第108話 残念美人
翌朝、ソファーで目が覚めた。
そう、昨晩は寝ようとしたらクルムさんが部屋に入ってきて、絡まれたあげく酔いつぶれて俺のベッドで爆睡してしまったんだ。
ベッドを見ると当の本人はスヤスヤと寝息を立てている。
いきなり入ってきたかと思ったら、2人の婚約者について詳しく話しなさいと、まるで刑事に尋問されてる被疑者かと言うくらい根掘り葉掘りと聞かれることになった。
なので、まずアイテムボックスに死蔵していた虎の子の酒(とは言っても王都でこっそり購入したけど1人になることが無くて飲めなかったアレだ。別に銘酒とかではないただのエール)を出してクルムさんに勧める。
余談だけど、ビールはやっぱり地球の方が美味い。こないだ久しぶりにエールを飲んで気がついたのが、こっちのエールはなんと常温だ。
いや、余りにも懐かし過ぎて雰囲気でカァーッとやったけど、やっぱりキンキンに冷やして飲みたい。ホントはラガーもピルスナーもいきたいがここにはぬるいエールしかない。と言うわけで、クルムさんと自分のためにエールを魔法でキンキンに冷やす。おれは一杯だけなので絶対に美味しく飲みたい。
「まあ、美味しい」
そうだろう?冷たいだけで美味い。正義。
とクルムさんは1/3ほど一気に飲むと、尋問が再開する。しばらく答えるとまた飲むを繰り返すうちに酔い潰れてしまった。と言うと大酒飲みのように聞こえるけど、クルムさんが飲んだのはほんの数杯。下戸に近かった。
いや、いくら後見してもらうと言っても、ジュリエッタとマイアとの出会いやら婚約までの流れを全て話すと言うことは、「実は向こうでは勇者でねえ」とか「転生も二回目っすわ」とか「コレラの流行を阻止したときに万単位の人を救っちゃって」「創造神様とも面識があるっす」「そんで4年後には元の世界に帰ることになってまして」とか全部繋がってるわけで、今クルムさんにどこまで話すかの判断しながら齟齬と矛盾が生じないよう作文するのが本当に大変だった。
ま、結果的に酒を飲ませたのは正解だった。クルムさんもだいぶ目が据わってたから多少の綻びは気付かなかったみたいだからね。でも逆に俺が気になっていた吸血族の事は聞けずじまいだった。
というわけで爆睡するクルムさんを部屋に戻すのを諦め、仕方無くソファーで寝て、今目が覚め現在に至る。
「そう言えば、今日はパーティ登録をしにギルドに行くんだったな…」
誰かが来る前にクルムさんを起こして部屋に返さなきゃ、もし誰かに見られたらまた冷やかされるに違いない。
「クルムさん。起きて下さい」
クルムさんは眠そうに起き上がると「ん?なんでヴェル君が?そう言えば昨日は一緒に寝たのかしら?」と反応を試すような顔をしている。
「馬鹿な事を言ってないでさっさと起きてください」
「はいはい。昨日は絡んでごめんね。今までそう言った相手がいなかったからつい羨ましくてね。それで?ハーレムでも作る気?」
こんな美人なのに今まで彼氏がいない?嘘こけ。しかもハーレムなんて死語じゃないの?
「クルムさんまだ酔ってます?聞きますけど12歳の子どもがハーレム作って何かできると思ってるんですか?子どもが子作りとかシャレか何かです?」
「ははは…」
「でしょ?キレイなお姉さんの口からどこかのオヤジみたいな言葉が出てくるなんて(残念すぎる!)」
「ぐむぅ。でもヴェル君のツッコミもどこかのオヤジみたいよ?あら、こんな時間。そろそろ行きましょうか?」
あ、でもキレイなお姉さんのところはツッコまないんだな。自覚しているなら始末が悪い。
「ええ。自分の部屋で着替えてからにしてくださいね」
「はいはい。部屋に戻るから先に食堂に行ってて」
「わかりました」
なんだか出来の悪い姉貴を持った気分だ。残念美人か…俺の知り合った異世界の女性って、そんなんばっかじゃないか。
それから着替えて食堂に行くと、クルムさん以外は全員食事中だった。
「おはようございます」
「おう。おはよう。クルムのヤツはどうした?」
「着替えたら降りてくるんじゃないですかね?」
あれ?言ってから気付いたけど、さっきまで一緒でしたって言っちゃったような感じ?
するとヴェクトさんが真剣な顔をしてオレを見る。
「少年、ちょっと聞いてくれ。クルムはあの容姿だからぶっちゃけモテる。ただ、強いヤツしか認めないってのが口癖でな。そこそこ強いくらいだと相手にされないんだけど、見てるとどうも少年に興味を持ってるようだ。どう思う?」
「え?僕はまだ子供ですよ。手頃な弟感覚でからかわれているのかと」
「そうだな。そう言う事にしておこう」
冷やかしにしてはヴェクトさんの顔が真剣すぎる。本気で恋愛に繋がるとか思ってるのかな?
種族の違いはあるけどクルムさんは65歳。オレの中身はどうであれ肉体的には10歳。オレがジュリエッタとマイアに抱く感情と同じなら孫みたいなものだ。
彼女達と婚約を交わしたのは別に俺がロリ嗜好だったわけではなく、今の自分と同世代で自分が成人をするタイミングで彼女達も成人するから。つまり同じように歳を重ねて自然に年齢相応の感情を持つことがわかっているからだ。
自分だけ見た目が変わらず恋した相手だけが老いていくなんて俺には耐えられないと思う。
ヴェクトさんがどう思ってるのかは置いといて、ひとつわかってるのは、4年後にはオレは元の世界に戻って魔王を倒さなければならないと言うことだ。こっちで軽々しい言動は控えるべきだろう。
俺が黙り込んだからか、何となく空気が重い。
「みんな、おはよう。あらどうしたの?無言でごはんを食べるなんて珍しい。ドラゴンでも襲ってこないか心配だわ」
「それ洒落になんないからやめろ!」
ってさっきまでの空気がさらっと変わる。クルムさんってムードメーカーだよな。まあヴェクトさんの言うとおりあの容姿とキャラだと相当モテるだろう。残念美人なとこも加点要素だと思う。
ごはんを食べ終わると、そのままギルドへ直行する。
乾燥が酷く砂埃も心なし多い。何度もクルムさんがくしゃみをするので、新品のマスクを全員に配った。簡単に使い方と効果を説明する。
アレルギー性鼻炎があるのなら、この世界にもマスクは必要だよな。
マスクを外してギルドに入ろうとすると、中はとにかく冒険者が多くて喧騒に包まれていた。
「少年。階段まで抜けるぞ」
「はい!」そう短く答えると、クルムさんに手を握られる。
「ヴェル君。行くよ」
朝から色々とあったので、少し気恥ずかしい。
人混みでごったがえす通路を抜けると、そのまま階段を上り二階へと辿り着く。
「いや、今日も人が多いな。で。朝っぱらから仲の良いことで結構だな」
「もぅ、からかわないでよ。これでも後見人なんだから。何かあったら責任は私が取るのよ。これくらい当然よ。何よ子供相手に妬いてるわけ?」
「なわけあるか。冷やかした反応が楽しいお年頃だからな。お前たちは」
「まったく…急ぎましょ」
ここまで来たら急ぐ必要なんか無いのに…
部屋に入り改めてギルドと迷宮の説明を受ける。向こうのシステムとの1番の違いは、迷宮に番人がいるわけじゃなくギルドカードが鍵となっていて、クラスが基準を満たさないとその迷宮には入れないってことだろう。
あと、この世界には冒険者ランクがなく、メンバー全員のクラスの合計値でパーティランクが決まるようだ。
孤高の風にパーティー登録をしてから改めて全員がステータスカードを水晶に当てるとAと言う文字が水晶に浮かび上がった。
「あれ?Aってでたぞ?なにこれ間違い?俺たちBランクだよな?」
「少年のランク評価が高いってことじゃないか?ま、長年の目標がひとり少年が加わった事で達成できたわけか。嬉しいのか悲しいのか」
ヴェクトさんがそう言うとみんな同じような顔で苦笑いしている。
すいませんねえ…
こうして俺が所属することになった孤高の風はAランクパーティとしてカードに登録された。ここでの冒険者としての生活が始まる。




