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第33話 儀式の前夜

 夕方まで社交ダンス練習をすると、タオルで体を拭いてからコーヒーを飲んで一服する。


「それにしても流石はヴェルね。一度ステップを覚えたらそこからは怒涛のように覚えたじゃないのよ。集中力が半端ないわね。これなら社交界にデビューしても恥ずかしくは無い。太鼓判を押すわ」


「そっかな~。無我夢中で覚えたから自分では分からないや」


それから、少し筋トレをしていると父と伯爵閣下が帰って来た。


「お帰りなさい」


「ただいま。ジュリエッタ。少し話があるから私の執務室に来なさい。ヴェル君、商業ギルドの事については父から聞くといい」


「はい。お手数をおかけしました」


「いいんだよ。ステータスカードを持たない子供が商業ギルドで話をしにいっても、無駄骨になるだけだからな」


伯爵閣下は、そう答えるとジュリエッタを連れて執務室へと歩いて行った。再びソファーに腰掛けると、父は正面に腰掛けた。


「それで、お父様。どうでした?」


「商業ギルドにちゃんと登録を完了させておいたよ。ステータスカードが発行される12歳になるまで自動貯金にしておいたよ」


「自動貯金って何ですか?」


「その事について話をしてなかったな。自動貯金とは、ヴェルが今回発明したリン・イン・シャンや化粧品などの製品の使用料などを商業ギルドが預かってくれるシステムの事なんだよ。その他にも親からの遺産なども預かってくれるから運用が楽なんだ。12歳になったら、自分にもし何かあったら誰にその預金を相続させるかを登録したら手続きは完了だ」


特許の使用料と銀行だな。今の話からいくと、利子とかはつかないっぽいが、まだ子供だしそこまで金の亡者になる気も無い。


「何から何までお父様、ありがとう」


素直に礼を言うと父は思いっきり照れ笑いしていた。


「ところで、お父様は、お金は要らないのですか?なんなら何割か差し上げますけど?」


そんな提案を出すと、父は困った顔をした。


「そうだな~。欲しいちゃ欲しいが、自分の子供の稼いだお金を欲しがるほど落ちぶれちゃいないよ。それにヴェルが思っているより家は裕福なんだ。貧乏ならともかくとして、それで幸せならいいんじゃないかな?」


「お父様。感服しました。またお金が必要ならいつでも言って下さい」


「そうならないようにがんばるさ!生まれてくるヴェルの弟か妹の為にもな。でも贅沢言うなら次はもっとかわいらしい子供がいいかな?」


「僕じゃ不満なんですか?」


「不満じゃないさ。でももっと甘えて欲しかったっていうのは正直な話だよ。ヴェルは子供らしい期間が少なすぎたんだ。手の掛からないいい子ではあったが、こんなにも早く手が掛からなくなると、自分で育てた感が無いんだよ」


「お父様。ごめんなさい。もっと子供らしくしていれば」


父の言いたい事はよく分かった。そりゃ、3歳の頃から一人で寝始める子供なんぞ異常だ。お寝しょなんてした記憶も無い。やり過ぎたと反省をしたいがもう遅すぎる。


日本にいた記憶の弊害と、大人だったプライドが、まさかこんな形になるとはな…


ちょっと凹んでいると、伯爵閣下が話を聞いていたのか、正面に腰掛ける父の隣に腰掛けて、ジュリエッタは俺の隣に腰掛けた。


「話が偶然聞こえたから口を挟むが許してくれ。今の話しと被るけど、ジュリエッタもヴェル君ほどではないけど異常に成長が早かった。それでも成長し続けるわが子は可愛いし自慢なんだ」


「そうだよヴェル。お前は凄いやつだ。何か神様から与えられた使命でもあるんじゃないかとすら思える。それを喜ばない親などどこにもいないよ」


「ありがとうございます。神様を信じないわけではありませんが、ここに居る皆さんは信じられます。これからもかんばりますので宜しくです」


日本での50年知識があるので褒められたもんじゃなけど、そう思ってくれていたのだと思うと、おっさんながらに感動を覚える。自分の子供を育てるのと育てないのとでは、こんなに精神的に差が出る者なのか?少なくとも、こんな還暦に近い自分よりもずっと大人だ。


もし夢が現実のものとなるならば、この人達を必ず魔王から守る。


それから夕食を食べると、ダンスホールで父と久しぶりに剣技の練習に付き合う。


「それヴェル掛かって来い」


「カーン」


木で出来た木剣がクロスするといい音が鳴る。身長差があるので結構つらい。


「おっ、なかなか鍛えてるな。家にいた時こっそり見てたけど、賢さだけじゃなく力もつけているとは驚いた」


「見ていたなら、稽古をつけてくれたら良かったのに」


「これでも父さんは騎士なんだ。スキルや魔法が使えるから力の差があり過ぎて怪我をさせたら一生後悔する。そんな軽はずみな事は出来ないんだよ」


なるほど、言われて見ればそうかも知れないな。剣道はやっていたけど、実戦となればなんとなくだが通用しないような気はしていた。あまりにも剣の太刀筋が綺麗すぎるからだ。


それから、何本か勝負をしたが、父の言うとおり歯が立たない事は火を見るよりも明らかだった。


「ちょっとヴェル、上着を脱げ」


そう言われたので服を脱ぐ。


「はぁ~。ヴェルいったいどんな練習したら子供なのに腹が割れるんだ?大人でもここまで鍛えるには鍛錬がそうとう必要なんだぞ」


「えっ、まぁ毎日暇ですし、勉強ばかりしていても体がなまるので、家の庭で畑を耕すのを手伝っていたら体が鍛えられている事に気が付いたんです」


「なるほど。言われてみればクワで土を掘るのは、上段からの剣を振るのと動作が似ているから理に適ってるな」


「はい。腹筋、背筋、腕の筋肉も鍛えられますしね。自作の平均台で体幹も鍛えていますし」


「ああ、あの不思議な鍛錬方法だな。相変わらず合理的というか、凄い事を思いつく息子だよ。父さんも暇な時やることにするよ」


本当はさらに重力魔法で負荷を掛けて体を鍛えている。身長に影響があるのかは気になるところだが、いまのところ影響はなさそうだ。


そう言いきれるのは、本に載っていた年齢別の子供の身長より遥かに上まわっていたからだ。牛乳も沢山飲んでいるからカルシウムも沢山取っている。


父との稽古が終わると、明日の陛下と対面する時の礼儀作法を学ぶ。なぜかジュリエッタも一緒だ。


「なんでジュリエッタまで付いてくるんだ?」


「あら知らなかったわけ~?。私の専属の騎士になるんだから、それを陛下に認めて貰う為よ」


「そんな儀式があるなんて知らなかった」


「そっか。言わなかった私が悪かったわね。ほら、デートの時に私とレリクがいなくなったでしょ?あの時、今回の儀式に使う剣を買ったんだ」


「そういや、あの時なに買ったの聞いたら、秘密とか言ってなかったっけ?」


「ははは、そうだったっけな~。忘れちゃったわ」


目が泳いでいたので確実に確信犯だ。しらばっくれているので真意は分からないがサプライズとして受け取っておこう。


謁見の儀と専属騎士の儀の大まかな流れや、作法などを伯爵から教えられて練習が始まる。


王侯貴族に醜態を晒さないように、メモを取りながら真剣に取り組んだ。


「よし。いいだろう。ヴェル君とジュリエッタなら明日も上手くこなせるだろう。明日は大変だろうから、今日はゆっくりと風呂にでも入ってゆっくり休むんだ」


「はい。色々良くしていただいてありがとうございました」


かくして、儀式の事を練習が終わるとお風呂に入る。リンス・イン・シャンプーを試しに使ってみると、天使の輪が綺麗に出ていて満足行く結果だった。


ちなみに、ギルドに登録をしなくちゃならないので、リン・イン・シャンと名付けた。なんの捻りもない。直球勝負だ。


今日は体力を使う事が多かったし、伯爵の言うとおり明日は大変な一日になりそうなので、ジュリエッタと一緒に早めに就寝する事になった。


布団に入ると「ジュリエッタは、陛下や王族の面々と顔を合わせた事あるの?」と、気になったので聞いてみた。


「無いわよ。いつもこの屋敷で待ってる感じかな?特別に何をしたわけでもなかったら、王族に会うなんて上級貴族の家族でも社交界デビューでもしなければ縁はないわね」


「そっか。やはり雲の上の存在のようなものなんだな。ジュリエッタは伯爵家の娘なのに社交デビューはしなかったのか?」


「5歳の誕生パーティーでしたわよ。でもその時に気付いたの。自分と同じ歳の子達との違いをね。だから、その後はお誘いがあっても断り続けたって感じかな」


「なんとなく分かる気がするよ。それにしても、もう慣れちゃったけど、よく毎日僕の部屋に寝にくるね」


そう言うと、ジュリエッタは「嫌なの?」と、不機嫌そうな顔をした。


「そうじゃないよ。ほら、あの時寒いからって言う理由だったじゃない?」


「そうだったわね。でも今は少し違うかな?」


「じゃ今は何?」


「それを私から言わせるわけ~。まぁいいわ。好きだからに決まってるでしょ」


聞いた自分が馬鹿だった。


「ありがとう。俺も好きかな?」


「かなって何よ。もっと素敵な女性になって、好きで好きでたまらなくしてやるんですから。覚えてらっしゃい」


どんな攻撃がくるのかと思うと少し怖いが、大人になるまでまだ時間がある。


夢の中のヴェルは死に際にやっと気持ちを伝えれたんだ。そう思うともっと真剣に向き合うべきなのではないかとも思えてしまう。今考えても色々な面で無理だ。心も体もバラバラでどうする事も出来ないのが現状だ。


専属騎士の儀が終われば正式に婚約者となる。そうなれば、いつかこの気持ちも時間が解決してくれるだろう。




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