勇者に倒されていますから警戒はするでしょう」
「だとしたら、魔王の居城がこの世界のどこかにあって、既に活動を始めていると考えた方が良さそうだな。魔王の居城の場所とかは断定出来ないのですか?」
「魔王の居城は悪魔や魔物が作るのではなく、どこかの一国を集中的に攻め落とし、その城を橋頭堡としたと伝わっております」
「そっか。準備期間に叩き潰せたら良かったのにな~」
「悪魔達は非常に頭が良く、そして狡猾です。そう上手くはいきますまい。それではもうすぐ執務室に到着致します」
いつの間にか喋っている間に執務室に到着するようだ。衛兵がこちらに気付いて頭を下げる。
「ヴェル様と姫様をお連れしました」
「陛下から話は聞いております。どうぞお入り下さい」
衛兵はそう言うと執務室のドアを開けた。