第40話 仮住まいの屋敷
馬車が門から中庭に入ると、窓はそれぞれ開けられており庭の整備や室内の掃除の真っ最中だ。あちこちから「エアカッター」とか「エアブロー」とか聞こえてくる。
「流石、王族御用達の従者さん達だね。腕もいいし手際がいい」
「ええ。選りすぐりの職人や従者達ばかりです」
馬車を玄関前に寄せると玄関のポーチでは光の魔石を交換したり磨いたりしていた。
「光の魔石で思い出しました。来月セリーヌ川で夜光蝶祭りがあるので一緒に行きませんか?」
「その夜光蝶祭りってなんだい?」
「死者を弔う儀式があるのです。夜光蝶はこの時期が繁殖期なので川に集まります。卵を産んだ夜光蝶は死んで光の魔石となるのです」
「えっ。夜光蝶は魔物なのか?」
「魔石に変わるので魔物として扱われています。スライムみたいに」
「それがなぜ死者を弔う儀式になるんだい?」
「子孫を残して役目を終え、光となって漂う夜行蝶を魂に例えそれを人と重ねて死者に手向ける、と言った比喩的なものでしょうか」
「なるほど」
マイアと話していると、ジュリエッタがまた涙を流していた。理由は聞かずにポケットからハンカチを出して、ジュリエッタに渡す。
「ありがとう。夜光蝶を見ると思い出してしまうことがあって」
「そっか」
「ええ。でも、もう大丈夫。色々とね」
10歳にしていろいろ思いだして涙を流す、か。少なくとも近しい人や6歳以降であれば、誰かが亡くなったりしたらオレの耳にも入るはずなんだけどトンと心当たりが無い。6歳以前って今でも思い出して泣くことなんてある?
もしくは、前にちらっと思ったこともあったけどまさか本当に前世が日本人のおばちゃんじゃ無かろうな。でも日本人だったらコレラんときのおれの行動にいちいち驚いたりしないはずだ。筆算だって教えなきゃ知らなかったわけだしやっぱり日本人が転生ってことはないか。
ぼんやりジュリエッタを見ながらそんなことを考えていたら、じいやさんが玄関の扉を開けて吹き抜けのホールに入っていった。覗くと両サイドには左右の階段があって、正面にドアが二箇所見えた。
メイドさん達が一生懸命階段の手摺や階段の際など、魔道具で掃除出来ない場所を水拭き掃除している。
「お疲れ様です」と声を掛けると「お疲れ様です」と返事が返って来た。メイドさんが振り返り、マイアの顔を見てギョッとしている。
「皆さん、お疲れ様です。私達の事は気にせずに作業を続けてくださいね」
マイアがそう言うと、メイドさんは一礼をして掃除を再開した。
「なんだか、邪魔してるみたいで申し訳なくなるね」
「ですが、屋敷の状態を確認しないわけにいかないので、多少は我慢してもらわなければなりませんね。じいや、私達はこの玄関ホールを見ていますので、掃除をしてくれている者達に私達を見ても気にしないで作業を続けるように伝えてきてくれませんか?」
「畏まりました」
じいやさんは、一礼をすると玄関ホールから離れて行った。俺達はホールを歩きながら、玄関ソファーを置く位置を決める。
「ソファーの位置はこの辺りで、そうだな、コの字型でダークブラウンがいいかな」
「カーペットの色はどうしましょうか?カーペットは新品に張り替えてもらう予定ですが」
動線にはエンジ、メインはベージュを希望して大きめの下駄箱を頼んだ。一般的には土足なんだけど、オレは土禁にしたいのでスリッパか屋敷内用の靴に履き替えて貰う。
「なんで、靴を履き替えるの?」
「土や砂、泥がついた靴で屋敷内をうろついて欲しくないんだよ。衛生的だろ?そうだ、もし可能なら前室を作ってくれないかな?面倒だけど防犯にもなるしね」
てか、自室は裸足でいたいじゃないか。自分の家ならそれくらいのわがままは言わせてもらうよ。
「分かりました。書いておきますね。扉のデザインとか希望はありますか?」
「仮住まいだから、拘らないよ」
じいやさんが戻ってくると案内が始まる。玄関ホールを左に折れると共同トイレがあり、さらにその隣には結構大きな風呂があった。タンク式のシャワールームもある。
風呂が突き当たりだったので、玄関ホールへと戻り、右に折れて食事の間へと入った。食事の間は何も無かったので、テーブルと椅子、テーブルクロスとマイアに書いて貰った。
厨房に入ると、普段は自分が使わないので、従者さん達にお任せする。コーヒーを淹れる機材と書いてもらった。まあオレも一人暮らしが長かったし、料理できないわけじゃないからいずれ何か二人に料理を振舞ってもいいな。
一旦玄関ホールに戻ると、階段に挟まれた正面の壁には扉が二つあり、右の部屋に案内された。
「ここは執務室となっています。左の部屋は応接室となっておりまして、ホールを経由せずに直接応接室に行けるようになっています」
「なるほど。それは機能的ですね」
今は何も無い空間だけど、色々とイメージは出来る。
「この壁に地図を貼りたいな。昔図書館で見た大きな世界地図がいいな」
「そうね。勉強にもなるし」
「後は人数分の机と椅子、書棚も欲しいな」
「そうですね。勉強をするスペースも欲しいですから」
マイアがサラサラと書き加えていく。にしても贅沢な勉強部屋だ。
それから、従者さん達の居住エリアに入る。まだ家具は何も置いておらず、ただの空き部屋だった。
個室用にシングルベッド、布団一式、カーテン、洋服箪笥を全室に、夫婦用のペアルームにはダブルベッドを用意して貰うことにする。
一階の案内が終わると二階へ上がる。階段を上がって直ぐの部屋に入ると30畳はあるか?とにかくでかい寝室だった。
奥の壁にはガラスの扉があって、バルコニーに出られるようになっている。リゾートホテルのようだ。すげー
「ここが寝室だから、ベッド三つって痛いってば!!」
二人にお尻を抓られる。
「ここまで来て逃げるわけ?」
「そうですよ。一緒に寝ますから一番大きなベッドと書いておいて下さい」
「マイアは抵抗ないわけ?」
「あるわけ無いじゃないですか。一緒にお風呂も入るつもりなので覚悟しておいて下さい」
俺はひとりで寝たい。成り行きでジュリエッタと寝ることが多かったとは言え、人生の8割以上は1人で寝ていたんだ。安眠のためにも2人が飽きたらたまには1人で寝よう。
つーか、プライバシーとは言わずとも、どこかに1人で落ち着けるスペースが欲しい。それがトイレだけなんてあんまりだ。
それから、洋服箪笥やカーテンの色、部屋用の保冷庫などを書いた。
ちなみに保冷庫は氷の魔石を入れておけば、魔力が無くなるまで冷やしてくれる。毎日魔力を供給しないと駄目だが、飲料水しか入れるつもりはないので、小型と付け加えておいた。
それから、客間があったので、ダブルのベッドを一部屋に二つづつ、カーテンの色は各部屋別の色を指定した。
「何で色を変えるの?」
「ああ、管理しやすいだろ?白の部屋、赤の部屋って具合にさ」
「言われてみればそうだけど、赤の部屋は落ち着かないんじゃないかな」
「大丈夫。カーテンレールを二つ並べて、部屋側を黒に統一すれば赤が目に入らずぐっすり眠れるだろ?」
「なるほど、それはいい考えです」
こうして全ての部屋を回り、目につくものは全部頼んでおいた。
「また住み始めてから不便があったら考えたらいいし、生活必需品は自分達で町で買えばいいんじゃない?」
「賛成です」
「うん、私もそれがいいと思うわ」
ちょうどお昼の時間になったので、ランチは貴族街に足を伸ばして食べるになった。




