第10話 魔法の練習
誕生パーティーから2ヶ月後。
まるで最初からそんな約束でもしていたかのように、その後も週に1度は必ずジュリエッタさんは屋敷へとやってきた。実際に成績がぐんぐん上がっているので、伯爵も口出しするどころか積極的に連れてくる。
「ヴェル君すまないね~。娘のお抱えの文官が教えるよりも成績が良くなってね。行きたいと言う以上は行かせない訳にはいかないんだ。何れ必ずお礼はするから、これからも出来る限り面倒を見てやってくれないかね」
「別にお礼などいりません。私もお嬢さんと一緒にいると楽しいですし」
「そう言って貰えて助かるよ」
こうして定期的にジュリエッタさんに勉強を教える事になった。嬉しいことだ。相手は子供だけどね。
「ねぇヴェル」
「んっ。ジュリエッタさん。何か分からない事でも」
「そうじゃなくて、もうそろそろ私の事、呼び捨てでもいいんじゃないかなって思ってさ~」
「ははは。勘弁してください。ジュリエッタさんは年上で、かつ伯爵家のご令嬢ですよ?この言葉遣いだけでも人によっては許せないと思うでしょう。最低限の礼節は必要です」
「冗談じゃないのにな~。だって、私の先生でもあるしさ。私がそう望んでいるのよ」
「そうですね。それではこうしましょう。ジュリエッタさんのお父様にお許しをいただいたらってことで。言質さえとれば誰かに聞かれてもいいわけできますしね」
「分かったわ。必ずお父様を説得してみせる」
なぜかジュリエッタさんは拳を握り締め力強く言い切った。なぜそんなに呼び捨てにこだわるのか。女心ってやつはどの世界でも分からん。
「それとヴェル、敬語はやめてっていってるでしょ?私達は主従の関係じゃ無いのよ」
「ああ、そうで、だった。ごめんなさ・違った。ごめん」
「まぁいいわ。直してよね。話は変わるけど、もう直ぐ私は9歳でしょ。神様からどんな魔法やスキルが貰えるのか楽しみなんだ」
「いや。ジュリエッタさんは9歳だから、3年は先じゃないか。ちなみに伯爵閣下はどのようなスキルや魔法を?」
「お父様とお母様はね同じスキル持ちなの。具体的には治癒術や薬が作れる聖属性スキルね」
この世界での聖属性スキルは極めてレア度が高い。地球では勉強さえがんばれば医師になれるが、この世界では更に聖属性スキルが使えないと医師になれないそうだ。
つまり限られたスキルを持ったものが医学の勉強をして医師や薬師になることができる。何度も言うがオレはここまで詳しく書いてはいない。
「それは凄い。人を助ける為に生まれてきた血筋だね」
「そうね。大昔にあった大きな戦いでご先祖様が王族を治癒魔法と薬で命を救ったそうよ。それから王宮医療技師と言う職業が生まれて、ご先祖様は伯爵家まで上り詰めたと聞いているわ。それから代々王宮医療技師として仕えているの」
「それは凄い。それで、王宮医療技師って初めて聞くけど?」
ここにある本はある程度は目を通したが、この世界での共通した情報が多く、国家独自の知識などはあまりない。おそらくは国家ごとに体制が違うのかな。
「王宮医療技師というのはね、医師の中でも選りすぐりの医師が王宮に集められた集団なの。知識と経験が無いとなれないのよ」
「そりゃ勉強をがんばるしかないね」
「ヴェルは将来何になりたいの?目標とかある?」
「無論あるよ。まだなれるかどうか分からないから恥ずかしいから誰にも言ってないけど、僕は王宮騎士を目指しているんだ」
「ヴェルは王宮騎士を目指しているんだ。私も王宮医療技師を目指すと思うわ。ヴェルなら絶対なれると思うわ。お互いがんばりましょ」
「もちろんだよ。僕も精一杯がんばるから、一緒になれるといいね」
夢で見たとおりであるなら、俺は聖騎士になり、ジュリエッタは聖女になる筈である。興味本位で聖女と聖騎士の事を調べたが、聖女は勇者と共に魔王と戦ったと言うぐらいの情報しか集められなかった。
その情報にしても、勇者と聖女は500年前に降臨して魔王を打ち滅ぼしたのだとか、スキルや魔法の事が書いてあったが、それ以上書いてある文献はこの家にはない。
つまり聖女ってのはレア職ってことか!凄いぞジュリエッタ!
「それにしてもさ、よくそんなに都合よくレアなスキル持ち同士が出会えたもんだな」
「職場結婚ってやつかな。働いているのが王宮なら、同じ聖属性を持つ者同士が出会える可能性はゼロじゃないわ」
この世界のスキルや魔法適正ユニークスキルは、ほぼ血筋で決まる。これは俺が小説で書いた設定どおりである。
「それじゃ、学校に行ったら。医療系の勉強をするんだ?」
「そうね。それもそうだけど、聖属性のレベルで習得できる魔法が変わるから、学校に行きだしたら魔物を倒してレベルを上げなくちゃならないから大変なのよ」
「えっ!マジで?学校には魔物を倒す訓練があるんかい?」
「うん。王都の学園にはDランク迷宮があるんだけど、そこで魔物を倒す訓練があるわ。必ず上級生がフォローしてくれるから、死にはしないけど、毎年怪我人は出ているんだって」
パワーレベリングって言うやつか。レベルが上がらなければ魔力が増えないと言う事がこの世界では常識ってか。それじゃ俺はなんなんだ?この世界の理から外れているのか?そう思うと是が是非でも試したくなった。
「ジュリエッタさん。今から見せる事は他人には絶対に内緒にしてくれるかな?」
「えっ。別に構わないかで何をするの?」
「それは直ぐ分かるから見てて」
そう答えると手のひらに魔力を流して「ライト」と、詠唱する。
「まっ、まさかこんな事あるの?嘘でしょ!」
神様から与えられるまで魔法は使えない。これはこの世界の常識だ。唖然として固まってしまったジュリエッタさんを前に、重力魔法と鑑定スキルについては隠す事にした。スキルまで使えるのがバレるとヤバイ事になりそうだからだ。
「大丈夫?びっくりしたかな?」
そう声を掛けてジュリエッタさんに手を差し伸べた。
「ごめん。でも本当に驚いた。なんでヴェルは魔法が使えるのよ?はっ。もしかしてあなた本当は12歳なのね?そうなのね?いや、でも常識外れな知識を持っているから魔法も常識外れなの?いやいやありえないでしょうが」
「ちょっ、ジュリエッタさん言葉おかしいよ。それにうっかり出た本音は、僕の事を常識外れだと思っていたんだ。ちょっとショック」
「ごっ、ごめんてば。悪い意味じゃないって」
「はいはい。それはいいとして。でね。ジュリエッタさんは魔法を使えるのか試した事ある?」
「神様からスキルを貰うまで使えないって知ってるから試す事なんてしないわよ。普通はね」
「でしょ?だからさ、試しに使ってみてよ。僕も最初は冗談でやってみたら使えたんだ。試す価値はあると思うよ」
「それはいいけど、魔法ってどう使うの?」
そう聞かれたのではあるが、既に感覚で出来てしまっているので、今更口に出して説明するのは難しい。
「胸のこの辺りに魔臓と言う器官があるから、そこに意識を集中しながら使いたい魔法を詠唱するんだ。出来ても出来なくてもいいからやってみようか?取り敢えず真似をしてみて」
「うん。良く分からないけどやってみる」
ジュリエッタさんがそう返事をすると、俺は魔臓のある位置に左手を当て、右手に魔力を流すと右手がうっすらと光る。
ジュリエッタさんも同じように真似をするが、いきなりはやはり無理なようである。
「ちょっと追い込んだ方がいいのかな」
「ちょっちょっと待ってヴェルいったい何するつもり!!」
俺は机の引き出しから果物ナイフを取り出すと、自分の指を少し切る。少し痛いがジュリエッタさんが騒ぐ程の事でもない。
「こうした方が目標が視認できてイメージしやすいでしょ?」
「まったく、馬鹿!!無茶しすぎ!」
そう言いながらもジュリエッタさんの右手に先ほど出来なかった魔力が溜まる。
「ヒール」
怪我をした俺の手を握りそう詠唱すると黄緑色の魔法陣が現れる。魔法陣は発光をすると、魔法陣は消えて、オレの手は緑色のエフェクトの様な物が掛かって切り傷が癒されていく。成功だ。
「でっ出来たわ!魔法!ふふふふ」
「だろ?てっことはさ、これはもちろん推測なんだけど、実は神様から魔法を授けて貰うんじゃなくって、何の魔法に適正があるかを教えて貰うのが神託の儀だと思うんだ」
「その推測は正しいのかも。じゃないと、私がこんなに簡単に魔法が使えるわけないもんね」
「そうだね。それでなんだけど、魔力操作と言って魔力を高める訓練方法が実はあるんだ。ちょっと眩しいからこれを付けてくれないか?」
「そう言うと、机の引き出しからこっそり作ったサングラスを手渡した」
「なにこれ。こんな真っ黒な眼鏡始めて見たわ」
「これは、サングラスって言ってね、眩しい物を見ても大丈夫なように作られた眼鏡なんだ」
あたかも売っているように言っているが、サングラスなどこの世界には売ってはいない。なので、黒ずみを塗って代用したのだ。
それからサングラスを二人とも掛ける。似合うわけがない。二人とも「変なの」っといって笑いが噴出した。
「それじゃ行くよ」
そう言うと魔力を徐々に高める。
「うわっ。光がだんだんと大きくなってる~」
「それが分かるかい?こうやって魔力を徐々に高める練習を重ねると、意識して魔力が操作出来るようになるんだよ。これを魔力が切れるまで何度も繰り返すと、魔力量が増える事は実証済みだから試すといいよ」
「文官の先生に教えて貰ったけど、魔力切れって気絶するんじゃなかったっけ?」
「うん。だから寝る前に布団でやるといい。回復魔法なら物を壊したりする可能性はないからね」
「ほんとうにヴェルったらやることなすこと、とんでもないわね。あっ、これは貶しているわけじゃないから勘違いしないように」
オレだけじゃなくジュリエッタさんも魔法の発動に成功したことでこの世界の常識は完全に覆ったと言っていい。今まで誰も試さなかったのは、きっとジュリエッタさんの言うように先入観があったからだろうね。きっと。
そんな訳で、これからはジュリエッタさんも、魔力操作の練習と魔力を使い果たす鍛錬を自分の屋敷でする事になった。これがこの先どういう影響を与えるのか楽しみだ。
それから、他の魔法も試してみるが適性が無かったらしい。ま、オレもそうだからね。そういうものなんだろう。
夕方になると、伯爵閣下が迎えに来た。
「お父様、ヴェルに私の事ジュリエッタって呼び捨てにして欲しいって頼んだら、お父様に許可を貰わないと駄目って言うんだけどいいわよね」
「ああ、もちろん構わないよ。ヴェル君はジュリエッタの家庭教師だしね」
そう即答した。こんなにあっさりと認められていいのか?パパ、ちょっと軽いっすよ。うーむ。この世界の事は良く分からんな。
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