第138話 飛んでみる
会談後のランチ時に、明日には陛下への陳情のため王都に向かうことが決まり、プレゼンのためテラントさんとメリダさんも同行する事になった。
早いと言うかいきなりと言うか今日の明日とは…むこうの都合は大丈夫なんかな?
まあ調整とか面倒なことは領主が上手いことやるだろう。そのあたりは領主に丸投げして頼んでいたワイバーン装備を受け取りに行く。
装備を受け取って帰りがけに色々と物を買い足しながら、町の人々の様子を見てみると確かに話にあったとおり女性の数が圧倒的に多い。と言っても男性もいない事はない。
帰宅途中、クルムさんが思い出したかのように念話で語りかけてきた。
(それにしても、ヴェル君って面倒な事に自分から首を突っ込んでいくわね。なんだかんだ言っても困っていたらほっとけないのね)
(…ちょっと違うかな。僕的にはメルス様への恩返しに近いかな)
(恩返し?メルス様からの依頼を受ける事じゃなくて?)
(依頼はあくまでも僕の成長を促す試練であって、結果的にメルス様が僕に必要なことを考えて導いてくれていると思うんだ。それとは別に、メルス様がこの世界を運営するのに僕の経験と知識が役に立てばメルス様の助けになるかなーと思って)
(メルス様がヴェル君に知識を活用しろと言わないのは、ヴェル君が出来ることは言わなくても出来そうなことは介入してくれるだろうと思ってるからなのかしら)
(だからいろいろ好きにしていいとか言ってるんじゃないかな)
それにしてもクルムさん。俺と二人の時は饒舌だけど、今日は借りてきた猫のように何も言わなかった。
(そう言えばさっきは何も言ってなかったけどクルムさん的に意見とかなかったの?)
(実は領主様が苦手なのよね~。私は読み書き計算は出来るけど、ちゃんとした教育を受けたわけじゃないし)
(なるほど。まあ歴史や政治は冒険者には必須な知識と言うわけじゃないからね)
(そうそう。私はあくまで冒険者。あれこれ考えるのは貴族や文官や政務官の仕事。だからこの先も私が意見することはないよ。護衛だから一緒に行ってるだけだし)
とは言っても、この先ある程度の教養は必要だから意見するしないはともかくとして、おいおい覚えてもらうけど。
宿に戻り、早速ワイバーンの装備に袖を通してみると関節部分に魔綿が使われているのか伸縮性があってかなりつけ心地がいい。
見た目は、ほぼ黒一色。デザインは勇者世界の方がカッコイイけど、見た目で戦うわけじゃないからそこは気にしない。
「ふふふ~ん♪ヴェル君。せっかく装備も整ったし、加護を貰ったんだから、空を飛ぶ練習に行こうよ」
と、なんか、めちゃめちゃ上機嫌で部屋にやってきた。
「まだどうすれば飛べるかわからないけどね。何にしても始めないことには身には付かないからやってみようかな」
「それじゃ、ヴェル君には翼がないから、怪我をしないように町の外にあった川に向かいましょか?」
「お任せするよ」
それから町を少し離れた場所に川に移動する。
ちなみに町の中では飛行は禁止されているが迷宮内では飛んでも差し支えない。ただし魔物と間違えられて他の冒険者に攻撃されても文句は言えないそうだ。
メルス様からはヒントをもらえなかったので、町を歩きながら飛ぶ方法を考察する。
町の人たちがホウキで玄関先を掃くのを見て、魔女っぽく箒にまたがってみるかとも思うし、ランプの精っぽく空飛ぶ絨毯とか無いかなーとも思う。
魔道具として空を飛べれば一番簡単だけど、やはりしっくりくるのはスーパーマンやウルトラマンみたいなスタイルだよな。さてどうしたものか。
大きな川に到着をすると、町から離れて下流に移動し人のいない事を確認し、飛行訓練を始める。
「それじゃ始めようか」
クルムさんに翼が顕現する。いや、ゲームなら派手なエフェクトが入りそうだ。ちょっと羨ましい。
それからクルムさんがひょいっと飛び上がる。ちょっとだけ浮いてそのまま止まってゆっくり降りてくる。ちなみに翼は一ミリも動いてない。バサバサいくわじゃなかったわけね。
「こんな感じかな。やってみて?」
え?そんだけ?
「もう少し詳しく教えてくれないと分からないよ」
「ああ、ヴェル君なら見せただけで出来そうだから」
『んなわけあるか!』
それから詳しく教えて貰おうとしたけど、クルムさんは致命的なくらい理論的な説明が苦手だ。
「グッと力を入れるとボワーんとするからそこにギューっとするといいのよ」
なんだよそのいわゆるひとつのナンセンス的な天才打者風の説明は…
何度聞いても何か言ってるかわからないので結局自分でやるしかない。
とりあえず足に魔力を送り風の加護を発動。当たり前だけど風しか出ないし、土埃だけが舞い散り埃まみれ。
重力魔法で体を軽くしてみても、風の影響と体勢を維持出来ず風船のように飛ばされていったり、浮いたかと思ったら下りる時にバランスを崩して墜落しそうになったりとなかなか上手くいかない。
重力魔法で下に引っ張られる引力などをイメージしながら調整していくと、立ったまま空中に浮くことが出来たが高さが足りないない。
そこで鉄腕ア〇ムをイメージして足から風魔法を出すとガツンと音がするような急加速だ。魔力制御がやばいくらい難しい。これは無理だ。これじゃ飛びながら何かするなんて出来ないぞ。
足から風魔法を出すのは諦めていろいろ試した結果、氷を滑るペンギンのような体勢で風魔法を使うと結構微調整が利くことがわかった。高さも調整しやすい。
ただ、ぷかぷか浮くだけでどうやって進めばいいのかわからない。試行錯誤の結果、うつ伏せ状態で足から風魔法を噴射すると前に進むようになった。
魔力消費も少なく車のアクセルを踏むように風魔法でスピードも調整できる。ただどんなに頑張っても一定の速さ以上は出ない。
スピード調整は風魔法と重力魔法でなんとかいけそうだ。
余談だが曲がる時は風の魔法を放つのだが、魔力操作をミスると、ぐるぐると回り続けてしまう。危うく空中でリバースするところだった。
全ての操作に慣れるまで結構な時間が掛かり、最終的に空を自由に飛べるようになったのは夕方だった。
スノーボードを初めてやったときの感想に近いかな。練習始めはあちこちに余計な力が入ってガチガチで全身筋肉痛になったけど、滑れるようになるとなんで滑れなかったのかわからないみたいな?
途中で体が光り飛行スキルを取得していたのはちょっと意外だった。飛行は魔法じゃなくスキルなのか。
「人族が飛行スキルを習得するなんて初めてじゃないかな?」
「嬉しいけどこれってクルムさんの飛行スキルとはかなり違うと思うな」
「そうね。ヴェル君が言っている事もやっている事もさっぱり私には分からなかったよ。役立たずでごめんね」
「種族が違うからじゃない?そもそものメカニズムが違う気がする」
それから、クルムさんと一緒に飛んでみると、俺の方がスピード出るようだ。どうも翼が風の抵抗を受けてスピードが上がらないようだ。
翼が無い方が早く飛べるのか。まあスキルってくくりで片付けてしまうと飛ぶイコール翼って概念が吹っ飛ぶな。
「まさか、翼が邪魔になる日がくるとは思わなかった。邪魔だから無くてもいいけど」
「意外だったね」
「そういうことなら、私もフェンリルから加護をもらったのはラッキーだったわ」
あわよくばこの先ジュリエッタとマイアも一緒に飛べたらと思ったけど、俺のやり方だと重力魔法も風魔法も使えないと無理だ。もっと簡単に飛べる方法があれば便利なんだけど。




