第120話 お茶会にて
宿を出て20分経つと領主の屋敷が見えてきた。町からは見えない小高い丘の奥の方だ。
丘を登る途中で窓から見える景色は見慣れた城塞都市そのものだった。城じゃなくて屋敷だけど。
屋敷に到着すると、さっき執事さんにドン引きされたのでどうしようかも思ったけど、あれだけ言い切ってしまったからな。クルムさんをしっかりエスコートして馬車から降りる。
「ご主人様。ありがとうございます」
揶揄う要素を入れずに真顔で言われると随分とムズ痒い。でもやっぱりエスコートした相手にご主人様と呼ばれるのは随分違和感があるな。
そもそもご主人じゃないし。今後こういう状況での呼び方は考えないといけないかもしれない。
「さあ、いくよ」
手を離して一歩前に出ると「それでは。妻はもう中で待っていますよ」だって。
やっぱり何か面倒な事を言われそうでイヤだなあ。さっさと終わらせて帰りたい。
屋敷に入ると、使用人一同が揃ってお出迎え。洗礼されたその挨拶の作法は向こうの世界と比べても遜色は無い。
そして、その先には、驚いた顔をしている領主が。クルムさんのメイド姿にびっくりしたのだろう。
「ようこそ領主の館へ。既に見知った間柄、挨拶は抜きにしてお茶でも飲みながら、よ~く話を聞かせてもらおうかしら?」
『はいはい。いや、マジめんどくさい』
「本日はお招き頂きありがとうございます。それではお言葉に甘えまして。いくよ」
クルムさんは、この慣れない雰囲気に圧倒されているのか?顔が強張ったままコクリと頷くだけだった。
ジェレミアさんを先頭にテラスに案内をされると、あれだけ断ったのに着飾った縦巻きロールの少女が立っていた。人の話を聞けよ。
「エイミ。ご挨拶を」
「はい。お母さま。私はエイミ・トワイトと申します。14歳で今は学園に通っています。これからよろしくお願いします」
かわいらしくも利発そうな印象を受け、こちらも貴族用の挨拶。緊張気味のクルムさんもカーテシーで挨拶をこなす。
ならばこちらも作法に倣い挨拶をすると令嬢は顔を赤くしている。
それから、飲み物を聞かれコーヒーを頼むと茶菓子が並ぶテーブルに移動してお茶会が始まった。
「ヴェル。それでこれはどう言うこなとなのかな~。話を詳しく聞かせて頂戴」
領主は笑顔だが目だけが笑っていない。こえ~なおい。
「領主様は何か誤解をなされているのではありませんか?私のいた世界では貴族の妻がメイドとして働くという例はありませんでしたから」
実際にさっき知ったのは事実。下手に言い訳をせず逃げ切る作戦に出た。
「ヴェル殿が仰る事は事実。先ほどわたくしが教えて差し上げたばかりでございます」
まさかここで相手の身内からの援護射撃。ジェレミアさんグッジョブ!
「そうなの?まあそれなら許すしかないわね」
いや、許されるとか許されないとかそういう関係じゃないだろ。
「それなら、クルムさん。貴方はそのメイド服を着るのは禁止よね」
それはそうだよね~。領主がそう言うとクルムさんが、涙目になり茫然としていた。えっ何?ひょっとしてメイド服が気に入ってたの?ん~
「しかしながら、私の育った異世界においては戦闘メイドという職業がありまして、貴族が護衛に雇う例があります。この世界では私は貴族でございませんから気にしないでください」
これはエスパーマイアには絶対に通じないウソだ。詭弁と言うか方便と言うか。
「世界が変わればまた風習も変わる。なるほど分かりました。貴方は正式にはこの世界では貴族ではありませんし、ここで無理を通して関係を悪くするつもりはありませんね」
そう言われてクルムさんの表情が緩んだ。
「そう言えば、あれほど豪華な宿を借り上げて頂き心から感謝いたします。こちらはつまらないものですがお納めください」
そう言うと、手筈どおりクルムさんは自前のマジックポーチから、綺麗に包装した化粧品とリンインシャンを取り出した。
「これは何?ポーションか何か?」
「いえ、クルムを見ていただければお分かりかと存じますが、こちらの製品は髪に潤いと艶を与え、こちらは加齢による皺や乾燥肌を改善させる水、最後は唇に潤いと弾力を与え乾燥から唇の乾きから守る品となります」
そう言うと、全員がクルムさんの顔に注目。クルムさんは緊張した面持ちで完全に固まっている。
「近くで見てみるとなるほど…確かに効果がありそうですね」
それから、使い方を説明しながら化粧水と口紅を使ってももらうと、みんな使用前と後での違いに目を丸くしている。反応は上々だ。
元々クルムさん自体の肌は65歳ではなく20歳のぴっちぴち。兎に角きめ細やかな肌なので化粧水の恩恵は薄い。
それでもここは乾燥地帯。クルムさんから、肌のつっぱりや唇のひび割れには、化粧品には絶大な効果があると聞いている。
「お母さま。私が見ても肌が凄くみずみずしくて綺麗です」
「確かに。エイミが生まれる前まで若返ったんじゃないか?」
「あら、そう」
ジェレミアさん、それはいくら何でも身贔屓が過ぎませんか。でも実際に効果が認められてしてやったりではある。それに口紅の色を赤にして良かった。イメージしたとおりぴったりだ。
「それで、この製品が大変素晴らしい事は分かったわ。これは異世界の物なの?もしそうなら、この先の入手が…」
『喰いついた』ここから我、秘策ありだ。
「ご心配なられなくても、これらの製品は私がこの町で用意したもの。レシピも作り方も頭の中に入っております」
「それでは定期的に…」
「いえ、この製品のレシピと作り方を領主様に献上しようと思います。これらを名産品として販売をすれば町は更に潤い、この地の発展を促す物だと思われますがいかがでしょうか?」
王都では肩書と後ろ盾があったからこそ、庶民でも買える価格で供給できた。ここでもそうするのがいいと思うんだよね。
もちろん、オレが作り続けて貴族だけに高値で売りつけると言う選択もあったが、4年間とケツが決まっているので儲けを集中させるより市井に広げる方がいいだろう。
「それで、貴方は何が望み?これだけの製品を無償って事にはいかないでしょ?」
そこで俺は3つの条件を出した。
俺とクルムさんへの干渉は止めて貰う事。いちいちギルドに行動を報告するなんて自由な冒険者として承服できない。領主の出した答えは、この地を拠点として活動するという条件で決まる。
次に、化粧品の売り上げの一部でもいいので、教会に寄付してほしいと願い出た。俺が寄付をしたとしても、4年後には俺はこの世界から消える。
俺には神様の血が流れていて神様に沢山助けられている。その神様を祀る教会があまりにもみすぼらしいのは放っておけないから継続的な金銭援助が必要だ。
加えて孤児にも一定の教育を施して貰うと言う事でこちらも納得して貰った。
最後に提示したのは、オレの後ろ立てになって貰えないか?と言う話をした。元の世界でも陛下の庇護下で色々と便宜を図って貰って助かった事があったのは事実。
火の粉を払拭できる程度の後ろ盾は必要だと思ったからだ。
「いいでしょう。そちらの条件は全て飲みましょう。これらの製品が一過性のものではなく、この世に必要不可欠になるものだと確信したからです」
『よし!』
「それでは、こちらがレシピと製造方法となります。確認をどうぞ。わからないところはお答えしますよ」
そう言うと、中身を確認。「す…スライム…」と小声でそう聞こえたが面倒なので敢えて無視。それぞれが確認した後、ジェレミアさんがマジックバッグの中にしまった。
「ふぅ。話は変わるけど本当にあなたは子供なの?貴族としての教養たけでなく、まるで大商人と話している様な巧みな話術。本当に我が娘の下へと嫁いで頂きたいのですが」
「失礼を承知で申し上げます」
領主は頷いた。
「申し上げますが、当人の気持ちを無視してはいけません。我々は初対面ですし。私としても子供の政治利用を受け入れることはできません。私の育った世界でもそんな事をする貴族は散々陰口を叩かれていましたから」
嘘ぴょ〜ん。そんな貴族世界は崩壊だ。成り立つわけがない。上級貴族になるほどちっちゃい時に結婚相手が決まるものさ。
「あの~。口を挟んで申し訳ありませんが、私はヴェルグラット様なら何も問題ないかと。私の気持ちはすでに奪われていますが」
えー、随分斜めから飛んできたぞ?どう答えるかなあ。
「それは拙速ではありませんか?まだ挨拶をしてからそれほど時が経っていないじゃありませんか」
「あら、貴方は一目惚れと言う言葉はご存じない?」
「そう言っていただくのは大変光栄ですが、私には将来誓い合った者が二人もいます。何卒ご理解していただいたうえご容赦を」
「でも、そちらの婚約者の方々は異世界の方ですよね?それに異世界でも重婚が認められている様子。その末席に私を加えて頂いても宜しいのではないかと」
この親にしてこの子ありだな。親子で同じこといってら。しかも異世界跨いで重婚なんてこの娘は自分が何を言っているのか分かってるんか!
「これ、エミリ。ヴェル殿が困っているではないか?恋は少しづつ育むもの。ここは焦らずに定期的にお会いする事と言うのはどうだ?」
「それはできません。先ほども申しましたが、定期的となると私の冒険者としての活動が制限されてしまいますから」
互いに引かずに平行線。ならば出ていくぞと暗に仄めかすと、ならばせめてパーティーのような催しの時に一度だけエミリさんをエスコートをお願いしたいと言うことだっだのでそれならばと妥協する。
本当に女難の相があるんかな?望んでいた頃は女性に縁が無いし、別に求めてもいない時に無駄なモテ期を迎える。もったいない人生だ。せめて20歳だったら…(略)
領主と娘が口説いてくるのを躱し続けるうちに精神的に疲れてきた。
帰りは、ジェレミアさんの見送りも断りやっと門を出ると、もう日が暮れ始めた頃だった。
(ヴェル君。お疲れ様)
(本当に疲れちゃったよ。クルムさんが念話や会話にあまり入ってこなかったから、どうしてなんだろうとは思ったけどね)
(貴族同士の会話に入るとボロが出ちゃうからね。それに念話がバレたらヴェル君が困るでしょ?)
(確かにバレたらめんどくさかったかもね。バレてなくてもめんどくさいんだから。クルムさんの言いたいだろうってことも顔に出てたし)
そう言うとクルムさんの顔が赤くなる。
(お姉さんをからかうものじゃないわよ。でもまぁ、私の代弁をしてくれたのは嬉しかったけどね)
(都合のいい時だけ年上のお姉さん気取りは勘弁してください)
(ふふふ。確かにね。気をつけるわ。それにしても戦闘メイドの話なんてよく咄嗟に考えついたねー)
(そもそも知らなかったことで糾弾されるなんてイラッとくるでしょ)
(あと、エミリさんの件はちゃんと断って欲しかったかな)
(あそこで断ると、ここにいない2人の婚約者じゃなくてクルムさんに矛先が向かいそうでしょ。あまりにも腹が立ったら別に出て行ってもいいけど、後ろ盾を得るのと天秤にかけたと考えればあれくらいが妥当だと思うけどね)
そうじゃなくて…と言いかけたクルムさんの口はとんがっていたけど、ねえ、俺には2人の婚約者がいるって忘れてないよね?




