第135話 指輪
風の加護のおかげで予定より早く町に着くと、時間に余裕があったので小さな食堂で昼食を済ませてからギルドの支部に向かった。
受付へ行くと、受付嬢から憧憬の眼差しを向けられ「この度は依頼達成していただきありがとうございました」と声をかけられる。
おまけに個人的なサインが欲しいというので、若干信じられない思いでサインをする。
俺のサインなんてと思いつつもこんな感情は久しぶりだ。悪くない。いや、とてもいい。ついついお前たちでホントに大丈夫か?という視線で受付してたキャサリンさんと比べてしまう。
それから伝書鳩の籠とほとんど使わなかったエサを返すと支部長室へと案内された。
「なかなか受け手のいない依頼を達成していただいていて助かりました」
「いえ。お役に立てて何よりです」
メルス様案件だから気にしないでくれたまえ。と言いたいが。その後が酷かった。
支部長によれば、依頼の達成は確認したがそのあとの査定で時間がかかっているとのこと。おまけにメリダ嬢を誘拐から助けた謝礼金も交渉中なんだとか。さらに言うとリーダーの金額もまだ決まって無いそうだ。
いや、なんも決まってないじゃないか。
結局明日領主が到着したら再度話し合うことになった。おれは居なくていいよな。額なんか気にしないから適当に決めてくれ。
それだけの用事ならこんなに急ぐ必要ないじゃないかと聞いてみたらトラブル防止の為に同意書にサインがいるとの事。
いや、だったら使い寄越したときにサインすれば良かったんじゃない?わざわざそんなことで呼ばないで欲しい。
いや、それくらい本当に調整して欲しい。
飛ばして帰って来て何も決まってませんと報告受けて、時間かかりますってのに同意するだけのサインをして人数分金貨金貨78枚だけ受け取って帰る。
惰眠するはずだった分徒労感が酷い。時間指定なんかすんじゃねえ。
ちなみに、こちらの世界には金貨以上の硬貨は存在してない。アイテムボックスがあってよかったよ。
「それにしても、山賊78人もいたんだね」
「僕も数を数えながら倒していったわけじゃなかったから驚いた」
もらった金貨を取り決めどおり分けると、クルムさんが
「やっぱり均等とかやめない?」
「え?なんで?」
「後4年後には私もこの地を離れる事になるんだよ。拠点を買う必要もないから、金貨なんてどうしたらいいか分からないのよね」
「元々目的が違うからね。職業を極めるために迷宮攻略してるわけだから」
「でしょ?しかも宿と食事は領主様から援助されてるからお金の使いどころがないの。贅沢な悩みだけど」
「他の高ランク冒険者って素材の剥ぎ取りってどうしてるの?」
「ギルドに依頼を出して雇う方法もあるけど…現実的には無理でしょ?」
ならば、今後は価値のある素材以外は無視する事にしてさっさと浄化することにした。
で、金貨は俺が管理する事になった。
「クルムさん、せっかく依頼料が手に入ったから、クルムさんのドレスに合う装飾品を見に行こうか?それから夕食もいいもの食べようよ」
「えっ、いいの?」
「もちろん。昨日今日で2つもメルス様の依頼をクリアしたんだから。で、美味しいものたくさん食べたら今日は部屋でがっつり飲もう。部屋だったら何杯飲んでもノーカンてことで」
今日はオレも制限なく飲み潰れたい気分だ。重要案件の納期をクリアした気分と言うか、そう。打ち上げはしなければ。
クルムさんも笑顔で了承。
「今夜はとことん付き合ってもらうんだから」
「おっ、おう。飲むぞ!」
だがクルムさん。あなたは酒にあまり強くない…先に潰れるのは分ってるんだよ。
そんな話をしながら、昨日のメリダさんのイケメンパパの経営している商店街へ行き貴金属アイテムを扱う店にと入る。
「いらっしゃいませー」
ショーケースには指輪からネックレスまで、豊富な品数が並び、ミスリルを加工した物や、ゴールド製品の物は値段も高かった。
「お客様。本日はどのような物をお買い求めでしょうか?」
「実は彼女が社交界にデビューする事になったので、ピンクのドレスに合う装飾品を見に来ました」
笑顔の店員さんから色々と製品の案内を受けているうちに、ふと交易都市で参加したオークションに出品されていた指輪に似た指輪が目に留まる。
あの時の目玉商品にそっくりだった。
「この製品は?」
「お目が高いですね」
それから店員に話を聞いてみると、この世界でも金は貴重で、今流通している金貨も鉄に金のコーティングがされているそうだ。
この指輪も迷宮でドロップされたミスリルの指輪に金をコーティング加工された物らしい。
指輪に付いている、カットダイヤのような石の事を聞いてみると、ミスリル鉱石と呼ばれるダイヤ並に希少価値が高い鉱物という話だった。
ミスリル鉱石が高価な理由のひとつは、物理防御や魔法防御が付与されていているからと説明をされる。
使用回数は石の大きさによりまちまちだが、指輪に加工されている大きさだと攻撃されるまでの1回きりだが嵌めている間は、評価ランクがどちらとも+1となる。
つまりコスパ的にも冒険には向いていなく、美術的価値があるお守り的な感じで、ドレスを着たりする時に装備するのが一般的な使い方だと言う話だった。
うん。デジャヴ。向こうのオークション会場でジュリエッタ達から聞いた話とほぼ一緒だ。
オークションの時は、まったく必要性を感じなったが評価ランクが上がるとなると話が変わってくる。
そんなわけで、奮発してクルムさんに指輪を買う事にした。
「それでは、どの指に嵌められますか?」
勇者世界ではどのゆびに嵌めても意味はなかったが、こちらの世界では日本と同じような意味があるらしい。
左薬指に指輪を付けると、社交界では配偶者もしくは婚約者がいると見なされるようだ。
「これを付けとくだけで、勘違いしてくれるからいい?」
「いや、気を悪くするかも知れないけど、その話を聞く前ならともかく、僕が送る指輪を婚約者に話をする前にその指に付けるのはちょっとマズいかな」
「あ…そうだったわね。じゃあ右手薬指で」
指輪の加工には、今日1日掛かるそうで、また明日以降に受け取りに来ることになった。
で、この街1番と言われているレストランで食事して宿に戻ると、甘いものが食べたくなった。脳ミソ疲れてんのかな…
クルムさんにマドレーヌを貰おうとしたら、こないだ配ってすっからかんで、大量のオカラとか肉とか酒はあるけど、すぐ食べられる甘いものは無いんだって。もう一度出かけるのは、おっくうだからオカラドーナツでも作ろうか。
早速オカラに砂糖、小麦粉、ハチミツ、牛乳、卵と混ぜ生地を作り、ベーキングパウダーの代わりにエールの炭酸を投入。
そして油で揚げるとオカラドーナツがそれらしく完成した。食べてみるとかなり美味しい。個人的にはマドレーヌよりも好きだ。
クルムさんにも食べて貰ったが概ね好評だった。
それから酒樽を出したが酒のつまみが無い。なのでさっきドーナツを揚げた油でぱぱっと塩唐揚げを作る。二度揚げしたので、外はからっとジュシーで最高に美味い。
依頼の達成感に美味い唐揚げに浴びるほどある大量の酒、そして目の前には幸せそうに飲み食いするおねーさん。これこそ冒険者の醍醐味じゃないか。




