第134話 風の加護
フェンリルの親子が森の奥へ消え去ると、気を失ったクルムさんをお姫様抱っこしたままだったので、そっと地面に降ろす。後でお姫様抱っこしたってバレたら何言われるかわからないしね。
まあ、あの状況だから助けるのは当然なんだけど、それでも面倒なやり取りになるのは勘弁して欲しいのだが、このまま固い土の上に女性をそのまま放置する事も出来ない…
無防備な美女を目の前にして何も反応を示さない子供の体に、おっさんの精神を持つこの複雑な状況には、色々と悩まされる。
葛藤の末、思っている事とやる事が矛盾しているが膝枕をする事にした。子供のやる事だ。ジュリエッタとマイアも許してくれる。と思いたい。
とりあえずクルムさんが寝ている間に、メルス様に報告を済ませておこう。
刀の柄を握り(メルス様、聞こえますか?)と連絡。
(ああ聞こえるよ。それに見ていたから状況は把握している)
本当に見ていたんだろう。一瞬で返事が来た。いや電話より早い。まるで目の前で念話しているようだ。
(メルス様、こうなること知ってたんじゃありませんか?子を放したら直ぐに親が来るって言ってましたもんね)
(はははバレたか。ヴェルが空中戦の事で悩んでいたようだし、ひょっとしたらフェンリルが加護を与えるんじゃないかとは思っていたけど、ここまでうまくいくとはね)
『どんだけ、俺の事を見てんだよ』
まぁ、結果俺には悪い話じゃないから文句はひとつもないけど。
(随分と回りくどい事を。それなら最初から加護を得るためだと教えてくれてもいいんじゃありませんか?)
(君ね~、もし最初に情報を与えてフェンリルに加護を与えて欲しいという下心を見抜かれたらどうなると思う?)
(なるほど)
でも最初からメルス様の名前を出しとけば、加護を貰えたんじゃないかと思うんだけど。
(分かってくれてなによりだ。それにフェンリルがクルムにまで加護を与えるなんて、嬉しい誤算だったよ。抱っこしてたのが良かったのかな?)
(メルス様まで揶揄うのは勘弁してくださいよ)
(ははは…兎に角だ、僕の依頼は意図的に君の成長を促すもの。これからも、疑わずに素直に依頼を受けてくれると嬉しいな)
(オルディス様から神は正義だろうと悪だろうと、どちらにも神が直接肩入れすることは無いと聞いていたので、ぶっちゃけた話、ちょっと戸惑っています)
神託の儀の時に、そう言われた事が引っかかっていたのも事実。
(理を壊しかねないのは確かだよ。ただね、君たち勇血を持つ者達はフェンリルの言うとおり神の使徒。種族の枠を越えた神に近し者達だ。だから世界の安寧に加担をするのは当然だと僕は考えている。まぁ、僕とオルディス君とは少し考えが違うけどね)
(メルス様の考え方はわかりました。ここではメルス様に従うのは当然でしょう。話は戻りますが風の加護があると空を飛べるんですか?)
(風の加護だけでは無理だけど、やり方次第ではね。またその時になったらヒントを教えるよ)
(今じゃなくてですか?)
(少しは努力しようよ。じゃまたね。バイバイ)
(キーン)
(なにそれ?)
(挨拶です)
念話を切ると、無意識のうちにクルムさんの頭を撫でてることに気付く。
と、クルムさんが突然目を開け「へっ、えっ?」と顔をまっかっかにして、俺のお腹に顔をうずめ手を体に巻けるように抱きしめられた。
「ああ、ごめん、つい…」
これどうしたらいいんだ?今突き放すのも変だよね?無意識だったから後のことなんて考えてなかったぞ。どうしよう。
「ほら、固い地面の上に気を失った女性を放置するなんて、紳士のする事じゃないって教育されてるからさ…」
頭を撫でた事は触れずに言い訳を…クルムさんは何も言わず頷いているけど、こそばゆいったらありゃしない。
たまらず緊急輸血ならぬ、緊急吸血をお願いと頼む。中身がおっさんだけに賢者モードにならんと収まりがつかん。
吸血をされている最中、最近こればっかりだなと反省しながら、婚約者の二人にごめんなさいと心の中謝った。
色々ともやもやするが、互いに平常心に戻ると、神獣フェンリルから加護を貰ったと説明。
目を覚ましたクルムさんにフェンリルの誤解が解けて、おまけ加護までくれた後、親子で帰っていった事を話す。
それから、ステータスカードを確認すると、称号に風の加護が追加されていた。
「本当に風の加護って表示されてる。これもヴェル君のおかげだね」
「メルス様も、嬉しい誤算だと言ってたよ。それにクルムさんにはあまり関係ないけど、この風の加護を使えば、僕も空を飛ぶことができるようになるみたいだ」
「それじゃ張り切って飛行スキルを取らなくちゃね」
クルムさんはやる気満々だし、メルス様からは少しは努力しろとか言うけど、実のところどうやったら飛べるようになるか、さっぱり見当が付かない。
「どういう経験値を積めば飛べるようになるかわからないから、またそのうちにね」
ミッションコンプリートしたので、昼に間に合うようギルドへと向かって走り出す。
加護をもらった影響なのか帰りの方が早く移動している気がする。ただちょっとした体感なので気のせいと言われたらそれまでだけど。
町の門に辿り着くと、行に使った所要時間は約2時間。帰りは1時間半と25%ほどスピードが上がっていた。気のせいじゃなかった。
ここに来てのステータスの上がりっぷりを見ると、これから4年でどこまで強くなれるかまったく底が見えない。
最終的に魔王をデコピン一発で倒せるようになったら楽なんだけどなー。流石にそうなったら話が続かないか。




