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第42話 準備

屋敷に帰る途中、マイアが思い出したように聞いてくる。


「あの、気のせいではないと思うのですが、お二人の髪、随分とツヤツヤしてませんか?昨日から気にはなっていたのですが」


あー、やっぱり気づいてるのね。リンス効果のあるシャンプーなのだよ。今日の宴で王族に献上をする予定だけどマイアに渡してもいいだろう。


「それじゃ…」


と言い掛けるとジュリエッタが俺の顔の前に手を出して止める。


「これはね、髪を洗う専用の石鹸で、リン・イン・シャンって言うんだよ。髪がサラサラのツヤツヤになるのよ。しかも、とっても気持ちいいの。うちの家族にも大好評よ」


「陛下へ献上する予定だからマイアも使ってみるといいよ。王宮では髪の毛は誰かが洗ってくれるのかい?」


そう聞くと、なんでも6歳までは侍女が一緒に入って洗ってくれていたそうだが、それ以降は自分で洗うそうだ。日本と同じぐらいだったかな。もちろん、シャンプーハットなんて無いだろうからこれはこれで大変だ。


ジャンプーが目に入った時の痛さは子供にとっちゃ、トラウマレベルだからな。古い過去を思い出し苦笑いしてしまう。


「お二人は、いつぐらいから自分ひとりで入るようになったのですか?」


「僕は5歳かな?」


「私もそれぐらいだったかしら」


「うっかり滑って溺れそうになったりしないのですか?」


「そりゃ、小さな体だから油断したらそうなるかもだけど、そんな経験は無いな」


まぁ、心臓病で心筋梗塞で死ぬ確率はもっと低いと思うけどね。


「せっかくだから、2人ともお風呂に入ってマイアも使ってみるといい。使い方はジュリエッタ、使って悪いけど教えてやってくれないか?」


「もちろんよ。なんならヴェルも一緒にどう?」


「勘弁してくれよ。さぁ、時間が無いんだから、早く行った行った」


「もう、ケチなんだから」「そうですよ。少し楽しみにしてたんですからね」


ちょい拗ねの2人を風呂に送り出し、自室に戻って献上予定だったシャンプー、商標リン・イン・シャンと化粧品を布の袋に入れてラッピングをすると、二人が出てくるまでじいやさんとコーヒーを飲みながらホールで待つ事にした。


「お待たせ~」


そう言いながら、二人はツヤツヤした髪で脱衣場から出てきた。マイアは白金の髪の色がキレイにまとまって天使のように見える。


「どう?仕上がりの感じは?」


「最高でしたわ。髪を乾かしてもクシ通りが良くて。ツルツル・ツヤツヤです」


「本当ですな。じいやも感服しましたぞ」


違いが分かるのか、じいやさんも驚きいた顔を向ける。


「それでは、私はこれから王宮で衣装替えがあるので、先に王宮でお待ちしております」


「はい。じゃ僕ももお風呂に入ってから着替えて行くよ。あっ、そうだじいやさん、おそらくシャンプーのことも聞かれると思うのでこちらをどうぞ。それとこちらは化粧水という顔に塗る水なんですが、お風呂に入った後に大人に使って貰って下さい」


机に置いた、見本を置いて説明をすると、ラッピングした物をじいやさんに渡す。


「ヴェル、この化粧水ですか?初めて聞く名ですが先ほどの説明を聞くと大人専用ということでよろしいですか?」


「ええ。子供には効果、と言うか保湿する必要がありませんから」


「分かりました。それでは、お母様達に使って貰いますね」


マイアはそう言うと、笑顔で王城に戻って行った。めでたしめでたし。


「マイアとは初めて1日一緒にいたけどジュリエッタはどう思う?」


「私はうまくやれそうでほっとしたかな?最初は姫殿下は鬼才なんて噂を聞いていたから、どんな傲慢で我儘なお姫様が出てくるかと思ってたけど、話も合うし杞憂に終わってよかったわよ」


「そうだな。とても9歳とは思えない、庶民的なお姫様って感じだね」


「あ、馬車が迎えにくるまで、あとどれぐらい時間があるかな?」


「後2時間はあるわね」


「それじゃ、ゆっくり風呂でも入るとするかな」


「ごゆっくりどうぞ。私は少し寛いでから、先にドレスに着替え始めるわね」


「うん、じゃまた時間が来たらここで」


ジュリエッタと別れると、風呂に入りホールで少し涼んだ後に自分も着替え始める。


良いと言うのにメイドさんに着替えさせられると、自室に戻り読書をしながら時間をつぶすことにした。


時間が来たので玄関ホールでソファーに腰を下ろすと、ジュリエッタも後は口紅を塗るだけの化粧を済ませ、メイドさんと一緒に降りて来た。昨日の白のドレスと違い、ダンスを踊るので黄色のカクテルドレスだ。


「どう?昨日のドレスとどっちが好き?」


「どっちもって言ったら怒られそうだから言うけど、俺は白とか黒が好きだから昨日の方が好きかも。でも、まるで花のようでよく似合って素敵だよ」


「ありがとう。褒めたり、優しくするのは、私とマイアだけにしておいてね」


ジュリエッタが嬉しそうにしていたので、言葉選びは間違っていないようだ。すらすらと歯が浮く言葉が出てくるがのでなんだかむず痒くなるわ。なんというかさ。9歳の子供にドレスの好みもへったくれもないだろ?


それから、新しいく住む屋敷の話をしていると、


「迎えの馬車がやってきました。ご準備の方はいかがでしょうか?」


「はい。準備は終っています。それではお嬢さん。いきましょうか」


立ち上がり、左手を胸に手を当て、右手を差し出すとジュリエッタは恥ずかしそうに手を取る。


「ありがとね。それでは参りましょう」


こんなキザな言い回しや行動も、こんな時には役に立つ。まっ、漫画やアニメの真似だがな。


執事さんが玄関のドアを開けてくれたので、ジュリエッタの手を取ったまま外に出ると、いつものマイア専用の馬車が出迎えてくれた。


御者兼護衛のレオールさんが馬車の扉を開けると「へへへ。来ちゃった~」とマイアが身を乗り出して、てへぺろをする。ここにもおっさんキラーがいたか。


そんなわけで、ジュリエッタと一緒に馬車に乗る。


「いかがですか?このドレス。新調しましたのよ」


マイアは照れくさそうアピールする。今日のマイアの衣装は薄い黄緑色のカクテルドレスであった。白金の髪と合わせると、どことなくエルフを連想させた。


「うん。可愛いよ。よく似合ってる」


「そうですか。ヴェルって意外にストレートに言うのですね」


「ええ。いつでも直球勝負、当たって砕けろ派ですからね」


「砕けないでよ」


「そうですわ。でもたまには変化球もいいとは思いますよ」


何故野球用語が通じるのか分からないが敢えて突っ込むまい。


どっちにしろ俺の書いていた小説とはもはや別のストーリーが進んでいる。母、テーゼ、マイアの3人はコレラの犠牲となり、生まれてくる筈がなかった弟か妹が生まれる。


この先どう進んでいくかは正直見当もつかない。


もし…本当にもしもだけど、病の流行や天変地異的な大きなイベントは変わらずに、そこに生きる人たちだけがその取る行動によって変わると言うことならば、夢にあった魔王がこれから7年の間に復活し世界を蹂躙し始める。


実際コレラの発生はあったわけだから無い話とは言い切れない。爵位を賜り王家との繋がりもできた。力をつける環境は夢や小説よりは遥かに良いと言っていいだろう。だからもっとこれを活かした準備しなければいけない。今度こそ生き残るために。


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