第133話 神獣フェンリル
翌日、昨日と同じく早朝出勤。フェンリルの子供を返しにオールドスイープの森へと向かう。眠い…なんでこんなことになったのか。
それは昨晩、宿に帰るとギルドの支部から昼過ぎに来てくれと宿に連絡が来たからだ。
メルス様からクルムさんのチート武器を貰った手前、依頼を済ませておかないと座りが悪い。
地図で見たオールドスイープの森は、昨日の山賊達の拠点の約4倍の距離だ。昼までに戻るためには朝早くから出なくちゃ間に合わない。昼ご飯ぐらいはゆっくりと食べたいし。
「それじゃいこうか?って、そのロッド、随分派手だねえ」
本当に見た目は派手で目立つ。が転職しても魔法攻撃&魔法防御がランク評価がBのまま固定されるのは大きい。
「まぁ、ヴェル君のその刀も人のこと言えない武器だから、その点に関してはお互いに言いっこ無しってことで」
「いや、刀は派手じゃないからお互いってのはないな」
昨日と違う道から森へと続く道に入って駆けて行くと、道中を遮る魔物と数回出くわすが瞬殺する。
休憩を挟みながら山を2つ越えたところで、「あれえ?!ここって!」と、思わず大声が出る。
どこかで見た風景が…そう。あれは学園迷宮9層で3度渡った吊り橋じゃないか!
近くに寄ってみると滝まで再現されていた。
「ええ?なんで?!!」
「どうしたの?いきなり立ち止まったと思ったらいきなり声をあげて」
「ちょって待ってくれる。メルス様に確認したい事があるんだ」
「うん」
それから慌てて刀を握りメルス様にパスをつなぐ。
(メルス様、聞こえますか?)
(聞こえてるよ~。どうしたのいつもより声が荒いけど。って、ああ気が付いたんだね)
(それは気がつきますよ。ここまで一致すると気が付かない方がおかしいでしょう)
(この話は誰かに話されると困るんだけどどうしてか知りたいかい?)
(知りたいです。誰にも言いません)
それからメルス様から次のような話を聞かせてもらった
① 迷宮のフロアとは色々な知的生命体が住む土地を動物や魔物を除外した上で、早く言えばコピペしただけ。
② 町や都市の再現は、それぞれの星の文化が違う為、影響を考えてコピペするのは自然区域だけ。
③ 迷宮の変革とは時空操作で過去も未来もランダムで切り取っているので、同じ区域をコピーしたとしても、季節や時代が違うので上下のフロアとは繋がりはない。
それまで迷宮だからこんなものだと教えられて無理やり納得していたけど、一部だけとは言え謎が解けたのでスッキリだ。
(まあこれを知ったからと言って何か影響あるわけじゃないけど、この事は誰にも言っちゃだめだからね。じゃ、フェンリルの件が終わったらまた連絡して)
と相変わらず一方的に念話が切られる。
「お待たせ」
「それで、メルス様と何を話してたの?」
「内緒話」
「あらまあ。まあヴェル君とメルス様の話なら言えない事もあるだろうからしょうがないわね。いこうか?」
「そうだね」
ま、メルス様の言うとおり言ったからって何も出来るわけないし、他言無用にする必要があるのかとも思うけど、きっと神様の都合があるんだろう。
と言うわけで吊り橋に向かう。学園迷宮の9層と違うのは結界石を嵌める石碑が無いとこと、吊り橋の木が少し劣化していることぐらいか…
索敵魔法を掛けて安全を確認。クルムさんはイザとなったら飛べるので余裕の表情だ。
吊り橋を渡りきると、そのまま突き進み目的地までやってきた。
安全を確かめる為に、念のために索敵魔法を掛けるが反応は無い。どうやら、フェンリルの親はこの付近にいなさそうだ。
(クルムさん今のうちだ)
クルムさんが、アイテムボックスから眠ったままのフェンリルの子供が入ったゲージを取り出して出す。
メルス様に言われたとおりにゆっくりとその場に放すとフェンリルの子供は「キューン」と鳴く。
(よし、これで依頼達成だね。フェンリルの親がいっ!)
クルムさんが、念話で喋っている途中でいきなり突風が吹く。
砂埃が舞い上がりつい目を閉じる。
(フェンリルの子供は大丈夫?飛ばされてない?)
そう聞いても返事は無くクルムさんは青い顔をして固まっている。
あー、フェンリルの親来ちゃったのか。と軽い気持ちで思い後ろを振り返った瞬間、2頭のフェンリルが喉を鳴らしながら退路を防ぐようにこっちを見ている。
うーん。逃げ場が無い。
刀に手を伸ばそうとした瞬間もの凄い威圧が飛んできて手が震える。巨大で真っ白な狼の威圧にただ耐えるのが精一杯だった。
『うわあ。なんもできないぞ』
(小僧、お前が我が子をさらった不届きものか!)
(魔王軍と戦った時、我らがどれだけ力を貸したと思っている?こんな酷い事をするとはな!)
おおお。フェンリルともなると念話でコミュニケーションが可能なのか。流石神獣。
(まさか。攫ったのならわざわざ危険を冒してまで返しに来ないでしょう?)
(ほぅ、なかなかの胆力だ。確かにお主の言うことにも一理あるな)
(そこの亜人の女は、我らの威圧に耐えきれず気を失っているのに、なぜお主は平気なのだ?)
割とすぐ信用してくれて助かったが、フェンリルの言うとおり、クルムさんがガクっと膝から崩れ落ち倒れそうだったので、縮地で近寄りお姫様抱っこをするとオスのフェンリルが驚いた表情をする。
(とりあえずその威圧を解いていただけませんか?メルス様の依頼で貴方の子供を山賊からとりかえして、こんな山奥まで届けに来たのにあんまりじゃありませんか)
(メルス様だと!どおりでお主の…いやそのなんでもない…)
なんだか凄い狼狽えているんだが…狼だけに…漢字じゃないとわからんシャレだ。いやどうでもいい。
と思ったら威圧が解けて空気が一変した。
(お主、名は何という?)
(ヴェルグラッドです)
(人族がなぜ創造神メルス様の名を知っている。お主は神の使徒か?)
(あなた、神の使徒達は魔王を倒した時に神器と共に解放されたはずではありませんか)
神の使徒?天使とかいるのかな?魔王を倒したってことは勇者パーティの事っぽいな…
(神の使徒がどんな存在でどんな役割なのかは私は知りません。私は元々この世界では無く、他の世界での勇者ということになってます。上手く言えませんが)
するとフェンリルは何かが腑に落ちたようで、突然ひれ伏した。まあ、見た目がアレなので「伏せ」状態だ。
(我が子を救ってくれたのに非礼な態度をとってすまなかった)
(わかってもらえたらいいんです。自分の子を攫われたのだから平常心を保つのは無理でしょうし)
(他世界の勇者だったとは…我が子を救ってくれた礼と無礼を働いた詫びと言ってはなんだが、我の加護を授けよう。メルス様もそれくらいは許してくださるだろう。きっと役に立つはずだ)
フェンリルはそう言うと、2匹のフェンリルが聞いた事もない言葉で詠唱する。と同時に俺とクルムさんの体が光った。
(初めて人族に加護を与えたが、うまくいったようだな)
フェンリルが言うには、与えて貰った加護は風の加護で、ランク評価が固定値になるとのことで転職に左右されないらしい。
メルス様謹製武器の素早さバージョンだ。しかも装備品じゃないのは非常にありがたい。
(ヴェルグラッドよ、もう一度詫びよう。すまなかった。そして我が子を救ってくれてありがとう)
(いえ、攫ったのは山賊です。僕があやまられる理由がありませんからお礼だけ受け取らせてもらいます)
そう言うとフェンリル夫妻は目を瞑り頭を下げる仕草をとった。そして顔を上げると
(お主らがもし困るような事があればこの森に来るがいい。助けになることができるだろう)
そう言い残し、子供を咥えると森の奥へと消えていった。
いつもお読みになっていただいてありがとうございます。
話の都合上、105話のヴェルの武器の効果の部分の仕様を下記にとおりに変更しました。申し訳ございませんが脳内補正宜しくお願いいたします。
名称:オリハルコンの刀
効果:戦闘中に魔力を流すと斬れ味増加。非戦闘時に魔力を流すと自動修復。(変更前)
⇒ 転職をしても、物理攻撃、物理防御のランク評価の最大値を固定。(変更後)
価格:売り物じゃありません。




